令和8年改正金商法によるインサイダー取引規制の変更点

ファイナンス

目次

  1. インサイダー取引規制の改正の概要
    1. インサイダー取引規制をめぐる法改正の経緯
    2. 改正項目の一覧と企業への影響
    3. 施行時期
  2. インサイダー取引規制の対象者の範囲拡大
  3. 課徴金制度の見直し
    1. 公開買付けに係るインサイダー取引規制に違反した場合の課徴金の水準の引上げ
    2. インサイダー取引規制違反を含む不公正取引規制の違反に対する課徴金の見直し
    3. 課徴金減算制度の見直し
  4. 調査権限の拡充等
  5. インサイダー取引規制における「親会社」の定義の見直し(令和8年7月施行済み)
  6. 残された課題 - 課徴金事案の調査における手続保障

 2026年7月15日、「金融商品取引法及び資金決済に関する法律の一部を改正する法律」が国会で成立し、同月23日に公布されました。この改正法には、金融商品取引法(金商法)におけるインサイダー取引規制に関連する改正が盛り込まれており、上場企業や市場関係者の実務への影響に注意を要します。

 インサイダー取引規制に関連する改正項目は、対象者の範囲拡大、課徴金制度の見直し、調査権限の拡充等の3点に大きく分類できます。
 本稿では、この令和8年金商法改正におけるインサイダー取引規制の改正事項につき、概要と実務への影響を解説します。

インサイダー取引規制の改正の概要

名称 資料 所管省庁 経過
金融商品取引法及び資金決済に関する法律の一部を改正する法律案 金融庁 令和8年7月15日成立
同月23日公布

インサイダー取引規制をめぐる法改正の経緯

 今回のインサイダー取引規制に関する改正の内容は、いずれも2025年12月26日に公表された金融審議会「市場制度ワーキング・グループ」報告(WG報告)で提言されている内容がベースとなっています。

 同ワーキング・グループでは、有価証券の不公正取引等について、既存の法令では違反行為として十分に捕捉できない事例や、違反行為として捕捉できるものの課徴金の額が低く、抑止効果として不十分な事例が生じていること等への制度的対応として、不公正取引規制の強化等について検討・審議が行われました。

 そして、WG報告では、インサイダー取引規制の見直し以外にも、課徴金制度の見直しや当局の調査権限の拡充など、多岐にわたる改正事項が提言されています。

改正項目の一覧と企業への影響

 2026年に入り、WG報告を踏まえ、以下の項目について改正が行われています。

WG報告の記載項目

※色付きセルがインサイダー取引規制に関連する改正項目

改正項目 改正のタイミング 施行時期 企業への
影響度
インサイダー取引規制の対象者の範囲拡大
① 公開買付者等関係者の範囲拡大 令和8年金商法改正 公布後1年以内

② インサイダー取引規制における「親会社」の定義の見直し

政令・内閣府令改正 2026年7月1日施行済み
課徴金制度の見直し

③ 公開買付者等関係者によるインサイダー取引等に係る課徴金の算定方法の見直し

令和8年金商法改正 公布後1年以内

④ 大量保有・変更報告書の不提出・虚偽記載に係る課徴金の水準の引上げ

令和8年金商法改正 公布後1年以内

⑤ 大量保有・変更報告書の不提出に係る課徴金の対象の限定

⑥ 高速取引行為による相場操縦等に係る課徴金の算定方法等の見直し

⑦ 他人名義口座の提供を受けるなどして不公正取引を行う者に対する課徴金の水準の引上げ

令和8年金商法改正 公布後1年以内

⑧ 口座の提供等の協力行為を行った者に対する課徴金の創設

⑨ 課徴金減算制度の見直し
調査権限の拡充等
⑩ 出頭を求める権限の追加 令和8年金商法改正 公布後1年以内

⑪ 金融商品取引業の無登録業等に対する犯則調査権限の追加

令和8年金商法改正 2026年8月12日
⑫ 犯則調査手続のデジタル化 令和8年金商法改正 2027年10月1日

⑬ 金融商品取引業者の退出時における顧客財産の返還に関する制度の創設

令和8年金商法改正 公布後1年以内

 なお、これらの改正に加えて、令和8年金商法改正では、暗号資産に係る規制の見直しに伴い、暗号資産のインサイダー取引規制の整備が行われています(改正金商法171条の7~171条の10)。

 具体的には、暗号資産の特性を踏まえて、暗号資産発行者の関係者によるインサイダー取引の禁止(改正金商法171条の7)、暗号資産を取り扱う金融商品取引業者の関係者によるインサイダー取引の禁止(改正金商法171条の8)、暗号資産等の大量売買を行う者の関係者によるインサイダー取引の禁止(改正金商法171条の9)、これらに係るインサイダー情報の伝達や取引推奨の禁止(改正金商法171条の10)に分けてそれぞれ条文が新設されています。

施行時期

 上記の表のとおり、令和8年金商法改正におけるインサイダー取引規制に関わる改正事項は、改正法が公布されてから1年以内の施行が予定されています。ただし、⑫犯則調査手続のデジタル化のみ2027年10月の施行予定です。

