逮捕された俳優の出演作品、このままだとお蔵入り?過去作まで封印すべきなのか
知的財産権・エンタメ
麻薬取締法等の法令違反で逮捕された俳優が出演する作品について、どのように扱われるべきか、議論が広がっている。
撮影が完了している映画作品等が公開中止になったり、すでに市場に流通している作品は販売自粛や放送延期になったりするなど、いわゆる「お蔵入り」となるケースも多々見られる。特に過去作品の自粛には、批判も少なくない。
そういった作品を提供する会社には、どんな対応が求められるのか。また、今後企業や社会として、この問題にどう向き合っていけばよいのだろうか。骨董通り法律事務所の福井 健策弁護士に聞いた。
出演契約では、法令や公序良俗の遵守義務が課されるのが一般的
通常、作品等のコンテンツを制作する場合には、俳優やその所属事務所とはどのような内容の契約を締結するのですか。
出演契約が結ばれますが、その条件として「犯罪、公序良俗違反、社会的信用を失墜させる行為を行わないこと」といった義務が俳優側に課せられることは一般的です。さらに広く、「スキャンダル的に報道される事態」「社会的に非難される事態」を直接禁止するような表現が取られるケースもあり、これなどは必ずしも自分に落ち度がなくとも報道だけで発動されそうな条項という意味で、俳優側も容易に受け入れないケースは多いでしょう。
俳優が所属事務所を辞めた場合にも有効な契約を締結しているのでしょうか。
そもそも所属事務所が俳優から代理権を与えられるなど、正当な権限に基づいてテレビ局・映画会社等と出演契約を交わしているならば、俳優はたとえ事務所の所属を離れても契約上の義務に縛られるのが通常でしょう。さらに、「離籍条項」などと言って、俳優が中途で辞めたとしても事務所が責任をもって義務を果たさせる旨が、テレビ局等との契約で明記されるケースも少なくありません。
俳優が逮捕された場合、コンテンツ提供者には作品の販売中止等の法的義務は無い
法令違反により俳優が逮捕された場合、コンテンツ提供者には販売を中止する等の義務はあるのでしょうか。
まず、俳優側との関係ですが、テレビ局等が適正な出演契約に基づいて作品を制作・展開しているかぎりは、俳優側との関係で販売を止める義務はありません。また、逮捕されたからといって、その俳優が罪を犯したことが確定するわけでもありません(短期間で釈放されたり、起訴猶予になるケースも多数です)。俳優自身に犯罪や公序良俗に反する行為があったのは間違いなさそうなケースでも、作品の販売を中止しなければならないという「法的な義務」は、コンテンツ提供者側には通常ありません。
ただ、特に公開予定・公開中の新作や上演中の舞台の場合、続行すれば「反省がない」「(被害者がいる場合)被害者側の感情に配慮すべき」といった社会的非難を招きがちではあるでしょう。そのため、不祥事の内容や影響の大きさを考えて、コンテンツ提供者が公開を中止する判断を行うことはあり得ます。代役が可能な場合には代役を立てたり、その俳優が出演するシーンのみカットするような対応もあり得るでしょう(旧作などの自粛については後述します)。
俳優がCM等に出演している場合、そのスポンサーとの契約についてはどのような対応が考えられますか。
スポンサーとの契約でも、やはり「犯罪、公序良俗違反、社会的信用を失墜させる行為の禁止」といった義務が俳優側に課せられるのが一般的です。特にCM等の広告では「素の俳優個人の魅力」で売る要素も大きいだけに、たとえ犯罪が容疑の段階であっても、ただちに公開中止などの措置が取られるケースは多いでしょう。
犯罪により俳優が逮捕され、コンテンツ提供者が販売中止等を決定した場合、制作等にかかった費用については、俳優やその所属している事務所への違約金の支払いや損害賠償等を請求する形で、補てんすることもあるのでしょうか。
前述のように「犯罪や社会的信用を失墜させる行為の禁止」といった義務が課せられている以上、その違反があれば違約金や損害賠償の可能性は無論あり得ます。ただし、俳優側が容疑を認めていない場合などは、そもそも義務違反があったのか、が先決問題でしょう。
また、事実を認めている場合でも、損害賠償の対象は無限定ではなく「義務違反と相当な因果関係がある損害」などに限定されます。よって、販売中止などの措置が現実論としてやむを得なかったのか、それによって発生したどの費用・損失までが不祥事の主に負担させるべき範囲内かが問われます。
この分野での裁判例は多くはありませんが、「恋愛禁止条項」に違反したアイドルらに対して、これによりグループの解散を決めた事務所側が損害賠償を求めた訴訟で、事務所が投じた費用の額を解散による損失とみなし、その60%の賠償を命じた判決があります(東京地裁平成27年9月18日判決)。他方、ライブ前に失踪したバンドのギタリストに対して、それによる観客への返金額分の賠償を命じる一方、バンドのその後の売上減少については失踪との因果関係なしとした裁判例もあります(東京地裁平成24年6月26日判決)。このように、賠償の範囲は個別の事情に応じたケース・バイ・ケースと言えるでしょう。
逮捕された俳優個人の責任と、作品の封印を区別する議論を
今後、法令違反で逮捕された俳優の出演作品について、その販売や公開、提供を中止する等、コンテンツ提供会社にはどういった対応が求められますか。
最近は、俳優の逮捕やスキャンダルがあると、公開中の作品ばかりか過去の出演作品もただちに販売中止される事態が少なくありません。
もちろん、作品が封印されて一番つらく、悔しいのは作品の関係者であり制作した企業自身でしょう。その意味で、会社側もしなくて良い「封印」なら避けたいはずであり、公開中止は苦渋の決断である場合が多いと想像します。
そうではありますが、特に過去の出演作品まで次々封印される風潮には危険も感じます。
第一に、俳優個人の過ちと出演作品での実演は別問題です。第二に、俳優は作品の関係者のひとりに過ぎません。今年2月に逮捕が大きく報じられた新井浩文氏の場合、『GO』『ヒミズ』など出演映画だけで約70本あったとされます。関わったキャスト・スタッフは優に数千人にのぼるでしょう。封印は彼らにとって、生きた証である作品を奪われることを意味します。第三に、いったん公開された作品は社会の共有資産です。それは現在と将来の観客たちのものであり、作品から勇気を貰っているファンもいるでしょう。いったん曖昧な基準で封印してしまうと、それをいつ「解除するのか」という難しい問題を抱えることにもなります。
最後に、この問題に社会としてどう向き合っていけばよいでしょうか。
犯罪を弁護することはできず、本当に犯したのであれば本人が罪を償うべきことは当然です。また、「特定の作品を見たくない人」への配慮も必要でしょう。ただ、人生で大きな過ちを犯したクリエイターや俳優は過去にも大勢います。仮にその関わる作品が次々と封印されたら、私たちの文化と社会は大きな知の源泉を失い、喜びのない、危険な場所になってしまいかねません。個人の責任と作品の価値を区別する議論も、社会には求められているのではないでしょうか。

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