合併を進めるにあたって留意すべき実務対応のポイント LBOファイナンスにおける買収SPCの合併を中心に
コーポレート・M&A
目次
はじめに
ファンド(投資事業有限責任組合)による事業会社の買収や、事業会社の経営陣によるマネジメント・バイアウト(MBO)において、自己資金と組み合わせて外部から資金を借り入れることを、一般に「LBO(=leveraged buyout)ファイナンス」と呼びます。LBOファイナンスでは、新たに設立された特別目的会社(いわゆる買収SPC)がローンを借り入れて事業会社の株式を取得する手法が広く用いられます。
買収SPCは、いずれかのタイミングで、買収先である事業会社(以下「対象会社」といいます)と合併するのが通常ですが、合併手続を進めていくと、書籍や論考などではなかなか書かれていない事項に、数多く出くわします。そこで、本稿では、買収SPCの合併を主な題材とし、合併以外の組織再編行為全般とも共通する事項(後記4以下)を含め、実務上有用なポイントをいくつかとり上げたいと思います。
買収SPCの設立と合併の要否
そもそも、なぜ買収SPCを設立するのか
教科書的には、「ファンドがLBOファイナンスの借入人とならないよう、『借り手』となる別の法人格が必要。」などと説明されます。
もっとも、買収SPC・対象会社間で早晩合併する予定なのであれば(後記3)、たとえば、下記の手法によって、合併後スキームの出来上がり姿を最初から実現し得るようにも思えます。
- 対象会社自身がローンの借入人となり
- ローンを原資として、売主の保有する対象会社株式を対象会社が取得し
- ファンドが、対象会社から自己株式の処分や第三者割当増資を受ける
ただ実際には、そのような手法は通常用いられません。その理由はおそらく、(i)上記②や③の手続が若干複雑になるほか、(ii)少なくとも貸付当初の段階で、上記①のように対象会社自身を借入人とするのは(主要な担保物である対象会社株式の価値が目減りするため)避けたい、といった意向が働くためと考えられます。
なぜ「買収SPCの合併」を行うのか
教科書的には、「合併によって初めて、対象会社の直接の借入金となり、対象会社のキャッシュ・フローによる返済という構図が完成するため、株式譲渡完了後、買収SPCと対象会社を速やかに合併させるのが通常」などと説明されます。
ただ、以下の①②のようなケースにおいては、早々の合併が一律に必須ともいい切れず、上記の説明が必ずしも妥当しません。
- LBOファイナンスの元本返済方法が「満期日の一括返済」である場合
- (i)LBOファイナンスによる借入金が「買収SPCから対象会社へのインターカンパニーローン」に用いられた場合に、その分割返済を受ける手法や、逆に(ii)対象会社から買収SPCへのインターカンパニーローンによって、対象会社のキャッシュ・フローを買収SPCによって吸い上げることができる場合
実務的にはむしろ、「法人格が複数ある分だけ管理コスト等も膨らむため、投資ストラクチャーを簡便にして効率化を図る」といったニーズから買収SPCの合併を行う例も多いと思われます。さらに、対象会社株式の売却(いわゆるExit)に至るまで合併を行わず、株式を買収SPCに保有させたまま、買収SPCの株式を売却対象とするような例も見受けられます。要するに、買収SPC合併の要否・タイミングは、個別案件ごとに異なる(ケースバイケース)といえましょう。
合併スキームの選択
買収SPC合併の具体的なスキームとしては、以下のいずれかを選択することになります。
- 順合併:買収SPCを存続会社・対象会社を消滅会社とする吸収合併
- 逆さ合併:対象会社を存続会社・買収SPCを消滅会社とする吸収合併
スキーム選択時の判断要素としては、重要な点(と思われるもの)から順に、たとえば以下のようなものがあげられます。
- 許認可の関係で、②逆さ合併が必要的となる場合がある(法務)
- 会計・税務上のインパクトにおいて、①順合併と②逆さ合併に差異が生じ得る
例:配当可能利益(財務) - いわゆるCOC条項(後記6)との関係では、②逆さ合併のほうが若干有利(対象会社が解散・消滅せず、これらを事由とするCOC条項には抵触しないため)
- 上記のような要素が特段なくとも、実際の事務処理上は、②逆さ合併のほうが簡便というケースも多い
例:法人格が同一のまま、各種手続、定款や役員の変更が原則不要
