企業を不祥事から守る、組織的な危機管理広報の心構え

第1回 危機管理対応には法的な視点だけでなく、社会の視点が求められる

危機管理・内部統制
髙野 祐樹 株式会社 井之上パブリックリレーションズ 横田 和明 株式会社 井之上パブリックリレーションズ

目次

  1. なくならない企業の不祥事
    1. 企業の規模・業種を問わずに発生する企業不祥事と危機管理対応
    2. 危機管理対応は法的な視点だけでは不足する
  2. 日本企業に足りない「パブリック・リレーションズ」の考え方
    1. ノウハウの実践だけでは不十分
    2. 平時からの対応、予防につながる「パブリック・リレーションズ」
  3. 危機管理の重要性
    1. 危機管理に不可欠なパブリック・リレーションズ
    2. パブリック・リレーションズに必要な3つの要素
  4. 危機管理を構成する3つの概念
    1. イッシュー・マネジメント(Issue Management)
    2. リスク・マネジメント (Risk Management)
    3. クライシス・マネジメント(Crisis Management)

なくならない企業の不祥事

企業の規模・業種を問わずに発生する企業不祥事と危機管理対応

昨年は製造業でのデータ改ざんや無資格検査、不正会計などの企業不祥事が繰り返し発生し、年末には「企業の不祥事対応」や「危機管理対応」といったトピックスがビジネス誌や広報専門誌などを賑わせました。

これらの不祥事に対して常日頃から備えや報道対応の訓練をしていたであろう大手企業であっても、記者会見などで失言や失態を社会に示し、批判を受けるケースが数多く見られたことは記憶に新しいのではないでしょうか。

また、大規模な仮想通貨の流出や成人式当日の着物業者夜逃げ問題など世間を騒がせた不祥事も発生し、ベンチャー企業や中小企業の経営者や責任者であっても、記者会見で説明する場面が見られました。これらの説明に対しては「誠意が感じられない」「真摯に反省しているように見えない」といった意見がマスメディアやSNS上でも広がり、注目を集めました。

企業不祥事は企業規模の大小や業界を問わず発生する可能性があり、その後の対応を誤るリスクを潜在的に抱えています。相次ぐ不祥事をきっかけとして危機管理対応の重要性に関心を持たれた方も多いのではないでしょうか。

危機管理対応は法的な視点だけでは不足する

自社で不祥事が発生した場合、ある程度の規模を有する企業では、広報と法務の2つのセクションが初動に関わります。

広報部は社内での事実関係や報道状況の確認を進め、必要に応じてプレスリリースや個別取材、記者会見といった報道対応を行います。

法務部は弁護士事務所と連携のうえ、自社の不備や法的責任を速やかに確認し、対応方針を社内で協議します。場合によっては、記者会見に同席し、会社を代表して説明責任を果たす経営陣をサポートする役割を担うこともあります。

昨今では、弁護士事務所だけでなく、PR会社をはじめとする外部の危機管理コンサルタントが初期から入り、チームを組むケースも見受けられます。

危機管理対応では法的な視点だけでなく、「外部=社会の視点」を導入し、客観的に自社の考え方や振る舞いが適切か、「社会的に正しいのか」という点をチェックし、正すべき言動を正すためにはどうすべきか、組織的に判断して実践しなければ、思わぬ批判や反発を受けることがあります。

たとえば、事実関係が明確でない場合や裁判を経ないと法的責任が明らかにならない場合に、個別取材や記者会見の場で、企業経営者や担当者が、「自社にまだ(法的)責任があるかわからない」という法的な視点のみを強調して説明する姿を見かけることがあります。後から責任を問われたり、補償などの言質と取られたりしないための行動といえますが、「社会に不安を与え、騒がせたことに責任は感じないのか」と記者が反発し、結果的に批判的な報道に繋がって、社会的反感を買ってしまうケースがあります。だからこそ、自社内だけでなく外部の危機管理コンサルタントの視点や知見が不可欠なのです。

日本企業に足りない「パブリック・リレーションズ」の考え方

ノウハウの実践だけでは不十分

謝罪会見時のお辞儀の仕方やコメントに必要なポジションペーパーの作成方法など、危機管理対応のノウハウは巷に溢れています。また、それらのノウハウを研究し、訓練をしている企業も少なくないでしょう。しかし、そういった準備をしているはずの組織であっても不祥事発生後の対応を誤る例を目にします。ノウハウの実践だけでは、形式的な対応をしているように捉えられてしまうこともあり、メディアからの厳しい目やSNSでの炎上などのリスクを有する現代においては不十分なのかもしれません。

不祥事が起きた際には、早い段階で法的責任にあわせて道義的責任、すなわち社会の視点で企業の行動や考え方を捉え直すことが重要です。前述したように、危機管理対応にあたって、社内では法務部門、広報部門が中心となり、法的責任に対しては弁護士と連携し、倫理的責任ならびに道義的責任に対してはPR会社や危機管理コンサルタントなど報道機関や社会の視点を備えたプロフェッショナルと連携することが不可欠といえます。

