働き方改革関連法が目指す社会

第2回 働き方改革関連法 - 多様で柔軟な働き方の実現

人事労務

目次

  1. 脱時間給制度(高度プロフェッショナル制度)の創設
    1. 「働かせ放題」は本当か?
    2. 高度プロフェッショナル制度の概要
    3. 施行日・必要な対応等
  2. フレックスタイム制の見直し
    1. 新たなフレックスタイム制の概要
    2. 施行日・必要な対応等

2018年7月6日付で、「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」が公布されました。

この法律は、労働者がそれぞれの事情に応じた多様な働き方を選択できる社会を実現する「働き方改革」を推進するため、

I 長時間労働の是正

II 多様で柔軟な働き方の実現

III 雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保

を目的とするものです。

当記事では、改正法のうち、IIの「多様で柔軟な働き方の実現」を目的とした規定について解説します。

脱時間給制度(高度プロフェッショナル制度)の創設

労働基準法のもとでは、管理監督者等の一定の例外を除いて、法定時間外労働(1日8時間、週40時間を超える労働)、休日労働、深夜労働に対しては割増賃金の支払いが義務づけられています。そのため、業務に従事した時間と成果との関連性が強くないような業種であっても、労働時間に応じた割増賃金の支払が必要です。そのため、テキパキと仕事を終わらせて所定終業時間に勤務を終えた労働者よりも、ダラダラと残業をした労働者の方が多くの割増賃金を手にすることができるという不公平感が生じ、労働効率・生産性の向上を阻害しているという声も聞かれるところです。

このような背景のもと、労働時間と賃金とが連動しない働き方を求めるニーズに応えるものとして、高度プロフェッショナル制度(高プロ制度)を創出すべきであるとの意見を取りまとめた労働政策審議会の建議(「今後の労働時間法制等の在り方について(報告)」)が2015年に発出され、今般の法改正に至りました。

「働かせ放題」は本当か?

高プロ制度は、一定の年収要件を満たし職務範囲が明確で高度な職業能力を有する労働者を対象として、労働時間規制(労働時間、休憩、休日・深夜労働、割増賃金に関する規定)の適用を除外するものです(改正労働基準法41条の2第1項柱書)。

高プロ制度に対しては、国会における審議の中で、長時間労働を助長する「携帯電話並みの定額働かせ放題制度」「過労死促進法案」「子育て妨害法案、家族解体法案」等の批判がありました。また、「(高プロ制度のもとでは)24時間労働を48日間連続して行わせることも問題ない」といった反対派議員等からの指摘もありました。

しかし、使用者は、労働者に対する安全配慮義務(労働者がその生命・身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする義務)を負っていることは当然です(労働契約法5条)。高プロ制度の適用対象者との関係でも、使用者が安全配慮義務を負うことには変わりありません(働き方改革推進法に対する参議院厚生労働委員会付帯決議28項参照)。「定額働かせ放題」等の批判的見解は、使用者が安全配慮義務を負うことを念頭に置いていない点で失当といわざるを得ません。反対派議員等の上記批判や指摘を真に受け、労働者にそのような働き方をさせる「ブラック企業」が生み出されることのないことを願うばかりです。

改正法のもとでは、後記1-2(3)で述べるとおり、高プロ制度の適用対象者には、1年間を通じて104日以上の休日を現実に取得させる必要があります(平均して週休2日のペースで休日が取得できることになります)。加えて、使用者には、健康管理時間の把握のほか、臨時の健康診断の実施、勤務間インターバルの確保等、いくつかの中から選択した健康確保のための措置を講じることも求められています。前述のとおり、もとより、使用者は労働者に対する安全配慮義務も負っており、把握した健康管理時間に基づく安全配慮が求められます。

高プロ制度は、上記のような長時間労働防止措置を講じたうえで、

  • 業務に従事した時間と成果との関連性が強くない業種に従事する、
  • 高額の賃金の支払いを受けている、
  • 高度な専門能力を有する一定の従業員

について、労働時間と賃金とのリンクを切り離した「脱時間給」制度を導入するものです。高プロ制度の適用対象者については、ダラダラと残業をした労働者のほうが多くの割増賃金を手にすることができるという不公平感が解消され、労働効率・生産性の向上につながることが期待されます。

高度プロフェッショナル制度の概要

(1)対象業務

高プロ制度の対象とすることができる業務は、「高度の専門的知識等1を必要とし、その性質上従事した時間と従事して得た成果との関連性が通常高くないと認められるものとして厚生労働省令で定める業務」です(改正労働基準法41条の2第1項1号)。

