IPOの現在地 取引所・証券会社・監査法人・弁護士が語る
第1回 IPOの動向と見直しに向けた変化
コーポレート・M&A
東京証券取引所は2022年4月に株式市場の区分を変更し、同年8月には「IPO等に関する見直しの方針について」を公表しました 1。IPOを目指すスタートアップ・ベンチャー企業は、この変換期をどう捉え、どのように対応していくべきでしょうか。東京証券取引所 上場推進部長 永田 秀俊氏、大和証券 公開引受第三部長 松下 健哉氏、EY新日本有限責任監査法人 パートナー 藤原 選氏、鳥飼総合法律事務所 カウンセルパートナー 伊東 祐介氏の座談会を前後半の2回に分けてお届けします。
※座談会は2022年10月20日に実施
永田 秀俊
株式会社東京証券取引所 上場推進部長
1995年に株式会社東京証券取引所に入所。2002年から2009年は上場審査部に所属し、国内および海外企業の上場審査業務に従事。その後、株式会社証券保管振替機構への出向を経て、2012年7月より上場推進部において、国内および海外企業の上場誘致・サポート活動を担当。2021年4月より現職に。
松下 健哉
大和証券株式会社 公開引受第三部長
公認会計士事務所を経て、2000年大和証券SMBC(現大和証券)入社。以来一貫して公開引受業務に従事し、大型案件やファンド案件を中心に担当。税理士資格保有。2016年4月より公開引受部長となり主幹事IPO案件を統括。2020年10月より公開引受第三部長。
藤原 選
EY新日本有限責任監査法人 IPOグループ統括 パートナー 公認会計士
上場企業の会計監査とともに、オーナー系企業やスタートアップ企業を中心に多数のIPO業務を経験。異業種とのネットワーキングのみならず、「企業成長サミット」をはじめとした多数のイベントやセミナーの企画・運営・登壇に関わる。 2021年3月よりEY JapanのYouTubeチャンネルにて、IPOや会計情報など多くのナレッジ発信の活動をリード。
伊東 祐介
鳥飼総合法律事務所 カウンセルパートナー 弁護士
鳥飼総合法律事務所入所後、日本政策投資銀行企業戦略部(M&Aアドバイザリー業務)、東京証券取引所上場部(適時開示制度構築・運用業務)、日本取引所自主規制法人上場審査部(IPO審査業務)を経て現職。中央大学法科大学院実務講師、中央大学法科大学院修了。主な取扱分野はIPO、IR、M&A、スタートアップ法務、訴訟全般。主な著書『新規株式上場(IPO)の実務と理論』(商事法務、2022)ほか
高水準を保つ国内IPO、スタートアップ支援の動きも盛んに
まずは、近年のIPOに関するトレンドについてお話しいただけますか。
永田氏:
2022年のIPO社数は111社で、直近10年間では前年の136社に次ぐ高水準でした。
トレンドとして、TOKYO PRO Market(以下、TPM)への新規上場が21社で、昨年の13社から更に過去最多を更新し、上場会社数も初めて60社を超えました 2。
TPMへの上場によって会社の知名度や信用力を向上させ、着実に成長を遂げて、グロースなどの東証市場や、国内の他市場に市場変更する事例、また、資金調達を実現した事例がここ数年で積みあがってきています。また、TPMの重要なプレイヤーであるJ-Adviser(上場審査及び上場管理を担う)の方によりTPM市場の活用を積極的にご提案いただき、上場後においても上場会社への丁寧なサポートを行っていただいていることが、過去最多となった要因として考えられます。
世界全体で見るとウクライナ情勢や金利の影響を受けてIPOの状況は厳しいですが、日本国内では計画をしていた多くの会社がIPOを実現しており、非常に活発といえます。
今後についても、IPO関係者の声を聞く限りでは、変わらず企業のIPOへの意欲自体は旺盛であり、相応の数の企業が上場準備を進めている状況ではないかと思います。
松下氏:
確かに、上場準備の状況は以前と変わりません。市況を見てIPOのタイミングをうかがっている会社が多く、パイプラインは保たれている状況です。
藤原氏:
2021年は近年と比べてもIPO件数が非常に多かったのですが、2022年は2020年程度の水準で推移しました。最近数年で考えれば全体としては大きく落ちているわけではありません。
