法務キャリアの登り方

第1回 「自分にしかできない仕事」を追求した、元営業マンの挑戦 BASE 法務 マネージャー 松島 卓郎氏

法務部

目次

  1. 司法試験は全く考えなかった、アルバイト一筋の法学部生
  2. 司法試験に挑戦し、開けたキャリア
  3. 同僚に突きつけられた一言で変わった意識
  4. 法務の役割を広く定義

昨今、企業法務におけるキャリアは多岐にわたります。インハウス・ロイヤー(企業内弁護士)も年々増加し、法務部門での採用は新卒採用、中途採用、弁護士採用、修習生採用など、募集の対象は様々です。また時代の変化とともに、法務の仕事は広がりを見せています。そのような環境下、以前に比べて自身のキャリアを考える方が増えているのではないでしょうか。

今回は、Eコマースプラットフォーム「BASE」や、オンライン決済サービス「PAY.JP」、ID型決済サービス・支払いアプリの「PAY ID」の企画・開発・運営を行うBASE株式会社の法務 マネージャーを務める松島 卓郎氏を取材しました。松島氏のキャリアのスタートは営業から。なぜ彼が法務の道を志したのか、これからのキャリアをどう考えているのか、松島氏にお話を聞きました。

司法試験は全く考えなかった、アルバイト一筋の法学部生

大学では法律を勉強していたのでしょうか。

法学部ではありましたが、ろくに勉強していません(笑)。周りは司法試験を目指す友人が多く、実際に8割くらいの友人は法曹の世界へ進んでいるような環境でしたが、僕はアルバイトに明け暮れていました。

どんなアルバイトをしていたのでしょうか。

主にステーキ屋さんでの接客ですね。アルバイトを通して初めて社会に触れ、先輩に厳しく指導してもらったことをよく覚えています。「接客とはなんぞや」ということを叩き込んでもらいました。

先輩に言われて印象に残っている言葉はありますか。

「アルバイトとはいえ、接客するということはお店の顔になるのだから、組織の一員として責任を持て」という言葉ですね。当然のことではありますが、企業で働くようになってからも、営業に関わらず、僕と接する人には僕が会社の代表として見られるので、今でも意識する言葉です。

アルバイトばかりしていたということですが、司法試験を受けようとは思わなかったのでしょうか。

思いませんでした。勉強と言えば、試験勉強くらいしかやっていません。

では、大学3年生になって就職活動を始めたわけですね。

アルバイトで接客していたこともあり、人とコミュニケーションをとる仕事がしたいと思い、営業志望で就職活動をしていました。ちょうど就職氷河期と呼ばれる時代ではありましたが、当時はITバブルで、「裁量多く仕事ができるのはベンチャーだし、格好良さそう」という単純なノリで、設立して3期目くらいのネット広告を販売するベンチャー企業に就職しました。

ベンチャー企業の中でも、ネット広告の会社を選んだのはなぜですか。

当時はネット広告という商材を扱っている会社はあまりなく、新鮮に感じました。でも、何より決め手は、面接を通して接する社長や役員、先輩方の新入社員に対する想いが、他社よりも強く感じたことです。僕たちが会社にとって初めての新卒採用で、実際そこまで期待はしていなかったと思いますが、「君たちがこれからこの会社を担っていくんだ」と熱意を持って話をしてくれ、期待されていることがすごく伝わってきました。他の会社では、「新人なんて最初は使い物にならない」と言われたこともあり、そういう会社と比べると自分たちへの向き合い方が全然違うなと。この会社を良くしていきたいと思いました。

入社後は営業職だったのでしょうか。

はい。リクルート出身の人が立ち上げた会社ということもあり、いわゆるリクルートさんぽい社風でした。入社してからはまず1週間の研修があり、それからすぐに「街中で名刺を配ってこい」と言われ戸惑いました(笑)。飛び込み営業もしましたね。

営業していて楽しかったことは何でしたか。

営業成績を公表されるんですが、売れている人、売れていない人が目に見えてわかるので、成績が良いとがんばっていることをアピールできてうれしかったです。あとは同期の仲が良かったので、仕事が辛くても支え合いながらやっていけました。

仕事内容はどうでしたか。

私は中小企業を対象とした新規開拓を担当していました。当時は今ほどIT化が進んでおらず、かつ営業対象が中小企業のため、ホームぺージがない会社も多くありました。そのような会社に対してネット広告の提案をしても話がうまく噛み合わず、アポイントを取ること自体が非常に困難でした。ただ、少しでも電話の手を休めていると上司からの厳しい叱咤が飛んでくるので、とにかくたくさん電話しました。打率は低いもののそれなりに受注できていましたが、広告掲載の効果が出ずに継続受注を取ることはほとんどできませんでした。

