スタートアップ・ベンチャーの担当者が最低限知っておくべきストックオプション制度と税制適格の仕組みとは?

ベンチャー

目次

  1. ストックオプション発行から行使までの流れ
    1. 株主総会の特別決議
    2. 募集新株予約権の申込み・割当てまたは総数引受契約の締結
    3. ストックオプションの発行・登記
    4. ストックオプションの行使・株式の売却
  2. 税制適格ストックオプションとは
    1. 税制非適格ストックオプション
    2. 税制適格ストックオプション
  3. 税制適格ストックオプションを発行する際の実務上の留意点
    1. 付与対象者・所有株式数について
    2. 権利行使期間
    3. 権利行使価額
    4. その他の注意点
    5. 近年上場した会社のストックオプションの割合等

 会社法上では、「新株予約権」と呼ばれ(会社法 2条21号)、「将来、ある一定の条件(株価)で株式を購入できる権利」を指すストックオプション1。その設計は、特にスタートアップにおいては役員や従業員等(役職員等)のインセンティブコントロールのために重要な事項ですので、創業者が頭を悩ませる最も重要な経営マターの1つであるといえます。

 ストックオプションは、資本政策の中に組み込まれ、一度決定すると巻き戻しが極めて困難であることから、慎重に検討する必要があり、最低限、基礎的な仕組みを理解することが重要です。本稿では、ストックオプションの発行から行使までのフローや、法律上特別に税制面で優遇措置を受けることができる税制適格ストックオプションについて解説します。

ストックオプション発行から行使までの流れ

株主総会の特別決議

 ストックオプションを役職員等に付与する場合、取締役会に委任する場合を除いて、多くの未上場のスタートアップでは、株主総会の特別決議で募集事項(新株予約権の内容・数や払込金額等)を決定します(会社法238条2項、309条2項6号)。

募集新株予約権の申込み・割当てまたは総数引受契約の締結

 募集事項を決定したストックオプションについて、原則は、募集に対する申込みを受けて割当てを行う方式がとられています(会社法242条、243条)。もっとも、新株予約権の発行においては、事前に付与対象者が決まっているため、付与対象者と総数引受契約を締結することによって、募集に対する申込みと割当てを省略する方式をとることも一般的といえます(会社法244条)。

 いずれの方式であっても、原則として、申込みに対する割当ての決定または総数引受契約の承認のため、株主総会の特別決議(取締役会設置会社の場合は取締役会決議)が必要となります(会社法243条2項、244条3項、309条2項6号)。

 なお、取締役等の役員に対してストックオプションを発行する場合、報酬枠を追加しなければならないときは報酬決議(会社法361条1項に基づく株主総会決議等)が別途必要である点に注意が必要です。

ストックオプションの発行・登記

 その後、新株予約権原簿に新株予約権者の氏名・住所などの必要情報を記載したうえで(会社法249条1項)、新株予約権を発行し、登記します(会社法911条3項12号)。

ストックオプションの行使・株式の売却

 ストックオプションの発行を受けた新株予約権者は、募集事項で定めた行使条件を満たす場合には、行使価額を払い込むことにより権利行使をして、株式を取得することができます(会社法280条、281条、282条)。行使条件には、会社が上場し株式公開すること、会社の役職員として在籍していること等が定められることが一般的です。

 そして、ストックオプションを行使して株主となった者は、会社の上場後においては、その時点の株価で株式を市場売却することができます。つまり、ストックオプションを付与された役職員等は、企業価値を上げれば上げるほど、株式売却時(譲渡時)にその分のキャピタルゲインを得られるインセンティブがあり、上場前のフェーズにおいて高額な報酬を支払うことができないスタートアップにとっても、優秀な人材を引き付けることが可能となります

税制適格ストックオプションとは

 税制適格ストックオプションとは、ストックオプションのうち、法律上特別に税制面で優遇措置を受けることができるものをいいます

 実務上、スタートアップが役職員に付与するストックオプションは、ほとんどが税制適格ストックオプションとされていると思われます。まずは、税制適格ストックオプションとそうでないもの(税制非適格ストックオプション)の性質をそれぞれ見ていきましょう。

税制非適格ストックオプション

 まず、税制非適格ストックオプションとは、税制優遇措置が設定されていないストックオプションのことを指します。権利付与時には課税されないものの、以下の形で新株予約権者がキャッシュを受け取る前の権利行使時において課税が発生し(所得税法施行令84条)、役職員等にとっては税制面で不利になることから、一般に役職員等に対して税制非適格ストックオプションを付与するケースは少ないといえます

税制非適格ストックオプション

(1)権利行使時

 権利行使時に、権利行使時の株価と権利行使価額(取得原価)との差額(図内A)を給与所得等として扱い、税率は最大55%(内訳:所得税最大45%、住民税10%)となります。

