新型コロナ感染拡大で契約紛争が多発する中国 裁判所の不可抗力認定基準は
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現在、中国の新型コロナウイルス感染拡大が収束の兆しを見せていると報じられているものの、新型コロナウイルス感染拡大に関連する契約紛争が多数発生しており、不可抗力の認定が紛争の争点となるケースが多くあります。
中国では新型コロナウイルス感染拡大の状況を受け、最高裁判所、多くの省、自治区および直轄市高等裁判所ならびに一部の地方裁判所は、経済と社会の安定のために、新型コロナウイルス感染拡大関連の契約紛争についての指導意見を示しています。本稿では、不可抗力の認定に焦点を当て、中国国内裁判所による契約紛争案件における不可抗力問題の処理を分析します。
なお、不可抗力に関する基本的な解説については、「中国・新型コロナウイルス感染拡大と現地日系企業の法的対応(3)- 不可抗力」をご参照ください。
新型コロナウイルス感染拡大は不可抗力に該当するか
浙江省高等裁判所は、「新型コロナウイルス肺炎感染拡大関連の商事紛争の裁判に関するいくつかの問題に対する回答」(以下、「浙江省高等裁判所回答」といいます)で、新型コロナウイルスの流行は不可抗力に該当するものの、すべての商事契約の履行を妨げるものではないと指摘しました。
また、新型コロナウイルス感染拡大の前に締結された商事契約について、いずれかの当事者が新型コロナウイルス感染拡大に影響されることを理由に、契約を履行できないとして契約の解除を主張する場合、裁判所は、契約が締結された時期、契約の履行期限、代替措置が取れる可能性、および履行コスト等の要素を考慮し、新型コロナウイルス感染拡大による影響の度合いを総合的に考え、個別に判断が必要との指導意見を示しています。
貴州省高等裁判所は、同様に、「新型コロナウイルス肺炎感染拡大関連の商事紛争の裁判に関する実施意見」で、新型コロナウイルスの流行は不可抗力に該当するものの、すべての商事契約の履行を妨げるものではないと指摘しました。裁判所は、法律規定を正しく理解し、裁判尺度を適切に把握し、契約が締結された時期、契約の履行期限、代替措置が取れる可能性、および履行コスト等の要素を考慮し、不可抗力の抗弁を法に基づき認定しなければならないとの指導意見を示しています。
総合的に見ると、中国国内の裁判所は基本的に、新型コロナウイルスの感染拡大と地方政府により実施された強制力を伴う抑制策は、予見不能、回避不能かつ克服不能といった客観的状況に該当し、不可抗力として認められるべきと判断しています。ただし、当事者の不可抗力を理由とする契約責任の減免または契約の解除の主張(以下、「不可抗力抗弁」といいます)を支持すべきか否かは、依然として個別の判断が必要と考えます。
渉外商事契約紛争に関する不可抗力の問題の判断基準
内モンゴル自治区高等裁判所は、「新型コロナウイルス肺炎感染拡大関連の商事紛争の裁判に関するガイドライン」(以下、「内モンゴル高等裁判所ガイドライン」といいます)で、新型コロナウイルス感染拡大により渉外商事契約の履行に影響を与える場合、契約に不可抗力に関する定めがある場合は同定めにより処理し、不可抗力に関する定めがない場合、当事者は中国国際貿易促進委員会に不可抗力の事実性証明を発行するよう申請することができ、裁判所は、法律に基づき中国および外国の当事者の合法的権益を平等に保護するよう、渉外商事訴訟を適切に処理しなければならないとの意見を示しています。
また、2020年1月1日に施行された「外商投資法」に基づき 自治区に投資した外国および香港、マカオ、台湾の投資家は、新型コロナウイルス感染拡大により投資について紛争が発生した場合、裁判所は、関連する当局と調整、問題を解決するよう努めるべきとしています。
北京市第四中級裁判所は、「新型コロナウイルス肺炎感染拡大により影響を受けた渉外企業のための法律リスク防止コントロールの提案」で、契約に不可抗力に関する定めがある場合は同定めにより処理し、不可抗力に関する定めがない場合、企業は契約履行の特徴および目的に基づき、政府による隔離措置に関する措置、交通管制、就業延期等の証拠を迅速に収取し、合理的な期間で中国国際貿易促進委員会に不可抗力の事実性証明を発行するよう申請することができ、同委員会の商事認証センターオンライン認証プラットフォームを通じ、不可抗力に関する事実性証明を発行できるとの意見を示しています。