伊東氏:
2021年は市場区分の見直し前の駆け込みや、株価高騰を受けて上場が活況になった、という話も聞こえていました。今も水準が高いということですが、景気悪化に伴いIPOが見送られているわけではない、と考えてよろしいでしょうか。
永田氏:
市場区分の見直し前の駆け込み的な上場の動きについてですが、そのような動きは特になかったと認識しています。新規上場基準自体は、新市場区分を見据え、2020年11月に先駆けて規則改正を実施しておりましたので、今回の移行に伴う駆け込み的な上場や上場を控えるといった動きはなかったものと認識しています。
松下氏:
マーケットの指標は厳しいのですが、IPOをしたい方々は多いですね。準備自体は進めて上場のタイミングを考えていると思います。
新しい上場審査のあり方とは
東証から「IPO等に関する見直しの方針について」が2022年8月24日に公表されました。背景や狙いについて伺えますか。
永田氏:
政府が掲げている「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」をはじめ、政権としてスタートアップ支援の動きがあるなか、取引所においても「IPOを通じてスタートアップへの資金提供を後押ししてきたい」という思いがあります。
同方針では、宇宙、素材、ヘルスケアなど先進的な領域における研究開発型企業、いわゆるディープテック企業に対し、上場審査およびリスク情報等の開示について検討を進めるとされています。
永田氏:
ディープテック企業は、それぞれの分野で新たな市場をこれから開拓しようとしており、投資家に評価されるだけの技術力や開発力などを有しているものの技術開発及びビジネスモデルの構築が途上であることから、事業計画の前提となるビジネスモデルや事業環境、事業基盤の整備見込みといった上場審査上の確認が従来の確認手法では難しく、相対的に企業価値評価が困難であるという特性があります。
そこで、上場前及び上場時の資金調達におけるVCや機関投資家等からの評価を上場審査で活用する検討が進められています。
松下氏:
これを見た時に、すごく「変わろうとしているな」という印象を受けました。
永田氏:
従来の上場審査では10年後に黒字化を計画している、と言われた場合、申請会社側の説明をもとに検証することになるのですが、10年という期間に亘る事業計画の合理性を確認するのは非常に難しいですよね。
今回の検討は、今までの確認手法とは違う物差し、例えば既存株主である機関投資家に対してヒアリングをする、上場承認までに行われるインフォメーション・ミーティング等における機関投資家の評価を確認する、といった手法を活用できるのではないか、という前向きな話です。
藤原氏:
ディープテックの領域から世界を変えるようなスタートアップが出てほしい、出なくてはいけないと思っています。世界を変えるスタートアップを支援することは資本市場の役割です。
現在、日本のマーケットは、海外のマーケットと比較すると時価総額があまり高くなくても上場できることが特徴です。それはすごく良い面なのですが、上場後の成長は大きな課題となっています。
今は不確実性をリスクではなくチャンスと捉えていくことが重要な時代です。イノベーションは、不確実性からしか生まれません。そういった点に強みを持つ企業がまさにディープテックなので、取引所における上場審査対応の見直しは期待が持てます。
永田氏:
上場審査の手法に加えて、リスク情報等の開示の部分も詰める必要があります。上場後も投資家に評価していただくには、具体的に何を開示する必要があるのか、という視点も大切です。
ビジネスモデルに関する事項はもちろんですが、成長可能性やそれを実現するための事業計画、事業展開の見通し、事業リスクなどは重要な投資判断材料になるのではないかと考えています。
藤原氏:
「IPO等に関する見直しの方針」とは別軸になりますが、開示では財務情報だけでなく、サステナビリティレポートや売上につながる先行指標といった非財務情報が重要視される流れになってきています。
