フィリピン競争法の最新動向 Implementing Rules and Regulations(IRR)を踏まえたM&A規制の留意点

国際取引・海外進出
河浪 潤弁護士 弁護士法人北浜法律事務所

目次

  1. フィリピンで整備された競争法
  2. M&Aにおいて届出が必要となる基準
    1. フィリピンにおけるM&Aはどのような制度か
    2. 取引額の考え方
    3. 合弁会社設立の場合
    4. 事前届出が必要となる場合に関するまとめ
  3. 届出に付随する手続の留意点
    1. 事前協議
    2. 届出後の手続
    3. 届出の審査
    4. 禁止される合併等の例外
  4. M&A規制に違反した場合の制裁
    1. 巨額の制裁金を課される可能性
    2. 相手企業がフィリピンで事業展開をしている場合は要注意
  5. おわりに

フィリピンで整備された競争法

 フィリピンでは、ASEAN加盟国の中で唯一包括的な競争法がこれまで定められていませんでした。しかし、25年にもわたって審議が続けられた結果、ようやく2015年8月8日にフィリピン競争法Philippine Competition Act 以下「PCA」)が施行されました。
 さらに、PCAを執行する機関であるフィリピン競争委員会(日本の公正取引委員会に相当するような競争法を執行している規制当局)が設置され、2016年6月18月には、PCAの下位法令として、フィリピン競争法施行規則Implementing Rules and Regulations 以下「IRR」)も施行されるに至りました。特にIRRにおいては、PCA段階では未だ不完全であったM&Aの事前届出が必要とされる基準等について詳しく規定されています。

 そして、PCAはフィリピンで取引を行うすべての企業に適用され、フィリピン国外で行われた行為であっても、直接的、実質的かつ合理的に予見可能な影響をフィリピン国内の取引等に与えるものについては適用対象となります(PCA Section 3, IRR Rule 1 Section 2)。
 それゆえ、 フィリピン国内でM&A等を行う日本企業はもちろんのこと、フィリピン国外で取引を行う日本企業にとっても、どのようなM&Aの場合に事前届出が必要となり、届出に付随してどのような手続が必要となるのかを知っておかなければ、違反した場合に予期せぬ巨額の制裁金等を課されることになりかねません

 そこで、本稿においては、今般施行されたPCA・IRRのM&A規制に関する規定の中でも、日本企業にとって特に注意が必要と考えられる次の事項を中心に解説します。

  • M&Aにおいて届出が必要となる基準
  • 届出に付随する手続の留意点
  • M&A規制に違反した場合の制裁

 なお、IRRは、競争制限協定および市場支配的地位の濫用についても規定していますが、PCA段階から新たに追加された事項はわずかなため、本稿においてはこれらに関する説明は割愛します。

M&Aにおいて届出が必要となる基準

フィリピンにおけるM&Aはどのような制度か

 フィリピンにおけるM&Aの主なスキームとしては、合併資産譲渡株式譲渡(以下「合併等」)が考えられます。 そして、合併等が一定の基準を満たす場合には、両当事者(の親会社または権限を与えられた者)は事前にフィリピン競争委員会に届出を行う必要があり、届出後待機期間が経過するまでの間は取引を実行することができません(IRR Rule 4 Section 2)。
 この事前届出は、基本的には、次の合併等の場合に必要となります(IRR Rule 4 Section 3。なお、2016年7月現在において1ペソ≒2.2円です。また、資産や売上高については簿価で判断されます)。

(a)取得側または取得される側の少なくとも一方のグループ会社における、フィリピン国内の合計売上高またはフィリピン国内の資産価値が10億ペソを超え
かつ
(b)取引額が10億ペソを超える場合

 日本の独占禁止法とは異なり、(a)取引主体に着目した基準のみならず、(b)取引額に着目した基準についても検討する必要があるので注意が必要です。

フィリピンにおけるM&Aはどのような制度か

取引額の考え方

 上記(b)にあげた取引額10億ペソの算定方法については、フィリピン国内・国外どちらの合併・資産譲渡か、国内外双方を含むものか、譲渡対象が株式かどうかによって、下記ア~エのようにそれぞれ異なる基準で判断する必要があります(IRR Rule 4 Section 3 (b))。

ア フィリピン国内の合併・資産譲渡の場合

( i ) 当該取引により取得される資産の総額が10億ペソを超える場合
または
( ii ) 取得される資産により生み出されるフィリピン国内の売上高が10億ペソを超える場合

 例えば、次の図のように、日本企業である親会社Aが日本子会社Bとフィリピン子会社Cをもっており、Cが別のフィリピン企業Xのフィリピンにおける国内資産αの譲渡を受けるという場合を考えてみましょう。

フィリピン国内の合併・資産譲渡の場合

 この場合、まずは、(a)取引主体に着目し、Aグループ(A~C)かXのいずれか一方のフィリピン国内の合計売上高またはフィリピン国内の資産が10億ペソを超えるかどうかを判断します。
 次に、(b)取引額に着目し、( i ) 譲渡対象となる資産αが10億ペソを超えるか、または( ii ) αにより生み出される売上高が10億ペソを超える場合に、A(またはAから権限を与えられたC等)およびX(またはXから権限を与えられた者)による事前届出が必要となります。

