IPOの現在地 取引所・証券会社・監査法人・弁護士が語る

第2回 IPOと専門家の関わり方、法務担当が価値を発揮できること

コーポレート・M&A

目次

  1. IPOに関わる専門家に求められること
  2. 専門家に相談するタイミングはいつ?
  3. IPOに向けて法務担当者が発揮できるバリューとは
  4. 上場を企業価値向上に取り組むきっかけにしてほしい

IPOに関する変化が見込まれる中、専門家や法務担当者には何が求められるのでしょうか?
前半に続き、東京証券取引所 上場推進部長 永田 秀俊氏、大和証券 公開引受第三部長 松下 健哉氏、EY新日本有限責任監査法人 パートナー 藤原 選氏、鳥飼総合法律事務所 カウンセルパートナー 伊東 祐介氏の座談会から探ります。
※座談会は2022年10月20日に実施

プロフィール

永田 秀俊
株式会社東京証券取引所 上場推進部長
1995年に株式会社東京証券取引所に入所。2002年から2009年は上場審査部に所属し、国内および海外企業の上場審査業務に従事。その後、株式会社証券保管振替機構への出向を経て、2012年7月より上場推進部において、国内および海外企業の上場誘致・サポート活動を担当。2021年4月より現職に。

松下 健哉
大和証券株式会社 公開引受第三部長
公認会計士事務所を経て、2000年大和証券SMBC(現大和証券)入社。以来一貫して公開引受業務に従事し、大型案件やファンド案件を中心に担当。税理士資格保有。2016年4月より公開引受部長となり主幹事IPO案件を統括。2020年10月より公開引受第三部長。

藤原 選
EY新日本有限責任監査法人 IPOグループ統括 パートナー 公認会計士
上場企業の会計監査とともに、オーナー系企業やスタートアップ企業を中心に多数のIPO業務を経験。異業種とのネットワーキングのみならず、「企業成長サミット」をはじめとした多数のイベントやセミナーの企画・運営・登壇に関わる。 2021年3月よりEY JapanのYouTubeチャンネルにて、IPOや会計情報など多くのナレッジ発信の活動をリード。

伊東 祐介
鳥飼総合法律事務所 カウンセルパートナー 弁護士
鳥飼総合法律事務所入所後、日本政策投資銀行企業戦略部(M&Aアドバイザリー業務)、東京証券取引所上場部(適時開示制度構築・運用業務)、日本取引所自主規制法人上場審査部(IPO審査業務)を経て現職。中央大学法科大学院実務講師、中央大学法科大学院修了。主な取扱分野はIPO、IR、M&A、スタートアップ法務、訴訟全般。主な著書『新規株式上場(IPO)の実務と理論』(商事法務、2022)ほか

IPOに関わる専門家に求められること

伊東氏:
IPO等に関する見直しの方針について」でも、引受証券会社の新規参入の円滑化が課題として指摘されています。 中堅の引受証券会社の方とお話をしていると、最新情報のキャッチアップに苦慮されているようです。また、一部のIPO支援のコンサルティングを行う専門家がIPO準備企業に対して、古い実務に沿ったアドバイスをしているケースも見られます.

IPOに関わる専門家として最新情報の入手をどうするべきか、皆様の立場からお考えを伺えますでしょうか。

藤原氏:
おっしゃるように、IPOに関わる専門家の中には、背景となる条件が異なるのに、一部の情報だけを切り取って一般論のように話す方も存在します。

これは表面だけ見ているから生じる問題です。物事の本質から考えることが必要です。

コンプライアンスの語源は順応する、適応するという意味の「コンプライ」から来ています。社会の要請に応じた規範を遵守していく、適応することが必要なのです。

スタートアップは法律ができていない領域で事業を行うこともありますが、法律がないからといって、なんでもやっていいわけではないですよね。社会が要請する規範のレベルを鋭敏に感じて守ることが大切です。

この本質から考えないと、IPOにまつわる都市伝説をあたかも一般論のように話す事になってしまうわけです。

ビジネスモデルや事案の本質がまったく違うのに「他社ではOKでした」という方がいて、これも表面しか見ていないから起きる。本質を見ていないのですよね。

松下氏:
私どもは連続してIPOに関わっているのでノウハウが蓄積されています。突然参入されて同じようにできるものでもないですし、品質を確保する体制を構築するのは容易ではないと思います。