ちなみに、スキーム選択を含めた合併手続は通常、LBOファイナンスにおけるローン契約において、貸手である金融機関の事前承諾事項とされますが、金融機関自身は、「借入人たる買収SPCを存続会社とすべく、①順合併にしたい」といった志向も特段持ち合わせず、スキームの選択にはこだわらないのが一般です。おそらくは、①順合併・②逆さ合併のいずれであっても、合併後スキームの出来上がり姿は異ならない点が理由と思われます。
また、各々のスキームにおける税務や合併対価の取扱いは、おおむね以下のようになります。
- ①順合併・②逆さ合併のいずれも、100%親子会社間ゆえに、税務上は適格合併
- ①順合併:無対価合併となり、合併比率の計算も不要
- ②逆さ合併:合併対価を要するが、新株式の発行に代えて、合併により取得した自己株式を交付することも可能(その際、存続会社と消滅会社の各株式数によっては、株式の割り当て比率が複雑になり、端株が生じてしまうケースもあり得ます。そのような場合、端株処理に伴う事務負担を避けるべく、存続会社において、合併効力発生日に先立って株式分割を行うことも考えられます)
許認可の承継
許認可の別法人への承継は、一般に認められていませんので、消滅会社が有していた許認可を合併後も必要とする場合には、存続会社において新たに申請のうえ、取得し直すのが原則です。よって、新規取得が困難、あるいは煩雑な許認可を対象会社が有する場合には、3で述べたとおり、対象会社を存続会社とする「逆さ合併」が適しているといわれます。
例外的に、一定の許認可は、所轄大臣の認可を受けて、合併時の存続会社や会社分割時の承継会社が承継できるものとされています。その場合、所轄大臣の認可が、(許認可の承継の条件だけに留まらず)合併や会社分割全体の効力発生条件となります。
たとえば、一般貨物運送事業を合併によって存続会社へ承継させる場合には、国土交通大臣の認可が合併や会社分割の効力発生条件となります(貨物自動車運送事業法30条2項)。
一見すると便利な制度である反面、「その認可を受けないと合併の効力が発生しない」という扱いのため、もし万一、かかる認可が効力発生予定日までに間に合わないと、効力発生日がズレてしまうという負の側面もあります(ただし、それまでに履践した一連の手続のやり直しや修正等は不要と解されます)。
さらに付言すると、買収SPC・対象会社ともに「一般貨物運送事業」には何ら従事しておらず、同事業の許可も受けていないのに、消滅会社の目的事項に「一般貨物運送業」が含まれているという理由だけで、管轄法務局から、合併登記の添付書類として「許可を受けていないことの証明書」の提出を求められることがあります。この点、吸収合併では、証明書を取得後、改めて登記申請し直せば足りますが、新設合併のときは、登記が効力発生要件のため、効力発生日がズレる要因となり得ます(後記7)。
実務上は、この種の許認可が存在することに十分留意し、吸収合併か新設合併かを問わず、管轄法務局で滞りなく合併登記できるかどうか、前もって慎重に確認する必要があります。
債権者等に対する催告・通知または公告(官報以外)
債権者への催告について
合併に先立つ債権者保護手続として、異議を述べることができる旨等を周知すべく、消滅会社と存続会社のいずれにおいても、①官報公告に加え、②知れたる債権者への個別催告または定款所定の公告方法による公告を要しますが(会社法789条、799条、810条)、債権者の数が膨大の場合、②では、相応額の掲載コストをかけてでも、新聞公告によるのが簡便です。
新聞公告は、「時事に関する事項を掲載する日刊新聞紙」であること要し(会社法939条1項2号)、単なる業界新聞を公告紙と定めることはできませんが、実務上は、日本経済新聞などの一般的な全国紙のほか、(より低廉な費用で済む)日刊工業新聞も比較的多用されているようです。ちなみに、同紙のウェブサイトによれば、「日刊新聞紙」としての公告紙となり得る旨の回答を東京法務局から得ているとのことです(平成19年9月10日)。
定款所定の公告方法が新聞公告でない場合には、事前の定款変更手続を要します。公告方法は登記事項でもあり、変更登記申請を終えてから新聞公告の掲載を申し込むよう求められるケースもありますので、スケジューリングの際にはご留意ください。
他方、債権者の数が少ない場合は、一般に、個別催告による方がコストを抑えられます。もっとも、消滅会社と存続会社の公告はまとめて掲載できるため、いずれかの会社が公告をするのであれば、連名で公告することも考えられます。