前述の建議4(2)では、金融商品の開発業務、金融商品のディーリング業務、アナリストの業務、コンサルタントの業務、研究開発業務等が挙げられており、これを踏まえた省令が今秋頃に制定される見込みです。

(2)対象労働者

対象とすることができる労働者は、対象業務に従事する者のうち、以下の要件を満たす者に限られます(改正労働基準法41条の2第1項2号。ただし、満18歳未満の年少者に高プロ制度を適用することはできません(同法60条))。

  • 使用者との書面等で職務が明確に定められていること
  • 年収要件を満たすこと(1年間あたりの見込み賃金の額が「基準年間平均給与額」の3倍の額を相当程度上回る水準として省令で定める額以上であること)

基準となる年収の額については、前述の建議4(2)では、「労働基準法第14条に基づく告示の内容(1075万円)を参考に・・・省令で規定する」とされています。

なお、高プロ制度の適用のためには、対象労働者の同意を得る必要もあります(改正労働基準法41条の2第1項柱書)。

(3)労使委員会の5分の4以上の賛成による決議

高プロ制度を導入するためには、使用者および事業場の労働者を代表する者を構成員とする労使委員会において、以下を含む内容を、委員の5分の4以上の賛成で決議し、決議を労働基準監督署へ届け出ることが必要です(改正労働基準法41条の2第1項)。届出をした使用者は、省令に定めるところにより、④休日付与、⑤休憩時間の確保等の措置、および⑥健康福祉確保の措置の実施状況を労働基準監督署長に報告しなければなりません(同法41条の2第2項)。

労使委員会において
決議する事項
概要 改正労働基準法上の根拠条文
①対象業務 上記1-2(1)参照 41条の2第1項1号
②対象労働者 上記1-2(2)参照 同2号
③健康管理時間の把握措置 使用者は、対象となる労働者の健康管理時間(対象業務に従事する対象労働者が事業場内にいた時間と事業場外において労働した時間との合計の時間)を把握しなければならず、追って公表される省令等に従って、把握措置の内容を決議する必要があります。 同3号
④休日付与 4週間を通じて4日以上、かつ、1年間を通じて104日以上の休日を現実に取得させる旨を決議する必要があります。休日労働を行った日は、休日の取得とは認められません。 同4号
⑤休憩時間の確保等の措置 使用者が以下のいずれかの措置を実施する旨を決議する必要があります。

a)インターバル措置(始業から24時間を経過するまでに省令で定める時間以上の継続した休憩時間を確保し、かつ、深夜労働の回数を省令で定める回数以内とする)

b)1か月または3か月それぞれの健康管理時間の上限を省令で定める範囲内にする

c)1年に1回以上の継続した2週間(労働者が請求した場合には1年に2回以上の継続した1週間)の休日を与える

d)健康管理時間の状況その他の状況に応じ省令で定める要件に該当する労働者に、臨時の健康診断を行う

同5号
⑥健康福祉確保の措置 対象となる労働者の健康管理時間の状況に応じ、使用者は、対象となる労働者の健康福祉確保の措置(有給の付与、健康診断の実施等)を講じる旨を決議する必要があります。 同6号
⑦同意の撤回手続 労働者による高プロ制度適用に係る同意の撤回の手続も、労使委員会の決議事項とされました(衆議院における修正)。 同7号
⑧苦情処理措置 窓口、担当者、処理の手順等の苦情処理措置の内容を決議する必要があります。 同8号
⑨不同意者に対する不利益取扱いの禁止 高プロ制度の適用について同意しなかった労働者に対する不利益取扱いを行わない旨を決議する必要があります。 同9号
⑩その他省令で定める事項 省令は、今秋頃に制定される見込みです。決議の有効期間等に関する定めがなされることが予想されます。 同10号

施行日・必要な対応等

高プロ制度にかかる上記改正は、2019年4月1日に施行されます。

上記1-2(3)のとおり、高プロ制度の導入のためには、使用者および事業場の労働者代表者を構成員とする労使委員会で、委員の5分の4以上の賛成による決議を行うことが必要です(また、制度の適用のためには本人の同意も必要であり、後から同意を撤回することも可能です)。したがって、多くの労働者の理解・納得・賛成を得られるような制度を用意しない限りは、制度の導入すらできないことになります。本制度の導入を検討する企業では、労使における十分な協議・検討を踏まえ、各社の実情に応じて、決議の内容についての調整を図っていくことが必要になります

