法務キャリアの登り方

第10回 大手法律事務所からベンチャー法務に - 弁護士のキャリアチェンジの考え方 株式会社SmartHR コーポレートグループ 小嶋 陽太氏

法務部
小嶋 陽太弁護士 株式会社SmartHR

目次

  1. 自身の専門性を伸ばすため、2度の転職を経験
  2. 法律事務所とベンチャーの違いに戸惑いながらも、能動的な情報収集でブレイクスルー
  3. ガバナンスを盤石にし、事業の信頼向上への貢献をめざす
  4. ベンチャーへの転職は、悩んだらその時点で移るべき

昨今、企業法務におけるキャリアは多岐にわたります。企業内弁護士も年々増加し、法務部門での採用は新卒採用、中途採用、弁護士採用、修習生採用など、募集する対象は様々です。そうした環境下、以前に比べて自身のキャリアを考える人が増えているのではないでしょうか。

今回は、クラウド人事労務ソフトを提供する株式会社SmartHRで法務業務を担当し、弁護士資格を有する小嶋 陽太氏にお話を伺いました。小嶋氏は2つの法律事務所での勤務を経て、2018年にSmartHRへ入社。法律事務所からベンチャー企業へ転職した際には戸惑ったこともあったといいますが、それでも小嶋氏は「迷ったら移るべき」と語ります。

「入社してまだ間もないですし、自分が偉そうに話すことではないのですが……」と控えめな発言もきかれた小嶋氏でしたが、これまでの転職の経緯や、SmartHRに入社して感じたこと、およびキャリアチェンジへの考えについて、率直にお話しいただきました。

自身の専門性を伸ばすため、2度の転職を経験

前職までのご経歴を教えてください。

2010年に弁護士登録し、弁護士3名の法律事務所でキャリアをスタートしました。弁護士たるもの一般的な事件には幅広く対応できるべきという思いがあったため、一般企業法務から様々な個人事件まで広く担当していました。

はじめの転職は、4年ほど働いた頃でした。いろいろなジャンルの案件に慣れてはきたものの、逆に自分の得意分野と呼べるものはなく、これからは自分の専門性も身につけていかなければならないと思いはじめた頃でもありました。昔に比べると弁護士の数も増加し、お客様側からすれば弁護士へのアクセスは容易になってきましたが、弁護士側から見ると、他と異なる得意分野がなければクライアントから選ばれづらくなってくるのではないかと考えていました。しかし、当時は目の前の仕事がきたらそれを受任するという受け身の働き方をしており、具体的にどうしていったらいいのかは考えあぐねていました。

そうこうしていたところ、西村あさひ法律事務所(以下、西村あさひ)に勤めていた司法修習時代の同期から「うちに来ないか」と誘ってもらったのです。ファイナンス部門で弁護士を募集しているということでした。いつも一緒にサッカー観戦に行く仲ではあったものの、あまり仕事の話をしない友人からの誘いだったので、非常に驚きました。

プライベートの関係から転職のきっかけを掴まれたのですね。

西村あさひといえば、日本一の規模を誇る法律事務所であり、そこへの入所は簡単ではないという認識だったので、はじめは半信半疑でした(笑)。ただ、西村あさひは専門化が進んでおり、各分野で最先端の案件が経験できる事務所だと考えていたので、専門性を高めたいという自身のニーズとまさにマッチしていると感じ、悩んだ末、転職を決意しました。

転職後はファイナンス部門に配属されたのですね。

それまで資金調達分野はまったく経験したことがありませんでした。西村あさひではファイナンスのなかでもキャピタル・マーケッツという、IPOや上場会社の新株発行、社債発行など、資本市場での資金調達を専門とするチームに所属しました。

案件は基本的にクロスボーダーで、ドキュメントの多くは英語でした。英語に加えて金融商品取引法などそれまで触れてこなかった法律の理解が求められ、未経験のことが重なったため、当初は非常に苦労した記憶があります。

それでもわからないなりに数をこなしていき、1年ほど経ってくると事案ごとの面白みもわかるようになりました。入所するまで自分がキャピタル・マーケッツ分野を担当することになるとは知らなかったのですが、有名なベンチャー企業のIPOなど、自分の興味のある分野を担当できたのはとてもラッキーでした。

元々、ベンチャーの動向などに興味があったのですか。

はい、社会人になってから、周りに起業する友人やベンチャー企業で働く友人が多く、同い年の仲間でよく集まっていた時期がありました。そのうちの1人が当社を創業する前の宮田(編集部注:代表取締役 宮田 昇始氏)でした。当時から、友人が作ったサービスの利用規約をレビューする機会も多く、なんとなくベンチャー企業は身の回りにある感覚でした。でも当時は自分がベンチャー企業で働くことになるとは思ってはいませんでしたね。