不可抗力抗弁における責任減免の問題の判断基準
湖北省高等裁判所は、「新型コロナウイルス肺炎感染拡大関連の商事紛争の裁判に関するいくつかの問題に対する回答」(以下、「湖北省高等裁判所回答」といいます)で、裁判所は、当事者による責任減免の主張を審査する場合、以下の原則に従わなければならないとしています。
- 当事者が新型コロナウイルス肺炎感染拡大を理由に契約上の責任の一部または完全な免除を主張する場合、主張する同当事者が、挙証責任を負います。
- 裁判所は、「中華人民共和国突発事件対応法」、「中華人民共和国感染症予防法」およびその他の関連法規定、ならびに当事者の住所地または契約履行地の人民政府が発行する特定の対応策および契約に定められている履行方法ならびに違約行為の具体的な内容を審査しなければなりません。
- 裁判所は、重点的に、新型コロナウイルス感染拡大と違約行為および違約による損害の間に因果関係が存在するか否かを審査しなければなりません。
- 裁判所は、「原因と責任比例の原則」に基づき、当事者が負うべき責任を認定しなければなりません。すなわち、当事者の契約違反がすべて新型コロナウイルス感染拡大に起因する場合、当事者の主張を支持し、当事者の契約違反は新型コロナウイルス感染拡大に起因する以外に、当事者に帰すべき事由がある場合、「原因と責任比例の原則」に基づき、当事者に相応の責任を負わせる判決を下さなければなりません。
不可抗力に基づき契約解除を主張する問題の判断基準
不可抗力に基づき契約解除を主張する問題をいかに処理するかについて、浙江省高等裁判所は、「浙江省高等裁判所回答」で以下の判断基準を示しました。
- 新型コロナウイルス感染拡大が契約の履行に影響を与えていない場合には契約を継続して履行しなければならず、当事者が不可抗力を理由に契約解除を主張する場合、裁判所はこれを支持しません。
- 新型コロナウイルス感染拡大が契約の履行に一定の影響を与えたものの、契約の履行不能または当事者に明らかな不公平、契約目的の実現不能に至らなかった場合には、取引促進の原則に基づき、契約上の履行期限、履行方法、一部の契約内容の変更等の方法により、当事者による継続的な契約の履行を促すべきであり、当事者が不可抗力に基づき契約の解除を主張する場合、裁判所は原則的にこれを支持しません。
- 新型コロナウイルス感染拡大および政府部門が講じた対応策により契約の履行が根本的に不可能になった場合、裁判所は、当事者からの契約解除の求めを支持します。
- 新型コロナウイルス感染拡大が契約履行に重大な影響を与え、継続して契約を履行することにより、当事者に明らかな不公平、契約目的の実現不能に至る場合、公平性の原則に基づき、情勢変更の規定を参照し、処理しなければなりません。
また、「湖北省高等裁判所回答」および「内モンゴル高等裁判所ガイドライン」は、新型コロナウイルス感染拡大が契約履行の影響度合いが、契約目的の実現不能に至るか否か、新型コロナウイルス感染拡大が契約目的の実現不能と因果関係があるか否か等の側面で個別に判断する必要があるとしています。とりわけ、契約目的が実現可能である場合、裁判所は、当事者と調整し、契約履行の内容の変更を求め、契約解除の請求に対して慎重に判断しなければならないとされています。
不可抗力の期間の判断基準
不可抗力の期間をどのように判断すべきか
広西壮族自治区高等裁判所は、「新型コロナウイルス肺炎感染拡大関連の商事紛争の裁判に関する指導意見」で、不可抗力の期間は、当事者の住所地または契約履行地の省レベルの人民政府が新型コロナウイルス感染拡大に関する突発公共衛生事件対応の開始および終了の時期で確定すべきとしています。