 なお、②インサイダー取引規制における「親会社」の定義の見直しについては、令和8年金商法改正とは別に、すでに2026年5月22日に政令・内閣府令の改正が公布されており、2026年7月1日から施行されています。詳細については後述5をご参照ください。

インサイダー取引規制の対象者の範囲拡大

 現行の金商法167条で規定されている公開買付けに係るインサイダー取引規制の対象者(公開買付者等関係者)には、公開買付けをする者(買う側)の関係者については、公開買付者と契約を締結している者等が広く含まれています。一方で、公開買付けの対象企業(買われる側。以下「発行者」といいます)の関係者については、発行者の役職員のみが規定されています。

 この点、規制対象となる発行者の関係者の範囲が不十分ではないかとの指摘がなされており、現に、発行者のアドバイザーの従業員が公開買付けの実施に関する事実を知人に伝え、知人が取引を行う事案も発生しています。しかし前述のとおり、発行者のアドバイザーとして発行者と契約を締結していても、現行の公開買付者等関係者の規定類型には、発行者の契約締結者は含まれていません。

 そこで、令和8年金商法改正により、発行者についても、公開買付者の関係者と同様、発行者の役職員以外にも、発行者の親会社の役職員や、発行者またはその親会社の会計帳簿閲覧請求権者、法令に基づく権限を有する者、契約締結者・交渉者についても規制対象に含めることとされています(改正金商法167条1項2号~5号)。

 この改正により、金商法167条に規定する公開買付け等の場面におけるインサイダー取引規制の対象者という基本的な概念の範囲が、従来より広がることになります。

 公開買付者や発行者においては、新たな規制範囲を踏まえ、情報管理を実施する対象者の範囲を改めて見直し、新たに規制対象となる発行者の関係者が遺漏なく捕捉されていることを確認する必要があります。

 また、発行者に係る有価証券取引等を行う可能性がある市場参加者においても、改正後の拡大された規制対象者の範囲を正確に把握した上で、従来は規制対象とならなかった場面で期せずしてインサイダー取引規制違反に巻き込まれることがないよう注意を要します。

公開買付者等関係者の範囲拡大

公開買付者等関係者の範囲拡大

課徴金制度の見直し

 令和8年金商法改正においては、課徴金制度について各種の見直しが行われているところ、インサイダー取引規制違反に係る課徴金については、次のような改正が行われています。

  • 公開買付けに係るインサイダー取引規制に違反した場合の課徴金の水準の引上げ
  • インサイダー取引規制違反を含む不公正取引規制の違反に対する課徴金の見直し
  • 課徴金減算制度の見直し

 これらはいずれも、違反が行われた場合の課徴金の取扱いに関する見直しであることから、企業法務の実務に与える影響は限定的ではないかと思われますが、課徴金額の引上げが図られていることにより、違反に対する制裁のリスクが高まっているといえます。

 また、違反行為者のみならず、自己名義の口座や資金を提供することで違反への協力行為を行った場合も、行政による課徴金の対象となりうることは、正しく理解しておく必要があります。

公開買付けに係るインサイダー取引規制に違反した場合の課徴金の水準の引上げ

 まず、金商法167条に規定する公開買付けに係るインサイダー取引規制に違反した場合の課徴金の水準の引上げが図られています。

 現行の課徴金の算定方法においては、公開買付け等事実の公表後2週間における最大の価格(インサイダー取引として売付けを行った場合は最安値、買付けを行った場合は最高値)と、公表前に行われた違反取引の価格との差額を、自己計算による違反行為で得た経済的利得相当額であるものとして課徴金額が計算されます。

 しかし、公開買付者等関係者によるインサイダー取引の事案は引き続き多く発生しているところ、公開買付け等の実施に関する事実の公表による市場価格への影響は2週間程度で収束するとは限らず、違反行為の抑止力を高める必要があるとの指摘がなされていました。

 そこで、公開買付け等の実施に関する事実の公表による市場価格への影響に関する近時の事例分析を踏まえて、新たに「公表前の価格の50%増し」という算定基準を導入することとして、インサイダー取引として買付けが行われた場合には、「公表前の価格の50%増し」か「公表後2週間の最高値」のいずれか高い額と買付価格の差額を課徴金額とする改正が行われています(改正金商法175条2項2号イ)。インサイダー取引として売付けが行われた場合には、「公表前の価格を1.5で除した額」か「公表後2週間の最安値」のいずれか低い額と売付価格の差額が課徴金額となります(改正金商法175条2項1号ロ)。

課徴金算定方法の見直し

課徴金算定方法の見直し

インサイダー取引規制違反を含む不公正取引規制の違反に対する課徴金の見直し

 次に、インサイダー取引規制に限られた改正ではないものの、インサイダー取引規制違反を含む不公正取引規制の違反に対する課徴金の見直しとして、以下の改正が行われます。

 まず、他人名義で違反を行った場合は、課徴金額が1.5倍に引き上げられます(改正金商法175条1項・2項)。知人から口座の提供を受ける等、他人名義の口座を利用する不公正取引事案が多く発生していることから、課徴金額を引き上げることで抑止力を高めるものです。

