中国の一帯一路構想における紛争解決の最新動向
第1回 一帯一路構想のプロジェクトに関係する紛争の増加と中国の動向
国際取引・海外進出
中国の一帯一路構想
中国の一帯一路構想(BRI:The Belt and Road Initiative)は、2013年に習近平国家主席自らが導入した、非常に野心的な投資案件です。中国の目的は、中国とアジア、アフリカ、中東、欧州の経済を結ぶ貿易ルートのネットワークに沿ったエネルギー・輸送関連インフラプロジェクトを発展させることにあります。
これまでに、距離にして1万km以上にも及び、60か国以上をカバーする地域への1兆米ドルを超える投資が、BRIプロジェクトへの融資と実施に向けて宣言されてきました。BRIにおいては、2つの主要ルートが存在し、それは陸上インフラ事業(道路、鉄道、パイプライン)をカバーするシルクロード経済地帯(以下「一帯」といいます)と、港湾と沿岸プロジェクトを統合した海上ルートである21世紀海上シルクロード(以下「一路」といいます)です。
一帯一路構想のプロジェクトに関係する紛争の増加
BRIは大規模なイニシアティブであり、すでに数百件の新規プロジェクトが実施されています。しかし他方で、紛争の急増を伴っています。国境を越えた建設プロジェクトは、常に、環境、規模、複雑さ、多額の費用などから問題を伴うため、しばしば、弁護士がその問題解決に大きな役割を果たすこととなります。
弁護士の役割は、取引関係を始めるにあたり、当事者の契約によってリスクが適切に配分され、軽減されることを保証するか、あるいは、より一般的には、当事者間でそのプロジェクトの間に生じるあらゆる紛争解決を支援することによって果たされます。
発生し得るリスクの種類は、政治的不安定性、安全保障上の懸念、現地の保護主義、法律、規制および資金調達などに起因する問題から、物流上の問題や遅延といった、より実務的な問題まで多岐にわたり、膨大かつ多様です。
これらの懸念はすべて、効果的な紛争解決の仕組みを選択することの重要性を強調しています。この点について、BRI関連にて生じる紛争の主なカテゴリーは以下の3つで、通常、WTOレベルまたはそれに類するレベルで処理されます。
- 民間企業間における契約上の紛争
- 投資家−国家間の紛争であって、民間当事者の投資利益が何らかの形で国家によって損なわれているとの主張を含むもの
- 国家間の貿易紛争
これらの課題に対処するために、中国にはいくつかのBRI関連の紛争解決手段が存在し、国際商事仲裁および国際商事調停が最も一般的な方法となっています。また、シンガポールや香港でも、注目すべきBRI関連の動きがあります。
最高人民法院国際商事法廷(CICC)
特に注目されているのは、中国に2つの新たな商事裁判所が創設されたことです。深センにあり、海洋「一路」に伴って発生した訴訟に対処する第一国際商業裁判所と、西安にあり、陸上「一帯」関連の訴訟に対処する第二国際商業裁判所です。2018年7月1日から、それぞれ関連規定が施行されています。
どちらも、北京の最高人民裁判所(SPC:Supreme People's Court)から委任を受け、国際法と貿易に関する経験を持ち、英語で事件を審理できる中国人裁判官によって構成されています。事件は、少なくとも3人の裁判官の合議体で審理されます。中国法上の様々な制約から、外国人裁判官の任命は予定されていませんが、最高人民法院国際商事法廷(CICC:China International Commercial Court)は、様々な外国法専門家からなる国際商事専門委員会(以下「委員会」といいます)の支援を受けることが予定されており、同委員会はCICCの求めによって意見を提供し、場合によっては調停役を務めます。
当事者がCICCを管轄として選択し、関連する金額が3億人民元を超える場合に裁判所は国際商事訴訟を扱います。
また、この基準を満たさなくても、「全国的に重大な影響」を及ぼす可能性のある事例について、SPCがCICCに移送することが適切であると考える場合には、同様に、CICCが審理します。さらに、仲裁事例の分類には、仲裁判断の執行、仲裁に対する異議申立てまたは差止命令などの仲裁申請が含まれます。
