法務担当が押さえておきたい契約実務のポイント
第2回 秘密保持契約を締結する前に考えるべき情報管理のあり方
取引・契約・債権回収
目次
秘密保持契約・秘密保持条項の役割とは?
はじめに
本稿では、ありがちな契約書式や契約条項の意義についての逐条解説的な説明に入るに先だって、秘密保持契約(Non-Disclosure Agreement; NDA)や秘密保持条項(Confidentiality Clause)の役割をあらためて検討してみます。「今さらそんなことを取り上げてどうするのか?」と受け止める読者もいることでしょうし、「秘密情報についての守秘義務を負担させるための約定に決まっているではないか」というのが一般的な反応でしょう。
それではまず、そうした契約や条項が当事者間で合意されていないときの法的状況について検討してみましょう。言い換えれば、秘密情報の保有主体は、そうした合意が関係当事者間で不存在の場合に、情報受領側当事者によるその秘密情報の無断開示や無断使用に対してどのような民事的な法的救済を受けることができるのか?という問題です。
秘密情報のカテゴリーによる違い
秘密情報(confidential information)と呼ばれるものの中にも、大きく分けて2通りの情報があります。1つは、「営業秘密」(trade secrets)と呼ばれる情報で、もう1つは、「営業秘密」には該当しなくとも、保有当事者としては対外的に知られてしまっては不都合であるという意味で秘密にしておきたい情報です。
(1) 「営業秘密」とその特徴
「営業秘密」とは、不正競争防止法2条6項に定義されている情報であり、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」です。〔下線は筆者による〕
「営業秘密」に関しては、「営業秘密を保有する事業者……からその営業秘密を示された場合」において、「不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為」(不正競争防止法2条1項7号)は、「不正競争」行為として、損害賠償請求の対象となる(同法4条)だけでなく、差止請求の対象ともなります(同法3条)。
ここで重要なことは、「不正競争」行為に該当するような秘密情報の無断開示や無断使用については、契約による不使用や不開示の義務が課されていなくても、情報受領者が上述の目的で無断使用や無断開示をした場合には、損害賠償のみならず、(信義則に反する行為として)差止めの対象ともなるとされていることです。このことは、一定の加害行為が損害賠償請求の対象とはなっても、その不法行為が人格権あるいは人格的な利益に対する侵害でない限りは、原則として侵害行為の差止請求の対象にはならないとされる一般の不法行為との大きな違いです。
その意味では、「営業秘密」に該当するような秘密情報について契約でその無断開示や無断使用を禁止することは、もともと法により禁じられていることのダメ押し的で確認的な合意という性格が濃厚です。言い換えれば、「営業秘密」は、特許庁で登録することによってどんな他人に対しても(契約関係にない者に対しても)損害賠償請求のみならず差止請求もできるとされている特許発明や登録商標の侵害と同等の、物権的で対世的な保護が制度的に用意してあるということです。
(2) 「営業秘密」ではないけれど秘密にしておきたい情報の特徴
これに対して、「営業秘密」には該当しないけれども秘密にしておきたいという情報、とりわけ上述の<事業活動に有用な>情報とまでは言えないような、<他人に知られてしまっては不都合な>たぐいの秘密情報については、競争上の優位性を取得・維持するうえでの正当な有用性には欠けることから、その無断開示や無断使用が情報の受領者によってなされたとしても、情報保有者が被る不都合が<賠償に値する「損害」>と言えるものなのかどうか、また、「損害」とまでは一応言えるにしても、その客観的な金銭的評価ができるような損害なのかどうかも、必ずしも定かではありません。
たとえば、企業買収案件でのデュー・デリジェンス(事前精査)の過程で潜在的な株式の買主に開示されるような、上場会社でも公開会社でもない企業における、損益計算書から把握できる製品の原価率や利益率であるとか、製品について消費者からのクレームを受けた事実やその解決のために採った和解措置の内容などは、情報受領者や第三者においては、その情報自体が自己にとっての<事業活動上の有用性を持っている情報>とは言い難いでしょう。こうした情報が「事業活動に有用な」「営業秘密」には該当しないとしても、<他人に知られてしまっては不都合な情報>であり、対外的には秘密にしておきたい情報ということは、しばしばあることです。
このような秘密情報については、「営業秘密」としての法律上当然の法的保護は受けられそうにないため、受領側当事者との契約において秘密保持義務を課しておこうという動機が生まれます。「営業秘密」に該当しないような秘密情報についても、原則としては(公序良俗に反しない限り)当事者間の契約で秘密保持義務を負わせることができるとされているからです。
こうしてみると、「営業秘密」に該当する情報とそれ以外の契約上の秘密情報とでは、契約による秘密保持義務の負担の意味合いが質的に異なることが分かります。
ありがちな秘密保持条項の検討
よくありがちな秘密保持条項
以下の条項例は、秘密保持条項として実務上も頻繁に見受けられる例です。
(i)開示の時点で既に公に知られていたか、または、受領側当事者の責めに帰すべき事由によらずに公に知られることとなった情報;
(ii)開示の時点で既に受領側当事者に知られていた情報;
(iii)開示された情報に依拠することなく受領側当事者が独自に開発した情報;
(iv)当該情報を開示する権限のある第三者から受領側当事者が守秘義務を負担することなしに適法に入手した情報;および、
(v)受領側当事者が官公庁または裁判所の命令に従って開示することを要求された情報(ただし、当該要求に応じる限度において)
ちなみに、この条項例では、「他方当事者の秘密情報」と抽象的に規定するだけで、何をもって「秘密情報」とするのかについての具体的な定義はありません。そこにいう「秘密情報」が「営業秘密」に限定されているわけではありませんし、受領側当事者としては、「秘密情報である旨の表示がなされているか、またはその旨の明示的な指定がなされた情報」というような、対象情報の特定のための文言上の措置を求めてきてもおかしくはありません。
また、開示側当事者としても、そうした表示も指定もなしに情報を開示したとすれば、情報の秘密性の管理が十分ではなかったことを理由に秘密情報性が裁判所によって否定されるリスクが生じますから、契約条項中に開示情報の秘密性の特定方法が規定されていなかったとしても、実務上の開示に際しての情報の秘密性の相手方に対する適時の告知は、いずれにせよ怠るわけにはいかないことになるでしょう。
除外事由の列挙は不可欠なのか?
