温室効果ガス削減の基準を満たさない事業者との取引の打ち切り - SDGs・ESGと独占禁止法
競争法・独占禁止法 更新行政官庁が定める指針により、ある特定のサービスを提供する事業者に対して温室効果ガス排出量を毎年3%削減することが努力義務として定められていますが、当該サービスの提供をするにあたり、上記努力義務を履行していない事業者との取引を取りやめることに問題はないでしょうか。
それが自社の社会的責任を果たすという目的により行われたものであれば、独占禁止法上問題なく実施することができるものとされています。しかし、独占禁止法上の違法行為の実効を確保するための手段として取引を拒絶する場合や、競争者を市場から排除するなどの独占禁止法上不当な目的を達成するための手段として取引を拒絶する場合には、独占禁止法上問題となることがあります。
解説
目次
事業者によるSDGs・ESGへの取組み
近時においては、地球規模での課題として企業を取り巻く環境の変化も著しく、SDGs(持続可能な開発目標)、ESG(Environment・Social・Governance)への取組みが注目されています。
この点に関しては、令和5年6月に施行された脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律(GX推進法)に基づき、炭素に対する賦課金(化石燃料賦課金)や排出量取引等を内容とするカーボンプライシングの導入、GX経済移行債の発行が決定されています。
また、エネルギーの脱炭素化に関連しては、企業活動における温室効果ガスの削減や省エネルギーを目的として、さまざまな法律によって国や自治体への定期報告が求められます。かかる報告を怠ると行政処分や罰則を受けることもあります。
これらの対応では、国の法令のみならず事業拠点が所在する自治体の条例・規則・指導要綱や海外での規制についての検討も必要不可欠となり、各国・各自治体で上記各規制の対象となるのかということも把握しなければなりません 。
令和5年独禁法ガイドライン(グリーンガイドライン)
令和5年3月に、公正取引委員会から、「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方」が公表され、令和6年4月24日に改定版が公表されました(以下、改定後のものを「グリーンガイドライン」といいます) 。
グリーンガイドラインでは、グリーン社会(環境負荷の低減と経済成長の両立する社会)の実現に向けて、事業者や事業者団体がさまざまな取組み(たとえば、温室効果ガス削減・エネルギー使用量削減・使用プラスチック削減等に向けた取組み)を行う場合における約80の想定例を取りあげ、独占禁止法上の問題についての判断枠組みや判断要素を説明しています。
その概要については、猿倉健司「カーボンニュートラル・SDGsへの取り組みに関する独占禁止法上ガイドラインのポイント」(牛島総合法律事務所 ニューズレター・2023年8月15日)をご参照ください。
また、改定後のグリーンガイドライン4頁では、「事業者等が、公正取引委員会に対して自らの取組について事前相談等を行うに際して、当該取組がグリーン社会の実現に向けたものであることの根拠や当該取組の競争促進効果としての脱炭素の効果、規制及び制度の変化等について主張する場合…には、公正取引委員会は、これらを踏まえた判断を行う。…一方、独占禁止法に違反する行為については、厳正に対処していく。」と説明されています。
以下においては、下記のグリーンガイドライン等の内容を紹介いたします(以下においては、改定後のグリーンガイドラインの想定例番号で説明します)。
- グリーンガイドライン 想定例54参照
- 「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」第2部第3参照
温室効果ガス削減を推進することを目的とした取引の拒絶
事業者がどの事業者とどのような条件で取引するか(取引先の選択)は、基本的には事業者の自由です。そのため、価格・品質・サービス等のさまざまな要因を考慮して、独自の判断で特定の事業者と取引しないことも、基本的には独占禁止法上問題となりません。
たとえば、事業者が、サプライチェーン全体における温室効果ガス削減を目的として、一定の温室効果ガス削減目標を達成することができない事業者と取引しないことを、独自の判断で決定するなど、合理的な範囲で行われると評価される取引拒絶は、独占禁止法上問題とならないとされています。
取引拒絶が独占禁止法に違反する場合(単独の拒絶)
一方で、①独占禁止法上の違法行為の実効を確保するための手段として取引を拒絶する場合や、②競争者を市場から排除するなどの独占禁止法上不当な目的を達成するための手段として取引を拒絶する場合には、独占禁止法上問題となることがあります。
たとえば、一定の競争制限効果を有し市場における競争を実質的に制限するものと評価される場合(独占禁止法3条、2条5項・6項)、公正な競争を阻害するおそれがあると評価される場合(同法19条、2条9項、一般指定2項 1)などには、独占禁止法上問題となります 2。
- 独占禁止法3条
事業者は、私的独占又は不当な取引制限をしてはならない。 - 独占禁止法2条
