平成30年の知財関連判決を振り返る

第1回 特許法に関する裁判例5選

知的財産権・エンタメ

目次

  1. 冒認特許権の行使と不当訴訟(「螺旋状コイルインサートの製造方法」事件・東京地裁平成30年3月2日判決)
  2. 審決取消訴訟の訴えの利益等(「ピリミジン誘導体」事件・知財高裁平成30年4月13日判決)
  3. 均等第1要件の意味と認定手法(「携帯端末サービスシステム」(アメーバピグ)事件・知財高裁平成30年6月19日判決)
  4. ビジネス方法と自然法則の利用(「ステーキの提供システム」(いきなり!ステーキ)事件・知財高裁平成30年10月17日判決)
  5. 有効審決確定後の特許無効の抗弁の主張の許否(「美肌ローラ」事件・知財高裁平成30年12月18日判決)

 平成もいよいよ最後の年となりました。平成年間は、小泉政権以来のプロパテント政策で、知的財産に関する法令の整備が急ピッチで進められるとともに、知的財産高等裁判所が創設されるなど、長い知的財産法の歴史の中でも激動の時代でした。昨年も、その最後を飾るように、様々な判決が現れています。

 筆者が所属する弁護士法人イノベンティアのウェブサイトでは、「イノベンティア・リーガル・アップデート」というシリーズで、そのときどきの裁判例を速報的に紹介しています。ここでは、その中から、平成30年の知財関連判決で実務的に参考になると思われるもの15件を選び、要点を解説します。

 第1回となる今回は、特許法に関する裁判例5件を取り上げます。

冒認特許権の行使と不当訴訟(「螺旋状コイルインサートの製造方法」事件・東京地裁平成30年3月2日判決)

 「螺旋状コイルインサートの製造方法」事件・東京地裁平成30年3月2日判決は、特許権者が侵害訴訟を提起したのに対し、被告が、冒認を理由とする特許無効の抗弁を主張するとともに、不当訴訟を理由とする損害賠償請求を反訴として提起した事案です。判決では、被告の主張を認め、侵害訴訟については請求を棄却し、反訴にかかる損害賠償については請求を認容しました。

「螺旋状コイルインサートの製造方法」事件・東京地裁平成30年3月2日

 裁判を受ける権利は憲法32条によって保障された基本的人権のひとつですが、最高裁判所は、「訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるとき」には、訴えの提起が違法となり、損害賠償請求が認められるとの考え方を示しています(最高裁昭和63年1月26日判決・民集42巻1号1頁)。本判決は、この規範に沿って、冒認出願によって得た特許権の行使を不当訴訟と認定したものです。

 なお、冒認以外の無効理由が存在する場合に、権利行使が違法となるか、特に、侵害品を買い受けて販売している業者に対する権利行使が製造業者に対する誹謗中傷行為として不正競争防止法違反とならないかは実務上しばしば問題となるところです。この点に関する近年の裁判例として、「エンパワー」事件・東京地裁平成29年2月17日判決・平成26年(ワ)第8922号は、以下のような事情を総合考慮して、違法かどうかおよび故意過失があるかどうかの判断をするとの判断枠組みを示しています。

  • 無効理由の明確性
  • 無効理由の有無についての検討の十分性
  • 告知行為の内容・態様の社会通念上の相当性
  • 権利行使に対する萎縮効果
  • 営業上の信用を害される競業者の利益

審決取消訴訟の訴えの利益等(「ピリミジン誘導体」事件・知財高裁平成30年4月13日判決)

 「ピリミジン誘導体」事件・知財高裁平成30年4月13日判決は、知的財産高等裁判所特別部によるいわゆる大合議判決で、(1)保護期間満了後の特許についての特許無効審判審決取消訴訟における訴えの利益および(2)刊行物記載の化合物の一般式に多数の選択肢がある場合の進歩性判断が争点となりました。

 まず、(1)訴えの利益の問題では、冒認・共同出願以外の無効理由について当事者適格が「何人も」とされていた平成26年改正前特許法下の無効審判において、特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消しの訴えの利益は、特許権消滅後であっても、特許権の存続期間中にされた行為について、何人かが侵害の責任を問われる可能性が残るかぎり認められるとの判断を示しました。

 また、本判決は、本件には適用されないものの、当事者適格が利害関係人に制限された平成26年改正特許法のもとでの無効審判についても判断を示し、客観的に見て、原告に対し特許権侵害を問題にされる可能性がまったくなくなったと認められるに至らないかぎり、特許権消滅後であっても訴えの利益は認められると判示しました。今後請求される特許無効審判に平成26年改正前特許法が適用されることはないため、規範として実質的意味を持つのは、平成26年改正法に関する判示であるといえます。

 (2)刊行物に記載された化合物の一般式が膨大な数の選択肢を有する場合の進歩性判断については、特定の選択肢にかかる技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき特段の事情がないかぎり、特定の選択肢にかかる発明を引用発明として認定することはできないとの判断を示しました。

