東芝問題から考えるコーポレートガバナンスの本質

第1回 2人の弁護士の目に映った東芝の姿

コーポレート・M&A

目次

  1. 何を問題と捉えたか
    1. 自浄能力を発揮できなかった 山口弁護士
    2. 第三者委員会の責任を重く見る 郷原弁護士
  2. 社外取締役が見抜けなかったウェスチングハウスの減損
    1. 長期的な利益のための議論がされていなかったのでは 山口弁護士
    2. 社外役員の責任を重く見る 郷原弁護士
  3. 問題の根本的な原因はどこにあるか
    1. 受託者責任を尽くす、という意識が欠けていた 山口弁護士
    2. 壮大な環境変化への不適応があった 郷原弁護士
  4. 攻めのガバナンスと守りのガバナンス
    1. 攻めのガバナンスが機能しなかった 山口弁護士
    2. 守りのガバナンスの問題 郷原弁護士

 東芝は3月29日、海外の連結子会社であるウェスチングハウスなど2社が米連邦破産法11条(日本の民事再生法にあたる)の適用をニューヨーク州の連邦破産裁判所に申請したことを発表した。2社の負債総額は計98億ドル(約1兆900億円)。これに伴い、東芝の2017年3月期の連結最終損益が最大で1兆100億円の赤字となる可能性も発表し、赤字額は国内製造業としては過去最大となる見通しだ。
 東芝は、2月14日、3月14日と2度にわたり2016年度第3四半期(2016年度10月〜12月)の決算を延期しているが、ウェスチングハウスにおいて7,125億円の損失見込みがあることと、内部通報によって明らかとなった「経営者による不適切なプレッシャー」の存在を公表していた。

 2015年に不正会計が発覚し、相次ぐ子会社の売却、歴代3社長の辞任という事態を経て再生の道を辿っている途上だったが、再度内部統制の不備が白日のもとに晒された。ガバナンス優良企業と言われた東芝から発覚した問題はコーポレートガバナンスの根幹を揺るがす出来事だったと言える。
 コーポレートガバナンスの黎明期から自らの考えを発信し続けてきた山口 利昭弁護士、郷原 信郎弁護士の目に東芝の問題はどう映ったのだろうか。また、コーポレートガバナンスの未来はどこにあるのだろうか。2回にわたってお届けしたい。

何を問題と捉えたか

自浄能力を発揮できなかった 山口弁護士

まずは、率直に東芝の問題について意見をお聞かせください。

山口
 今から5年前、監査役協会の全国大会で私が司会を務め、東芝の取締役監査委員の方と対談をしてお話を伺いました。経営判断の公正性、透明性確保のための工夫などをお聞きして、その時は、さすが東芝は日本でもトップクラスのガバナンス体制を構築しているな、と感じました。
 ですが、2015年に発覚した一連の不祥事、そして体制が変わって発覚したS&W(ストーン&ウェブスター)社の問題を見ていて、東芝は自浄能力を発揮できなかったという事実を甘んじて受け入れなければならないと思います。

自浄能力を発揮できなかった原因はどこにあると思いますか?

山口
 今年の1月には二水会(東芝グループ会社の会合)からお招きを受けて東芝関係者の方々と意見交換をしたのですが、私から見た東芝という会社は、事業部ごとの縦割り組織が顕著で全体を把握できる「通訳」がいなかったように見えました。

「通訳」というと?

山口
 あれだけ大きな組織になると、社長はどこかの部門出身で他の部門のことはわからないわけです。そのため、全ての部門の現場の声や数字を社長にわかりやすく伝える「通訳」の方が必要になるのですが、他の会社にはそういう存在の方が結構いるものです。
 東芝の大きな問題は、「通訳」が育っていなかった事ではないでしょうか。だから、現場の声が外にしか伝わらない。内部通報、内部告発のようなイレギュラーな形で問題が表に出てきたのでしょう。

確かに不正会計も、ウェスチングハウスの問題についても内部通報や内部告発がきっかけとなっていますね。

山口
 私が東芝の事件を見ていて他の不祥事にない大きな特徴として感じるのは、内部告発に始まり、内部告発に終わるという点で、こういう事件はあまり見たことがないです。
 会社の中で物が言えない、会社の中で情報共有ができない体質があって、現場はそれに従うしかない、あるいは上司の要望を忖度するしかない文化が根付いていた可能性がありますね。

