法務担当が押さえておきたい契約実務のポイント

第1回 契約条項に取り組む時に求められる2つの視点

取引・契約・債権回収

目次

  1. はじめに 
  2. 本当はよく考えなければいけない契約条項とは
    1. たとえば、よく見られがちな契約条項について
    2. 非典型契約の契約条項についての問題意識の持ち方
    3. 潜在的な問題についての同定作業
  3. 潜在的紛争の対処のためのリスク・マネージメント
    1. リスク・シミュレーションとリスク・アセスメントのポイント
    2. 可視的で数量化可能なリスクとそうではないリスク
  4. おわりに

はじめに 

 契約書の取り組み方についてという大きなテーマで話をするとなると、いきおい、「契約書とは何か」とか「契約書の意義」といったいささか抽象的で退屈なテーマから始まることが一般的かもしれません。ですが、本稿では、一定の条項例を前にしたときの問題意識のありよう、アンテナの張り方という法律実務的なセンスのチェックからスタートしてみようと思います。

本当はよく考えなければいけない契約条項とは

たとえば、よく見られがちな契約条項について

 さて、いきなりですが、次の条項例は一定の製品についての商標使用に関するライセンス(使用許諾)契約においてよく用いられがちな、ライセンシー(使用許諾を受けた者)が第三者からクレームを受けた場合を想定した文例です。なお、この文例において「甲」とはライセンサー、「乙」とはライセンシーを指します。

 本契約に基づき乙が製造販売した許諾製品について第三者から損害賠償請求その他の請求が乙に対してなされたときは、甲乙は、責任の分担について誠実に協議のうえ、その解決のために対応するものとする。

 この条項は、<本契約に基づき乙が製造販売した許諾製品について第三者から損害賠償請求その他の請求が乙に対してなされたとき>という要件に対して、<甲乙は、責任の分担について誠実に協議のうえ、その解決のために対応する>という効果を定めており、いかにも平和的で友好的な、言わば日本人好みの条項になっています。読者によっては、この条項を模範的でフェアな条項と受け止める方もいるかもしれません。とりわけ、ライセンシー側としては、なんとなく安心と思える条項かもしれません。

 さて、こうした問題状況(要件)について民法は何らかの望ましいと考えられる解決基準(効果)を規定してくれているでしょうか。

 答はノーです。そうした事態のことを「典型契約としての任意規定の不存在」と言います。民法は、物の売買や賃貸借あるいは請負といった契約を典型的に取り上げて、そうした契約(典型契約)について生じがちな紛争に関してのモデル的な処理基準(紛争処理規範)として契約当事者が依存することのできる条項(任意規定)を用意してくれています。ところが、ライセンス契約という契約類型については、民法が起草され制定されたのが明治29年という古い時代だったこともあって、手当がなされていません。

非典型契約の契約条項についての問題意識の持ち方

 では、こうした「非典型契約」と呼ばれるようなカテゴリーの契約の条項案に対しては、どう対処すればよいのでしょうか?

(1) 条項案はどのような状況を想定しているか

 まず必要なことは、この条項案が想定しているのは具体的にどういう状況であるかを把握することです。<許諾製品についての第三者からのライセンシーに対する損害賠償請求その他の請求>と言うけれど、それはどのような内容であり得るのか、です。

 ライセンシーは、ライセンサーから使用を許諾された商標を付けて一定の製品を製造し販売します。そうすると、卸売業者や小売業者といった取引先との関係では物の売主という立場で一定の責任を負担します。その場合に重要なのは、販売した物について見つかるかもしれない隠れた瑕疵についての損害賠償をはじめとする法定の担保責任です。

 また、ライセンシーが製造する製品がその性質上消費者に対して身体的な損傷を及ぼすかもしれない危険性のある欠陥を内在した物であるとすれば、消費者とは直接の契約関係には立っていなくとも、それによる損害賠償という製造物責任を負担させられることもあり得ます。

 さらに、その製品が実は第三者が登録している特許発明や第三者が創作した著作物についての権利を侵害する物であったとすれば、その第三者に対する知的財産権の侵害を理由とする損害賠償や販売の差止請求をうけるという責任を負わされることもあり得ます。

 さて、この条項例は、それがそもそも具体的にどの事態を想定した条項であるのかが明らかではありません。いや、それどころか、そのすべてをカバーしている条項であるようにしか読めないということが問題です

(2) 紛争処理のための解決策となるか

 次に必要なことは、この条項案はそうした問題状況について具体的にどのような紛争処理のための解決策を用意してくれているのかを把握することです。ライセンサーとライセンシーが<責任の分担について誠実に協議のうえ、その解決のために対応する>というのは現実的に意味のある条項なのか、です。

