インドの法制度

第1回 法制度の概要

国際取引・海外進出

目次

  1. 複雑怪奇(?)な法制度
  2. コモン・ローとシビル・ロー(あまり気にしないでいいですが、知っておきましょう)
  3. 連邦制
  4. 英語(インド英語は悩ましい、でも、ありがたい)

複雑怪奇(?)な法制度

 インドの法制度は複雑怪奇という感想をよく耳にします。確かにこれは正しい認識であると思います。特にインドは複数の州からなる連邦制を採用しており、中央議会のみならず各州にも相当程度の立法権が認められているため、州ごとに法律が異なることがあることが上記のような感想を生む原因の一つとなっているものと思われます。また、日本や欧米に比べると行政の裁量の余地が大きいことも原因となっていると思います。

 一方で、実はインドにおいては、法律はそれなりに整備されています。会社法は古くから存在していますし、英国法に範を採っているため、それほど奇異な制度ではありません。例えば、日本の監査役にあたる役職は存在せず、また、Company Secretaryなど日本には存在しない役職などもあるため、日系企業の方には理解しにくい面もあるものと思われます。しかしながら、日本の監査役の制度は世界的には必ずしも一般的な制度ではなく、また、英国法の影響を受けた国々ではCompany Secretaryは一般的に認識されている重要な役職です。また、行政の裁量も無限定ではないという理解をされており、恣意的な裁量の行使については法とロジックで対抗する素地は存しています。

 本連載では、インドの法制度について日系企業にとって理解しにくいと思われる点をできるだけ平易に解説することを目指します。そのためある程度正確性を犠牲にして表現しているところも出てきますが、ご容赦頂ければと思います。

コモン・ローとシビル・ロー(あまり気にしないでいいですが、知っておきましょう)

 さて、インド法についての解説においては、コモン・ロー(英米法)シビル・ロー(大陸法)の違いについての解説から始まるものが多いと思います。私が解説するときも、ここから始めることが多いです。インドはコモン・ローの法体系に属し、日本はシビル・ローの法体系に属します。コモン・ローは、英国発祥の法体系であり、英国に植民地支配されていた地域でも継受されている法体系です。インドも英国の植民地支配にあった歴史的経緯からコモン・ローの法体系を継受しています。

 しかしながら、ビジネスマンの皆様にとっては、それほど気にして頂く必要がない話ではあります。なぜならインドにおいてはビジネスにとって重要な法令はほとんどが成文で規定されており、判例や慣習は、成文化された法令の解釈において考慮されるあるいはこれを補足するものとして扱われるのが通常だからです。もちろん成文化されていない判例法も時折顔を出しますが、確立された判例であればそれは成文法と同じような効果を有しますので、一般のビジネスマンにとっては同じようなものです。

 大きな違いは、成文法であれば「○○法」といった法令を読み込んでいけばルールが書いてありますが、判例法は個別の判例を把握していないとルールが分からないという点です。もっとも、制定法がなく判例によって形成された法理は日本にもいくらでもあり、これらは一般のビジネスマンの方は通常把握していません。制定法ですら一般のビジネスマンの方は通常把握しておらず、制定法にしろ判例にしろ、専門家に確認するほかないのです。そのため、通常のビジネスにおいて、コモン・ローとシビル・ローの違いを意識されることは多くないでしょう。(なお、法体系の違いは時折意味を持つ場面もありますが、それは弁護士に悩ませておけばよいでしょう)。

 それでも多くの解説がコモン・ローとシビル・ローに触れるのは、法解釈の理論だけでなく、制度設計の違いの説明に便宜なことがあるからでしょう(「Company Secretaryはコモン・ローの国では一般的に見られる制度である。」など)。社内で説明するときにも少しかっこいい(?)かもしれませんので、知っておいて損はないでしょう。

連邦制

 冒頭で少し触れましたが、インドは連邦制を採用しており、28の州および7の連邦直轄領から成ります。法律には連邦法と州法とがあります。外為法や会社法など、主要な法令は連邦法により規定されていますが、一定の労働関連法令や、特定の業種や商取引に係る規制、地方税などについては州が(あるいは中央議会と州議会の両方が)立法権を有しているため、インドに進出して現地で事業活動を行う場合、当該事業拠点のある州の州法についても留意する必要があります。特に各州で異なる税が存在しているのが悩ましいところです。統一化の動きはありますが、なかなか目立った成果は出ていません。

英語(インド英語は悩ましい、でも、ありがたい)

 インド人が英語に堪能であるということはお聞き及びの方が多いのではないかと思います。また、その英語を聞き取ることは一般的な日本人には至難の業であることも。。。

 インド人が英語を得意とするのは、英国に支配されていた歴史的経緯もありますが、それが現在でも維持されているのは、インド政府が英語を準公用語として指定していることが大きいでしょう。法令の言語、およびインド国内において許認可申請などの諸手続を行う際の言語は英語となります。また、インドは広大な土地に複数の民族を抱える国であり、州、地域によって主に使用される言語、文字が異なります(方言のレベルでの違いではなく、全く違う言語です)。公用語とされているヒンディ語すら理解しない国民も多く存在しますので、インド人同士の取引であってもビジネス上の言語としては専ら英語が使用されており、日系企業がインド企業との間で契約を締結する場合の言語は、英語となるでしょう。裁判所における裁判も通常は英語で行われますので、このこともビジネスが英語でされることの背景となっています。

 英語で法令が理解できることは、インドから見た外国人にとっては非常に大きなメリットです。他の新興国では法令は通常は現地語で制定されており、英語の公定訳も存在しないのが通常です。日本においても政府が日本の法令の翻訳(公定訳ではなく、参考資料という位置づけです)を公開し始めたのは、2009年からであり、古い話ではありません。新興国においては外資規制や会社法と言った重要な法令については必ずしも信頼性の高くない英語訳が流布していることはありますが、翻訳される時点でどうしてもニュアンスが異なってしまう可能性は排除できません。インドにおいては、上述のとおり法令は英語で書かれ、裁判は通常英語で行われますので、ニュアンスによる解釈の相違も回避できます。

 あとは、インド人の話す英語が聞き取りやすければよいのですが、これには相当程度の慣れが必要です。インドなまりは、ヒンディ語などの現地語に影響されていますので、現地語の発音や抑揚に慣れれば聞き取りやすくなります。私の場合はヒンディ語については日常生活やボリウッド映画にて耳にする機会が多かったので、ヒンディ語を話す方のインド英語は比較的聞き取れます。しかしながら、タミル語その他の言語を話す方のインド英語はやはり苦労します。最近は「きっと、うまくいく」などのヒンディ語のインド映画のDVDも日本で手に入りますし、インド英語の聞き取りに特化したCD付き書籍も販売されているので、意欲のある方は習得されてください(ご自身の話す英語がインドなまりにならないように注意して)。あと、私くらいの世代の方だと「インド映画=『ムトゥ踊るマハラジャ』」だと思いますが、これはタミル語映画です。

最後はやや脱線して法律の話でなくなってしまいましたが、本連載ではなるべくこのような軽めの話題も挟んでいきたいと思います。次回は外国直接投資規制について解説します。

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