西村あさひで1年ほど働いたころから面白みがわかってきたということでしたが、その後また転職を決断されたのですね。

計4年間でたくさんの案件を担当させて頂き、キャピタル・マーケッツ分野に関する自身の専門性が高まってきている感覚はありました。一方で、どうしても資金調達直前に企業から依頼を受け、書面を中心に案件に関わるというスタイルであることから、資金調達そのもののプロとはいえない、という悩みも少しありました。その意味では、ベンチャー企業に所属して事業へコミットしつつ、資金調達自体をコントロールできるようになればもっと理解が深まるし、面白そうだと思うようになったのです。そこから徐々にベンチャー企業で働くことへの興味が出てきました。

ちょうどそのころ、当社代表の宮田と連絡を取り合った際に、当時のSmartHRの状況と自身の興味・悩みとがフィットしているように感じ、よかったらと入社を誘われたこともあり、えいやっ!とSmartHRに入ることを決めました。このタイミングで昔からの仲間と一緒に働けるというのも非常に面白いなと思いました。

株式会社SmartHR コーポレートグループ、弁護士 小嶋 陽太氏

株式会社SmartHR コーポレートグループ、弁護士 小嶋 陽太氏

法律事務所とベンチャーの違いに戸惑いながらも、能動的な情報収集でブレイクスルー

SmartHRに入社されてからはどういった業務を担当していますか。

現在は1人法務なので、法律に関わる領域全般を担当しています。自身の専門性から資金調達まわりはすべて見ていますし、もちろん利用規約の整備や契約書チェックなどのサービスや事業に関するリーガル面も見ています。また、株主総会・取締役会の運営や登記事務、人事制度の策定といったコーポレート法務も受け持っています。そのほか特許、商標の取得・管理などの知財関係の法務も同時に行っています。

さらに、プロダクトが法的に問題ないかを考え、仕様を一緒に練ったりもしています。そのうえで、セミナーでの登壇やプロダクトの販促に関わることもありますね。

また、当社のサービスが行政手続に深く関係していることから、法制度のキャッチアップや行政の方々との情報交換も定期的に行っています。

担当業務は本当に多岐にわたっているのですね……!そもそも小嶋さんが入社される前は法務の専任者はいなかったのですよね。

はい。あと、社内にいま挙げたようないろんな業務があること自体が認識されていませんでしたね(笑)。

そうしたタスクの整理も大変だったかと思いますが、コミュニケーション方法や文化の違いなどで苦労された点はありましたか。

法律事務所にいたときは、案件がきたら迅速に対応するよう心がけてはいたものの、あくまで受動的な仕事の仕方が基本であり、自分から「この仕事をします」と宣言して自由に仕事をすることはありませんでした。ですので、当社に入社してはじめての目標設定面談で上長に「まず何をしますか」と聞かれたときは、一瞬答えに窮しました。お客様からの依頼がない状態で自分から目標を設定し、それに向かって仕事を進めるという経験がなかったためです。誰かの依頼からはじめるのではなく、やるべき仕事を自分で考える。求められるマインドセットが180度変わったことに戸惑いましたね。

自分が解決すべき課題を見つけるためにも、まずは経営会議に必ず参加するようにしました。当社は経営陣に限らず誰でも自由に経営会議に参加できるルールになっているため、そこで議論されている内容や各事業部の動きを聞き、とにかく現状を把握することに努めたのです。また他社の法務の方がどのように働いているのかについて、前職でのつながりをもとに情報を集めたりもしました。そのなかで、自社の現状にあった対応の方法を1つ1つ考えていったのです。

能動的に情報を取りにいったのですね。業務のスピード面では戸惑いはありませんでしたか。

前職がスピード感を持って業務にあたる事務所だったので、速さの点ではそこまで差は感じませんでした。当社も情報がオープンかつ組織がフラットで迅速に物事が決まるので、スピード感は同じく速いですね。

ほかに違いを感じた点ですが、法律事務所では、法的にどちらがより論理的か、適法か違法かという基準をもとに判断を行っていたため、自分の中でどちらの結論を出そうか迷うというケースはあまりありませんでした。しかし会社では、法律以外の部分に本質がある議題もあり、法的にはどちらの方針でも大丈夫だけれど決めないといけない、というケースに遭遇する機会が多いです。そうした議題に対しても合理的な理由をもって判断を下していく必要があること、また意思決定の回数自体が多いことが、自分の経験してきた働き方とぜんぜん違うな、とカルチャーショックを受けました。

適切な判断をするためには会社や事業、業界についてなど、ビジネス全体を理解することが大事だと感じています。それをもとに意思決定を繰り返していくことで判断のスピードと精度が磨かれていくと思うので、いまも意識しながら頑張っているところです。

