中国の一帯一路構想における紛争解決の最新動向

第2回 一帯一路構想のプロジェクトに関係する紛争解決プラットフォーム

国際取引・海外進出

目次

  1. シンガポール基本合意書
  2. シンガポール調停協定
  3. 香港における動向
  4. 香港仲裁を支持する中国の裁判所からの暫定救済
  5. 国際商業会議所(ICC:The International Chamber of Commerce)
  6. 投資家対国家の紛争解決
  7. 結論

シンガポール基本合意書

 前回ご紹介した、中国におけるBRI(中国の一帯一路構想:The Belt and Road Initiative)関連の紛争解決手段にとって、シンガポール、香港がBRI紛争の主な地域的競争相手であり、特にシンガポールでは、様々な紛争解決機関がBRIに対応する様々な措置を迅速に実施しています。シンガポールは、BRIに起因する紛争に適したあらゆる種類の紛争解決手段をすでに発展させていました。紛争解決手段には、国際的裁判官の合議体とともに2015年に創設されたシンガポール国際商事裁判所(SICC:Singapore International Commercial Court)や、審問の場を提供する代替的紛争解決施設であるマクスウェル・チェンバース、ならびにシンガポール国際仲裁センター(SIAC:Singapore International Arbitration Centre)、国際商業会議所(ICC:The International Chamber of Commerce)、国際仲裁裁判所およびシンガポール国際調停センター(SIMC:Singapore International Mediation Centre)を含みます。

 SICCは、第一人者かつ先駆者としてCICC設立に対応し、2017年8月にSICC・SPC間において基本合意書(MOU:Memorandum of Understanding)が、2018年8月にはガイダンス覚書が署名されました。一連の円卓会議とあわせて、これらの覚書の明確な目的は、金銭に関する判決の相互承認と執行を提供することでした。シンガポールの司法長官が指摘するように、加盟各国の裁判所は、国際商事法の理解を促進し、実務と手続の調和を模索し、裁判官の訓練を改善するために努力しなければなりません。SICCは、他のBRI諸国の司法制度を中立的に補完する役割を果たすことができると考えています。

 SIACは、仲裁制度の国際的進展とBRIプロジェクトの継続的な進展へと対応する速さにおいて、すでによく知られており、2018年8月から10月にかけて中国の仲裁機関(深セン国際仲裁裁判所、西安仲裁委員会、CIETAC)との間で3つのMOUに署名しました。

 これらのMOUは、諸機関による、中国とシンガポールにおけるBRI紛争を解決するための望ましい手段として、国際仲裁を促進しようとする努力の証左ですが、おそらくより重要なことは、国際仲裁問題を管理するための中国におけるSIACの評判と専門知識の強さの高まりを示していることでしょう。実際、中国の当事者は、インドの当事者とともに、シンガポールにおける仲裁の最大の利用者です。

 2017年9月には、SIMC、中国国際貿易促進委員会(CCPIT:China Council for the Promotion of International Trade)、中国国際商会(CCOIC:China Chamber of International Commerce)調停センターがMOUに署名し、国境を越えたBRI紛争の解決に協力することで一致しました。主な目的は、シンガポールと中国の、互いの国に投資を行っている企業に対する紛争解決手段の提供ですが、一方で、他のBRI市場への投資企業への紛争解決手段の提供も狙っています。シンガポールと中国は、シンガポールのマクスウェル・チェンバースと北京のCCOICにおいて、お互いの各仲裁機関、各調停サービス、各センターの利用を促進します。

 この取り決めは、2019年1月にBRIプロジェクトから生じる紛争の解決に役立つ国際的な調停員団を設置することを目的として、SIMC、CCPIT/CCOIC調停センターによる第2回MOUが署名されたことにより、さらに一歩前進しました。また、3つの組織は、BRI紛争の解決を目的としたスキル交流プログラム、具体的な規則、事件管理要綱、実施手順を策定するために協働します。