不正会計の内部告発とウェスチングハウスの内部告発はレベル感が違うようにも感じますが。

山口
 不正会計というPL上のわかりやすい問題がなければウェスチングハウスの減損は明るみにならなかったはずですよ。だから内部告発というのはとても怖いものなんです。最初に告発した人だって東芝の最大の問題は知らなかったかもしれない。不祥事は一つで完結するんじゃなくて、いろんなところに派生すると思いますし、隠しきれなくなったらいろいろな膿が出るようなものなのかなと。

他にも特徴に思う点はありましたか?

山口
 もう一つ他社と比べて特徴的な点は、「助けて」と言える雰囲気があったのかどうかということです。共助の精神が浸透している風土があれば不祥事が起きても大きな問題にならないんです。問題を抱え込んだり、自己完結してしまう意識が強かったりすると、現場の悲鳴が上に伝わらず、不祥事が起きやすい環境になってしまうものです。

山口 利昭弁護士

第三者委員会の責任を重く見る 郷原弁護士

郷原先生は東芝問題を見てどう感じましたか?

郷原
 極めて深刻な状況になっている海外の原発事業が問題の根本なのではないかと私は最初から指摘してきました。おそらくあの歴代3社長も、東芝の執行部もウェスチングハウスの問題が表に出てしまうと東芝の屋台骨が揺らぐ、何とかして表面化しないように収めたかったということだと思います。

特に問題と感じた点はどこでしょうか。

郷原
 私は2015年7月に公表された第三者委員会の報告書の問題を指摘し続けてきました。4部門の不正会計という表面的な問題だけで幕引きを図ろうとしたことが非常に大きな問題でした。海外の原発事業という問題の本質を隠そうとしていたのです。
 第三者委員会ガイドラインに準拠した委員会と明示していたのに、実は、調査事項も報告書も東芝執行部の意向でコントロールされていた。それは、第三者委員会に対する社会の信用を大きく損ねるものでした。

 その年の9月に、外国特派員協会で講演をした際には、東芝の対応を日本の不祥事対応のデファクトスタンダードにしてはならない、ということを強調しました。日本を代表する伝統企業の東芝が行った不祥事対応は、不祥事対応についての日本の弁護士、ひいては法曹の世界への信用も失墜させる深刻な問題だと思います。

監査法人の責任についてはどう考えますか。

郷原
 新日本監査法人にも問題はあります。東芝に騙されて会計不正を見逃してしまったにも関わらず、そのことについて監査法人として何が悪かったのかという自分たちの問題を総括しようともせず、時が過ぎれば問題が沈静化するだろうという安易な見通しで済まそうとしていた。結果的には金融庁から課徴金納付命令等の厳しい処分を受けることになりました。
 ただ、一方で東芝がデロイトトーマツコンサルティングを使って新日本監査法人の指摘を抑え込もうとしたり、新日本監査法人による原発事業に対する指摘をすり抜けたりしてきました。新日本監査法人がしっかり検証していれば、監査法人との関係に関する問題を多面的に明らかにすることもできたはずです。

郷原 信郎弁護士

 「通訳」がいないという会社内部の組織の問題を重く見た山口弁護士と、第三者委員会という外部の問題を重く見た郷原弁護士。2人が問題視した点は異なり、東芝をめぐる不祥事における論点の多様さ、根の深さを感じる。では、コーポレートガバナンス・コードに対応するうえでも重要なポイントである社外取締役の役割について2人はどのように見たのだろうか。

社外取締役が見抜けなかったウェスチングハウスの減損

長期的な利益のための議論がされていなかったのでは 山口弁護士

不正会計以後、取締役会の大半を社外取締役が占め、経営者、元検察官、会計士と錚々たるメンバーが名前を連ねていましたが、なぜウェスチングハウスの減損を見抜けなかったのでしょうか。