平時からの対応、予防につながる「パブリック・リレーションズ」

不祥事が起きた際の対応だけでなく、平時から危機管理対応の根源的なマインドや考え方を組織レベルで実装しておく必要もあります。

健康な体を保つためには対症療法だけではなく予防医療も必要なように、事業を継続化し、発展させるためには、予防法務の視点で自社の事業活動をチェックし、予見されるリスクを把握して、起こりうる事案を想定したうえで対策を施し、組織的に対応できる準備をしておくべきなのです。

そのためには、日頃から法務と広報や外部の危機管理コンサルタントとの連携が不可欠であり、組織内外で「パブリック・リレーションズ」という考え方を共有できているかどうかが重要となります。

パブリック・リレーションズ(Public Relations=PR)は、目的達成のために必要なステークホルダーと関係を構築する考え方や手法のことをいいます。100年以上前からアメリカを中心に発達してきたため、欧米の外資系企業では、機能として組織的にビルトインされていることが多いですが、日本ではまだ浸透しているとは言い切れません。

本連載では、多くの企業の危機管理対応に携わってきたPR会社のコンサルタントである筆者が、パブリック・リレーションズの考え方や、PR会社が危機管理をどのように捉え、実践しているのかを、2回にわたって解説します。企業不祥事とその後の対応への注目が一層強まる中、社会の視点やステークホルダーに配慮した組織的な行動を促すパブリック・リレーションズの考え方を備えたリーガルプロフェッショナルの活躍がより求められることになるでしょう。まず本稿では、危機管理を構成する概念とパブリック・リレーションズの考え方をご紹介します。

危機管理の重要性

危機管理に不可欠なパブリック・リレーションズ

かつて、二度にわたる不祥事対応のつたなさから、連結売上高が1兆円を超える企業グループが崩壊した食品メーカーがありました。危機管理対応の誤りが組織の存亡に関わる代表的な例といえます。 対応を誤ることで、風評被害も加わり、顧客の買い控えによる売上減や株価急落などで企業は容易に崩壊への道を辿ります。ひいては国民生活と国家経済をも脅かすことになりかねません。

誤った不祥事対応が繰り返される根本的な原因は、パブリック・リレーションズが機能していないことにあるといえます。

パブリック・リレーションズについて、井之上喬 1 は「個人や組織体が最短距離で目的や目標を達成する、『倫理観』に支えられた『双方向性コミュニケーション』と『自己修正』をベースとしたリレーションズ(関係構築)活動である」と定義しています(井之上喬『パブリック・リレーションズ』日本評論社、2015)。

ここでいうパブリックとは「社会」あるいは「一般社会」を指し、パブリック・リレーションズは「ある目的・目標を達成するために設定されるターゲットとの関係性の構築・維持(リレーションズ)の総体」をいいます。

パブリック・リレーションズに必要な3つの要素

パブリック・リレーションズは現代において「ヒト・モノ・カネ・情報」に次ぐ「第5の経営資源」とも言える、企業活動を行ううえでの重要な機能です。

企業・組織といった主体を取り巻くさまざまなステークホルダー(パブリック)との関係性の構築・維持を行うリレーションシップ・マネジメントでもあり、前述した「倫理観」「双方向性コミュニケーション」「自己修正」の3つの要素がベースになっています。どの要素が欠けていてもパブリック・リレーションズの成立は困難になり、3つの要素が機能不全に陥った際に企業の不祥事は発生するのです。

1990年のペリエ社(本社フランス)飲料水へのベンゼン混入事件は、3つの要素が欠如した顕著な例です。当時、ベンゼン混入の報道が出た後、ペリエ社の経営陣は、「数日ですべて忘れ去られるような些細なこと」という認識で緊急の対策を講じませんでした。しかし、異物混入が認められるボトルが世界中で見つかり、同社の株価は事態発覚から24時間経たないうちに暴落。アメリカ市場で自発的に製品回収の動きが出始めても、「フランスでは、消費者はこうしたことは気にしていない」というコメントを発し続けたことで、「消費者への気遣いが欠如している」と受け取った消費者の反発がさらに高まっていきました。

事件発覚の4日後、ペリエ社は世界市場から製品回収を決めたものの、すでに商品イメージは損なわれており、「ペリエ社は決断力がなく問題の深刻さに対する態度に一貫性がない」とみなされる状態に陥っていました。

消費者の正しい視点と現場の声をないがしろにした本社の一方向的対応は「倫理観」と「双方向性コミュニケーション」の欠如を露呈し、「自己修正機能」が働いていない状態だったといえます。同社の対応は、クライシス・マネジメントの失敗例としてよく引用されています。

【ペリエ社の事例からみる3つの要素の欠如】

倫理観の欠如 飲料水にベンゼンが混入されていることが発覚したにもかかわらず、消費者の健康被害拡大の可能性よりも自社の利益を優先し、緊急の対策を講じなかった
双方向性コミュニケーションの欠如 様々なパブリックとの双方向性コミュニケーションがとれておらず、社会的に誤った対応をしてしまった後も、商品イメージが損ねわれる前に適切な対策を打てなかった
自己修正の欠如 現場の動きや社会からの反応を無視し、消費者への気遣いが欠如した発言を一方的に発し続けた