ビジネス上ではリスクを取るという判断を行うこともあると思いますが、リスクの線引きと社内への伝達はどのように行っていますか。

まず最低限守らないといけないルールは、経営会議に限らず議論の場面ではいつも伝えています。その際、「法的に明らかにアウトなのはここから先で、ここまではリスクテイクの問題」というように2つのラインを引いて説明することが多いです。

法律が絡む課題が挙がったときに、違法だからなのか、違法とまでは言えないが実務的にイレギュラーだからなのかなど、課題となっている理由が分析されていないケースが少なくありません。なので、リスクの発生確率と大きさをなるべく可視化したうえで、線引きをして説明しています。そこから先の判断は事案に応じてケースバイケースですが、なるべく最後の意思決定まで並走していけるよう心がけています。

株式会社SmartHR コーポレートグループ、弁護士 小嶋 陽太氏

ガバナンスを盤石にし、事業の信頼向上への貢献をめざす

SmartHRで働くなかで、今後どういった点に注力していきたいですか。

今年に入って子会社を2社設立しており、今後も子会社が増える可能性はあるので、その管理まで含めたグループ全体のガバナンス構築に引き続き取り組んでいきたいです。事業が急成長するなか、ガバナンスを同じスピードで強化するのは大変な部分でもありますが、振り落とされないように頑張っていきます。ガバナンスに関する1つ1つの施策について、必要性をみんなに理解してもらいながら進めるのも苦労する点ですが、これは地道にコミュニケーションをとっていくほかないですね。ただ、100名を超える社員への伝え方は腕の見せ所ですし、やりがいの1つだとも思います。

あとは法務部門の組織化にも取り組みたいです。もう少し体制が整備できたら、各事業部への人材の輩出元となれたらいいですね。法律がわかるプロダクトマネージャーや営業企画というように、ビジネス推進側のサポーターとなる人材を送り出していけたら法務人材から見ても面白い法務部門になるのではないかと考えています。

小嶋さんが個人として目指されている姿はありますか。

いまは私個人のことは意識していないですね。法務部門が言われがちなコストセンターという位置づけにならず、どうやって会社の役に立つべきなのかを考えています。とにかくいまは、法務部門をより盤石な組織にしたいです。特に当社は企業や個人の情報を扱うビジネスなので、事業の成長を重視しすぎてガバナンスやセキュリティをおろそかにするようなことがあってはいけません。自社の重要な人事労務情報を当社に預けても安心できるとお客様に信頼していただけることが何より重要ですので、そうしたブランディングに法務部門も体制づくりの面から貢献できたらと思っています。

株式会社SmartHR コーポレートグループ、弁護士 小嶋 陽太氏

ベンチャーへの転職は、悩んだらその時点で移るべき

法律事務所から民間企業、特にベンチャーへ転職するというのは大きな変化だと思いますが、成功させるためのポイントはありますか。

悩んだ時が転職のタイミングだと思うので、その時点で移ってみるのがいいと思います。環境を変えればそれまでの法的なスキルは自然とアレンジされていきますし、いまの環境で修行を続けたほうが転職先で必要なスキルが上がるというケースも少ないと思いますので、転職したいと感じるならば、思い切って飛び込んでみるのがいいように感じます。

業界的に大きく違うのは、法律事務所と比べてベンチャー企業では多くの新しいITツールが使われていることですね。常に効率化を進めるカルチャーですので、それについていくために、興味のある方は法律事務所にいながらもいろいろなツールを試してみるといいと思います。また、非効率な業務は思い切ってやめてみるなど、従来のやり方をガラッと変える仕事の仕方に違和感がない方は、ベンチャー企業に向いているかもしれないですね。

大企業や歴史ある企業で働いている方がベンチャーへの転職を考える場合は、業務上、どういった違いが生じると思いますか。

転職後はおそらくご自身で判断・意思決定する機会が増えるのではないかと思います。いまいる環境で意思決定のチャンスがあったら、積極的に関わるといいかもしれません。またツール面の違いは法律事務所からベンチャー企業へ転職する際と同じでしょう。大企業からベンチャー企業への転職を考える場合でも、悩んだら移ってみるというのが大事だと思います。

小嶋さんの考える、転職先を検討するコツはありますか。

オープンに情報提供しているところを選ぶと、入社前後のギャップがなく、後悔しない選択になると思います。私が当社へ入社する際も、社風や働いている人の雰囲気がわかりやすく、フラットな組織だと感じたことが決め手の1つでした。

オープンに情報を発信している会社を検討し、転職を心に決めたらまずは移ってみる、というのが成功の秘訣ですね。本日はありがとうございました。

(取材・構成・写真撮影:BUSINESS LAWYERS編集部)

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