シンガポール調停協定

 2019年8月7日に新たな国際調停条約の執行協定および関連するモデル法則の実施に関する条約がシンガポールにおいてアメリカ、中国、韓国そしてインドを含む46の国連加盟国によって、署名されたという最近のニュースを踏まえると、中国における調停への関心が高まり、促進されるタイミングとしては適切といえます。

 これは、ニューヨーク条約における外国仲裁判断の執行と同様に、国境を越えた調停の結果得られた和解合意を執行するための国際的な枠組みの整備について、国際連合国際商取引法委員会加盟国の85か国間で検討が行われた結果です。ハーグ条約と同様に、シンガポール条約に十分な数の国が署名し、批准すれば、この地域における調停の評価を大幅に高め、執行に関する(間違った)懸念を緩和することに役立つはずです。

香港における動向

 香港もまた、BRI紛争処理の誘致に熱心でした。特別行政区は、国境を越えた紛争解決において長い間高い評価を得ており、シンガポールとともに、この地域における主導的な管轄区域です。

 BRIに特化した制度の発展については、シンガポールに比べ若干見劣りする段階にありますが、現在仲裁および調停を通じてBRI紛争を解決するために訓練された専門家が配置される香港BRI仲裁裁判所および調停センターの創設についての提案がなされています。

 同様に、当事者間が紛争解決として最初に調停を選択し、調停が失敗した場合にのみ仲裁への移行に合意する汎用的なBRI紛争解決条項が議論されており、さらに、国境を越えた紛争の解決における調停の重要性を再度強調したいと考えられる香港司法省は、1億5,000万香港ドルを費やしてオンライン紛争解決ツール「eBRAM.hk 1」を開発しており、一部BRIプロジェクトを念頭に置くと、eBRAM.hkは、安全なオンライン調停・仲裁サービスを提供することで、大規模インフラプロジェクトの紛争解決に対応可能にしています。

 これは今年末に向けて実施される予定であり、開発者としては、たとえば対面の会議や長距離移動の必要性を減らすことによって、調停コストを劇的に削減することを企図しています。

香港仲裁を支持する中国の裁判所からの暫定救済

 しかし、おそらく最も重要なのは、2019年4月2日にSPCと香港特別行政区政府との間で調印された共助に関する取り決めでしょう。これにより、中国の裁判所は、香港での仲裁手続を支援するための暫定措置を付与することになります(中国本土及び香港特別行政区の裁判所の仲裁手続における共助に関する取り決め、以下「取り決め」といいます)。

 特に、この取り決めは、香港を中国の裁判所の支援を要請することができる中国本土以外の唯一の仲裁管轄区域とし、中国に関連する仲裁の主要な国際的拠点としての香港の評判を確固たるものにする可能性があります。本取り決めは、アドホックな仲裁の場合には適用されず、香港を拠点とする仲裁機関のリスト(文書作成時点ではおそらく香港国際仲裁センター(HKIAC:Hong Kong International Arbitration Centre)、CIETAC香港センターおよびICC香港を含むものと解されます)が運営する手続にのみ適用されることとなるでしょう。本取り決めは遡及的に適用されます。

 中国における「保全措置」として、取り決めの下で利用可能となることが見込まれる救済措置には、証拠保全命令、資産凍結命令、最終決定まで当事者間の現状を維持する命令が含まれます。これらは、仲裁を含む国際手続の実効性を保護するための重要な手段です。

 本取り決めは、多くの国際調停関係者によって「ゲームチェンジャー(大きな変革をもたらすもの)」と言い表されており、中国関係者を含む取引において、香港がその他の国際的競争者に対し差をつけることに役立つはずであり、BRIプロジェクトへの関与を検討するいかなる関係者にとっても大きな関心事となるでしょう。

国際商業会議所(ICC:The International Chamber of Commerce)