このように「倫理観」「双方向性コミュニケーション」「自己修正」のいずれかでも欠如すると、不祥事が発生したとしてもその後の対応で防げたはずのダメージが大きくなり、企業の存続にも影響する事態につながります。

危機管理を構成する3つの概念

危機管理とは総じていうならば、将来発生しうるさまざまな危機をあらかじめ想定し、有効な対策を立案・準備し、必要に応じて対応・実施していくことです。しかしながら日本では危機管理に関する解釈があいまいで、いろいろな考えが混在し、整理されていないように感じます。

実践的な観点からは以下3つの概念に整理すると、有効な対策の立案・準備、対応・実施が可能となります。

  1. イッシュー・マネジメント(Issue Management)
  2. リスク・マネジメント(Risk Management)
  3. クライシス・マネジメント(Crisis Management)

イッシュー・マネジメント(Issue Management)

イッシュー・マネジメント(Issue Management)は、予想される新しい課題や問題を抽出し、それらに対する企業の対応策を考え実施することであり、「課題(問題)管理」とも言われます。

ここでいう課題とは、政府の政策や法規制に関するもの、国の内外を問わず地域社会で企業活動を行う場合に考慮しなければならない習慣やタブーといった地域的特色などがあげられます。イッシュー(課題)の無視はクライシスを引き起こすトリガーになりかねません。

米国の多くの企業がイッシュー・マネジメントを経営戦略上、不可欠なものと位置づけ、自社生き残りのための基本要素とみなしています。

イッシューの処理を誤ると収拾不能な危機状態を招く可能性をもつ一方で、予防的解決策を実施できれば危機を未然に防止することも可能であり、対応方法によって対極的な結果をもたらします。

イッシュー・マネジメントの有効利用により、危機管理の観点に加えて以下のような効果も期待できます。

  1. マーケット・シェアの増大
  2. 株価の安定
  3. コーポレート・レピュテーション(企業品位・評判)の高揚
  4. 資金の節約
  5. 重要な関係構築の促進
  6. 経営の安定化

リスク・マネジメント (Risk Management)

リスク・マネジメント (Risk Management)は、リスクの認識と予見を通してその回避策を講じることであり、危険に遭う可能性に対する危機管理です。

不可避なリスクに対してはそれを第三者に転嫁する、保険で担保する、あるいは自己が危険負担するといった一切のプロセスもリスク・マネジメントの範疇に含まれます。一般的には、為替変動や貸し倒れ、製品の故障など、保険加入などの範囲内で対応可能となるリスクを抽出し、対応策を考え実施することです。

たとえば、家電メーカーの場合、以下のようなリスク・マネジメント手法があげられます。

リスクの認識と予見 回避策
過去のデータから算出した製品の故障発生率 無償修理を一定期間保証し、そのためのコストを製品に均等に負担させる
貨物輸送(での故障発生率、破損など) 損害保険に加入し、資産保全をはかる

通常の企業活動にビルトインされているケースが多いですが、自然発生率として予想できない事態、あるいは予想されてもその発生が許されない事態も一部含みます。

クライシス・マネジメント(Crisis Management)

リスク・マネジメントの対象として対応策を準備していたものが、事件・事故・災害などによって顕在化し、危機(クライシス)が発生したら即座に対処することクライシス・マネジメント(Crisis Management)です。クライシスがどのような状態でいつ起きるのか、その予測は困難ですが、発生しうるという前提で準備を整えておくことで、有事の際に決定的なダメージを免れることを目的としています。

危機管理の担当者は外部の専門家と連携をとりながら、日ごろの準備を怠らないように心がけることが求められます。製品事故を未然に防ぐために、万が一事故が起きた場合を想定し、対策やそれにかかるコストを認識しておくことなどが一例といえます。

日頃の準備を整えることはクライシス発生の防止意識を高めることにつながります。また、クライシス発生時に適切な対応を迅速にとることによって、メディアやインターネット上での風評被害などから企業を救うことにもなります。

以下に、企業経営にダメージを与える主要なクライシスを示します。

  1. 公害
  2. 欠陥製品
  3. 工場や作業場での事故
  4. 経営者の死亡・人質
  5. 労働争議
  6. コンピュータ事故やネットワーク犯罪
  7. 特許侵害等の係争事件
  8. 敵対的企業買収

クライシス・マネジメントは通常、企業トップ、関係役員、経営企画、広報、法務、財務、関連事業責任者などがタスクフォースを構成し、企業を取り巻くあらゆるステークホルダーに対応します。

危機が発生した際には、メディア対策を中心にステークホルダーに対するコミュニケーション活動、つまりクライシス・コミュニケーションが必須となり、危機管理広報はこの活動に含まれます。
次回は危機管理広報について具体的に解説していきたいと思います。

パブリックリレーションズ [第2版]

  1. 株式会社井之上パブリックリレーションズ代表取締役会長兼CEO。国内で初めてパブリックリレーションズで博士(公共経営)号を取得した。 ↩︎

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