 次に、口座の提供等の違反への協力行為を行った者に対する抑止力の観点から、新たな課徴金の類型が創設されます。すなわち、以下いずれかの目的で、他人に対し、自己の名義を利用させ、または資金を提供した場合には、違反者の利得相当額の半額の課徴金の対象となります(改正金商法175条の5)。

  • 違反行為に利用されることを認識しながら、その実行を容易にする目的
  • 違反行為をさせることにより他人に利益を得させ、もしくは他人の損失の発生を回避させる目的

 違法なインサイダー取引を行う資金として利用されることを知りながら資金提供を行った場合は、この新たな課徴金の対象となりうることから、資金提供先による資金使途や法令遵守等を適切に確認することが重要となります。

課徴金減算制度の見直し

 さらには、課徴金減算制度の見直しも行われ、調査開始後においても当局の調査に協力するインセンティブがあるよう、調査開始後の協力度合いに応じて減算する制度が導入されます(改正金商法177条の3)。

 なおインサイダー取引規制に関しては、自己株式取得の場面におけるインサイダー取引のみが減算制度の対象とされているため、自己株式取得以外の通常の株取引の場面におけるインサイダー取引については、この改正の影響はありません。

調査権限の拡充等

 そのほか令和8年金商法改正では、広く違反行為に対する調査の権限や手続に関して次のような改正が行われており、いずれもインサイダー取引規制違反の事案にも適用されうるものとなります。

 外国規制当局からの協力要請に応じて行う調査権限に、現行の報告聴取の権限に加えて、出頭を求める権限が追加されます(改正金商法189条)。証券監督者国際機構(IOSCO)が策定した各国当局間の協議・協力および情報交換の枠組み(EMMoU:Enhanced Multilateral Memorandum of Understanding)への署名要件の1つとして、当局に出頭を求める権限が必要とされていることに対応した改正です。

 また、犯則調査手続のデジタル化として、調書等の作成、捜索や差押え等の許可状の裁判官への請求等を電子データで行えるようにするための改正が行われています(金商法改正211条、219条等)。犯則調査手続は、告発により刑事手続に移行することが前提とされていることから、刑事訴訟手続のデジタル化と同様の手当てがなされているものです。

インサイダー取引規制における「親会社」の定義の見直し(令和8年7月施行済み)

 WG報告で取り上げられていた、インサイダー取引規制における「親会社」の定義については、令和8年金商法改正とは別に、すでに政令・内閣府令の改正が公布されており(2026年5月22日)、2026年7月1日から施行されています。

 この改正によって、直近の有価証券報告書等に記載された会社としていた従来の「親会社」の定義が変更され、「他の会社の意思決定機関を支配している会社」として、いわゆる支配力基準によってその範囲が画されることとなりました。「親会社」は、インサイダー取引規制の規制対象者の範囲を画する重要な概念であるところ、これまで形式的に直近の有価証券報告書等の記載内容に依拠して管理可能であったものが、2026年7月1日以降は、開示書類の記載内容にかかわらず、支配力基準で判断する必要がある点は実務上注意を要します。

 改正の背景としては、これまでインサイダー取引規制(金商法166条、167条)において、上場会社・公開買付者等の「親会社」の関係者は会社関係者・公開買付者等関係者として規制の対象とされていたところ、従来の有価証券報告書等の記載に依拠した定義では、有価証券報告書等の提出後の支配の獲得・喪失が反映されないことや、公開買付者が有価証券報告書提出会社でない場合に「親会社」がいないこととなるといった問題が指摘されていたことが挙げられます。

 なおインサイダー取引規制においては「子会社」の定義も設けられていますが、「子会社」については、引き続き、有価証券報告書等の記載に依拠した定義となっており、改正後において「親会社」と「子会社」で定義の仕方が異なることになります。

残された課題 - 課徴金事案の調査における手続保障

 令和8年金商法改正や、WG報告を踏まえた上記の政令・内閣府令改正においては、インサイダー取引規制に関して、適用範囲の拡大、違反に対する課徴金の引上げや新たな課徴金類型の創設、違反に対する調査権限の拡充といった各種規制強化が図られています。

 WG報告では、このようなエンフォースメントの強化とともに、課徴金の調査手続において、自己に不利益な供述を強要されないことや、弁護士に相談することが妨げられないことを明確化するなど、手続保障についても見直すべき点がないかを検討すべきであるとの意見もありましたが、令和8年金商法改正では、そのような改正は含まれていません。

 この点に関する改正は今後の課題として残りますが、当局による課徴金事案の取引調査の権限(金商法177条)は、金商法においてあくまで当局が必要な調査を行うための権限である旨が明記されており、また、取引調査の実施手続等に関しては、証券取引等監視委員会によって、取引調査に関する基本方針が策定・公表されています。

 実務的には、仮に自社が取引調査の対象となった場合には、金商法に基づき必要な範囲内での調査がなされているか、さらには、取引調査に関する基本方針に則った適切な権限行使がなされているかを検証して対応することが重要になります。

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