金融庁が開示例を公表しているので、上場している企業、上場を目指す企業の方はこれらを研究して正しく理解していただきたいですね(「企業情報の開示に関する情報(記述情報の充実)」)。
伊東氏:
まさに2022年6月に公表された「ディスクロージャーワーキング・グループ報告」において、サステナビリティ情報等の非財務情報開示の充実や金商法の四半期開示義務を廃止し、四半期決算短信に一本化する方向で見直しすることについて取りまとめが行われ、令和4年度のディスクロージャーワーキング・グループにおいて議論されているところですよね(「議事録・資料等:金融庁 (fsa.go.jp)」)(2022年12月に「金融審議会 ディスクロージャーワーキング・グループ 報告(案)」が取りまとめられている)。
ディスクロージャーワーキング・グループでは投資家に対してどのような開示内容がふさわしいか議論が重ねられているため、上場準備会社においては当該議論の行方も把握しておくと有用かもしれません。
上場審査の問題事例
IPOについての前向きなご意見をいただいていますが、上場審査の場面では問題となるような事例もあると思います。最近の傾向はありますか?
永田氏:
最近特有の新たなビジネスに起因する問題事例を目にすることもありますが、現在でも上場審査で問題となる事例は、企業経営の健全性や内部管理体制などに起因する古典的な問題事例がほとんどを占めます。まずは「上場適格性とは何か」という基本に立ち返って準備をしていただきたいと思います。
伊東氏:
問題事例を挙げるときりがなく、具体的なことは申せませんが、東証在職中に関与した案件も含め印象に残っているのは、経営層が売上至上主義だと法令遵守に意識がいかないことが多いということです。
通常、上場準備会社において問題があっても主幹事証券や監査法人の指摘で是正されることが多いのですが、ワンマンで影響力の強い経営者がトップにいると問題が残ったまま東証審査までいってしまうことがあります。また、経営者が法律・会計上の問題解決はコストでしかないという認識しか持っていない場合、改善が必要な事項が生じたとき、上場のための一過性の措置とすると上場がゴールになり、後から大きな問題に発展する可能性があるため、注意が必要です。
また、SNSの普及や東証を含めた各種の情報受付窓口の増加によって、個人の情報発信力が高まっています。個人の発信によって会社の内部の問題が明るみに出るケースも少なくありません。経営者の方々に対しては、「隠し事はできない時代になっています。上場後も見据えて、問題が生じたときはIPOのための一過性の対応ではなく、根本的な解決を模索すべき」とお伝えするようにしています。
永田氏:
東証ウェブサイトの情報受付窓口には日々、関係者からさまざまな情報が寄せられています。
上場申請に向けて動いている時に従業員の方から東証の情報受付窓口に「うちの会社はこんな不適切行為が行われているのに・・・」と情報が寄せられることもあります。
常日頃から「この会社に問題はないか」と監視している方々が、全方位に存在していると考えなければなりません。
松下氏:
上場準備をされている方は、さまざまな通報窓口があることを把握しておくとよいでしょう。
藤原氏:
不正などの問題事例を整理すると、経営者が関与する不正と従業員主導による不正に区分されます。
経営者の不正は、本人の倫理観の欠如や不誠実さによるもので、非常にやっかいです。このような性向の類はなかなか変わりません。だからこそ、ガバナンスが重視されています。
法的には取締役会や監査役会の要件を満たしていたとしても、それが有効に機能していなければ意味がありません。
法的要件である役員の数を揃えることが目的ではなく、社外役員、取締役、監査役に誰を入れればガバナンスが機能して企業価値を生んでいくのか、という実質論で考えないといけない。
この「実質論=経済的実質」という考え方は、会計の世界で特に重視されます。この考え方は非常に重要で、特に法律家の方にお伝えしたい点です。
経済的実質や実態を考える上では、法形式は必要条件ですが十分条件ではありません。法律系の方は、法形式に加えて経済実態はなにかという視点を意識することも場合によっては有効かもしれません。
従業員による不正はどのような特徴がありますか?
