新型コロナウイルス問題により経営難となった企業に対する支援策と債権管理
取引・契約・債権回収
目次
はじめに
新型コロナウイルス(COVID-19)の世界的な感染拡大(以下「コロナウイルス問題」ないし「コロナ問題」といいます)に起因して、世界各国で海外渡航者の入国制限、政府による外出禁止令・大規模イベント自粛要請等により、売上減少など多くの企業が事業活動に影響を受け、そのなかには取引先や金融機関への支払いが難しくなりつつある企業もあると思われます(なお、新型コロナウイルス感染拡大と債務不履行の問題については「新型コロナウイルス問題と債務不履行への対応 - 不可抗力の判断ポイントと民法改正の影響」をご参照ください)。
このような状況を踏まえ、本稿では、以下の点を中心に説明していきます。
- コロナ問題に起因して資金繰りが厳しくなった企業に用意されている支援策
- 資金繰りの厳しい企業が事業継続のために取りうる選択肢
- コロナ問題に起因して取引先が倒産した場合の取引先からの債権の回収方法、留意点
資金繰りが厳しくなった企業への支援策
金融庁からの資金繰り支援要請
金融庁は、2020年3月6日 1 および同24日 2 に、金融機関に対し、コロナウイルス問題により資金繰りに影響を受けている事業者の支援を要請しました。この要請を踏まえ、早速、金融機関では対応が取られており、すでに以下のような事例が報告 3 されています。
- 審査なしでの、当面3か月の元金据置ないし期限延長を実施
- これまでの事業実績の評価に基づき、今後も事業を継続させていくため、1年間の元金据置・期限延長の実施
- 融資実行にあたり、資金収支の状況など必要な情報についての資料がそろっていなくても、聞き取り・ヒアリングで足ることとする
- 条件変更について柔軟に対応することとし、必要な事業計画等の書類については、業況が落ち着いてから後々でよいとの取扱いとする
以上の状況を踏まえ、コロナウイルス問題に起因して金融機関への返済が厳しくなった企業としては、まずは、取引金融機関に相談をし、元利金の据え置き、条件変更、運転資金の新たな借入れ等の対応を検討することになります。
中小企業向けのセーフティネット
セーフティネットとは、一時的に売上の減少等による業況悪化を来しているものの、中期的には、業績が回復し発展することが見込まれる中小企業の経営基盤の強化を支援する仕組みをいいます。
コロナウイルス問題を踏まえ、資金調達の必要のある中小企業のために、次のような仕組みが設けられていますので、中小企業にはこうした制度の活用も選択肢となります。
(1)信用保証の提供(セーフティネット4号、5号)
中小企業等が、新たに金融機関から融資を受けるにあたって、各都道府県の信用保証協会を通じて、①最大2.8億円の信用保証(借入債務の100%保証)を受ける「セーフティネット4号」、②コロナウイルス問題により特に重大な影響が生じている業種について最大2.8億円の信用保証(借入債務の80%保証。危機関連保証)を受ける「セーフティネット5号」があります。
保証を得るには保証料の支払いが必要なのが通常ですが、セーフティネットの場合、行政の補助により保証料が発生しないケースが多いというメリットがあります。
なお、セーフティネットの利用には、前年同月比で売上高が減少していること(4号は20%以上、5号は5%以上)等、一定の要件があります。詳細は経済産業省のウェブサイトをご参照ください。
(2)政府系金融機関からの新たな借入れ
日本政策金融公庫や商工組合中央金庫は、コロナウイルス問題により業況が悪化した中小企業等に対し、特別の融資制度を設けて資金繰り支援をしています。①融資は無担保であること、②売上の急減などの一定の要件を満たせば実質無金利となること 4、といった特徴があります。これらの詳細についてはそれぞれの金融機関がウェブサイト 5 6 で説明していますので、そちらをご参照ください。
(3)その他
上記以外にも、金利引下げ、セーフティネット貸付けなど、様々な支援策が、コロナウイルス問題に起因して売上が減少するなどした中小企業に対して設けられていますので、経済産業省のウェブサイトや関係金融機関のウェブサイトをご確認ください。
大企業向けの公的支援
新聞報道 7 等では政府系金融機関が大企業向けの出資枠を設けることを検討しているとされており、諸外国でも同様の動きが見受けられます。コロナウイルス問題の経済への影響が深刻化すれば、今後、大企業向けの公的支援の枠組みも整備されていくものと思われます。