     本判決は、上記判示に際し、進歩性判断における要件事実の考え方を示しました。具体的には、判決は、まず、進歩性の判断構造として、
  1. 主引用発明または副引用発明の内容中の示唆、技術分野の関連性、課題や作用・機能の共通性等を総合的に考慮して、主引用発明に副引用発明を適用して本願発明に至る動機付けがあるかどうかを判断するとともに、
  2. 適用を阻害する要因の有無、予測できない顕著な効果の有無等を併せ考慮して判断する
  3. との前提を示します。

 そのうえで、判決は、進歩性の主張立証責任について、特許無効審判の審決に対する取消訴訟においては、上記①については、特許の無効を主張する者(特許拒絶査定不服審判の審決に対する取消訴訟および特許異議の申立てに係る取消決定に対する取消訴訟においては、特許庁長官)が、上記②については、特許権者(特許拒絶査定不服審判の審決に対する取消訴訟においては、特許出願人)が、それぞれそれらがあることを基礎付ける事実を主張、立証する必要があるとの考え方を示しました。

 この考え方を一般化すると、以下の表のようになるものと考えられます。

進歩性の判断構造 進歩性の主張立証責任
手続 主張立証責任の所在
①主引用発明または副引用発明の内容中の示唆、技術分野の関連性、課題や作用・機能の共通性等を総合的に考慮して、主引用発明に副引用発明を適用して本願発明に至る動機付けがあるかどうかを判断する
  • 特許無効審判の審決に対する取消訴訟
  • 特許権侵害訴訟
特許の無効を主張する者
  • 特許拒絶査定不服審判の審決に対する取消訴訟
  • 特許異議の申立てに係る取消決定に対する取消訴訟
特許庁長官
②適用を阻害する要因の有無、予測できない顕著な効果の有無等を併せ考慮して判断する
  • 特許無効審判の審決に対する取消訴訟
  • 特許異議の申立てに係る取消決定に対する取消訴訟
  • 特許権侵害訴訟
特許権者
特許拒絶査定不服審判の審決に対する取消訴訟 特許出願人

 進歩性判断における要件事実については、容易想到性そのものを主要事実と捉えるか、容易想到性を根拠づけ、または、阻害する具体的事実を主要事実とするかで議論が分かれていましたが、本判決は後者の考え方に立ったものといえます。

均等第1要件の意味と認定手法(「携帯端末サービスシステム」(アメーバピグ)事件・知財高裁平成30年6月19日判決)

 均等第1要件の解釈を巡っては、いわゆる技術的特徴説(本質的部分説)と技術的思想同一説とが対立していました。技術的特徴説は、構成要件ごとに検討して特定された相違点について、その部分が発明の本質的な部分といえるか否かを考える、という説で、最高裁判所が示した要件の文言に素直な考え方といえます。

 他方、技術的思想同一説は、特許発明として開示された技術的思想全体と被疑侵害品とを対比し、被疑侵害品が特許発明の技術的思想の範囲内にあるならば、文言上の相違は本質的な要素とはいえないこととなるから、相違点は非本質的部分となる、という考え方で、特許発明の技術的思想の範囲は、従来技術に対する新規の貢献の程度で決まります。この考え方は、構成要件ごと(Element by Element)の対比を積み重ねるのではなく、特許発明の貢献度により発明の構成の上位概念化を認めるもので、古典的な中心限定主義の思想に近い面があるといえます。

均等第1要件における技術的思想同一説による解釈

 この問題について、マキサカルシトール事件における知財高裁大合議判決である知財高裁平成28年3月25日判決・平成27年(ネ)第10014号は、技術的思想同一説を採用することを明らかにし、その後も「振動機能付き椅子」事件・知財高裁平成28年6月29日判決・平成28年(ネ)第10007号などがこの考え方を踏襲しています。
 もっとも、マキサカルシトール事件の上告審判決である最高裁平成29年3月24日判決・平成28年(受)第1242号は、別途争点となっていた均等第5要件については解釈を明らかにしたものの、均等第1要件について規範を示しませんでした。

 「携帯端末サービスシステム」(アメーバピグ)事件・知財高裁平成30年6月19日判決は、マキサカルシトール事件最判の後に、あらためて知財高裁が技術的思想同一説を採用することを明らかにしたものといえます。
 本判決は、先行技術との対比から、本件における発明の課題はすでに解決されており、発明の貢献度は小さいため、発明を上位概念化することはできないとして、結論において均等侵害を否定しました。

 なお、その後、同様の規範のもとで均等侵害の成立が認められた事案として、「骨切術用開大器」事件・東京地裁平成30年12月21日判決があります。この判決は、補正によって限定された構成要件について均等の成立を認めたもので、均等第5要件との関係でも参考となるため、今後、イノベンティア・リーガル・アップデートで取り上げることを予定しています。

ビジネス方法と自然法則の利用(「ステーキの提供システム」(いきなり!ステーキ)事件・知財高裁平成30年10月17日判決)

