ウィズコロナ、アフターコロナの法律事務所

第3回 妥協しないサービス提供を楽しみ、「選ばれる事務所」へ – 森・濱田松本法律事務所

コーポレート・M&A
棚橋 元弁護士 森・濱田松本法律事務所外国法共同事業

目次

  1. コロナを機会と捉え、ITを活用した経営にシフト
  2. クライアントに高い品質のサービスをどう提供するか オンラインでも言い訳は許されない
  3. 「オンラインでできること」と「リアルでないとできないこと」の判断が重要に
  4. 妥協しないサービス提供を楽しみ、ビジョンを実現する

「コロナ前に戻す発想はない、この機会を生かしたい」と力強く語ったのは、森・濱田松本法律事務所の棚橋 元弁護士。

ウィズコロナ、アフターコロナ時代に求められる法律事務所のあり方とはどのようなものか、同氏に「コロナ後」を見据えた事務所経営の方針を伺いました。

コロナを機会と捉え、ITを活用した経営にシフト

新型コロナウイルス感染症が流行し、案件等にはどのような影響がありましたか。

4月、5月は一定の影響があるかもしれないと感じましたが、弁護士の実働時間を見るとほぼ影響はありませんでした。6月以降は例年以上の忙しさです。

どのようなご相談が多かったですか。

上場企業・非上場企業を問わずに資金調達需要が見られました。銀行からの借入や資本市場を通じた調達を求めるケースなど様々です。

再生案件や倒産案件の増加も想定されたところで、もちろん一定数ありますが、私どもへのご相談が特に増えたという感覚はありません。

経済環境が悪化しているというデータを目にしていたので、意外な結果です。

人の動き、経済活動の総量が減ったのは間違いないですが、IT関連の企業などは新型コロナウイルスの流行前より業績が良くなっています。コロナの影響で買収対象企業の価格が下がったことを好機と捉え、M&Aを検討する企業もありますね。

案件のほかに、コロナによって貴所にはどのような変化が生じていますか。

社会が変革する転換点には、間違いなく色々な機会があります。事務所のマネジメントを担う身として頭にあるのは「この機会をどう生かすか」だけです。元に戻す発想はありません。

たとえば、どのような形で機会を生かしますか。

弁護士、スタッフも含めて事務所のあり方、仕事のやり方、勤務態勢を良い方向に変えるチャンスです。今までもTeamsやZoomは事務所のシステムに実装されていたのですが、殆ど使われていませんでした。今だとこれらでやらざるを得ないですよね。また、これまではオフィスに出てくるのが当然の前提でしたが、毎日結構な通勤時間をかけて出勤するのが絶対必要なのか、見直しの契機となっています。

チャンスを生かすためには何が必要なのでしょうか。

テクノロジー・ITの活用が非常に重要です。法律事務所に限らず、事業会社、どの団体組織にも共通して、ITを理解した経営者の存在がポイントになると思います。

業務のあり方、働き方、コミュニケーションの方法を変えたい。このためにはITで「解決できるか・できないか」がとても重要となります。ITを活用する場合、割と細かい仕組み・仕様まで判断が求められますので、経営陣の中枢層が、ITで解決できる・できないのか、できる場合は実現・実装にどのくらい時間がかかるか理解しているかどうかでスピード感も変わります。

貴所のITに関する意思決定はどのようにされているのでしょうか。

私も含めたマネジメント・コミッティのメンバーで議論したうえで、パートナー、アソシエイト、スタッフの意見も聞きながら進めます。

当事務所の飯田 耕一郎弁護士はITを活用して物事を解決することが好きです。彼がマネジメント・コミッティにいることで、所内のIT化がうまく進む点は大きいですね。

では、貴所内でのIT導入もスムーズに進みそうですね。

ITの「管理する」側面に対して否定的な意見が出ることもあります。

たとえばCOCOA 1(脚注)のようなプラットフォームは有用な面がありますが、「このアプリを入れたら自分たちの行動が管理されるんじゃないか」と思われると、いま導入と言われても拒否感が出て普及しないですよね。