ただ、2008年のリーマンショック前は色々な証券会社がありました。新規参入されたとしてもできないことはないと思います。我々でも東証に相談すると「ダメです」と言われることもあります。参入された当初からうまく行くと思わずに相談を重ねるとよいのではないでしょうか。

IPOは華やかに見えますが、専門家がやっている仕事はすごく地味です。お客様である上場準備会社に対して「ダメなものはダメ」と厳しいことも言える専門家でなければ生き残れません。新規参入する時に、その態度を取れますか?と聞きたいです。

藤原氏:
今は色々なところに情報が溢れています。IPOは情報の格差が大きい分野ですが、そこを埋めようと発信されているスタートアップの方もいますし、自ら協会を作って正しい情報を発信する、という取り組みも出てきています。最新情報のキャッチアップに苦慮されている方はそのような情報源にアクセスするのもよいでしょうね。

伊東氏:
東証に専門家向けの相談窓口や、「この実務は本当ですか?」と聞けるような窓口があれば業界全体にとって有益かと思います。通常、上場準備会社の悩みは主幹事証券が解決してくれるはずですが、例えば、主幹事証券会社が付いていない段階で上場準備会社又は当該会社の上場準備支援を行う専門家が東証に相談しても受け付けてもらえるのでしょうか?

永田氏:
東証では、主幹事証券会社が決定していない段階でもIPOに関する相談を受け付けています。「上場を考えているけれども、こんな噂を聞きました」というレベルでも相談は承ります。

私どもとしては、東証の価値観とIPOを支えている方々の価値観があまり違ってはいけない、と常に思っています。 東京と大阪に「IPOセンター」を設置していますので、お気軽にご相談ください。

永田 秀俊氏

永田 秀俊氏

専門家に相談するタイミングはいつ?

上場準備会社はどのタイミングで専門家の方に相談すればよいでしょうか?

松下氏:
証券会社を選ぶ前に、できれば監査法人のレビューを受けてほしいですね。

藤原氏:
直前々期(申請期の2期前、N-2期)の期首を迎える前に、監査法人が期首残高をチェックできるようなタイミングで来ていただけると助かります。

ショートレビューはチームにもよるとは思いますが、私の場合には1週間に一日程度を目安にして1か月〜1.5か月程度の間で実施します。3月決算の場合で言えば、1月から2月にかけてショートレビューを行い、3月の上旬に講評会を開催させていただき、3月末決算に直前々々期(N-3期)末残高、すなわち、N-2期の期首残高の修正を出来るようなスケジュールで検討いただきたいですね。

出来れば、N-3期の上期が終わるぐらい迄には一度お声がけ頂き、状況を勘案しながらその後の対応をさせて頂くのが良いと思っております。

伊東氏:
IPOを目指すのであれば可能な限り早く上場準備支援に精通した顧問弁護士をつけるべきだと考えます。

例えば、創業して間もない時期の譲渡制限株式の処理が不十分だった結果、上場後に訴訟に発展するほどのトラブルになるケースもあります。可能な限り早めに顧問弁護士を付けて取締役会、株主総会など手続面もしっかり行っていただくことが望ましいです。

各種書類の整備や社内規程、契約関係の整理、業法違反の検討、内部管理体制構築、運用面の確認など弁護士が早期に着手すべき事項は多岐にわたります。

伊東 祐介弁護士

伊東 祐介弁護士

IPOに向けて法務担当者が発揮できるバリューとは

IPOに向けて、法務担当者はどのような動きをすればバリューを発揮できるでしょうか。

松下氏:
顧問弁護士と対等な立場で問題を洗い出し、相談できる方が社内にいるかどうかを重視しています。

その人がすべてを知っている必要はありません。対等な議論ができるのであれば法務という肩書きがなくても問題ありません。弁護士の方から話があった時に「これは誰の担当?」という状態になるようでは、上場後も困ることになります。

伊東氏:
松下さんのコメントに関連しますが、自社の問題を洗い出し、部署を横断して問題を解決し、必要に応じて問題の解決に適した弁護士と適切なコミュニケーションをとることが法務機能を担う方の大切な役割だと思います。