また、「湖北省高等裁判所回答」では、具体的な案件における新型コロナウイルス感染拡大が契約の履行または権利行使に実際に与えた影響で判断すべきとし、一般的に、不可抗力の期間は、当事者の住所地または契約履行地の省レベルの人民政府による新型コロナウイルス感染拡大に関する突発公共衛生事件対応の開始および終了の時期で確定すべきとしています。
なお、上海市高等裁判所は、「新型コロナウイルス肺炎感染拡大関連の商事紛争の裁判に関するシリーズ回答」の一および二(以下、「上海市高等裁判所回答」といいます)で、類似する判断基準を示しています。すなわち、具体的な案件における新型コロナウイルス感染拡大が契約の履行、契約目的の実現または当事者による権利行使に実際に与えた影響で判断すべきとし、一般的に、不可抗力の期間は、当事者の住所地または契約履行地の省レベルの人民政府による新型コロナウイルス感染拡大に関する突発公共衛生事件対応の開始および終了の時期で確定すべきとしています。
新型コロナウィルス感染拡大発生前にすでに契約履行遅延となった場合はどのように処理するか
これに対して、「浙江省高等裁判所回答」および「内モンゴル高等裁判所ガイドライン」では、当事者が新型コロナウイルス感染拡大が発生する前にすでに契約履行遅延となっており、不可抗力を理由に責任の免除を主張する場合、裁判所はこれを支持しないとしています。
新型コロナウイルス感染拡大後に締結された契約はどのように処理すべきか
これに対して「浙江省高等裁判所回答」および「内モンゴル高等裁判所ガイドライン」は、新型コロナウイルス拡大発生後に締結された契約について、当事者が契約締結時に、新型コロナウイルス感染拡大という特定事件およびその後の変化ならびにもたらされた結果によってすでにその影響を予測できると推定すべきであり、これにより生じた損害は商業リスクに属すべきであり、原則的に、当事者による不可抗力または情勢変更の主張を支持しないとしています。
当事者の通知義務および証明義務の認定
契約法118条の規定によれば、当事者が不可抗力により契約履行できない場合、迅速に相手に通知し、相手に与える損害を減らさなければならず、かつ、合理的な期間内に関連する証明を提出しなければならないとしています。
通知義務
「浙江省高等裁判所回答」では、当事者が不可抗力により契約履行できない場合、迅速に相手に通知し、相手に与える損害を減らさなければならないとしています。また、一方の当事者が違約後に、他方の当事者が適切な措置を講じずに損害拡大させた場合、拡大させた損害につき、賠償を求めてはならないとの意見を示しています。なお、新型コロナウイルス感染拡大期間中に速達の一時停止、外出制限等の問題があった点を考慮し、通知の真実性、適時性および有効性を考慮したうえで、SMS、「WeChat(チャットアプリ)」、電子メールなどの通信方法によって成された通知の有効性を認めるべきとしています。
証明義務
「湖北省高等裁判所回答」では、当事者の証明義務について過度の要求をしてはならず、当事者が法廷調査終了前にその住所地または契約履行地の人民政府が発行する新型コロナウイルス感染拡大に関する対応措置の証拠を提出した場合、通知義務および証明義務を履行したと認定すべきとしています。
損害の負担の認定
当事者による損害軽減義務
契約法119条によれば、一方の当事者が違約した後に、相手方は適切な措置を講じ、損害の拡大を防止しなければならず、適切な措置を講じずに損害を拡大させた場合には、拡大させた損害について賠償を求めてはならないとされています。
新型コロナウイルス感染拡大により契約履行不能となり、拡大した損害について賠償責任をどのように認定すべきかについて、「湖北省高等裁判所回答」では、明確な判断基準を示しています。
- 一方の当事者が損害軽減のために、通知、会議の招集、緊急措置を講じたことなどを立証しなければならず、立証できない場合には、拡大した損害について過失があるとして、賠償責任を負わなければなりません。
- 一方の当事者が関連する証拠を提出し、相手方が反論のための証拠を提出でき、実行可能で有効なさらなる措置を講じることができるにもかかわらず、講じなかったことを証明できる場合、当該当事者に過失があるとして、損害賠償責任を負わなければなりません。