でも、すでに皆が自然に使っているプラットフォームがあり、そのパラメータを変えることで活用すると、多くの人による利用を確保できると思います。弁護士事務所も大きくなれば感覚に基づく経営のみではダメで、データに基づいた経営が必要です。そのためには、利用者の抵抗感や面倒と思う感覚を払拭し、良いデータが集まることが必要で、これは事務所の経営における課題の1つです。

森・濱田松本法律事務所 棚橋 元弁護士

森・濱田松本法律事務所 棚橋 元弁護士

クライアントに高い品質のサービスをどう提供するか オンラインでも言い訳は許されない

新型コロナウイルス感染症の流行を契機としたIT活用の具体例について教えてください。

私たちに限らないと思いますが、リモートでの働き方を推奨し、ITを用いたコミュニケーションが中心になりました。

所内ではTeamsの活用が多いですね。特に若手の弁護士は、同世代や年が近い先輩とのやりとりはほとんどTeamsを利用しています。チャット形式のコミュニケーションツールは飯田弁護士がずっと提案していたのですが、コロナをきっかけに実際に広く利用しはじめるようになりました。むしろこうしたコミュニケーションのほうが得意だという層もいるようです。

クライアントとの関わりで生じた変化や、工夫したポイントはありますか。

元々、当事務所はリアルな会議を重視していて、会議室も多く設けています。事業会社の方とは、「まずは1回お会いしてお話しましょう」ということが多かったのです。ところが、新型コロナウイルスが流行し、圧倒的にメールとZoom・Teams等を中心としたオンライン会議になりました。

4月から6月の会議室予約数を前年度と比べると、2019年は約9,500件だったのに対し、今年は約1,400件で前年度と比べて約15%の件数です。もっとも、最近はかなり会議数も増えてきていて、概ね前年度同月比で半分近くというところです。

重要な会議や機密性の高い案件は今でも必ず対面での場で行っています。また、複数の当事者が参加する交渉はオンラインでは難しいですね。

オンライン中心になって心がけたことはありますか。

クライアントに提供するサービスの品質を落とさないことです。オンラインだから仕方ない、といった言い訳は許されません。

込み入った分析をもとにお話をするときに、オンラインの会議システムで本当に伝わるのか。また、お客様の真のニーズに応えられているのか。リアルでの説明を通じてこそ、弁護士の価値が伝わるのではないか、という考え方もあります。

ただ、コロナの影響がいつまで続くかわからない状況でリアルに戻す発想のみでは変化に対応できません。オンラインでも質が落ちないようにコミュニケーションを取っていくことは大きな課題です。

そのほか、質の面で重視されていることはありますか。

法律文献のリサーチは重要です。クライアントから我々に求められるのは、当事者の方ではたどり着けない、どう考えるべきかもわからない問題の解決です。そのためには、まず、関連する文献に網羅的に当たることが必要です。

事務所のライブラリーには75,000冊を超える文献を備えています。ライブラリーに来ればあらゆる文献に当たることができますが、外出が難しい場合もあります。そのため、当事務所ではオンライン上で文献を見ることができるプラットフォームの開発に参画し、そのサービスの提供を受けています。

私は30年以上経験を積んでいますので、自分の専門分野については概ね文献の内容を把握していますが、若手だと関連する文献を幅広く調べないとわからない場合があります。そのため、まずはオンラインのプラットフォーム上で関連する文献を探し、掲載されていないものは事務所に出て調べる、という使い分けをしてもらっています。

オンラインによる育成に課題を抱えている方も多く見られます。

育成は大きな論点です。成長を促すには、OJTや対面のやりとりの中で身につけられることが相当あると考えています。

緊急事態宣言が出ていた間は在宅勤務にしていましたが、今はオンラインでできることはオンラインで完結させ、業務上の必要に応じて事務所に出てくるようにしています。その裏には、若い方たちの成長機会を奪わないようにしたい、という思いがあります。

