贈賄リスクマネジメントの実務 − 定義・罰則から防止策、要求された場合の対応まで
危機管理・内部統制
法務・コンプライアンス部門では平時から対策に努めていると思われますが、実際には「この取引にリスクがないか?」「現場が進めたがっており、どうすればいいのか…」と難しい悩み・不安に直面する場面があり得ます。
本稿では、法務・コンプライアンス部門の視点から留意すべき「贈賄リスクマネジメント」の基本を解説いたします。
なお、近年、グローバル企業においては海外贈賄のリスク管理が重要課題となっていますが、本稿では、上記のような国内事案を念頭に、日本国内におけるリスク管理体制を中心に論じることとします。
「贈賄」「収賄」とは何か
贈賄罪の定義と構成要件
贈賄罪(刑法198条)は、公務員に賄賂を供与する罪です。条文上は、収賄罪(刑法197条から197条の4まで)と対となり、賄賂を贈った側が処分される犯罪として定められています。簡略化すると、概ね以下の要件を満たす行為が該当します。
- 公務員に対し
- その職務に関する賄賂を供与し、またはその申込みもしくは約束をする行為
贈賄罪は、「公務員」の身分を持つ人物に対して行った場合のみ成立する「身分犯」ですが、外形上公務員には見えなくとも、法令等で公務員とみなされている者(=みなし公務員)も含まれていることには注意が必要です。2022年の五輪汚職の事例でもみなし公務員が対象者となっています。
また、何が「賄賂」にあたるのかも問題になりがちです。「賄賂」とは、公務員の職務行為の対価として授受等される不正な利益一般を指し、人の欲望・需要を満たすものであればその形態は問わないとされています。そのため、金銭、貴金属、その他の物品に限らず、たとえば、接待、就職のあっせん、融資、異性間の情交などが幅広く含まれます。
そのほか「職務に関して」賄賂を交付したといえるのかなど、実際に贈賄罪が成立するか否かの判断は、事案に応じて複雑な検討を要します。不安がある場合は、必ず専門家に相談することをお勧めします。
なお、刑法は日本の公務員に対する贈賄行為のみを犯罪として規定していますが、外国公務員等(外国政府・地方公共団体の公務従事者等)に不正な利益を供与等する行為は、仮に海外で実行した贈賄行為であっても、不正競争防止法18条により日本国内での罰則の対象とされています。
収賄罪の定義と構成要件
収賄罪(刑法197条)は、公務員が賄賂を収受する罪です。1−1で解説した贈賄罪(刑法198条)と対となり、賄賂を受け取った側が処分される犯罪にあたります。以下のとおり、贈賄罪と反対側からの行為が定められています。
- 公務員が
- その職務に関して賄賂を収受し、またはその要求もしくは約束をする行為
ここでいう「公務員」「賄賂」「職務に関して」の解釈は、贈賄罪のそれと同様に考えられています。
贈賄のペナルティとダメージ
個人・法人に対する罰則・刑期
贈賄行為に対する罰則は以下のとおりです。
個人に対する罰則 | 法人に対する罰則 | |
---|---|---|
日本の公務員 (刑法) |
3年以下の懲役または250万円以下の罰金 (刑法198条) |
- |
外国公務員 (不正競争防止法) |
5年以下の懲役または500万円以下の罰金 (不正競争防止法22条2項7号・18条) |
3億円以下の罰金 (不正競争防止法22条1項3号・18条) |
それぞれの公訴時効は、贈賄罪(刑法198条)は3年(刑事訴訟法250条2項6号)、外国公務員等贈賄罪(不正競争防止法22条2項7号・18条)は5年とされています(刑事訴訟法250条2項5号、不正競争防止法22条3項)。
事業へのダメージ
企業にとって、罰則による経済損失よりもビジネス上の損失のほうが深刻です。
たとえば、公共事業への参画を行う企業の役職員が賄賂の容疑により逮捕された場合等には、指名停止措置を受けるとともに、地方整備局等のウェブサイトで企業名が公表されます。これに伴う報道でも大きく取り上げられることとなります。