5 この法律において「私的独占」とは、事業者が、単独に、又は他の事業者と結合し、若しくは通謀し、その他いかなる方法をもつてするかを問わず、他の事業者の事業活動を排除し、又は支配することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限することをいう。
6 この法律において「不当な取引制限」とは、事業者が、契約、協定その他何らの名義をもつてするかを問わず、他の事業者と共同して対価を決定し、維持し、若しくは引き上げ、又は数量、技術、製品、設備若しくは取引の相手方を制限する等相互にその事業活動を拘束し、又は遂行することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限することをいう。
- 独占禁止法19条
事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない。 - 独占禁止法2条
9 この法律において「不公正な取引方法」とは、次の各号のいずれかに該当する行為をいう。
- 一般指定(その他の取引拒絶)
2 不当に、ある事業者に対し取引を拒絶し若しくは取引に係る商品若しくは役務の数量若しくは内容を制限し、又は他の事業者にこれらに該当する行為をさせること。
前述①のとおり、事業者が、独占禁止法上違法な行為の実効を確保するための手段として取引を拒絶することは、「不公正な取引方法」に該当し違法となるとされています(独占禁止法19条、2条9項、一般指定2項(その他の取引拒絶))。
- 市場における有力なメーカーが、流通業者に対し、自己の競争者と取引しないようにさせることによって、競争者の取引の機会が減少し、他に代わり得る取引先を容易に見いだすことができなくなるようにするとともに、その実効を確保するため、これに従わない流通業者との取引を拒絶
また、前述②のとおり、市場における有力な事業者が、競争者を市場から排除するなどの独占禁止法上不当な目的を達成するための手段として、次のような行為を行い、これによって取引を拒絶される事業者の通常の事業活動が困難となるおそれがある場合には、当該行為は不公正な取引方法に該当し、違法となるとされています。
- 市場における有力な原材料メーカーが、自己の供給する原材料の一部の品種を完成品メーカーが自ら製造することを阻止するため、当該完成品メーカーに対し従来供給していた主要な原材料の供給を停止
- 市場における有力な原材料メーカーが、自己の供給する原材料を用いて完成品を製造する自己と密接な関係にある事業者の競争者を当該完成品の市場から排除するために、当該競争者に対し従来供給していた原材料の供給を停止
独占禁止法上問題となるか否かについては、以下のような要素が総合的に考慮されます。
- 取引を拒絶される事業者の事業活動が困難になるかどうか
- 市場における競争に与える悪影響
- 行為者および競争者の市場における地位
- 行為の期間、行為の態様
行政官庁が定める基準のみならず、上位のサプライチェーン企業が独自に定めた基準を取引先事業者に遵守させる行為についても同様であり、当該基準の内容や遵守させる態様等に即して、違法かどうかが個別に判断されます(本パブリックコメント3−6参照)。
優越的地位の濫用が問題となる場合
取引拒絶が不公正な取引方法として問題ないとされた場合であっても、それが優越的地位の濫用によりなされる場合には別途独占禁止法上問題になることはあり得ることから、「単独の取引拒絶」と「優越的地位の濫用」については、それぞれの観点から違反行為となるかどうかが個別に判断されます(本パブリックコメント3−10参照)。
実際にも、取引先からESGへの取組みが不十分であることを理由に、契約を解消される可能性のある事例が紹介されています 3。
- ポルシェは、部品供給メーカーに対して同社への納品部品は100%再生可能エネルギーを使用して生産することを義務化
- BMWは、供給メーカーのカーボンフットプリントを調達選定基準の1つにする
- メルセデス・ベンツは、将来的にカーボンフリーの部品のみを供給する旨の覚書を部品供給メーカーと締結
取引解消を手段として不利益を受け入れさせる場合には、独禁法2条9項5号ハの「取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し、若しくは変更し、又は取引を実施すること」に該当しうるとの指摘もなされています(本パブリックコメント4−4の意見の概要参照)。
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市場における競争が実質的に制限され、私的独占として違法となる場合の考え方については、公正取引員会「排除型私的独占に係る独占禁止法上の指針」(改正:令和2年12月25日)によって、その考え方が明らかにされています。 ↩︎
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「ポルシェ、再生可能エネルギー100%での生産を部品供給メーカーに義務化」(JETROビジネス短信・2021年7月13日)参照 ↩︎

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