山口
 これは私も疑問なのですが、今の社外取締役の方々はウェスチングハウスの問題は東芝の大きなリスクだと認識したうえで役員になったはずです。だからS&Wという会社の購入経緯は取締役会において報告され、また議論しないといけないはずなんですが、そこが現場任せ、会長任せになっていたのは極めて問題です。
 東芝の原子力事業は長期的な利益のためにどう運営するべきか当然議論されるべきで、重要なリスクが買収価格決定の期限ギリギリまで議論されなかったというのは社会的な批判を受けても仕方ない部分ではないかなと思います。

なぜ議論されなかったのでしょうか。

山口
 アメリカで裁判も起きていて、コストが予想以上にかかっている状況でさすがに隠していたということはないでしょうし、東芝の親会社保証という問題も認識はされていたんでしょうけど、現地の方から説明されること以上に突っ込んでいくのは難しかったのかもしれないですね。東芝は株主だけでなく、金融機関にも配慮した経営が求められるような状況です。半導体部門については短期の業績を担っていることから関心は高かったはずですが、原発事業は長期的に利益を出していく部門なので、関心が薄れてしまったのかもしれません。

社外役員の責任を重く見る 郷原弁護士

郷原先生は社外役員の責任をどう考えますか。

郷原
 もともと東芝は早くから委員会設置会社に移行し、コーポレートガバナンスの先進企業だと思われてきました。その社外役員はほとんど機能していませんでした。しかも、会計不正が明らかになった後も、名だたる経済界の重鎮に加え、経済犯罪のエキスパートと言われた元最高検次長検事・最高裁判事の古田佑紀氏も社外取締役に就任し、新生東芝に向けての体制が盤石であることを世の中にアピールしていましたが、その就任時に、社外役員の人達は一体何をやっていたのでしょうか。少なくとも米国原発事業に関して問題が指摘されていたのですから、それに対するガバナンスを機能させることが絶対に必要でした。
 ウェスチングハウスの減損について、東芝は東証から開示規則違反を指摘されました。巨額の減損の隠蔽に近いものです。それに対して何も指摘しなかったとすると、社外取締役としては許されることではありません。
 2点目の問題は、2015年12月に行われたS&W社の買収です。それが現在のような底なし沼に落ち込んだ原因です。
 3点目の問題は、昨年の第2四半期の決算の段階で今期1,600億円の黒字見通しとV字回復の業績見通しを発表したことです。この業績見通しを信じて東芝株を買った人もたくさんいるわけです。この時点で、米国原発事業の状況をどう考えていたのか、社外取締役は何をやっていたのかということです。東芝は、必死になって延命を図っていますが、これだけの底なし沼状態に陥っているわけですから、最終的にはメガバンクなり国民負担なりに、巨額の損失を負担してもらうことになりかねないということです。

日本の場合、社外役員も社内役員も個人的に責任追及される事はないのでしょうか。

郷原
 今後のためにも、取締役としての対応に問題があれば、徹底的に責任追及しなければいけません。少なくとも、会計不祥事が明らかになっている会社に信頼回復のために取締役として加わったわけだから、相当な問題意識を持って臨むのが当然です。

社外役員だけでなく、冒頭に問題視された法律事務所や監査法人は、会社からの委任契約を結んで報酬をもらう立場だから会社の意向に従わないと契約や地位を失われる、という力学が働いたようにも思います。

郷原
 報酬を会社から得ていると言っても、職業の専門性やその人の社会的な信頼やプロフェッショナリティに対して適切な額のフィーをもらうわけです。その仕事の中身に問題があったら、社会から信頼を失いまともな仕事ができなくなるはずです。報酬をもらっていたら依頼者の言うことを聞くのが当たり前という考え方は、本来、プロフェッショナリズムに対しては通用しません。そういうサンクションが機能していない現状に問題があると思います。


 社外取締役の責任は重い、という点は当然2人とも共通の意見となった。しかし、社外取締役が減損の早期発見のために機能しなかった理由は明るみになる事はない。何らかの形で責任が問われることはあるのだろうか。
 では、経営としての根本的な原因はどこにあったのか、さらに2人の意見を見てみよう。