IPOを社内でリードしていくのはCFOやIPO準備室の室長となることが多いですが、上場後も継続してその会社が安定的に事業遂行していくには法令違反がないことが大前提です。業界の規制に対応できているかどうかも審査の重要なポイントとなります。自社の業態に合った顧問弁護士をしっかりアサインすることが重要です。

藤原氏:
繰り返しになりますが、法務の方も法的な要件だけではなく経済実態や経済合理性も考えるようにしていただきたいですね。この点は物事の本質を見極めて、社会とのコミュニケーションが正しくできるか、ひいては、ビジネスにおいて顧客の真のニーズを満たせるかなど企業の成長にもつながってきます。

また、IPOの準備という意味では、法務・経理・税務・人事などバックオフィスの連携体制を強くしていただきたいです。

なぜならば、例えば、新規事業を行う場合をとっても、法律、会計、税法、労務にわたるさまざまな論点があるので、複眼的に事前に検討することが大切ですので。

例えば、2021年から適用になった新収益認識基準へ対応するには、会計処理や税務面、法律面のみならずビジネスモデルの観点から考えていく必要があります。法務の方であっても、会社全体のオペレーションコストを考えて社内の連携を進め、バリューチェーンを最適化していく取組みなど企業価値向上にも積極的に関与してほしいですね。

藤原 選氏

藤原 選氏

上場を企業価値向上に取り組むきっかけにしてほしい

最後に、上場を目指す企業の皆さんへメッセージをお願いします。

永田氏:
日本市場は世界的に見ると間口の広いマーケットで、IPOにあたっては、TOKYO PRO Marketも含め活用できる枠組みが数多くあります。上場を目指す企業の皆さんには、ぜひこの環境を活用いただきたいですね。

市場区分再編の議論では、企業価値を高めるモチベーションとなる枠組みを作ることが意識されていました。ですので、私たちが提供している制度のフレームワークは、企業価値向上に向けて活用できるものになっているはずです。

そこで考えていただきたいのは、上場の意義です。上場後は、長期的に投資家と対話していく必要があります。瞬間的なオファリングのために上場するということでは継続できません。何のために上場するのか、企業価値を高めるとはどういうことなのか、改めて考えていただきたいです。

藤原氏:
会社にとってIPOが一大プロジェクトであることは間違いありません。IPOをきっかけに、さまざまな経営管理体制の整備や企業価値向上に向けた土台づくりができるのであれば、素晴らしいことだと思います。

世界的に見ると、日本以外では上場企業数が減少しつつあります。そういう意味で日本は非常に良い環境にあるといえます。日本ならではの上場制度をうまく利用してイノベーションを起こしていくような企業がより多く出てくれば、好循環が生まれ、日本はもっと良くなると信じています。

伊東氏:
IPOは複数の当事者(東証、証券会社、監査法人、弁護士等各種専門家)が各々の立場から慎重に会社に問題がないか審査する一大プロジェクトです。会社の内部を社外の人に洗いざらい見てもらい、フィードバックを受けることはIPO以外にそうないと思います。

IPO準備には相応の負担がありますが、会社が大きく成長するためのまたとない機会です。IPO準備会社におかれましては、IPOのための一過性の取組みではなく、ぜひ中長期的な視点を持って根本的な問題解決に取り組み、企業価値向上につなげていただければと思っています。

松下氏:
ビジネスは上場した後も続くことを理解しているのであれば、あえて「上場をゴールとして捉えてもいい」と伝えたいですね。カッコよく「上場はゴールではない」と言いたいところですが(笑)

IPOで重要なのは、ゴールに向かって皆が1つのものを作りあげていくという一体感です。過程の中で弁護士、監査法人、証券会社といった専門家、東証の方とも最後には仲良くなるのです。

すべての関係者との一体感がなければ絶対にうまくいきません。ぜひ一体感を大切にしてIPOを進めていただきたいですね。

松下 健哉氏

松下 健哉氏

本日はありがとうございました。

(文:周藤 瞳美、写真:岩田 伸久、取材・編集:BUSINESS LAWYERS 編集部)

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