賃料支払に関する柔軟な措置の要請
国土交通省は、2020年3月31日、不動産関連団体を通じて、不動産賃貸事業を営む事業者に対し、賃料の支払いが困難な事情のあるテナントについて、賃料の支払いの猶予に応じるなどの柔軟な措置の実施の検討を要請したことを発表しました 8。これは、コロナウイルス問題に起因する売上減少等により資金繰りが厳しくなった飲食店等の事業者が、入居するビル等の賃料の支払いが困難となる事案が生じていることを踏まえてのものです。この要請の中では、想定されるテナントとして飲食店が明示されていますが、テナントの業種や会社の規模に限定はありませんので、飲食業以外の業種のテナントや大企業のテナントもこの要請の対象に含まれていると考えられます。
国土交通省がプレスリリースにより発表したといっても、あくまで「要請」であり、法的根拠も強制力もありませんが、賃料負担により資金繰りが圧迫されている事業者にとっては、賃貸人に対して、賃料支払いの一時猶予を含む柔軟な措置を求める1つの手掛りになると考えられます。
資金調達ができない企業の取りうる選択肢
資金繰りが厳しいにもかかわらず資金調達できない企業は、債務を減らすあるいは債務の支払期限を先延ばしするほかありません。その場合、まずは、上記2−1の「金融庁から金融機関への資金繰り支援要請」を手掛かりに、個別に金融機関と債務のリスケジュール等の交渉をすることになります。しかしながら、金融機関が、既存の借入れ状況、貸し倒れリスクなどを考慮した結果、リスケジュール等に応じることを躊躇することも想定されます。
そうした場合、債務者企業は、資金繰りが破綻する前に、債務整理の手続を取る必要があります。債務整理の手続には私的再生と法的再生の2種類があります。
私的再生
私的再生のうち、根拠法令に基づき制度化された手続のことを「準則型私的整理手続」といい、主に事業再生ADR、中小企業再生支援協議会による再生支援手続などがこれにあたります。
私的再生は、原則として金融機関のみを債務整理の相手方とするため、法的再生のように裁判所に申立てをしたことを原則として表に出さずに、債務整理を進めることができます。これにより、取引先を債務整理に巻き込まず、また、事業への信用不安を回避できる、というメリットがあります。
私的再生の各手続の詳細には触れませんが、大まかにいうと、事業再生ADRは大企業が利用することが多い手続であり、中小企業再生支援協議会による再生支援手続は中小企業のみが利用できる手続です。
これらの手続に共通する特色としては、対象債権者の全員の同意により事業再生計画を成立させる必要があるということです。一行でも反対があると計画が成立しないという点で、ハードルは高いともいえますが、主要金融機関の支援がある場合などは比較的スムーズに手続が進むこともあります。
法的再生
法的再生は裁判所の監督下で事業の継続を図りながら事業を再建する手続であり、民事再生と会社更生があります。
民事再生は債務者自身(現在の経営陣)が裁判所の監督下で引き続き経営を行うDIP(debtor in possession)型が原則であり中小企業向けの手続と言われ、会社更生は裁判所が第三者の弁護士を管財人に選任しその管財人が経営を行って事業再建にあたる手続(管理型)が原則であり大企業向けの手続と言われます。もっとも、古くはそごう、最近ではタカタのように大企業が民事再生を利用する事例はあります。また、リーマンショック直後の2009年1月から東京地裁でDIP型の会社更生の運用が導入され、その後、大阪地裁などでも採用されています。こうしたことから「民事再生=中小企業」「会社更生=管理型」という図式は必ずしも当てはまらなくなってきています。
民事再生・会社更生では、金融機関のみならず、商取引先も対象として手続を進めるのが原則となり、また、裁判所や裁判所の選任する監督委員等への報告や一定の行為をする場合の許可手続等も必要になります。他方で、法的再生の場合には、多数決原理が働きますので、私的再生とは異なり一部債権者が反対したとしても、再生計画案を成立させることが可能です。
バブル崩壊後に施行された民事再生法、リーマンショック後のDIP型会社更生の導入など、法的再生は大きな経済危機のたびに債務者のニーズに即した手続のあり方を模索してきたといえますので、今回も大きな経済危機となれば新たな運用などを模索する動きが出てくるかもしれません。
