平成30年の知財関連判決を振り返る

第2回 商標法・不正競争防止法に関する裁判例6選

知的財産権・エンタメ

目次

  1. 商標登録取消審決に対する審決取消訴訟の当事者適格(「緑健青汁」事件・知財高裁平成30年1月15日判決)
  2. 著名表示冒用行為による無形損害(「ルイ・ヴィトン」事件・東京地裁平成30年3月26日判決)
  3. 商品の形態と商品表示性(「ユニットシェルフ」事件・知財高裁平成30年3月29日判決)
  4. タイトルタグ・メタタグと商品等表示(「タカギ」事件・東京地裁平成30年7月26日判決)
  5. テレビゲームの名称およびキャラクターと不正競争行為(「マリカー」事件・東京地裁平成30年9月27日判決)
  6. 営業秘密領得罪における図利加害目的(日産自動車営業秘密侵害罪被告事件・最高裁平成30年12月3日決定)

 前回に引き続き、「イノベンティア・リーガル・アップデート」で紹介した平成30年の知財関連裁判例から、実務的に参考になりそうなものの要点を紹介します。今回は、商標法・不正競争防止法に関するもの6件を取り上げます。

商標登録取消審決に対する審決取消訴訟の当事者適格(「緑健青汁」事件・知財高裁平成30年1月15日判決)

 共有にかかる特許や商標の審判やその審決取消訴訟において、共有者の一部だけが当事者となることができるか、という問題はかねてより議論のあるところですが、「緑健青汁」事件・知財高裁平成30年1月15日判決は、商標登録取消審決に対する審決取消訴訟において、共有にかかる商標権の権利者の一部による訴え提起が適法であるとの判断を示しました。

 議論の背景として、まず、審判段階についてみると、出願人や権利者と特許庁の間で審理が行われる査定系審判(拒絶査定不服審判、商標における補正却下不服審判、特許法における訂正審判)については、権利の共有者全員が審判請求人となる必要があり、また、権利者と第三者との間で審理が行われる当事者系審判(無効審判、特許法における延長登録無効審判、商標法における取消審判)については、権利の共有者全員を被請求人としなければなりません。

 審決取消訴訟についてみると、最高裁判所は、旧実用新案法の解釈として、拒絶査定不服審判の不成立審決に対する取消訴訟は固有必要的共同訴訟であって、すべての権利共有者が共同して訴え提起しなければ不適法となる、との判断を示しています(磁気治療器事件・最高裁平成7年3月7日判決・民集49巻3号944頁)。この判決には批判もありますが、査定系審判の審決取消訴訟一般に適用されるものと考えられています。他方、同じ審決取消訴訟であっても、当事者系審判である商標登録無効審判の無効審決に対する取消訴訟については、上記の磁気治療器事件最判と対照的に、取消訴訟提起が保存行為に該当するとの理由で、商標権者は単独で訴訟提起できるとの判断が示されています(「ETNIES」事件判決・最高裁平成14年2月22日判決・平成13年(行ヒ)第142号)。

 本判決は、商標法固有の審判制度である取消審判について、取消審決に対して権利の共有者の一部だけが審決取消訴訟を提起したという事案において訴えの適法性を認めましたが、その論拠としたのは保存行為論でした。商標取消審判は当事者系審判ですので、従来の最高裁判所の考え方を商標取消審決の取消訴訟にも適用したものといえます。

査定系審判 拒絶査定不服審判の不成立審決に対する取消訴訟 すべての権利共有者が共同して訴え提起しなければ不適法となる(磁気治療器事件・最高裁平成7年3月7日判決・民集49巻3号944頁)
当事者系審判 商標登録無効審判の無効審決に対する取消訴訟 商標権者は単独で訴訟提起できる「ETNIES」事件判決・最高裁平成14年2月22日判決・平成13年(行ヒ)第142号
商標取消審判の取消審決に対する取消訴訟 商標権の共有者は単独で取消しを請求できる(「緑健青汁」事件・知財高裁平成30年1月15日判決)

著名表示冒用行為による無形損害(「ルイ・ヴィトン」事件・東京地裁平成30年3月26日判決)