ただ、リアルな環境でないと本当に成長しきれないのだろうか、という疑問は抱いています。成長のためにリアルな場に戻すのは一番簡単ですが、戻るだけではその先のステージに進めないですよね。

自分自身にもまだ明確な答えはないですが、ツールの導入や取り組み方の工夫だけではなく、もっと本質的なところでアプローチしないと、オンラインの環境下での育成は実現できないと考えています。

森・濱田松本法律事務所 棚橋 元弁護士

「オンラインでできること」と「リアルでないとできないこと」の判断が重要に

今後、法律事務所や弁護士はどういう変化・対応をしていくべきでしょうか。

以前の形に戻ることを考えるのではなく、コロナを機会にして働き方、クライアントに対するサービス提供、コミュニケーションの方法など、新たなあり方を目指していくべきです。

繰り返しになりますが、重要なのは質の確保です。オンラインだから無理だった、という話は許されません。

そのためには「オンラインでできること」と「リアルでないとできないこと」の判断がとても重要です。経営サイドは、各弁護士がその判断に従ってそれぞれ最適な仕事ができる環境を整えていくべきだと考えています。

これから、新たにオンラインで取り組もうとしていることはありますか。

毎年開催していたセミナーをオンラインで実施しようと考えています。

例年は2000人に近い方々にご出席いただき、セミナー終了後にバンケットルームで懇親の場を設け、クライアントの方とも直接お話していたのですが、今はそこまでの人を集めるセミナーは実施できません。

このような状況だからこそ、今までと発想を変えてオンラインで信頼関係を築く方法を考えています。オンラインにはアクセスのハードルを下げるというメリットもあり、いろいろな工夫の余地があると思います。たとえば聴講しているタイミングで講師に簡単に連絡をとることもできます。いろいろな仕掛けを考えていますよ。

妥協しないサービス提供を楽しみ、ビジョンを実現する

これから、事務所として目指すビジョンについて教えてください。

ダイバーシティ&インクルージョンが重要と考え、マネジメントコミッティのもう1名である松村弁護士が尽力し、所内のスタッフ全員からコメントをもらったうえでポリシーを作成し、周知しています。多様性を認識し、それを各個人が受容して、それぞれの能力を最大に発揮できる組織にしたいですね。

参考:MHM Diversity & Inclusion Policy

今の状況はいろいろな意味で働き方の多様性を実現する機会です。各人の状況に応じて、力を発揮できるような組織を目指しています。

これから志望される方々も含め、貴所の将来を担う方々へのメッセージをお願いします。

ダイバーシティを実践するうえで実は大切となってくるのは、コアバリューです。私たちは「Firm of Choice(選ばれる事務所)」、クライアントが最も重要な問題に直面した場合、最も複雑な課題をかかえた場合、最も迅速な解決が必要となった場合に、まず頼りにされ、コンタクトされる事務所であり続ける、という経営ビジョンを掲げております。

参考:経営ビジョン

この方針を実現するために必要なことは、自分の専門性を持ち、妥協しないサービス提供を楽しむことです。妥協しない仕事をするのは大変で苦しいとなると月並みです。いかに楽しくできるかが重要です。

これはオンラインが中心になったとしても変わるものではありません。この考え、コアバリューに共感できる方々とぜひ一緒に働きたいですね。

森・濱田松本法律事務所 棚橋 元弁護士

(写真:弘田 充、取材・編集:BUSINESS LAWYERS 編集部)


  1. COVID-19 Contact Confirming Application。厚生労働省が新型コロナウイルス感染症の拡大防止に資するよう、新型コロナウイルス感染症対策テックチームと連携して開発した新型コロナウイルス接触確認アプリ。 ↩︎

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