取引先が法的再生となった場合の債権回収
原則
取引先が法的再生となった場合、当該取引先に対する債権は一般的には倒産債権(不良債権)となり、満額は回収できないのが原則です。債権者には、裁判所から倒産債権の債権届出書が送付されてきますので、所定の方法で債権届出をする必要があります。債権届出をし、債権調査手続を経て倒産債権の存在が確定すると、認可された再生計画に従って債権額のうち一定割合の弁済を受けることになります。
少額債権としての回収
(1)5項前段
上記のように法的再生では、倒産債権を満額は回収できないのが原則ですが、倒産債権の額が5万円や10万円といった少額の債権である場合には、再生会社は、法的手続を円滑に進める目的で、裁判所の許可を得て、少額の倒産債権全額を弁済できます(会社更生法47条5項前段、民事再生法85条5項前段)(以下「5項前段少額弁済」といいます)。これは債権者数を減らすことができれば管理コストなどを削減でき、終局的には全債権者の利益になる、という発想に基づくものです。
5項前段少額弁済の「少額」がいくらかは、再生会社の事業規模、負債総額、資金繰り等を総合考慮して判断されます。それほど大規模でない再生案件であれば、10万円以下が「少額」とされることが多いようにも思われますが、大規模な案件になると500万円・1000万円が少額として取り扱われることもあり、ケースバイケースです。
(2)5項後段
自社が再生会社にとって重要な取引先であり、自社との取引なしでは再生会社の事業継続に著しい支障を来すおそれがある場合、再生会社が裁判所の許可を得て、「少額の」倒産債権の全額を弁済することが可能とされています(会社更生法47条5項後段、民事再生法85条5項後段)(以下「5項後段少額弁済」といいます)。
法律上「少額の」倒産債権であることが要件の1つとされていますが、いくらをもって少額とするかは、再生会社の事業規模、負債総額、資金繰り等を総合考慮して判断されるため、事案によって異なります。たとえば、日本航空の会社更生事例では総額で2,000億円以上の取引先への倒産債権の全額弁済が行われたとされています。日本航空の事例は規模・会社更生に至る経緯等、様々な面で一般化できないところがありますが、近年、商取引債権を保護し事業を円滑に継続させるべき、という流れがあります。再生会社の資金繰り次第のところもありますが、今後、再生会社が5項後段少額弁済を活用するなどして商取引債権の保護を図ることにより法的再生のなかで円滑に事業継続を図ろうとする事例は増えるかもしれません。
裁判所は、5項後段少額弁済を許可する際に、弁済を受ける取引先が「従前と同様の取引条件を維持すること」といった条件を付けることがありますので、弁済を受ける取引先は条件を遵守する必要があります。
なお、少額弁済の制度は法的再生にのみ認められた制度であり、事業の清算を目的とする破産手続にはありません。
相殺による回収
担保的機能があると言われる相殺ですが、とりわけ、法的倒産局面の債権回収の場面において相殺は重要な役割を果たします。法的再生では、相殺による債権回収にはいくつかの要件・制約がありますが、ポイントとなるのは以下の3点です。
- 債権届出期間の満了前に相殺適状になること
- 債権届出期間内に相殺の意思表示をすること
- 再生会社が倒産状態に陥る前に債権発生の原因があること
民事再生の場合は手続開始後約1か月間程度、会社更生の場合は手続開始後数か月間程度の期間が、債権届出期間として設定されますので、その期間内に相殺できるかどうかを検討し、再生会社宛に相殺の意思表示(内容証明郵便を送付するのが一般的です)をする必要があります。この期間経過後の相殺は法律上認められませんので、債権者としては留意しなければなりません。なお、清算を目的とする破産の場合には同様の制約はありません。
再生会社に損害賠償債権を持つ場合
取引先が法的再生となると、コロナウイルス問題に起因する再生会社への損害賠償債権は倒産債権となり満額回収できないのは上記4−1のとおりです。もっとも、コロナウイルス問題に起因する取引先への損害賠償債権は、帰責事由の有無・損害の範囲等をめぐって再生会社と債権者の間で見解の相違が生じる可能性があり、その場合には倒産手続のなかで「査定」と呼ばれる手続を通じて債権額を確定させていくことになります。