このような事態になれば、指名停止等による事業の停滞のみならず、銀行融資の引き上げ、投資家の離反、サプライチェーンに連なる各種取引先からの取引停止・解除といった事態につながりかねません。レピュテーションの大幅な毀損による事業へのダメージは長期に及ぶこととなります。
贈賄を防止するために必要な対策
このような重大な損害をもたらす贈賄行為を防止するため、どのような点を意識して社内体制を構築することが必要でしょうか。
経営トップによる「気風」の設定
昨今の事例からも明らかなように、経営陣自身が関与する贈賄の例は少なくありません。この事実を念頭に置けば、誰よりもまず経営陣が贈賄(およびそれと疑われる行為)に厳格な姿勢を示し、公正・誠実なビジネスを推進する「気風」を設定して社内外に宣言することが求められます。法務・コンプライアンス部門は、かかる経営トップの行動をサポートしなければなりません。
その際、贈賄とは、通常、従業員の個人的利益ではなく、会社の利益を追求した結果として実行されるものである事実を認識しなければなりません。このため、関与する役職員には自己の行動を正当化する強いバイアスが働いているといえますので、贈賄に対する社内ルールや懲戒処分等による “締め付け” を強化するだけでは効果的な予防になりません。
そうではなく、会社は、「従業員を犯罪者にさせたくない」「現場で困っている従業員を助けたい」という姿勢で臨むことがポイントです。たとえば、社長自らが全従業員に対して「当社には、不正なカネを渡してまですべき仕事はない」と明確に宣言することで、賄賂の要求を堂々と断る勇気を持てる、上司に相談すれば確実に解決してもらえる、という環境を整えなければなりません。
リスクベース・アプローチ
平時の体制構築においては、「リスクベース・アプローチ」を意識しましょう。リスクベース・アプローチとは、企業活動に伴うさまざまなリスクについて、その影響度・発生可能性およびこれに対するリスク低減策の有効性などを評価したうえ、残存しているリスクの重要度に応じて優先順位をつけた対策を講じていくアプローチのことをいいます。
社内の各部署・プロジェクトのうち、どの業務に公務員・みなし公務員との接点が生ずる可能性があり、どのような場面で贈賄リスクが生じやすいのか、法務・コンプライアンス部門からは意外と見えにくいものです。社内の事業内容・活動状況を十分に把握したうえ、高リスク部門・業務をあぶりだしてください。
高リスクと判定された部門・業務には、その部門の実情を意識した重点的な対策を講じ、特別な研修を実施する必要があります。
リスクの所在は、業務内容、社会情勢、社内の人員編成の変動などにより、移り変わります。リスクマネジメント部門とも連携しつつ、贈賄リスクも意識した定期的なリスク評価を実施し、リスク認識に漏れがないよう、努力を続けてください。
ガイドラインの策定・社内研修の実施・相談窓口の設置
経営トップが設定した「気風」の浸透、役職員の意識向上を図るため、業務遂行にあたって留意すべきポイントをまとめたガイドラインを策定し、研修を実施することも必要です。
現場の担当者は「前任の担当者から引き継ぎを受けたが本当に問題ないのだろうか」「公務員との関係性が構築されていくなかでプライベートとの線引きが難しい」などさまざまな悩みを持っていることが考えられます。そのようなときに、個々の従業員の判断の拠り所を与えることが、ガイドライン策定の目的となります。
そして、ガイドラインに記載された内容を知識として理解してもらい、何か心配事があったときには、すぐに窓口や上司に相談する意識を醸成することが研修の目的です。
ガイドラインや研修では、具体的な事例を想定し、従業員同士で考え、議論するスタイルの研修を実施することが有効です。
迷った場合に相談できる窓口を設置し、周知しておくことも、従業員を守るための体制整備として欠かせません。
贈賄リスクを早期発見するために必要な対策
防止体制だけでなく発見統制が重要
贈賄防止の社内体制が整備できればリスクがゼロになるというわけではありません。特に贈賄は、関与する役職員が「上司の指示に逆らえない」「少しばかりの汚れ仕事は必要」「誰にも気づかれなければそれでいい」などと確信犯的に実行するパターンに陥りやすいといえます。いかに予防を尽くしたとしても、一定確率でリスクが発現する可能性があることを前提に、その兆候を早期発見し、早期対処につなげられること(発見統制)を重視しなければなりません。