フレックスタイム制の見直し

フレックスタイム制」は、(a)始業・終業時間を労働者自らの決定に委ね、(b)一定の清算期間中の労働時間が労働時間の総枠に収まっていれば(≒清算期間中の1週間あたりの平均労働時間が40時間以内であれば)、割増賃金を支払うことなく、1週40時間、1日8時間の法定労働時間を超えた労働が可能となる制度です。清算期間中の労働時間の総枠を超えた労働時間に対してのみ、割増賃金が支払われることとなります。

新たなフレックスタイム制の概要

(1)清算期間の上限の延長

現行法下では、フレックスタイム制の清算期間の上限は、1か月以内とされています。したがって、月ごとに繁閑の差が生じるような場合であっても、労働時間のやりくりができるのは1か月の期間内だけに限られています。

改正法のもとでは、より柔軟でメリハリのある働き方が可能になるよう、清算期間の上限が3か月以内に延長されます(改正労働基準法32条の3第1項2号)。改正法は、仕事と生活の調和を一層図りやすくするため、より長い清算期間の中で労働時間を調整することを認めるものです。繁忙期や閑散期を考慮した柔軟な労働時間を設定できるようになることが期待されています。

たとえば、清算期間を3か月にした場合、割増賃金が支払われるのは、原則として3か月に1回となります。ただし、清算期間を1か月超とする場合、清算期間中の各月で、1週間あたりの平均労働時間が50時間を超える場合には、50時間を超える労働時間については、月ごとに割増賃金を支払う必要があります(改正労働基準法32条の3第2項)。清算期間を1か月超とする場合には、計算や支払いの方法が複雑になるので、会社であらかじめ十分に管理方法を検討しておく必要があります。

(2)労使協定の届出義務

なお、フレックスタイム制の導入のためには、過半数組合(存在しなければ過半数代表者)との間で労使協定を締結する必要があります(改正労働基準法32条の3第1項。現行法でも同様)。

現行法のもとでは、フレックスタイム制の労使協定の届出義務はありませんでした。他方、改正法のもとでは、清算期間が1か月超である場合には、労使協定を労働基準監督署に届け出る必要があり、この点は現行法との大きな違いです(改正労働基準法32条の3第4項。清算期間が1か月以内の場合には、届出は不要です)。清算期間を1か月超とする場合には、届出義務違反が生じないよう、留意が必要です。

(3)法定労働時間枠の計算方法の見直し

現行法のもとで、1か月単位のフレックスタイム制を週休2日で運用する場合、法定労働時間数(1日8時間)相当の労働を行っていても、曜日のめぐり次第では、法定労働時間の総枠を超え、割増賃金の支払いが必要になってしまうという問題がありました。この点については、通達(平成9年3月31日基発第228号)が、一定の要件のもとで、割増賃金の支払い義務が生じないという運用を認めていたところです。

改正法は、この通達と発想を同じくするものであり、一定の条件を満たす場合には、清算期間中の労働時間が「清算期間中の所定労働日数×8時間」の枠内に収まっている限り、割増賃金の支払い義務が生じない、という特例を認めるものです。

すなわち、改正法の特例のもとでは、フレックスタイム制が適用される1週間の所定労働日数が5日の労働者について、労使協定で、労働時間の限度を「清算期間における所定労働日数×8時間」とする旨を定めたときは、(割増賃金の支払いが不要である)1週間あたりの平均労働時間の上限は、40時間ではなく、以下の式で算定される時間数となります(改正労働基準法32条の3第3項)。

(清算期間中の所定労働日数×8)÷(清算期間中の総日数÷7)

たとえば、総日数が30日・所定労働日数が22日の月の場合、原則的な法定労働時間の考え方によると、1週間あたりの平均労働時間の上限は40時間です(同法32条1項・32条の3)。他方、改正法の特例のもとでは、1週間あたりの平均労働時間の上限は約41.06時間(≒(22日×8)÷(30÷7))となり、原則の場合と比べて、1週間あたりの平均労働時間の上限が拡大されます。

施行日・必要な対応等

フレックスタイム制にかかる上記改正は、2019年4月1日に施行されます。

フレックスタイム制の清算期間を変更する場合には、就業規則や労使協定の改定や労働基準監督署への届出を行う必要があります(ただし、前記2-1(2)のとおり、労使協定の届出が必要なのは、清算期間が1か月超である場合に限られます)。


  1. 「専門的知識等」とは、専門的な知識、技術または経験を意味します(改正労働基準法14条1項1号)。 ↩︎

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