問題の根本的な原因はどこにあるか

受託者責任を尽くす、という意識が欠けていた 山口弁護士

東芝が不祥事を繰り返した原因はどこにあると感じますか。

山口
 それは難しい質問ですね、というのも、東芝の問題について色々な方の意見を拝聴して思うのですが、批判をするときに自分のフィルターを通して考える方が多いなと。
 何を悪いと見るかは議論の前提としておくべきで、リスクのある会社を買った無謀とも言える経営判断を悪いと見るか、東日本大震災による原発事故によってどうしても儲けがない中で減損を回避した一連の行動なのか、経営トップのプレッシャーの中で物が言えない雰囲気か、監査で見つけられなかった、見て見ぬふりをしていたことなのか、色々なことが悪いと表現できてしまうので、それぞれ原因は違うはずなんですよ。
 どうしてこうなっちゃったのかを考えるときにはポイントがあるはずで、それぞれに分けて議論をすべきですね。

 そういう中で、何が悪いか、とあえて一つ特徴的なことをあげるなら、ウェスチングハウスが儲けの出ない企業になっている状態をひた隠しにした事。私から見ると経営陣がオーナー会社の創業者のような意識を持っていて、我々はステークホルダーに対する説明責任があるんだという意識が薄かったように思いますね。
 「リコール」という制度一つとっても、日本の企業は自社で徹底的に調査してから消費者に公表しますが、アメリカの企業は自社と消費者が一緒になって原因を究明するという意識が強いので早めに公表しますね。企業とステークホルダーとの「情報の非対称性」はあたりまえと思っていると説明責任を果たすのは後回しになってしまう。もっと「助けて」と言える雰囲気が東芝にあれば現状のようにはならなかったのではないでしょうか。
 これは声を大にして言いたいのですが、基本に立ち帰って 経営者に受託者責任を尽くす、という意識が欠けていたという点が一番大きな問題だったのかなと思います。

山口 利昭弁護士

壮大な環境変化への不適応があった 郷原弁護士

なぜ東芝がこのような事態になったと考えますか。

郷原
 全部の問題が明らかになって本質が解明されるまでにはまだまだ時間がかかるでしょうから、一口に原因を語ることはできませんが、少なくとも 東芝には壮大な環境変化への不適応があったと感じています。

環境変化への不適応とはどういう意味でしょうか。

郷原
 私は10年前から自分なりのコンプライアンス論を伝えてきました。環境の変化に適応していくことがコンプライアンスであり、組織が社会的要請に応えていくことがコンプライアンスであると。
 つまり、組織が環境変化へ適応できなくなることが不祥事につながるのです。

もう少し詳しく教えてください。

郷原
 私のコンプライアンス論の特徴は需要に応えていくことから始まります。需要の背後には社会的要請があるので、需要に応えることは社会的要請に応えることにつながりますね。社会的要請に応える企業が利潤を上げることができる、これがコンプライアンスの根本のシステムと捉えています。
 そのほかにも需要に反映されない社会の要請があり、そういうあらゆる社会の要請にバランスよく応えることがコンプライアンスと言っているのです。

では、東芝における環境変化への不適応とはどういうことなのでしょうか。

郷原
 今回の問題は原発に関する需要の変化を東芝なりに感じ取ったところから事が始まっています。
 スリーマイル島やチェルノブイリの事故などで安全性を問われた原発でしたが、原子力ルネサンスという時代背景や、自然環境に対する社会的な要請の変化などで、東芝は世界的に原発に対する需要が大きく高まるという見通しを持ってウェスチングハウス社を買収しました。しかし、その後、福島原発事故で原発の安全をめぐる環境に激変が生じ、原発需要の国際的な冷え込みや規制強化で建設コストが増加するなど大きな環境変化が生じました。そして、その前後からシェールガス革命の影響で原発の需要が低下したこともさらなる環境変化につながりました。
 それが、東芝の事業環境に大きな影響を与え、実は、業績は大きく悪化していた。上場企業ですから、そういう企業内容を適正に迅速に開示しなければならなかったのに、粉飾決算や会計の不祥事という形で社会的要請に正面から反してしまった。

 これは東芝に限ったことではなく、日本の企業不祥事の多くがこういう構造で発生していますが、多くの企業はそれが理解できていない。法令遵守や倫理、規範の問題ではありません。コンプライアンスは経営そのもので、様々な社会的要請を「面」としてとらえ、それに応えていくことができるかどうか、ということなのです。