登録株式質権者への通知について
LBOファイナンスにおいては通常、対象会社と買収SPCの株式に質権が設定されるところ、対抗要件具備を確実にすべく、両社のいずれにも株券を発行・交付させるケースが多いと思われます。そのような両社が合併する場合、消滅会社においては、株券の提出にかかる公告および個別通知を要します(会社法219条1項)。
この個別通知は、株主および登録株式質権者に宛てて行われますが、LBOファイナンスでは、株主名簿に質権設定の旨を記載しないケースが比較的多く、その場合には、通知を要する登録株式質権者が実際には存在しません。
チェンジ・オブ・コントロール(“COC”)条項への対応
実際にどの程度までCOC条項を遵守するか
対象会社を当事者とする契約に含まれる条項であって、対象会社株式の譲渡による株主の異動(対象会社等の支配権の変動など、当該株主の異動に伴う直接の帰結を含みます)を契約解除事由、または相手方当事者の承認を要する事由と定めるものを、一般に「チェンジ・オブ・コントロール(“COC”)条項」といいます。また、かかる株主の異動を、相手方当事者への事前通知または事後通知を要する事由と定めるものも、(広義の)COC条項と呼ぶことがあります。
実際にどの程度までCOC条項を遵守するかは、まさにケースバイケースです(網羅的に対応、重要な契約に絞って対応等)。個々の諸契約における対応の要否の判断や実際の発送作業に、弁護士などの専門家が関与する機会は乏しく、現場サイドの判断に委ねられるケースが多いと思われます。
このような実務慣行の下、株式譲渡契約書の取扱いにおいても、COC条項の遵守をクロージング日までの義務(誓約事項)やクロージングの前提条件としない実例が、多く見受けられます。
もっとも、たとえば以下のような表明保証条項が置かれていた場合、理屈のうえでは、COC条項の不遵守がこれに抵触する可能性もあるため、願わくば、(ただし書きを置くなどして)適用が除外される旨を明記すべきです。
承諾依頼書フォーム・通知書フォーム
COC条項において具体的に定められる「承諾または通知を要する事由」として、たとえば以下のようなものがあげられます。
-
【特定の事象を掲げるもの】
- 合併
- 役員・主要株主・商号その他重要事項の変更
- 代表者の変更
- 定款の変更
- 解散・減資
-
【抽象的・包括的な事象を掲げるもの】
- 組織変更等の法的地位の変動
- 営業上の重大な変更
- 重要な事業の譲渡
- 資本構成の重大な変更
- 経営権または営業権の譲渡
このように、COC条項の内容は、各種契約によって多種多様であることから、承諾依頼書や通知書は、汎用性のある書き振りにするのが望ましいです。別紙(PDF)は、「逆さ合併」を想定した承諾依頼書フォームの例であり、合併手続に伴って生じる事象を一通り網羅しています。
通知書フォームは、「承諾依頼書フォーム」における承諾欄や承諾依頼文言を削除する要領で作成すればおおむね足りますが、事前通知と事後通知の違いには十分注意すべきです。たとえば、事後通知の時点では消滅会社が消滅しているため、通知書の名義を必ず存続会社とすべきなど、書きぶりにも若干の工夫を要します。
合併効力発生日
吸収合併
旧商法と異なり、登記が効力発生要件ではないため(会社法750条1項)、条件などを別途付していない限り、効力発生日の到来(=同日の午前零時)をもって合併の効力が発生し、消滅会社が消滅すると解されます。
よって、消滅会社を当事者に含む契約・覚書等(例:LBOローン変更契約、COC条項の対応を兼ねた合意書)を締結する場合、契約締結日を効力発生日の前日以前としておく必要があります。ただ、効力発生日と同日の登記申請は必要的でないため、スケジュールを組むうえでは比較的楽です。
新設合併
旧商法と同様、登記が効力発生要件のため(会社法754条1項)、もし万一、効力発生(予定)日において登記申請が受理されないと、効力発生日がズレて多方面に影響してくることになります。たとえば、目的事項との関係で法務局が登記申請を受理しないケースです(前記4)。
ただ、買収SPCを当事者に含む合併手続において、新設合併が選択されるケースは、実際には稀と思われます。

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