 「ルイ・ヴィトン」事件・東京地裁平成30年3月26日判決は、ルイ・ヴィトン社の著名な商品表示である「モノグラム」を付した模倣品の販売について、不正競争防止法2条1項2号の著名表示冒用行為に該当するとして、被告に対し、財産的損害に加え、信用棄損等無形的損害の賠償を命じました。その理由として、被告の行為は、ルイ・ヴィトン社が長年の企業努力により獲得した原告標章の著名性およびそれにより得られる顧客誘引力を不当に利用して利得するものであって、原告の企業努力の成果を実質的に減殺するものであると指摘しています。

「ルイ・ヴィトン」事件・東京地裁平成30年3月26日判決の判決文よりBL編集部作成

出典:「ルイ・ヴィトン」事件・東京地裁平成30年3月26日判決の判決文より編集部作成

 もっとも、裁判所が認定した無形損害の額は50万円にとどまっています。近年の同種事例としては、エルメスの高級ハンドバッグ「バーキン」の類似品を輸入・販売していた事案について無形損害を認定した東京地裁平成26年5月21日判決がありますが、こちらも金額的には150万円にとどまっています。

商品の形態と商品表示性(「ユニットシェルフ」事件・知財高裁平成30年3月29日判決)

 「ユニットシェルフ」事件・知財高裁平成30年3月29日判決は、無印良品のユニットシェルフの商品形態が不正競争防止法2条1項1号の商品等表示に該当すると判断した東京地裁平成29年8月31日判決・平成28年(ワ)第25472号の控訴審判決で、以下の点が争われました。

  1. 商品の形態に商品等表示にあたるだけの特別顕著性があるかどうか、また、それが周知かどうかの判断の基準となる需要者とはどのような者をいうのか。
  2. ユニットシェルフの特徴的形態である2本ポール構造、横桟およびクロスバーといった構成は、隣接する棚板同士の干渉を避けるために類似を避けられない構造か。
  3. ユニットシェルフの意匠について、第三者が意匠登録を受け、抵触している状況において、不正競争防止法上の請求をするのは権利の濫用にあたるか。

 裁判所は、上記各論点について、次のような判断を示し、控訴人の主張を排斥しました。

  1. 控訴人商品および被控訴人商品が金属製のユニットシェルフの家具であって、一般消費者が卒然と購入に至るような性質の商品でないことを考慮すると、少なくともこれらの商品を含む家具一般について何らかの関心を有する者を「需要者」と解すべきであり、控訴人(一審被告)が一般消費者を対象に行った識別力および周知性調査の結果は信用性を欠く。
  2. 他の構造を用いることによっても棚板の干渉防止という機能を果たすことができ、ユニットシェルフの構造が必ずしも当該機能を果たすために通常選択される構造であると認めることはできない。
  3. 不正競争防止法2条にいう不正競争によって利益を侵害された者が他人の意匠権を侵害する事実が認められる場合であっても、当該意匠権の侵害行為は意匠法が規律の対象とするものであるから、当該事実のみによっては、ただちに被控訴人が不正競争によって利益を害された者による不正競争防止法に規定する請求権の行使を制限する理由とはならない。

 一昨年(平成29年)は、店舗外観について商品表示性を認めたコメダ珈琲事件・東京地裁平成28年12月19日決定・平成27年(ヨ)第22042号も話題になりましたが、本件は、機能的性格の強い商品形態について商品等表示性を認めたことで注目されました。

タイトルタグ・メタタグと商品等表示(「タカギ」事件・東京地裁平成30年7月26日判決)

 「タカギ」事件・東京地裁平成30年7月26日判決は、タイトルタグやメタタグが不正競争防止法上の商品等表示に該当するかが争われた事件で、判決はこれを一部肯定しました。

 タイトルタグ・メタタグは、ウェブページのタイトルないし概要を伝えるHTML(Hyper Text Markup Language)のタグで、ウェブページには表示されないものの、ブラウザのタブや検索結果などに表示されます。

BUSINESS LAWYERS企業法務の実務ポータル

 本事案は、原告が販売する浄水器に対応する非純正交換用カートリッジを被告が販売するに際し、被告の非純正商品のウェブページのタイトルタグ・メタタグに、原告の会社名を埋め込んだというもので、本判決は、その具体的な記載態様によってはタイトルタグ・メタタグの記載が商品等表示に該当することを認めました。

