組織再編と労働関係に関する対応策

第2回 事業譲渡等指針を読み解く

コーポレート・M&A

目次

  1. 事業譲渡等指針の策定
  2. 事業譲渡にあたって留意すべきことは何か
    1. 労働契約の承継に関する基本原則(指針第2の1(1))
    2. 承継予定労働者から承諾を得る際に留意すべきこと
    3. 解雇に関して留意すべきこと(指針第2の1(3))
    4. その他の留意すべきこと(指針第2の1(4))
    5. 労働組合との手続に関すること
    6. 事業譲渡等指針に違反した場合
  3. 合併に当たって留意すべきことは何か(指針第3)

事業譲渡等指針の策定

 組織再編のうち会社分割における労働契約の承継に関して、「会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律施行規則」並びに「分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」が平成28年9月1日を施行期日として改正されたことは、「組織再編と労働関係に関する対応策 労働契約承継法施行規則、労働契約承継法指針の改正を読み解く」で説明しました。

 かかる会社分割関連の施行規則・指針の改正と同じく、平成28年9月1日を適用日として、「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針」(平成28年厚生労働省令告示第318号。以下「事業譲渡等指針」または「指針」といいます)が策定されました。策定の趣旨は、事業譲渡における労働契約の承継に必要な労働者の承諾の実質性を担保し、併せて、労働者全体および使用者との間での納得性を高めること等により、事業譲渡等の円滑な実施および労働者の保護に資するよう、会社が留意すべき事項を定めることとされています。本稿では事業譲渡等指針策定の背景、内容について解説します。
 なお、組織再編といった場合、合併・会社分割・株式交換・株式移転を意味する場合もありますが、実務上は事業譲渡も重要な役割を果たしていますので、以下事業譲渡、合併の順に説明いたします。また、事業譲渡により譲受会社へ承継される予定の労働者を「承継予定労働者」と記載します。

事業譲渡にあたって留意すべきことは何か

労働契約の承継に関する基本原則(指針第2の1(1))

 まず、事業譲渡においては、譲渡会社と承継予定労働者との間で締結されている労働契約を譲受会社に承継する際、承継予定労働者の個別の承諾が必要です(民法625条1項)。会社分割のように、承継対象である事業に主として従事している労働者は個別承諾なく譲受会社に承継される、という制度は採用されていません。

労働契約の承継に関する基本原則

承継予定労働者から承諾を得る際に留意すべきこと

(1)承継予定労働者との事前協議等(指針第2の1(2)イ)、協議に当たっての代理人の選定(指針第2の1(2)ロ)、協議開始時期(指針第2の1(2)ニ)

 譲渡会社は、労働者に対し、事業譲渡に関する全体の状況、譲受会社の概要および労働条件等について十分に説明し、承諾に向けた協議を行うことが適当とされています。また、労働者が、協議を行う代理人として労働組合を選定した場合は、その労働組合と誠実に協議するものとされています。さらに、事業譲渡に際し労働条件を変更して譲受会社に承継させる場合には、その変更について承継予定労働者の個別同意を得る必要があります。

<指針で示された説明事項の例>
  1. 事業譲渡に関する全体の状況
    • 譲渡会社の債務履行の見込みを含む
    • 譲受会社の債務履行の見込みを含む
  2. 譲受会社の概要

  3. 事業譲渡後の労働条件
    • 従事することを予定する業務の内容を含む
    • 就業場所その他の就業形態等を含む

 上記説明事項は例示であることから、実際の事業譲渡の状況に応じ説明を行うことが必要です。また、承継予定労働者の真意による承諾を得るまでに十分な協議ができるよう、時間的余裕を見て協議を行うことが適当であるとされています(指針第2の1(2)ニ)。

 実務上は、事業譲渡契約締結の機関決定を行うまで、特に一般の労働者には公表されないことが通常でしょう。会社法上の手続の観点からは、原則として、事業譲渡の効力発生日の20日前までに株主へ通知または公告する必要があることから(会社法469条3項)、事業譲渡実施の決定から効力発生日まで最短20日間でのスケジュールを組むことは可能です。しかし、実態として20日間で労働者からの真意による承諾を得られるかどうかは状況によりますので、事業譲渡の効力発生日の設定には慎重な検討が必要です。

(2)労働組合法上の団体交渉権との関係(指針第2の1(2)ハ)

 事業譲渡に伴う労働者の労働条件等に関する労働組合法6条の団体交渉の対象事項については、(1)に記載した協議が行われていることをもって、労働組合による適法な団体交渉申入れを拒否することはできません。また、この対象事項にかかる団体交渉の申入れがあった場合には、譲渡会社はその労働組合と誠意をもって交渉に当たらなければなりません。

(3)労働者への情報提供に関して留意すべきこと(指針第2の1(2)ホ)

 譲渡会社が意図的に虚偽の情報を提供すること等により、承継予定労働者から承諾を得た場合には、承継予定労働者によって民法96条1項の規定に基づく意思表示の取消しがなされ得ることが示されています。労働者が有効に承諾を取り消した場合、それが事業譲渡の効力発生日以降であっても、その労働者は譲渡会社に在籍したままの状態となります。特に、譲渡対象事業のキーパーソンであるような場合、譲受会社での事業自体が立ちいかなくなるケースも考えられますので、慎重な対応が必要です。

解雇に関して留意すべきこと(指針第2の1(3))

 承継予定労働者が、労働契約を承継させることに承諾しないケース(譲渡会社への残留を希望すること)は実際上も十分考えられる事態です。このような場合に、譲受会社への承継を承諾しなかったことのみを理由とする解雇(また、承継予定労働者が従事していた事業を譲渡することのみを理由とする解雇)は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、労働契約法16条の規定に基づき権利濫用として認められないことに留意すべきとされています。