藤原氏:
最近の問題事例や不正には従業員による「忖度型不正」が見受けられます。
経営者は、「不正をするな」「売上を上げろ」と両方のメッセージを送ります。メッセージの優先順位が決まってない場合、「売上を上げなければ・・・」とプレッシャーに感じた従業員が不正に手を染めてしまいます。
社長としては不正をしてまで売上を上げることを指示しているつもりはなくても、メッセージの出し方が悪いと従業員側が忖度してしまうのです。
優先順位を付けてメッセージを発信することも大切ですし、会社のパーパスやミッション・ビジョン・バリューをきちんと策定し、会社として、「正しいことを行う」ことをカルチャーとして醸成しておく必要もあります。
ユニコーンになるようなスタートアップは急成長し、人員も急速に増加していくこともあり、創業初期から企業のカルチャー作りを意識して取り組んでいたりしますね。
赤字上場の例も見られます。上場審査においては問題視されないのでしょうか?
松下氏:
上場審査上、赤字上場も可能ですが、市場の評価は審査とは別物です。
リスクオンの状況でしたら、赤字上場でも買いたい投資家の方はいると思います。今のようにリスクオフの場合、投資家には厳しく見られるでしょう。
伊東氏:
赤字でも上場できる、という言葉だけを捉えてすぐに上場できると安易に考えることは妥当ではありません。
私も上場審査部在籍中に赤字上場の審査に関わった経験がありますが、足下の業績が赤字の場合、財務基盤に問題はないか、事業計画の合理性はあるかを慎重に審査することになります。上場して間もなく倒産したということがあっては投資家に不測の損害を被らせることになりますし、市場の信頼が損なわれるおそれもあるため、審査は当然慎重にならざるを得ません。
足下の業績が赤字の上場準備会社が上場申請をして審査を受ける場合、事業計画が上場準備会社の単なる青写真ではなく、可能な限り具体的な根拠に基づき明確に説明できることが重要だと考えます。
その他、上場審査において気になる事例はありますか?
伊東氏:
上場準備業務のうち、「内部管理体制の規程作成や運用を全部外注しようと思う」という相談を受けたことがあります。皆様のお立場から、「ここは自社でやってほしい」と思われる事例はございますか?
松下氏:
証券会社としては、そもそも外部の業者にどこまでやってもらうのか確認します。
外部の専門家に素材を提供し、文書化してもらったものを社内で確認するのであればまだ良いと思いますが、丸投げは避けるべきでしょう。
藤原氏:
監査法人としては、アウトソーシング自体の良し悪しよりも、アウトソーシングした成果物をきちんとモニタリングしてコントロールできる体制が機能しているかどうかを確認するようにしています。それができていないと内部統制が機能していない、という評価につながりかねません。
特にアウトソーシング先である外部の方は、社内の情報を全部持っているわけではないですよね。会計処理や財務情報の開示をする際には、その処理などに必要なあらゆる情報を集めて検討する必要があるので、外部者であるがゆえに必要な情報や考慮要素を収集できないリスクは出てきます。そうなると、結局正しい会計処理や適切な開示が行われないことになります。
だからこそ、全てを丸投げするのではなく、会社内部の者がある程度はコントロールしないといけません。
(文:周藤 瞳美、写真:岩田 伸久、取材・編集:BUSINESS LAWYERS 編集部)
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2022年12月16日「IPOに関する上場制度等の見直しについて」が公表されました。 ↩︎
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本文中の件数については対談実施後、アップデートした実績数値を記載しています。 ↩︎