このような環境が続き、非常に未熟だった私はモチベーションが続かずに、結局1年半くらいで退職しています。

1年半というと短めの印象ですが、思い切りましたね。

辞める時点で司法試験を受けることを決めていたので、それなら早い方が良いだろうと、思い切って決断しました。

BASE株式会社 法務 マネージャー松島 卓郎氏

BASE株式会社 法務部 マネージャー 松島 卓郎氏

司法試験に挑戦し、開けたキャリア

学生時代には考えなかった司法試験をなぜ受けようと思ったのでしょうか。

それまでモノを売っていたわけではないので、買ってくれた人がどう使っているのかを見ることもなく、また成果を約束することのできない広告を配信して終わりという仕事でしたので、次第に「これはお客さんの役に立っているのだろうか?」と疑問を感じるようになりました。違う商材の営業をやってみたいとも思いましたが、また同じようなことで壁にぶちあたるのではないかと不安を感じ、それならばいっそ営業を離れて、何か自分にしかできないことをやろうと考え始めました。

大学時代の友人には弁護士になった友人もいて、彼らの話を聞いて刺激を受け、同じ土俵に立ちたいと思ったのが、司法試験を目指そうと思ったきっかけです。

司法試験に臨んだ結果はどうでしたか。

受かりませんでした。3年でダメだったらできることを仕事にしようと決めていたので、3回試験を受けて諦めました。

受けて良かったですか。

良かったです。現在法務の仕事をしていて、基礎的な素養はこの時身につけられたと感じています。何より、勉強していなかったら法務をやりたいとは思わなかったでしょう。

その後は企業へ就職したのでしょうか。

はい、当時30人規模で未上場だったエス・エム・エスに、人材紹介サービスの営業として入社しました。次に働くなら社会的な貢献度の高い仕事がしたいと思っており、エス・エム・エスは介護や医療で働く人の支援を行っている会社だと知り、長い目で見れば日本に貢献できる会社だと思え、そこで働くことに決めました。正直、転職活動をするまで社名すら知らなかったのですが…。

営業職ということですが、司法試験に向けて勉強した知識を活かそうとは思わなかったのでしょうか。

法務に携わりたいという気持ちはありましたが、営業経験しかなかったので、まずは営業として成果を出そうと思っていました。

入社して1年半くらいして転機がありました。それまで会社に法務の専任はいなかったんですが、会社が上場を目指す段階になり、さすがに法務の専任が必要だろうという話になりました。その時に人事から「司法試験を受けていたみたいだし、松島さんやってみない?」と声をかけられ手をあげたのが、法務のキャリアのスタートです。

BASE株式会社 法務部 マネージャー松島 卓郎氏

同僚に突きつけられた一言で変わった意識

一人法務からのスタートですよね。未経験なうえに、教えてくれる人がいないと、かなり大変だったのでは。

そうですね。知識面での苦労はありましたが、知識は顧問弁護士などで補える部分があります。でも、企業法務は知識だけでなく、企業理念や根底の企業文化など、そういったものを理解したうえでないと、回答や解決ができません。そこが大変でした。

たとえば、最初の頃は契約書のチェックをする際に、どうでもいい枝葉の部分に突っ込みを入れて自己満足し、相談した人からすると「それって意味あるの?」と思われるような仕事をしていました。

自己満足だと気付いたきっかけは何だったのでしょうか。

同僚から直接言われました。「あなたの価値って何ですか?」と。「あなたのやっていることが会社や事業部門にとって有益になっているとはとても思えない。僕たちのために仕事をしてほしい」というようなニュアンスのことを伝えてくれて、その言葉がものすごく心に刺さりました。それ以来、「法務としての価値は何か」「価値提供先は誰なのか」を意識するようになり、そこから仕事の仕方が変わりました。

エス・エム・エスさんで印象に残っている仕事は何ですか。

上場後、初めての株主総会運営はなかなか強烈な思い出です(笑)。それまでの株主総会と違い、上場後は会場手配等やることも多ければ、ケアレスミスも許されませんし、スケジュールも絶対に守らないといけません。この時もまだ一人法務だったので、相当バタバタでした。緊張感が続く中で、深夜まで業務をする日が続き、終わった後に一気に体調を崩しましたね(笑)。