 また香港とシンガポールに事務所を持つ国際商業会議所(ICC:The International Chamber of Commerce)にも言及する必要があります。ICCは世界有数のADR機関の一つであり、伝統的に、その規則は建設業界において利用されてきました。ICCは昨年初め、この評判をさらに高めるため、ICCのBRIへの関与を増加させることを目的とした紛争解決委員会を立ち上げました。ICC裁判所は、インフラストラクチャーおよび投資に関する紛争が生じた場合に使用される国際調停基準の導入を目指しています。当該委員会は、この点において、ICC紛争解決サービスを促進するために、中国およびBRI内外の他の法域のすべての当事者と関与する役割であることに留意が必要です。

 ICCはまた、現時点で存在する選択肢の関連条項とともに、BRI紛争を解決するための調停および仲裁指針を公表したばかりです。これらは、独立型の選択肢、または調停を伴う混合型の手続の一部として、調停を促進します。

投資家対国家の紛争解決

 紛争解決プラットフォームとして最後に取り上げるのは、投資家が国家に対して行う請求で、投資家の権利と利益が国家によって何らかの形で侵害されたとの理由に基づくものです。2017年7月現在、中国とBRI諸国との間には、55の二国間投資協定(BITs:Bilateral Investment Treaties)が存在しています。また、複数の多国間投資協定や貿易協定(MITs:Multilateral Investment Treaties)もあります。これらの協定は、関係する投資家を保護することにより、国家への投資を奨励するために存在します。投資家が保護されない場合、投資家は通常、投資家対国家の紛争解決(ISDS:Investor–State Dispute Settlement)のメカニズムを利用することができ、国家に対して直接的な仲裁手続きを開始することができます。

 投資保護は、通常、次のものを含みます。

  1. 「内国民待遇」 すなわち国内および国外投資家が類似する状況にある場合には同様に取り扱う
  2. 「最恵国待遇」 すなわち異なる国の国外投資家が類似する状況にある場合には同様に取り扱う
  3. 「公平かつ平等な待遇」 すなわち独断に対する広範囲な保護規定をいい
  4. 補償のない国有化または収用からの保護をいう

 大半の中国BITsおよびMITsでは、国際投資紛争解決センター(ICSID:International Centre for Settlement of Investment Disputes)の仲裁を使用する旨の規定が設けられています。ICSID仲裁は、1965年にワシントンで開催された「国家と他の国家の国民との間の投資紛争の解決に関する条約」(以下「ICSID条約」といいます)により創設されました。

 ICSIDセンターは、世界銀行グループ内に存在し、中立的な手続機関として運営されています。そして、最も重要なのは、ICSID裁判所の裁定は、関連する締約国の裁判所の最終判決と同価価と考えられており、その結果当該締約国において、かつ、当該締約国に対して直接執行できることです。ICSID仲裁裁定は国内執行手続を必要とせず(ニューヨーク条約に基づく裁定には必要とされる)、国内裁判所に異議を申し立てることはできません。

 より多くの投資家が適用される保護の幅を理解するようになるにつれて、ICSIDの案件数は過去30年間で劇的に増加しました。実際、戦略としてでさえ、ICSID仲裁への言及は、国家に対して、申立てを受けている行為につき再考を促すには充分なものです。また、ISDSはICSIDの規則に基づく仲裁手続きに関連していることが多いですが、ICC、 SIACとHKIACの規則に準拠する裁判所の主導のもとで行われることも多いです。BRIの発展が続く中で、アジアではこのような紛争がより多く処理されることが予想されます。

結論

 中国企業とその新興市場の取引相手との間の複数の法域にまたがる取引は、特に資金調達と取引の遂行に関して、重大な規制上の問題を引き起こす可能性があります。SIAC、ICC、HKIACなどと比較して、CICCがどのように実施されているのかは興味深く、コスト削減と効率改善のためにSPCによって導入された新しい機能のいくつかは、国際的な競争相手と同等の公平性と公正性を確保しようというCICCの声明に対する試金石となります。ただ、そうであったとしても、中国の金融に対する強い誘因力となり、CICCの管轄権に同意する者がますます増加する可能性は否定しがたいといえます。


  1. 電子商取引関連仲裁・調停 ↩︎

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