イ フィリピン国外の合併・資産譲渡の場合

( i ) 取得側のフィリピンにおける資産の総額が10億ペソを超え
かつ
( ii ) フィリピン国外で取得される資産により生み出されるフィリピン国内の売上高が10億ペソを超える場合

フィリピン国外の合併・資産譲渡の場合

 例えば、上記の例で、CがXのフィリピン国外の資産βの譲渡を受けるという場合には、(a)取引主体に着目した基準についての判断は上記と同様ですが、(b)取引額の判断については、( i )Aグループのフィリピンにおける資産の総額が10億ペソを超え、かつ( ii )譲渡対象となる国外資産βにより生み出されるフィリピン国内の売上高が10億ペソを超える場合に、事前届出が必要となります。

ウ フィリピン国内外の合併・資産譲渡の場合

( i ) 取得側のフィリピンにおける資産の総額が10億ペソを超え
かつ
( ii ) フィリピンで取得される資産とフィリピン国外で取得される資産により生み出されるフィリピン国内の売上高が10億ペソを超える場合

フィリピン国内外の合併・資産譲渡の場合

 例えば、上記の例で、CがXの国内資産αおよび国外資産βの譲渡を受けるという場合が考えられます。この場合、上記で述べた(a)取引主体の判断に加え、(b)取引額の判断については、( i ) Aグループのフィリピンにおける資産が10億ペソを超え、かつ( ii )譲渡対象となる国内資産αおよび国外資産βにより生み出されるフィリピン国内の売上高の合計が10億ペソを超える場合に、事前届出が必要となります。
 なお、仮にCとXが合併する場合についても、これと同様に考えることになります。

エ 株式譲渡の場合(株式会社でない場合の持ち分の場合も同様)

( i )株式自体を除いて、当該株式会社等が有するフィリピン国内の資産の総額が10億ペソを超える場合
または
( ii )株式自体を除いて、当該株式会社等のフィリピン国内の売上高が10億ペソを超える場合
かつ
( iii )当該株式譲渡の結果、当該株式会社の株式の議決権につき新たに35%または50%を超えて有することとなる場合

株式譲渡の場合(株式会社でない場合の持ち分の場合も同様)

 例えば、上記の例で、これまでXの株式を持っていなかったCがXの議決権付株式40%の譲渡を受ける場合で考えてみましょう。この場合、上記で述べた(a)取引主体の判断に加え、(b)取引額の判断については、( i )Xのフィリピンにおける資産が10億ペソを超える場合、または( ii )Xのフィリピン国内の売上高が10億ペソを超える場合には、( iii )本件ではCはXの株式の議決権につき新たに35%を超えて有することになっているので、事前届出が必要となります。

合弁会社設立の場合

 上記で述べた合併等とは別に、合弁会社設立Joint Venture以下「JV」)の場合には、以下の基準を満たす場合に、JVに参画する企業が、事前届出をする必要があります(IRR Rule 4 Section 3 (d))。

( i )フィリピンで結合されるか、JVに寄与される資産の総額が10億ペソを超える場合
または
( ii )フィリピンで結合されるか、JVに寄与される資産により生み出されるフィリピン国内の売上高が10億ペソを超える場合

合弁会社設立の場合

 例えば、日本企業Aとフィリピン企業Xが、それぞれフィリピン国内や国外にある施設や土地等の資産を提供してフィリピンにおいてJVを設立するという場合、( i )それぞれから提供された資産の総額が10億ペソを超える場合、または( ii )それぞれから提供された資産により生み出されるフィリピン国内の売上高が10億ペソを超える場合に、AおよびXが事前届出をする必要があります。
 「JVに寄与される資産」の範囲については、フィリピン競争委員会が今後どのように解釈・運用するか現時点では明らかになっていませんが、日本企業AがJVのために日本にある設備等を活用する場合、これらについても含まれ得ると考えられます。

事前届出が必要となる場合に関するまとめ

スキーム 事前届出が必要な場合
(a)取引主体に着目した基準 (b)取引額に着目した基準
フィリピン国内の合併・
資産譲渡
取得側または取得される側の少なくとも一方のグループ会社における、フィリピン国内の合計売上高またはフィリピン国内の資産価値が10億ペソを超える ( i )当該取引により取得される資産の総額が10億ペソを超える場合
または
( ii )取得される資産により生み出されるフィリピン国内の売上高が10億ペソを超える場合
フィリピン国外の合併・
資産譲渡
同上 ( i )取得側のフィリピンにおける資産の総額が10億ペソを超え
かつ
( ii )フィリピン国外で取得される資産により生み出されるフィリピン国内の売上高が10億ペソを超える場合
フィリピン国内外の合併・資産譲渡 同上 ( i )取得側のフィリピンにおける資産の総額が10億ペソを超え
かつ
( ii )フィリピンで取得される資産とフィリピン国外で取得される資産により生み出されるフィリピン国内の売上高が10億ペソを超える場合
株式譲渡(株式会社でない場合の持ち分の場合も同様) 同上 ( i )株式自体を除いて、当該株式会社等が有するフィリピン国内の資産の総額が10億ペソを超える場合
または
( ii )株式自体を除いて、当該株式会社等のフィリピン国内の売上高が10億ペソを超える場合で
かつ
( iii )当該株式譲渡の結果、当該株式会社の株式の議決権につき新たに35%または50%を超えて有することとなる場合
合弁会社設立 ( i )フィリピンで結合されるかJVに寄与される資産の総額が10億ペソを超える場合
または
( ii )フィリピンで結合されるかJVに寄与される資産により生み出されるフィリピン国内の売上高が10億ペソを超える場合