(2)株式譲渡時課税

 さらに、権利行使により取得した株式を譲渡したときに、譲渡時株価(株式売却価格)と権利行使時の時価との差額(図内B)が譲渡所得として課税されます。株式の譲渡所得の税率は、一律20.315%(内訳:所得税15%、住民税5%、復興特別所得税0.315%)となります。

税制適格ストックオプション

 上記のとおり、税制非適格ストックオプションは、権利行使時に課税されることで、権利行使をした者は、現金収入がないにもかかわらず、先行して課税が発生してしまいます。

 これらの点について税制上優遇措置を設けたものが税制適格ストックオプションです。以下の要件を満たすことによって、権利行使時に発生した経済的利益に対する課税を非課税とすることができます。税制適格ストックオプションであっても、株式譲渡時の課税は免れませんが、株式譲渡時には、譲渡によって得た現金収入を得た後に、権利行使価額と譲渡時株価の差額(図C)が譲渡所得として課税されることになります。

 なお、発行から一定の期間が経過した後にストックオプションの対象者・配分等を決定できるストックオプション信託(SO信託)を導入すると、入社タイミングによる、権利行使価額・キャピタルゲインの格差が生じず、実際の貢献度に応じたストックオプションの付与が可能となります。スタートアップにとっては、税制適格ストックオプションよりも柔軟でかつさらに使い勝手のよいストックオプション制度の設計も可能です。ストックオプション制度の設計の応用編として、SO信託については「連載 スタートアップ経営者必見!ベンチャーファイナンスの法律実務 第1回 ストックオプション制度の新潮流」をご参照ください。

 税制適格ストックオプションの主な要件は、以下となります(租税特別措置法29条の2・租税特別措置法施行令19条の3)。

1. 付与対象者 自社および子会社(50%超)の取締役、執行役および使用人(ただし大口株主およびその特別関係者、配偶者を除く)
2. 所有株式数 発行済株式の3分の1を超えない
3. 権利行使期間 付与決議日の2年後から10年後まで
4. 権利行使価額 権利行使価額が、契約締結時の時価以上
5. 権利行使限度額 権利行使価格の合計額が年間で1200万円を超えない
6. 譲渡制限 他人への譲渡禁止
7. 発行形態 無償であること
8. 株式の交付 会社法に反しないこと
9. 保管・管理などの契約 証券会社等と契約していること
10. その他事務手続き 法定調書、権利者の書面の提出

(出典:経済産業省「特定の取締役等が受ける新株予約権等の行使による株式の取得に係る経済的利益の非課税等(ストックオプション税制)の拡充」(2020年1月20日最終閲覧)をもとに筆者作成)

税制適格ストックオプションを発行する際の実務上の留意点

 次に、税制適格ストックオプションを発行する際に実務上留意すべき点について説明します。

付与対象者・所有株式数について

 税制適格ストックオプションの付与対象者は、自社および子会社の取締役、執行役および使用人等(ただし大口株主およびその特別関係者、配偶者を除く)と、一定の要件を満たす外部協力者とされており、監査役は対象外となります

 なお、大口株主およびその特別関係者とは、以下を指します(租税特別措置法施行令19条の3)。

  1. 上場株式の場合、発行済株式総数の10分の1超を保有する者およびその親族等一定の関係者
  2. ①以外(非上場株式等)の場合、発行済株式総数の3分の1超を保有する者およびその親族等一定の関係者

 付与対象者と所有株式数の要件については、創業者等がストックオプションの付与を受ける場合に問題になり得ます。たとえば、スタートアップの創業者にストックオプションを付与する場合、創業者が発行済株式の過半数を保有していることが多く大口株主に該当するため、付与対象者の要件を満たさず税制非適格となり、ストックオプションの行使時に多額の課税が発生する事態に陥りかねないため、留意が必要です。

 また、会社の従業員でなく業務委託のエンジニア等に税制適格ストックオプションを付与したいとの相談もありますが、原則的には付与対象者の要件を満たさない点にも注意すべきです。ただし、2019年の通常国会において付与対象者を拡大し、一定の要件を満たす外部協力者へのストックオプション付与も税制優遇措置の対象になりました。詳しくは「税制適格ストックオプションがスタートアップの外部協力者まで適用拡大、要件・手続のポイントは?」をご参照ください。

権利行使期間

 税制適格のストックオプションの権利行使期間は、「当該新株予約権もしくは新株引受権または株式譲渡請求権にかかる付与決議の日後2年を経過した日から当該付与決議の日後10年を経過する日までの間」(租税特別措置法29条の2第1項1号)とされています。

 たとえば、2019年11月10日に新株予約権の付与決議をした場合は、2021年11月11日から2029年11月10日までが権利行使期間になります。同号の趣旨は、付与対象者が企業価値向上にコミットする期間を一定期間設けるというものです。