日常業務におけるリスク発見(契約審査、法務相談)
贈賄リスク早期発見のため、法務部門は以下の点に気を付けてください。
(1)怪しいお金の流れ
たとえば金銭の供与による贈賄が行われる場合、必ず、社内から社外へのお金の流れがあります。かつては、個人への給与を水増ししたり、トンネル会社を作ってお金をプールしたりする手口がよく見られました。内部統制が強化された昨今では採りにくい手法かもしれませんが、このような古典的手法を含め、経理部門と連携し「怪しいお金の流れ」をチェックする体制強化に努めなければなりません。この点に関しては、会計帳簿を含めた内部統制プロセスの記録化の視点も重要です(日本弁護士連合会「海外贈賄防止ガイダンス(手引)」第9参照)。
(2)怪しい契約書
次に法務部門が気を付けるべきは「怪しい契約書」です。公務員(または公務員が指示する第三者)への利益供与は、外形上は適切な取引を装って行われることが多いといえ、2022年の五輪汚職でもこの点がクローズアップされました。たとえば「コンサルティング契約書」とされていても業務実態がハッキリしない取引は、一段も二段も警戒レベルを引き上げなければなりません。海外ではエージェントなどの第三者を介した贈賄が多いといわれますが、国内でも同様のリスクはあります。この意味でも「怪しい契約書」への警戒は重要です。
たとえば、以下の事項に注意してください。
- 相手方の身分や対象となる会社の出自(贈賄罪の成否は相手方の身分により左右されます)
- 取引の実態があるか、相手方の企業・個人に業務遂行能力が備わっているか(実態のない取引は税務上のリスクも生じさせるため、二重の警戒が必要)
- 取引の目的・自社のメリット・対価の算定根拠は明確か
法務部門は、まず上記の各点を取引担当者に確認することになりますが、現場担当者らの説明を鵜呑みにすることは厳禁です。怪しいと思いつつ「現場がやりたいと言っているからまぁいいや」「リスクは指摘したからそれで自分の仕事は終わった」「契約文言上は問題ない形にしたからOK」などとリスク感度を下げてはいけません。リスクを感じた場合には、取引の目的や実態を掘り下げて確認し、現場と議論を交わさなければなりません。その結果、企業としてリスクテイクできない事案と判断したならば、羽交い絞めにしてでもこれを止める気概を持たなければなりません。
現場とのコミュニケーションが大切
リスクの早期発見には現場部門とのはコミュニケーションが重要です。現場の担当者は確信犯的に行動する場合もありますが、多くの場合「何かおかしい、これでいいのか」と悩みを持っているものです。その悩み・違和感を報告する機会を失っているだけ、相談先が思い浮かばないだけ、または上司から指示されて思考停止に陥っているだけ、という場合が多いでしょう。
日常から積極的にコミュニケーションを取り、現場の役に立ち、いざというときにはすぐに相談してもらえる環境、関係性を作っておくことが重要です。
内部通報の重要性
リスク情報の報告は、原則として、通常の業務上のレポートラインに沿って行われることが好ましく、このようなメインのレポートラインを強化することがリスク管理の基本です。しかし、贈賄リスクに関しては、そもそも上司からの指示で実行される場面も多く、メインのレポートラインが容易に機能不全に陥る場面が想定されます。
そのため、贈賄リスクに備える意味では、サブのレポートラインとしての内部通報の機能を強化することが重要です。特に、経営トップに近い層が不正に関与する危険性を想定すれば、通報者が声を上げるための「心理的安全性」を高めておく必要があります。
このため、経営陣から完全に独立した外部窓口を設置することが有用です(コーポレートガバナンス・コード補充原則 2−5 ①参照)。
内部通報の「外部窓口」を設置している会社は多いですが、たとえば、通報内容を匿名化して内部窓口にパス・スルーするだけの窓口は不十分です。外部窓口は、以下のような体制・機能を有していることが望まれます。