また、再生会社は、コロナウイルス問題に起因する損害賠償債務を認識していないケースも想定されますが、そのような場合、債権者としては再生会社にコンタクトを取り債権届出書等の書類を入手して、必要な手続を取る必要があります。
法的再生下の取引関係
倒産解除条項
取引先が法的再生となった場合、法的再生の申立てを契約の解除事由とする条項(いわゆる「倒産解除条項」)を使って再生会社との取引を解消したいと思われるかもしれません。実際、多数の契約に倒産解除条項が盛り込まれています。
しかしながら、倒産解除条項は、日本の判例 9 上、法的再生を妨げるものとして無効と考えられており、法的再生の申立てのみを理由として契約を解除することはできません。
共益債権の取扱い・不安の抗弁
法的再生開始後も再生会社との取引が続く場合、法的再生開始後の新たな取引によって生じる債権は「共益債権」となり、再生会社はその全額を支払う義務を負います。
法的再生手続中に、(共益債権の不払等の)解除事由が新たに生じた場合には、そのことを理由として契約を解除できます。また、再生会社と新たに取引を行っても、再生会社から共益債権全額の支払いを受けられるかどうか信用状況に不安がある場合等には、契約条件や支払方法の変更、担保提供を求めることも可能という考え方があります(「不安の抗弁」と言われることがあります)。どこまでこうした主張が認められるかは、再生会社との取引の内容、再生会社の信用状況等によってくるため、一概には言えませんが、実務上しばしば見受けられる論点です。
さいごに
以上、コロナウイルス問題により経営難となった企業に対する支援策等についてご説明しました。コロナウイルス問題がいつ、どのように収束するかの予想が難しい現状に鑑みると、資金繰りが厳しくなる兆候が少しでも見られたら、資金的余裕があるうちに、早めに資金繰り対策や取りうる選択肢の検討をしておくことが重要と考えられます。本稿がコロナウイルス問題を乗り越える一助となれば幸いです。
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金融庁「新型コロナウイルス感染症の影響拡大を踏まえた事業者の資金繰り支援について(要請) 」(令和2年3月6日) ↩︎
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金融庁「新型コロナウイルス感染症の影響拡大を踏まえた事業者の資金繰り支援について(要請)」(令和2年3月24日) ↩︎
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金融庁「新型コロナウイルス感染症を踏まえた金融機関の対応事例」(令和2年3月27日) ↩︎
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特別利子補給制度を利用できることが前提となります。 ↩︎
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日本政策金融公庫ウェブサイト(2020年4月7日最終閲覧) ↩︎
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商工組合中央金庫ウェブサイト(2020年4月7日最終閲覧) ↩︎
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日本経済新聞(電子版)「政府、政投銀通じ大企業向け出資枠 1000億円規模で調整」(2020年4月2日・同月3日更新、2020年4月7日最終閲覧) ↩︎
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国土交通省 土地・建設産業局不動産業課プレスリリース「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえ、飲食店等のテナントの賃料の支払いについて柔軟な措置の実施を検討するよう要請しました」(令和2年3月31日) ↩︎
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民事再生におけるファイナンス・リース契約の事案に関する最高裁平成20年12月16日判決・民集62巻10号2561頁、および会社更生における所有権留保付売買契約の事案に関する最高裁昭和57年3月30日判決・民集36巻3号484頁 ↩︎

弁護士法人大江橋法律事務所