 なお、過去にタイトルタグ・メタタグの商品等表示性を認定した事案としては、「IKEA」事件・東京地裁平成27年1月29日判決・平成24年(ワ)第21067号があり、また、タイトルタグ・メタタグの商標該当性を認定した事案として、「クルマの110番」事件・大阪地裁平成17年12月8日判決・平成16年(ワ)第12032号があります。

テレビゲームの名称およびキャラクターと不正競争行為(「マリカー」事件・東京地裁平成30年9月27日判決)

 東京地裁平成30年9月27日判決は、テレビゲームのキャラクターのコスチュームで公道を走るカートのレンタルサービス「マリカー」の行為が不正競争に該当すると認定したことで話題になりました。具体的には、日本人の間で、「マリカー」が「マリオカート」の略称として周知であることや、「MariCar」等の標章が「マリカー」と類似すること、「マリオ」等のキャラクターが商品等表示として周知であること、出所混同のおそれが存在すること等を認定したうえで、「マリカー」の名称の使用やドメイン名の使用、コスチュームの営業活動での使用の差止めのほか、損害賠償請求を認容しています。

「マリカー」事件・東京地裁平成30年9月27日判決の判決文より編集部作成

出典:「マリカー」事件・東京地裁平成30年9月27日判決の判決文より編集部作成

 もっとも、「マリカー」は日本語を解しない者の間では周知性が認められないとして、外国語のみで記載されたウェブサイトやチラシにおける「マリカー」の使用や、外国語のみで記載されたウェブサイトのドメイン名の使用は差止めの対象外としました。

 なお、原告は、著作権に基づき、「マリオ」等の複製または翻案の差止めや、それらの複製物または翻案物の自動公衆送信または送信可能化の差止めを求めていましたが、判決は、差止請求の内容が無限定であってその必要性の立証がされていないとして、請求を棄却しました。

営業秘密領得罪における図利加害目的(日産自動車営業秘密侵害罪被告事件・最高裁平成30年12月3日決定)

 日産自動車営業秘密侵害罪被告事件・最高裁平成30年12月3日決定は、日産自動車の元従業員がいすゞ自動車に転職するに際し、日産自動車の営業秘密を持ち出したことで話題になった不正競争防止法違反の刑事事件で、被告人に不正競争防止法21条1項3号の図利加害目的(「不正の利益を得る目的」)があったかが争われました。
 被告人は、①業務関係データの整理や、退職に際して記念写真を回収することを目的としたものであって、転職先で直接または間接に参考にする目的ではなかった、②「不正の利益を得る目的」があるというためには、正当な目的・事情がないことに加え、当罰性の高い目的が認定されなければならず、上記のような曖昧な目的はこれにあたらない、といった主張をしていました。

 図利加害目的は、「不正の利益を得る目的」と「営業秘密の保有者に損害を加える目的」を総称したものです。これらのうち、本件で問題となった「不正の利益を得る目的」とは、公序良俗または信義則に反する形で不当な利益を図る目的のことをいい、自ら不正の利益を得る場合と、第三者に不正の利益を得させる場合とが含まれます。

 本決定は、弁護人の上記主張はそもそも上告理由にあたらないと判断しましたが、職権で図利加害目的にかかる事実認定も行い、最終的に、「被告人は,勤務先を退職し同業他社へ転職する直前に,勤務先の営業秘密である前記①の各データファイルを私物のハードディスクに複製しているところ,当該複製は勤務先の業務遂行の目的によるものではなく,その他の正当な目的の存在をうかがわせる事情もないなどの本件事実関係によれば,当該複製が被告人自身又は転職先その他の勤務先以外の第三者のために退職後に利用することを目的としたものであったことは合理的に推認できるから,被告人には法21条1項3号にいう『不正の利益を得る目的』があったといえる」と結論付けました。

 これは、「不正の利益を得る目的」が認められるために、正当な目的・事情がないことに加え、当罰性の高い目的が認定されなければならない、という被告人の主張を排斥し、具体的事実に基づいて、正当な目的が認められないという消極的事実から自己または第三者のために利用する目的を推認する、という論理構成で「不正の利益を得る目的」を認定したものといえるでしょう。


 次回は、著作権法およびその他の知財法制に関する裁判例を取り上げます。

第3回 著作権法およびその他の知財法制に関する裁判例4選

無料会員登録で
リサーチ業務を効率化

1分で登録完了

無料で会員登録する