- 経営陣との利害関係から独立している
- 通報された事案のリスクを適切に評価できる
- リスクの性質に応じて社内の報告先を選択することができる。特に、必要に応じて、発言力のある監査役や社外役員らに直接報告して対処を求めることができる
- 社内調査の支援までを実行できる
贈賄が疑われる事象があった場合の実務対応
賄賂を要求された場合
もし賄賂の要求を受けた場合、企業側の対応としては「要求に応じない」という選択肢しかありません。
一方、現場の担当者は、要求を拒否すれば会社の利益を損ねる結果にならないか、自信が持てずに悩んでいる場合があるでしょう。このようなとき、法務担当者が行うべきは、外形的には問題がなく見える契約書を仕立てあげることでも、絶対に認められないから自分で処理しろと突き放すことでもなく、経営トップへの報告を進言する、あるいは、一緒に報告に行ってあげることです。
報告を受けた経営者は、通常、当然に拒否せよと指示するでしょう。さらに、経営者からは、仮にこれで取引を失っても現場の責任を問うことはないと確約してもらうように誘導できればベストです。法務・コンプライアンス部門の役割は、現場担当者らの相談を受けて初動対応するとともに、上記の経営者の判断を支え、担当者らを守ることであると自覚してください。
また、このような場合、要求行為に関する経緯・事実関係を確認、調査し、メールや通話の録音などを収集し、証拠化しておくことも法務・コンプライアンス部門のミッションです。あらゆるプロセスの証拠化が進めば、要求者に対抗する武器を増やしておくことになりますし、万が一将来的に自社が捜査対象となった場合でも、適切に自社の立場を説明することが可能となります。
賄賂を支払ってしまった場合
万が一賄賂を支払ってしまった場合、まずは以後の賄賂流出防止が最優先です。そのうえで、すぐに経営者に報告し、事実調査を行います。
その際は、決して、中途半端な調査で事態をうやむやにしたり、隠ぺいしたりすることは考えず、できる限りの事実関係を明らかにするよう努めてください。正確な情報が報告されなければ、経営陣が正しい経営判断をくだすこともできません。そうなれば、経営者は事態を矮小化して捉え、何らの対応もせず放置する事態もあり得ます。当局による強制調査の対象とされてから事態の重さに気が付くという最悪の結末は阻止しなければなりません。
社内調査のポイント
調査においては、まずは迅速な対応が望まれます。
迅速な調査の実現には、弁護士・会計士・デジタルフォレンジック業者など外部専門家からの助力を含め、調査チームに十分な人員、予算が必要です。法務担当者は、経営者に事態の深刻さを正確に伝え、十分な体制が確保できるよう交渉を尽くさなければなりません。
また、調査チームには「独立性」と「専門性」が必要です。これらの要素が調査の客観性と信頼性を高め、外部ステークホルダーあるいは捜査機関への説得性を高めることにつながります。
独立性は、調査担当者と調査対象事実との距離の問題です。調査対象部署との関係性、嫌疑の対象人物との人的関係について留意してください。
専門性は、適切な証拠の確保や、経営陣の適切な判断にも役立ちます。リスク管理に関する知見が高い法務担当者であっても、贈賄罪の調査に専門性を有することはほとんどないでしょう。弁護士など外部専門家の力を借りましょう。
日本版司法取引の利用を想定した対応
このように調査を行った結果を踏まえ、いわゆる「日本版司法取引」(検察官との合意制度:刑事訴訟法350条の2)の利用も検討すべき場面があり得るでしょう。本稿では同制度の詳細解説は控えますが、この利用を検討する場合には、詳細な社内調査の結果を踏まえ、検察官との事前協議が必要となります。社内調査はこの準備手続としての側面もあります。
本制度の適用第1号とされる海外贈賄事件では、会社が制度を利用して起訴を免れていますが、関与した元取締役は、2022年5月20日に最高裁の判決が出され有罪が確定しています(最高裁令和4年5月20日判決)。
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