 知財高裁平成30年10月17日判決は、「いきなり!ステーキ」の店舗におけるステーキの提供システムの発明該当性が争われた事案で、出願後補正を経ていったん特許登録がなされたものの、特許異議申立てに対して取消決定がなされ、その後、知財高裁が本判決で取消決定を取り消したという経緯をたどっています。
 対象発明は、ステーキ店において、お客様を案内し、肉の量を伺い、カットし、焼き、運ぶというステーキの提供過程で用いるための、「札」と「計量機」と「印し」(シール)で構成された「システム」で、これが特許法上の発明といえるかが争われました。特許の対象となる発明は、自然法則を利用していなければならないところ(特許法29条1項ただし書、同法2条1項)、上記のステーキの提供システムは、自然法則を利用していない純然たるビジネスの方法ではないか、ということが争点となったのです。

ステーキの提供過程で用いられている「札」「計量器」「印し(シール)で構成された「システム」

出典:知財高裁平成30年10月17日判決の判決文をもとに編集部作成

 かつてビジネスモデル特許がブームになりましたが、特許法の解釈として、純然たるビジネスモデルは特許の目的となる発明にはあたりません。いわゆるビジネスモデル特許で特許の対象となるのは、ビジネスモデルを実現するためのコンピュータや通信機器を用いたIT技術であって、そういった技術がビジネスモデルの実現に用いられるような発明、いわゆるビジネスモデル発明(ビジネス方法発明/ビジネス関連発明)の実態です。この場合、ビジネスモデルの実現を目的とするものであっても、ITを利用することで、全体として自然法則を利用しているものと認められるなら、発明該当性が認められます。

 本件は、ビジネスモデル発明のこういった考え方を、ITではなく、「いきなり!ステーキ」で用いられる札や計量器、シールといったアナログの機材にあてはめたものといえます。特許庁は、異議申立手続において、そういった機材はビジネスモデルの道具に過ぎないと判断しましたが、本判決は、これらを課題解決のための技術的手段と認定しました。

 具体的には、本判決は、まず、原告の発明はステーキ店において注文を受けて配膳をするまでの人の手順を要素として含むものの、これにとどまるものではなく、札、計量機およびシール(印し)という特定の物品または機器(装置)からなる本件計量機等に係る構成を採用し、他のお客様の肉との混同が生じることを防止することにより、本件ステーキ提供方法を実施する際に不可避的に生じる要請を満たして、「お客様に好みの量のステーキを安価に提供する」という課題を解決するものであるとの認定をしています。そのうえで、こういった課題やその解決手段の構成およびその構成から導かれる効果等の技術的意義に照らすと、原告の発明は、当該特定の物品または機器を、他のお客様の肉との混同を防止して課題を解決するための技術的手段とするものであり、全体として「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当するということができると判示しました。

有効審決確定後の特許無効の抗弁の主張の許否(「美肌ローラ」事件・知財高裁平成30年12月18日判決)

 「美肌ローラ」事件・知財高裁平成30年12月18日判決は、特許権侵害訴訟の第一審(大阪地裁)の口頭弁論終結前に、対象となる特許についての特許無効審判で有効審決が確定したものの、原審ではその事実について主張がなされず、同一の主引例に基づく進歩性欠如の主張が認められて請求が棄却されたという事件の控訴審です。控訴人(特許権者)は、控訴審において、有効審決が確定している以上、一事不再理効により、特許無効審判と同一の事実および同一の証拠による特許無効の抗弁の主張は許されないと主張しました。

 本判決は、結論において特許無効の抗弁の主張は認められないと判断しましたが、その論拠は、特許無効の抗弁に関する特許法104条の3の解釈ではなく、一事不再理を定めた特許法167条の趣旨である紛争の一回的解決の要請と、民事訴訟法2条の訴訟上の信義則であり、また、「特段の事情」がある場合には、例外的に特許無効の抗弁の主張の余地があるという含みを残しました。

「美肌ローラ」事件の流れ

 一事不再理は、もともと、第一次世界大戦後の自国産業保護の国際的風潮の中、特許保護を目的として導入されたもので、当初は、ひとたび有効審決がなされると、何人も同一の事実および同一の証拠によって特許無効審判を請求することができなくなる、絶対効の制度でした。しかし、平成23年改正でその効力が相対効に改められ、また、平成26年改正で特許無効審判の請求人適格が利害関係人に制限されたことで、特許無効審判制度は、紛争解決手続としての性格を強めたといえます。

 そのような中、本判決は、一回的解決の観点から、訴訟上の信義に則って有効審決確定後の特許無効の抗弁の提出の拒否を判断するとの考え方を示したものであり、侵害訴訟と特許無効審判を一体の紛争と捉え、それを一回的に解決することを志向したものといえます。これは、紛争解決の一回性を重視する近年の知財高裁の判断傾向に沿ったものと考えられます。

 他方で、判決は、「特段の事情」がある場合に、一事不再理効が生じた後でも特許無効の抗弁の審理をすることを可能にする余地を残しています。「特段の事情」が具体的にどのような場合を指すかは判決文から明らかではありませんが、特許法104条の3の文言の画一的解釈に依拠するよりも、柔軟な判断を可能にするものと考えられます。


 次回は、商標法・不正競争防止法に関する裁判例を取り上げます。

第2回 商標法・不正競争防止法に関する裁判例6選

この特集を見ている人はこちらも見ています

無料会員登録で
リサーチ業務を効率化

1分で登録完了

無料で会員登録する