 問題の解決策についての協議が成立しなかった場合、こうした「誠実協議条項」は何の価値もないものとなり、存在しない条項と等価であることになります。もっとはっきりと言ってしまえば、一般論として、「誠実協議条項」とは単なる気休め以外のものではなく、協議が成立しないときには法的には全く無意味な条項となります。

 そうした場合に、はたしてライセンサーはライセンシーに対して何らかの責任を負担あるいは分担してくれるのか? 協議の結果として責任負担を拒絶した場合でも、民法が一定の責任を負うべきことを定めてくれているのか? 民法という制定法がそういう手当をしてくれていないのが実情だというのであれば、裁判所が判例法というかたちで何らかの手当てをしてくれているのか? そういう問題になります。

問題点①

 より具体的に言えば、ライセンサーは、ライセンシーに対して一定の商標の使用を許諾したことを理由として、ライセンシーが製造販売した製品の売主としての責任に関して、そのツケを回されるべき理由があるのか? 言い換えれば、ライセンサーは、ライセンシーが製造販売した製品について売主としての瑕疵担保責任、すなわち瑕疵がないことについての保証責任を負うのでしょうか? 製品の製造や調達には何の関与もしていなくてもそうでしょうか?

問題点②

 あるいはまた、ライセンサーは、ライセンシーが製造した製品に欠陥が存在したことについての製造者としての製造物責任のツケを回されるべき理由があるのか? 欠陥の存在について何らかの帰責事由がライセンサーについて認められるのでしょうか? 製造方法や原材料の使用といった製造に関する局面において何らの指示も関与もライセンサーには無かったとしてもそうでしょうか? ライセンサー自身が製造販売主体であるかのように読める製品上の表示とかはライセンシーに一切求めていなかったとしてもそうでしょうか?

問題点③

 さらに言えば、ライセンサーが自分の登録商標を使用することを許諾したことを理由として、ライセンシーの製造販売した製品が第三者の特許権や著作権を侵害しないということについて保証責任まで負担させられるのか? ライセンスとは、<一定の知的財産権を保有する者が、ライセンシーに対して、一定の許容された範囲内でのその知的財産の使用については、自己の当該権利の侵害であるとは主張しない>という意味での不作為の引受というだけの約束であって、それ以上の約束ではないとされているのではないでしょうか?


 疑問は次から次へと湧いて出てきて、止まることがありません。

潜在的な問題についての同定作業

 このような問題が一定の条項例には潜んでいます。そうした潜在的なリスクやトラブルが一定の条項例に潜んでいることを見抜く作業のことを潜在的な問題の同定作業issue spotting;risk identification)と言います。

 これに対して、以下の条項例を比較して読んでみて下さい。

 本契約に基づき「ライセンシー」が製造販売した「許諾製品」について第三者から特許権その他の技術的情報に関する知的財産権の侵害を理由として損害賠償その他の請求が「ライセンシー」に対してなされた場合、「ライセンサー」は、かかる請求に関して「ライセンシー」に対していかなる責任も負わないものとする。

 この条項例は、上述した3通りの潜在的問題点のうちの最後の問題、すなわち<特許権その他の技術的情報に関する知的財産権の侵害を理由として損害賠償その他の請求が「ライセンシー」に対してなされた場合>を要件として特定し、<「ライセンサー」は、かかる請求に関して「ライセンシー」に対していかなる責任も負わない>ことを効果として特定しています。しかも、ライセンサーが何の責任も負わないという、もっともそうな結論についてのダメ押し的な明示です。

 上述した3通りの潜在的問題点のうちの最初の2つの問題については、この条項例は沈黙しています。そのことからは、そうした場合については、ライセンサーに責任を転嫁し、あるいは責任を分担させるのは難しそうだとライセンシーが判断したらしいことが窺えます。

 これとは別に、知的財産権のうちの商標権についてはどうでしょうか。ライセンスの対象である知的財産が登録商標であるという場合、その商標は、特許庁における商標登録出願の審査過程において、先に登録あるいは出願されている第三者の類似の商標の存在がないことが措定されていることになりますから、ライセンシーが第三者から商標権の侵害だと主張されることは基本的にあり得ないということになります。