- 裁判所は、双方の当事者が挙証したうえで、総合的に双方の過失を判断し、過失の大小により責任を確定しなければなりません。
双方が関連する注意義務を果たした場合に損害をどのように負担すべきか
これに対して、「内モンゴル高等裁判所ガイドライン」では、双方の当事者とも新型コロナウイルス感染拡大により一方の当事者または双方の当事者に損害を与えることに関する注意義務を果たし、一方の当事者が、新型コロナウイルス感染拡大の前に契約履行のために必要な準備を行い、損害の挽回ができない場合には、当該損害のコスト部分について、個別判断により双方の当事者が合理的に分担しなければならないとしています。
まとめ
前述した中国各地の裁判所による契約紛争に関する不可抗力の認定原則の整理から、基本的に中国の裁判所は、新型コロナウイルス感染拡大は、不可抗力に該当すると判断していることがわかります。ただし、不可抗力抗弁を支持すべきか否かについては、各地の裁判所が個別に判断しています。
また、中国最高裁判所は、「中央全面依法治国委員会第3回会議の精神を徹底し、新型コロナウイルス感染拡大期間中における裁判・執行業務を着実に遂行するための通知」(以下、「最高裁判所通知」といいます)を発行していますが、長い間、公開されていないため、中国における統一された裁判基準および尺度を確定できませんでした。
しかし、本稿執筆中の4月20日に、「最高裁判所通知」と同じ内容が盛り込まれた最高裁判所の「新型コロナウイルス肺炎感染拡大関連の民事紛争の裁判に関する指導意見(一)」(以下、「最高裁判所指導意見」といいます)」がようやく公開ルートで入手できるようになりました。
「最高裁判所指導意見」の公布は、前述の地方裁判所の指導意見等の後に公布されていますが、不可抗力の認定については、それぞれの地方裁判所の指導意見等の内容と基本的に一致しています。とりわけ、以下の点について、明確かつ統一された判断基準が示されています。
- 新型コロナウイルス肺炎感染拡大関連の契約紛争案件につき、当事者による別段の定めがない限り、新型コロナウイルス感染拡大による異なる地域、異なる業界、異なる案件への影響を考慮し、新型コロナウイルス感染拡大と新型コロナウイルス感染拡大対応策および契約履行不能との因果関係および原因力の大小に鑑み、当事者の一部または全部の責任の免除の判断をしなければなりません。
- 当事者は、不可抗力により一部または全部の免責を主張する場合、不可抗力により、同当事者の民事義務の一部または全部の履行不能にもたらす事実に関する挙証責任を負わなければなりません。
- 新型コロナウイルス感染拡大および新型コロナウイルス感染拡大対応策が明らかに契約の履行に困難をもたらす場合、当事者は新たに協議することができ、継続して契約を履行できる場合には、裁判所は調停を通じて当事者による契約の継続履行を促します。当事者が、契約履行が困難であることを理由に契約の解除を請求する場合、裁判所はこれを支持しません。
- 契約の継続履行は当事者にとって明らかに不公平であり、同当事者が契約の履行期間、履行方法、対価等の変更を請求した場合、裁判所は実際の状況に基づき支持するか否かを判断しなければなりません。ただし、契約変更後、当事者が依然として一部または全部の責任の免除を主張する場合、裁判所はこれを支持しません。
- 新型コロナウイルス感染拡大または新型コロナウイルス感染拡大対応策により契約目的の実現が不可能となり、当事者が契約の解除を請求する場合、裁判所はこれを支持しなければなりません。
- 当事者が、新型コロナウイルス感染拡大または新型コロナウイルス感染拡大対応策により政府部門から補助を取得したり、税の免除を受けたり、または他人から援助または債務減免を受けたりする場合、裁判所はこれらを契約の継続履行が可能であるかを認定するための参考要素とすることができます。
以上のように、「最高裁判所指導意見」の正式公布により、中国各地の裁判所における判断基準が統一され、社会における合理的な予測がなされることを期待できると考えられます。

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