CICCでは、政府が当事者となる紛争ではなく、投資家間の紛争に焦点を当てます。そのうえで、国際紛争を扱う他の仲裁および調停機関とも連携する「ワンストップ」紛争解決プラットフォームの提供を目指しています。調停手続は特に重視されており、紛争が受理されてから7日以内に、両当事者が合意する場合には、CICCは、調停を行うために、先述の委員会や国際機関の構成員を任命することができます。調停が奏功した場合には調停調書が発行されることがあり、CICCは調停の結果成立した合意について、その執行を促進するための判決へと変えることができます。
他方で、紛争当事者は、SPCにより承認された国際仲裁機関に付託することにより、紛争を解決することを選択する権利も有します。現在、仲裁または調停のための認可された選択肢として7つの「ワンストップ」機関があげられています。それらはすべて中国の機関であり、中国国際経済貿易仲裁委員会(以下「CIETAC」といいます)、上海商事調解センターおよび深セン国際仲裁院などが含まれます。
CICC発展の原動力は、既存の国際紛争解決手段では海外の中国企業の正当な利益が十分に保護されないとの明白な懸念にあります 1。既存の手段に対しては、手続が英語で行われる点や準拠法(たとえば、英国法、米国法、シンガポール法)として様々なコモンローが用いられる点を中心に批判が集まっています。
そのため、「ワンストップ」プラットフォームによる紛争解決手段は、より迅速かつ安価な解決といったねらいを含むその利便性とは別に、他のアジアの有名な紛争解決機関の多くとは異なり、手続において英語の使用が必須ではないことも、重要なセールスポイントとなっています。しかしながら、経費削減の観点から、証拠が英語である場合でも、両当事者は中国語の翻訳文の提出を要求されません。また、オンライン決済、ファイル・レビュー、証拠の交換、訴訟書類の送達および審理(一例としてビデオ会議を利用する)のような、電磁的方法による手続も用意されています。手続の簡素化を目的とした、目新しい特徴があり、それは訴訟書類送達の規則に関するものです。
CICC手続規則16条 2 は、訴訟書類の送達について、宛先が最新かつ正確なものであることを確保するため、送達を受けた当事者に負担を負わせます。宛先が不正確ないし古い場合であっても、CICCは、関連書類が適切に送達されたとみなすことができます。
国際裁判管轄の合意に関するハーグ条約
執行に関しては、最近、中国が国際裁判管轄の合意に関するハーグ条約に署名しました。この条約は、加盟国が商事契約における排他的管轄合意を守らせることのみならず、その結果として得られた加盟国の裁判所の判決の執行をする点において、大きな発展の可能性があります。
現在、メキシコ、シンガポール、モンテネグロ、EUがハーグ条約に署名・批准しており、米国、ウクライナ、中国も署名はしていますが、批准はしていません。中国は、2017年9月12日にハーグ条約に署名し、全国人民代表大会常任委員会による同条約の批准を待っています。しかしながら、CICCの創設により、この批准手続が加速されるかもしれません。
ハーグ条約は、国際的な紛争解決の観点から重要な発展を遂げています。なぜなら、ハーグ条約は、裁判手続に勝る仲裁の主要な利点の1つとして外国仲裁裁定の承認及び執行に関する条約(以下「ニューヨーク条約」といいます)に基づく外国仲裁裁定の執行が比較的容易だからです。
執行裁判所による外国判決における実態上の争点または事実認定の再審理は、明示的に禁止されています。このように、ハーグ条約が、過去60年間にわたって採択されてきたニューヨーク条約と同様に幅広く採択されれば、ハーグ条約加盟諸国における外国判決の執行過程が簡素化され、現在よりもはるかに迅速なものとなるでしょう。

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