郷原 信郎弁護士

 問題の根本的な原因について、山口弁護士は「経営者に受託者責任を尽くすという意識が欠けていた」と指摘し、郷原弁護士は「環境変化への不適応」を指摘した。これは、経営のあり方そのものへの指摘であり、根本的なことのはずだが、社会の変化が激しくなる中で当たり前のことを実践する難しさを感じる。
 最後に、コーポレートガバナンスに関する議論の中で、東芝問題はどう位置付けられるのか伺った。

攻めのガバナンスと守りのガバナンス

攻めのガバナンスが機能しなかった 山口弁護士

コーポレートガバナンスという視点からはどう感じましたか。

山口
 コーポレートガバナンスの議論を「整備」の側面からみると「攻め」と「守り」を分けて考えることに馴染みますね。いわゆる不祥事防止のためのガバナンスの在り方を「守りのガバナンス」と呼んだりします。しかしPDCAの回し方など「運用」の側面からみると、不祥事防止対策も、企業の持続的成長をどのように図るべきか、という目的達成のための戦略の一つです。したがって、コーポレートガバナンスを攻めと守りに分けることはあまり賛成しないのですが、攻めの部分でガバナンスが機能していればもっと早く自浄能力を発揮できたはずです。
 今のガバナンス改革は社外取締役を中心として健全なリスクテイクのためにある、いわば「攻めのガバナンス」のための議論がされているじゃないですか。

 ウェスチングハウスののれん問題は今のガバナンス体制ができた時から懸念事項のはずですよね。これから10年、15年かけて原子力ビジネスで儲けるためにはどうすればいいんだ、と取締役会が監督機能を尽くして方法を考え、リスクにも注意していれば、もっと前に問題を把握できたんじゃないかなと思います。

守りのガバナンスの問題 郷原弁護士

コーポレートガバナンス・コードが公表され、企業が対応を進める中でこういう問題が起きたのは、元々企業が抱えていた問題が明るみになってきていると考えてもよいのでしょうか。

郷原
 結局形だけということでしょう。社外役員が中心となってコーポレートガバナンスを強化すべき理由が根本的にわかっていない結果です。コーポレートガバナンスを考えるときは、平時の「攻めのガバナンス」と有事における「守りのガバナンス」の両方から見ないといけません。
 通常、企業が考えるのは平時のガバナンスで、会社の内部にはない視点と発想を経営に取り入れることが社外取締役に期待されることで、それを成長のエンジンに繋げようということです。言ってみれば攻めの方向です。
 一方、「守りのガバナンス」というのは、重大なリスクが顕在化した有事の際に、企業に対する社会の信頼が失われかねない状況で、信頼を回復するために、社外の目を機能させるというのが社外取締役の役割です。東芝の場合、社外取締役中心の取締役会だったのに、有事の際の「守りのガバナンス」が全く機能しなかった。これまでそういう役割をしっかり果たしてきたボードは少ないんじゃないでしょうか。

アメリカではボードが機能しているのでしょうか。

郷原
 もともとアメリカは社外取締役が中心のボードで経営に対する監視のために存在しているわけです。日本の場合は、監視機能という面でのコーポレートガバナンスが十分に理解されていないように思います。日本政府が強調してきたコーポレートガバナンスの強化とは何だったのか、今回の東芝問題を機にもう1回根本的に考えなおしてみる必要があります。


 コーポレートガバナンスという視点から見た場合、山口弁護士は「攻めのガバナンス」の欠如、郷原弁護士は「守りのガバナンス」の欠如を指摘した。コーポレートガバナンスの捉え方が難しく、一義的ではないということがわかる。
 29日の会見で「ウェスチングハウスを買収してからの10年をどう総括するか」と問われた綱川智社長は「ひと言で片付けるのは難しいがガバナンスや意思疎通、経営全般を中心とした問題だったと考えている」と答えた。東芝の問題を契機に日本企業はガバナンスの意義をより一層、深く考えなければならないだろう。次回は、他社が東芝の問題から何を学ぶべきか、というポイントに絞って2人の意見を対比してみたいと思う。

(取材、構成:BUSINESS LAWYERS編集部)

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