 また、譲渡会社としては、譲受会社への承継を承諾しなかった労働者について、配置転換による雇用確保の可能性はないかなど、雇用関係維持のため相応の措置を講ずる必要があることに留意すべきとされています。
 整理解雇が可能な場合の要件は別稿に譲ることといたしますが、「あなたの勤めていた事業が別会社へ移ったのだから、もとの会社では勤務させられない」という理由だけで解雇が自由には行えないことに注意が必要です。  

その他の留意すべきこと(指針第2の1(4))

 承継予定労働者の選定を行うに際し、労働組合の組合員に対する不利益な取扱いなどの不当労働行為、その他法律に違反する取扱いを行ってはならないこととされています。
 また、裁判例において、労働契約の承継についての黙示の合意の認定、法人格否認の法理、公序良俗違反の法理(民法90条)等を用いて、個別の事案に即して、承継から排除された労働者の承継を認める等の救済がなされていることに留意すべきであるとされています。具体的には、以下の裁判例を踏襲したものといえます。

労働契約の承継について(譲渡会社と譲受人間での)黙示の合意を認めたもの Aラーメン事件仙台高裁平成20年7月25日判決・労判968号29頁)など
法人格否認の法理により雇用関係の承継を認めたもの 日本言語研究所ほか事件東京地裁平成21年12月10日判決・労判1000号35頁)など
公序良俗違反の法理を用い承継対象から排除された労働者の承継を認めたもの 勝英自動車学校(大船自動車興業)事件東京高裁平成17年5月31日判決・労判898号16頁)など

労働組合との手続に関すること

(1)労働組合との協議に関して留意すべきこと(指針第2の2(1)イ)

 譲渡会社は、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合にはその労働組合、かかる労働組合が存在しない場合は労働者の過半数を代表する者との協議その他これに準ずる方法(労使対等の立場に立ち、誠意をもって協議が行われることが確保される場における協議が含まれるとされています)によって、その雇用する労働者の理解と協力を得るよう努めることが適当であると定められています。開始時期は、労働者との協議開始までに開始され、その後も必要に応じて適宜行うことが適当とされています。

 また、理解と協力を得る対象事項として、

  • 事業譲渡を行う背景および理由
  • 譲渡会社の債務履行の見込みに関する事項
  • 譲受会社の債務履行の見込みに関する事項
  • 承継予定労働者の範囲
  • 労働契約の承継に関する事項

等が考えられるとされていますが、これらは例示であり、他にも理解と協力を得るために適当な事項について説明、協議を行うことが望ましいでしょう。

 また、上記の理解と協力を得るよう努める説明、協議が行われていることをもって、労働組合による適法な団体交渉の申入れを拒否できないことにも留意が必要とされています。

(2)団体交渉に関して留意すべき事項(指針第2の2(2))

 労働組合は、使用者との間で団体交渉を行う権利を有しますが、団体交渉に応ずべき使用者の判断にあたっては、雇用主以外の事業主であっても「その労働者の基本的な労働条件等について雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にある場合には、その限りにおいて」使用者に該当すると解されているなど、裁判例の蓄積があることに留意すべきとされています。これは、朝日放送事件最高裁平成7年2月28日判決・民集49巻2号559頁)等をもとにしたといえます。

 さらに、譲受会社が、団体交渉の申入れの時点から「近接した時期」に、譲渡会社等の労働組合の「組合員らを引き続き雇用する可能性が現実的かつ具体的に存する」場合、事業譲渡前であっても労働組合法上の使用者に該当するとされた命令があることにも留意すべきとされています。これは、盛岡観山荘病院不当労働行為再審査事件(中労委平成20年2月20日命令。団体交渉申入れの15日後に、譲受会社が労働者の新使用者となることが予定された事案です)を参考にしたものといえましょう。
 労働組合としては、譲渡会社よりも、むしろ新使用者となる譲受会社との団体交渉を望むケースがあります。「譲受会社は事業譲渡の実行日までは使用者ではない、すなわち、団体交渉に応じる義務を負わない」という画一的な判断ができないことには留意が必要です。

事業譲渡等指針に違反した場合

 事業譲渡等指針に違反した場合でも、これをもって刑事罰の対象になるわけではありません。また、事業譲渡等指針を遵守さえすれば、労働者の承諾は必ず真意によるものだと裁判所で認定されるかというと、これは別問題ではあります。しかし、各社の状況に応じ事業譲渡等指針に沿った対応を行うことは、やはり承諾の実質性および有効性を確保するための方策として有用であり、実務上は、少なくとも事業譲渡等指針を満たすよう対応することが必要でしょう。

合併に当たって留意すべきことは何か(指針第3)

 吸収合併・新設合併ともに、消滅する会社の労働者との労働契約は、包括的に、存続する会社(新設合併であれば新設される会社)へ承継されます。そのため、事業譲渡等指針の「合併に当たって留意すべき事項」においても、「労働契約の内容である労働条件についても、そのまま維持されるものであること」とされています。
 もっとも、合併の効力発生日以降は、異なる体系の労働条件・制度が同一社内に存在することになりますので、労務管理・政策の観点から、また労働者間の不公平感を解消する観点などから、人事制度の統一を図ることが課題になります。労働条件を引き上げる方向で統一する場合には、労働者側との間で問題が発生する可能性は低いといえますが、新制度を導入する場合や労働条件を引き下げる方向での統一を図る場合には、労働者・労働組合への丁寧な説明と同意を得るための手続が必要ですので留意してください。

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