それは大変…逆に、法務の仕事をしていって自信がついたことは何でしょうか。

新しいサービスを始める際や既存サービスを大きく変更する際、法的な問題はないかなど、リスクの洗い出しをする必要があります。たとえば法律の文面通りに解釈すると関係省庁から止められるような話だったとして、それを弁護士等を巻き込みながら、いかに顧客の利益を守りつつ、自分の会社にとって有益になるように進められるかを考え、方針を提案し、その提案に基づき会社の意思決定が行われた時には、少し自信がつきましたね。

エス・エム・エスさんではずっと法務に携わっていたのでしょうか。

いえ、8年法務で働いた後に、2年半総務で仕事をしました。、「立ち上げたばかりの子会社の総務をやらないか」と声がかかり、これは自分にとって仕事の幅を広げるチャンスだと思い異動しました。社員が急激に増えていた時期だったので、オフィス移転の場所探しやレイアウトの検討などを行っていました。

なぜ転職したいと考えていたのでしょうか。

僕が入社した時は社員が30人くらいの規模だったのが、どんどん会社が大きくなり、今では連結で2,000人くらいの規模になっています。会社が大きくなるにつれて役割がある程度固まってきた中で、僕自身が成長を感じて楽しかったのは会社の混沌期だったなと振り返るようになりました。今度は法務の知識や経験がついた状態で、会社が成長していく過程を見ることができたら、新しい成長につながるのではないかと考えていました。

実際に総務の仕事を始めると、仕事の進め方や巻き込み方など学べることも多く、当然のように整備されていた環境が作られる過程を知ることができ、知識を広げることができましたが、40歳になる前に法務として転職をしようと決意し、BASEへ入社しました。

BASE株式会社 法務 マネージャー松島 卓郎氏

法務の役割を広く定義

BASEさんに転職された理由は何でしょうか。

まだまだ盤石な体制ではないにも関わらず、すごく成長しそうな会社だと感じ、自分の希望にぴったりハマった会社でした。正直それまではBASEのサービスを知らなかったんですが(笑)、単純なECの会社かと思ったら、ECをはじめ、ものの売り買いを支える決済の仕組みを提供している会社で、まずサービスに斬新さを感じました。また、BASEの企業理念は「価値の交換をよりシンプルにし、世界中の人々が最適な経済活動を行えるようにする」で、社会貢献につながる部分も感じ、そこにも魅力を感じました。さらに、決済や金融、Fintechなど自分がこれまで触れてこなかった法律・領域がメインになると聞き、知識も広げられるチャンスだと思いました。「会社の成長の可能性」「サービスのユニーク性」「扱う法律の斬新さ」、そしてやはり人が魅力的に感じたことが入社の決め手ですね。

入社した時、BASEさんに法務の方はいたのでしょうか。

僕が入社する前に前任の方が退職していて、入れ替わるような形でした。現在はもう1人入社し、2人で法務を担当しています。

現在、働いていてやりがいを感じることは何でしょうか。

資金調達など今まであまり経験できなかった業務に深く携われることや、新規事業の立ち上げなどでしょうか。日々の相談業務も、関連法律が自分にとっては新しいものばかりなので、新鮮で楽しいです。あとは一緒に働いているメンバーの育成にもやりがいを感じます。

逆に現在課題に感じられていることは。

Fintechは思っていた以上に定められていないテーマなので、情報収集が非常に重要となるのでキャッチアップに苦労しています。また、会社内でも日々めまぐるしく何らかの意思決定が行われているので、それらをきちんと把握することの重要性も感じています。

これから先は法務一筋で仕事をしていくお考えですか。

わかりません。機会があれば、また営業をやってみたいという気持ちもあります(笑)。僕自身は、「自分がこうしたい」というよりも、会社から与えられた役割に対してしっかりと成果を出して次の機会をもらうのが、ビジネスパーソンだと思っています。ですから、まずは今与えられた役割である法務の仕事をきちんと行い、会社に価値を提供していきたいと考えています。

最後に、松島さんにとって法務の役割と何でしょうか。

企業理念の実現のために、事業の推進者や経営陣を支援するのが法務の役割だと思います。役割を分解していくと、リスクの予防や対策などがあげられますが、「リスク」の定義や法務としての役割をあまり狭く定義しない方がいいかなと思っています。広く定義できれば、自分のやるべき仕事の幅が必然的に広がっていきます。仕事の幅が広がれば、それだけ会社への貢献度が高まると同時に自分にとっても大きな成長につながると思いますので。

BASE株式会社 法務 マネージャー松島 卓郎氏

(取材、構成:BUSINESS LAWYERS編集部)

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