 「基本的に」というのは、第三者の先願商標であって類似するものが特許庁の審査官によって見逃されている可能性がなきにしもあらずということです。その場合には、登録商標といっても、第三者からの異議申立あるいは取消審判によって取り消される羽目になるかもしれません。そうした場合に備えて、ライセンシーは、「ライセンサーは、本件登録商標が本契約期間中有効なものであることを保証する」という条項を入れることを要求することさえあってもおかしくありません。

潜在的紛争の対処のためのリスク・マネージメント

リスク・シミュレーションとリスク・アセスメントのポイント

 以上では、最近の民法債権法の改正作業においても1つの典型契約として任意規定の導入が検討されながらも法制化に至らなかったライセンス契約の条項例を題材に、契約条項の取り組み方を検討してみました。

 けれども、契約条項の取り組み方としては、物の売買のように民法・商法に任意規定が用意してある典型契約であろうと、そうではない非典型契約であろうと、基本的には同様です。それを整理すると以下のようになります。

(i) 契約条項に取り組むための視点①〔条項による問題の手当の不存在を放置していいか〕

 問題点の同定作業(issue spotting)の結果として一定の潜在的紛争が想定できる場合に(たとえば、ライセンス製品についての第三者からの損害賠償請求のように)、この点についての契約条項の手当(issue disposition)がないというとき、それは何を意味しているのでしょうか? この場合に、「誠実協議条項」(good-faith consultation clause)による手当は、その条項が存在しないのと等価であるという意識はあるでしょうか?

 民法や商法に任意規定があるから、あるいは、そうでなくとも確立した判例法があるから、それが補充的に適用されることになり、従って安心だということなのでしょうか? 
 たとえば、(a) 適用されるべき任意規定や判例法があるとしても、その内容は自分方の会社にとっては都合が悪いとか、(b) 任意規定が実は存在しないとか、(c) 存在する先例がないか、あったとしても下級審裁判例にとどまるとかの理由で、あまり安心とは言えそうにないのであれば、穏やかで紳士的な交渉を通じて、明文での条項の手当(要件と効果の具体的かつ客観的な明示)を可能な限りしておくべきではないでしょうか?

(ii) 契約条項に取り組むための視点②〔相手方案の不当な条項は単に削除すればいいのか〕

 利害が対立する一定の状況について相手方の提案にかかる契約条項が理不尽あるいはアンフェアとみられる場合に、それを削除するという対応をしたとします。この場合、焦点となっている問題が解決されたというよりも、結局その問題(リスク)が棚上げされ先送りされたままとなってしまいますが、果たしてそれでいいのでしょうか?

 一定の契約の構造に照らしたときに、将来的にここは揉めることになりかねないという問題点の同定作業(issue spotting)は常に重要です。そのためには、まずはその取引の構造を把握したうえで、潜在的なリスクの存在を探ること(risk simulation)が大切です。それができれば、その潜在的リスクが発現した場合の問題の深刻さや規模の大きさの評価(risk assessment)もかなりの程度できるようになりますし、それに応じての条文化作業による問題の対処策の決定(issue disposition)の必要性も見えて来るでしょう。

 このような一定の作業を行った後は、交渉上の力関係といった事情から経営判断の問題になるかもしれませんが、法務担当者としては潜在的なリスクの存在を探ること(risk simulation)による問題点の同定(issue spotting)や、その潜在的リスクが発現した場合の問題の深刻さや規模の大きさの評価(risk assessment)の作業には少なくとも努めるべきでしょう。

可視的で数量化可能なリスクとそうではないリスク

 この関係で言えば、たとえば、損害賠償責任の免除や限定、あるいは損害賠償額の予定の規定というような既に契約書案として具体的に提示されているような問題は、可視的であり、比較的数量化の可能なリスクであり、対応策が判断しやすい部類のリスクでしょう。民法には債務不履行における損害賠償責任の範囲についての任意規定が用意してあるからです。

 また、ライセンス契約や販売代理店契約というような、自分方の会社にとって比較的定番的で定型的な契約類型であれば、潜在的な問題点の同定も比較的容易でしょう。

 さらに、金額規模が小さい取引であれば、顕在化する揉め事も友好的で円満な話し合いでの解決が比較的容易ということもあるでしょう。それは「誠実協議条項」の存在のおかげでということではなくて、揉め事の規模が小さいということ自体のおかげ、あるいは継続的な取引関係が当事者間で期待されているからという事情からです。

おわりに

 筆者としては、自分方の会社にとって必ずしも定番的でも定型的でもない大規模な取引についての潜在的リスクに対処する上では、どのような類型の取引であれ、上記の2つの視点は常に重要であり、普段からの習慣として身に付けておくのが望ましいことを指摘しておきたく存じます。

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