届出に付随する手続の留意点

事前協議

 実際に事前届出をする前に、合併等をする両当事者はフィリピン競争委員会に対して予定している合併等の種類やその市場について通知し、事前協議をすることができます。この事前協議においては、当事者はフィリピン競争委員会から法的拘束力のない助言を受けることができます(IRR Rule 4 Section 4)。

届出後の手続

 届出書が提出されると15日以内にその届出の形式要件がチェックされ、問題ないと判断されれば30日間の待機期間が始まり、フィリピン競争委員会は、必要であればより詳細な情報を提出するよう当事者に求めることができます(IRR Rule 4 Section 5)。
 この提出要請があった場合には、待機期間は提出要請を当事者が受領した日からさらに60日間延長されることとなります。ただし、いかなる場合でも審査期間は当初の届出の形式要件が問題ないと判断された時から90日を超えないものとされています。

届出後の手続

 仮にフィリピン競争委員会が何の決定も出さないまま待機期間が過ぎた場合には、合併等は承認されたものとみなされ、当事者は実行手続に移ることができます。
 ただし、当事者が延長申請をすることなく提出要請から15日以内に追加情報を提出しなかった場合には、届出が失効したものとみなされ、再度届出を行う必要が生じますので注意が必要です。
 なお、当事者が追加情報の提出に関して延長申請をした場合には、その延長期間に応じて審査期間も延長されることとなります(例えば、10日間の延長申請が認められた場合、本来であれば当初の届出から90日を超えないものとされている審査期間について、100日以内となります)。

届出の審査

 フィリピン競争委員会による審査の結果、合併等が競争を実質的に制限すると判断された場合には、フィリピン競争委員会により、以下いずれかの措置が実施されます(IRR Rule 4 Section 6)。

  1. 合併等の実行の禁止
  2. フィリピン競争委員会が指示する変更を条件とする合併等の実行の禁止
  3. フィリピン競争委員会が指示する規約の締結を条件とする合併等の実行の禁止

禁止される合併等の例外

 合併等が競争を実質的に制限する場合であっても、当事者が下記①または②のいずれかにあたることを立証した場合には、例外的に禁止を免れることができます(IRR Rule 4 Section 10, 11)。

  1. 合併等によりもたらされる効率性の利益が、合併の結果競争が制限される不利益を上回る場合
  2. 当事者が現に差し迫った財政危機に直面しており、資産を活用する手段の中で当該合併等が最も競争を制限しないものである場合

M&A規制に違反した場合の制裁

巨額の制裁金を課される可能性

 事前届出が必要となる基準を満たすにも関わらず届出を行わなかった場合、その合併等は無効となり、当事者は合併等の取引額の1%~5%の行政制裁金が課されます(PCA Section 17)。このように、必要な届出を欠いてしまうと、取引額が大きい場合には巨額の制裁金を課される可能性があるのみならず、合併等が当然に無効となると規定されているので注意が必要です。

相手企業がフィリピンで事業展開をしている場合は要注意

 また、例えば、日本企業Aが、別の日本企業Yから、日本においてYの株式の譲渡を受けるという場合であっても、Yがフィリピンで事業展開をしているなどの事情により、その株式譲渡が、直接的、実質的かつ合理的に予見可能な影響をフィリピン国内の取引等に与えるもので、さらに届出基準を満たす場合には、AおよびYはフィリピン競争委員会への届出をする必要があります。このとき仮に必要な届出を欠いた場合、少なくともフィリピン法が適用される範囲(フィリピン国内)においては、当該株式譲渡が無効であることを前提として、Yがフィリピンにおいて展開している事業取引等が継続困難になりかねません。

相手企業がフィリピンで事業展開をしている場合は要注意

おわりに

 本稿において、日本企業にとって注意が必要となるPCA・IRRのM&A規制について解説しましたが、今後、フィリピン国内でM&Aを行う場合はもちろんのこと、日本国内のM&Aであっても相手企業がフィリピンで事業展開を行っているか、行っている場合には届出が必要となるかを調査・判断し、適切な手続を行う必要があります。
 また、現時点ではPCA・IRRの解釈・運用について明らかになっていない事項もありますので、今後フィリピン競争委員会が公表するガイドライン等や、実際どのようにPCA・IRRが解釈運用されるのかについても注視していく必要があります。

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