業務委託契約でトラブルになりやすい損害賠償 - 裁判例と条項例を解説
取引・契約・債権回収業務委託契約を巡る裁判例では、損害賠償について、どのような争いが生じることが多いですか。また、裁判となった場合に備えて、どのようなことに注意して業務委託契約書を作成・レビューすべきかを教えてください。
委託業務が想定通りに実施されず、委託者が受託者に対して損害賠償を請求する裁判では、受託者が負うべき損害の範囲が争点となることが極めて多いです。
業務委託契約書の作成・レビューにあたっては、取引において引き受けた責任の程度に応じた適切な範囲となっているかどうかを意識するとよいでしょう。
もっとも、裁判となった場合には、契約条項の解釈にあたってさまざまな事情が考慮に入れられますので、条項の文言がすべてではないということには注意が必要です。
解説
業務委託契約を巡る紛争とは
業務委託契約書とは、その名のとおり、委託者が何らかの業務を第三者(受託者)に委託(外注)することを内容とする契約書です。委託する業務の内容等によって、「清掃業務委託契約書」「ソフトウェア開発委託契約書」などさまざまな類型があります。
業務委託契約書作成上の一般的な注意点は、「業務委託契約書の作成・レビューにおける留意点」で説明したとおりです。
今回の記事では、想定されたとおりに委託業務が履行されず、委託者に生じた損害の補償が争点となった裁判例を取り上げて、どのように契約解釈がなされたかを紹介します。さらに、それを踏まえて、契約書作成にあたって留意すべき事項を解説します。
業務委託契約に関して起きやすいトラブルの概要については、「業務委託契約で起きやすいトラブルとは? 5つのポイントを紹介」をご覧ください。
業務委託に関連する損害賠償が問題となった裁判例
業務委託契約の履行過程で違反等が生じた場合、当事者に生じる影響は同契約の対象としていた経済的利益の範疇にとどまらず、それから派生した利害関係にも及ぶことがあります。そのため、契約違反によって、結果的に、取引金額を上回る損害賠償の支払を命じられることもあります。
たとえば、次のような裁判例があります。
東京地裁平成31年3月28日判決 1
- 事案の概要
受託者は、委託者からダイレクトメール発送業務等についての業務の委託を受け、その一部業務を第三者に再委託したところ、第三者の下で個人情報の漏洩事故が発生した。受託者が業務委託料約2,200万円の支払を請求したところ、委託者は、漏洩事故の発生について、受託者側の債務不履行に基づく損害賠償請求を主張した。 - 裁判所の判断
個人情報の漏洩事故について、受託者は顧客の個人情報を第三者に漏洩しないという付随義務に違反しているとして債務不履行を認定した。委託者は、個人情報の漏洩事故がきっかけで、元の依頼主との取引を停止されることとなったことから、取引停止によって本来得られるべき利益が失われた(逸失利益)ことについて約2,800万円の損害賠償責任を認めた。
この事例では、損害賠償責任を限定する規定については主張されておらず、業務委託契約書中にそのような定めは存在していなかったものと思われ、結果として委託料2,200万円を上回る損害賠償を命じられています。
これに対して、損害賠償を限定する規定が存在した事例として、次のような裁判例があります。
東京地裁平成29年9月27日判決 2
- 事案の概要
ゲームソフトの開発に関する業務委託契約に基づき、受託者は開発の試作品制作までを行った段階で、その後の本制作や製品化後のオンラインゲームの運営を待たずに委託者が業務委託契約を解除した事案。受託者は、委託者に対して、ゲーム完成後の運営から得られるべきだった利益(逸失利益)等について約3,000万円の損害賠償を請求した。 - 裁判所の判断
業務委託契約書は交わされていなかったが、交渉段階で契約書の草稿が取り交わされていたことから、当該草稿に沿う内容の契約の成立を認定した。そして、契約書の草稿において次のような条項があったことを根拠に、ゲーム完成後の運営段階において得られたであろうはずの利益などの損害賠償請求を認めず、解約月の未払報酬相当額85万円のみを損害賠償として認めた。
「委託者は、いつでも任意に本契約を解除することができる。この場合、委託者は、受託者に現実に生じた直接かつ通常の損害を賠償する。」
東京地裁平成31年3月28日判決が契約の履行過程で生じた事故を取り扱ったものであるのに対し、これは取引を解消された後の損失の補填を問題とした事例であり、状況が異なるため、そのまま比較することはできません。
もっとも、この事例では、損害賠償の限定が規定されていたことで、委託者側は、過大な賠償額を支払うことを免れられたということができます。
業務委託契約作成上の工夫
前記の東京地裁平成29年9月27日判決に見られるように、損害賠償責任を限定する規定を設けておくと、実際に紛争が発生した場合に責任の拡大を防ぐことが期待できます。
たとえば、次のような条項を設けることが考えられます。
委託者および受託者は、本契約に起因しまたは関連して一方当事者が他方当事者に対して負担する損害賠償責任は、本件業務委託の対価を上限とすることを合意する。
受託者側からすると、業務の履行についてミスが生じた場合の賠償責任が過大とならないよう、賠償責任を限定する方向での規定を望むことが多くなると思われるものの、受託者側が損害賠償を求める立場となることもあり得ます。立場が反対となるものの、賠償責任を負担する立場と求める立場のいずれもあり得るのは委託者側も同様です。
上記条項例では、双方にとって公平となるように一律に上限額を適用することを想定しています。これとは異なり、損害賠償責任の発生原因に応じて個別の規定を設ける方法や、補償の範囲に含まれる損害の種類について定めておく方法もあります。
損害賠償責任を制限する規定や、賠償額を定めておく規定(違約金規定)は、当事者間の交渉力の差異やその内容等に応じて、その効力を否定または制限される可能性があり(たとえば民法90条や下請法によって規定が無効となる可能性)、それらの条項を常に適用できるとは限りません。
もっとも、不測の事態をできる限り回避するという観点からは、契約上でそれらの規定を設けておくことを検討するとよいでしょう。
おわりに
本記事では、業務委託契約に関して、損害賠償責任が争点となった裁判例を取り上げ、契約解釈と、それを踏まえ契約書作成にあたって留意すべき事項や条項例について解説しました。
業務委託契約の内容を検討する際には、紛争となった場面や相手方当事者との関係のみならず、契約期間中のオペレーションや下請代金支払遅延等防止法ほかさまざまな規制との整合性も考慮する必要があります。
また、本記事では条項作成上の工夫を説明しましたが、実際の裁判では、契約書の文言に自動的に従って解釈が決まるわけではなく、取引の背景事情・目的や当事者の属性など、さまざまな事情が考慮されたうえで、判断がなされます。
契約書の条項が常に絶対的な判断基準となるということではありませんので、この点は誤解されないようにしてください。
本記事で示したように、契約交渉段階の行為規範としては、争いの対象となりやすい事項を把握したうえで条項作成に活かすとともに、取引の内容を精査して、実態に即した契約書を作成することが大切であるといえるでしょう。

隼あすか法律事務所
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