 ストックオプションを付与してから直近2年間は上場後であっても税制適格ストックオプションとして行使できないこと、および役職員等のためには、最初にストックオプションを付与してから10年以内に上場してイグジットする必要が生じる点に留意が必要です。

権利行使価額

 1株あたりの権利行使価額をストックオプションの引受契約締結時における付与対象株式(普通株式)の時価以上(=株価以上)とする必要があります。付与時の株価より低い金額の権利行使価額を認めてしまうと、その時点で既に対象者の利益となり、付与対象者にとってのインセンティブ向上に資さないためです。

 たとえば、契約締結時の株価が1株200円である場合に、1株あたり300円でストックオプションを発行することで、株価が300円以下の段階で権利行使をしたとしても、付与対象者に利益は生じないことから、将来に向かって株価を上げようというインセンティブ効果が期待できるようになります。普通株式の「時価」の判断にあたっては、種類株式の時価を考慮するか等複雑であるため、非上場株式の株価算定を行う専門家に相談するのが望ましいといえます。

 また、権利行使価額は年間で1,200万円以内である必要があり、一度でもこれを超えた場合は、それ以降、権利行使価額がいくらであっても、税制適格の対象から外れることになる点留意が必要です。

その他の注意点

 法律上の要件ではありませんが、実務上、上場時のストックオプション(税制適格・非適格問わず)の付与割合は、発行済株式総数の10%程度に抑えるとよいと言われています。あまりに多くのストックオプションを発行すると、上場後の行使により株式の過度な希薄化と株価の下落が生じる可能性があり、株式市場にネガティブな影響を及ぼすためです。たとえば、ストックオプションの権利行使のたびに新株が付与されることで、1株あたりの利益が低下し、これを嫌った既存株主が大量に株式を売却し、株価が暴落することが懸念されます。

 ストックオプションの付与割合についてはケースバイケースですが、CXOクラスを採用する際、1人あたり1〜2%付与する場合が多いように思います。3人採用すると、5〜6%にのぼります。残りの4%ほどを他のメンバーに付与することになりますが、ストックオプションはリスクを取った者に対して付与されるものという側面があることから、後に入るメンバーほど付与される割合は小さくなり、0.0X%~0. X%ほどとなることが一般的といえます。

近年上場した会社のストックオプションの割合等

 ストックオプションを付与するということは、優秀な人材を引き付ける強い武器になり得ます。他方で、創業者にとっては、自己の上場時のキャピタルゲインを目減りさせるとともに、会社のコントロールを一部失うことを意味します。ストックオプションに関する資本政策は、その会社が何を重視して経営されてきたかを見るひとつの指標になります。

 参考に、近年上場したスタートアップにおける上場時のストックオプションに関する情報を整理して表にします。特にメルカリはストックオプションを多くの役員や従業員に付与していたため、発行済株式総数に対する潜在株式(普通株式を取得できる権利等)の割合が通常よりかなり高くなっています。メルカリでは、創業者等のキャピタルゲインや会社のコントロールよりも、会社の成長スピードを優先して大胆な資本政策を採用していたことが伺えます。

会社名 上場時の発行済株式総数に対する潜在株式の割合 発行回数 IPO時時価総額 (初値) (億単位未満切捨て) 事業概要
メルカリ 20.9% 39回 6766億 フリマアプリ
ツクルバ 15.1%
(※うちSO信託が約2.6%)
10回 191億 リノベーション・中古住宅流通プラットフォーム
フリー 14.9% 21回 1165億 クラウド会計ソフトウェア
メドレー 14.6% 13回 350億 医療ヘルスケア
ユーザベース 12.5% 12回 206億 経済情報プラットフォーム
Chatwork 11.1% 7回 541億 ビジネスチャットツール
ランサーズ 10.0% 10回 136億 フリーランスと企業とのマッチングプラットフォーム
BASE 9.7% 7回 232億 E コマースプラットフォーム
スペースマーケット 9.7%
(※うちSO信託が約6.9%)
4回 146億 遊休不動産のスペース貸し借りのプラットフォーム
マクアケ 9.4% 2回 297億 クラウドファンディングプラットフォーム
ラクスル 7.3% 11回 452億 印刷通販サイト
Sansan 3.3%
(※うちSO信託が約1.8%)
4回 1424億 名刺管理サービス

(各社の「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)」等の公表情報を参考に筆者作成)

※本記事は、法律事務所ZeLo・外国法共同事業のウェブサイトの「Journal」に掲載されている「スタートアップ・ベンチャーが最低限知っておくべきストックオプション制度と税制適格の仕組みとは? - 法律事務所ZeLoの弁護士がベンチャーファイナンスを解説する(第2回)」の内容を元に編集したものです。

  1. 本記事においてはストックオプションを新株予約権と同様の意味で用います。 ↩︎

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