上記の1-2において、「営業秘密」として保護されるための要件として、以下の3要件に言及しました。とりわけ下記の(b)の<事業活動上の有用性>は、単なる秘密情報というにとどまらず「営業秘密」として保護されるための重要な要件です。
(b) 事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること
(c) 公然と知られていないこと
(1) 公知の情報
これらの要件に照らしたとき、上記2-1にいう(i)から(v)までの秘密保持義務の除外事由を見ると、まず、(i)にいう情報の「公知性」という除外事由は、当然とも言うべき上記(c)にいう秘密性の欠如を意味しています。
ちなみに、特許を受けることのできる発明としては、非公知性(新規性)と並んで、「特許出願前にその発明の属する分野における通常の知識を有する者が〔公知情報〕に基づいて容易に発明をすることができた」ものではないこと(すなわち、「進歩性」または「容易想到性の不存在」)(特許法29条2項)が要求されているところ、「営業秘密」としての保護に値する秘密情報についても同様の「進歩性」を要求する立場を取るときには、その情報自体は非公知情報であったとしても、保護されるためにこうした「容易想到性の不存在」が要求されたとしても不思議ではありません。
(2) 相手方に処分権限のある情報
また、保有者が主観的には秘密情報として管理していたとしても、相手方がすでに知っていた情報、第三者から適法に入手した情報、または、独自に開発した情報というのは、相手方に処分権限のある情報であることを否定できませんから、(ii)、(iii)または(iv)に属する情報が相手方に守秘義務を要求できる情報ではないこともまた、論理上当然というべきでしょう。
(3) 公権力によって開示を要求される情報
これに対し、(v)の公権力によって開示を要求される情報というのは、情報の属性としての秘密性が否定されるのではなく、開示に応じることについて拒絶を期待できないという意味での公権力による強制がなされているために、開示行為についての違法性が阻却されるという事態(違法性阻却事由)です。ただし、どのような事情を以て違法性が阻却されるほどの公権力による強制と評価できるかについては、十分な検討が必要であり、場合によっては、公権力による強制に準じるような開示要請(たとえば、証券取引所による情報開示要請)を含める文言にする必要性があることも考えられます。
(4) 除外事由の性格
こうして見てくると、上掲の(i)から(v)までの除外事由というのは、こうした明文の規定が無い場合には情報の無断の開示や使用が違法な契約違反になってしまうというよりも、無用の紛争回避を目的として念のために確認的に除外事由を明記しているという性格が濃厚です。
契約条項の書き方よりも重要な情報管理のありよう
(1) 秘密情報の保有者が心がけるべきこと
秘密情報の保有者としては、契約条項によって守秘義務を相手方に負担させることにも増して、相手方に対して秘密保持義務違反を追及するためには、<その情報が客観的に秘密として管理されている状態にあること>(秘密としての管理性)の主張立証が重要になります。より具体的には、<情報へのアクセスが制限されていたこと>、並びに<その情報が秘密であることがアクセスする者にとって認識可能であったこと>の主張立証が大事です(東京地判平成12年9月28日・ 判時1764号104頁)。
実際にも、裁判事例において営業秘密の侵害を主張している側が敗訴している事案は、「顧客リスト」としての「営業秘密」性が主張されている事案を典型例として、おおむね、秘密としての管理性が十分に立証できていないという事案です。
(2) 情報の受領者が心がけるべきこと
他方で、情報の受領者側にとっては、守秘義務の除外事由を明示しておくことにも増して、上述のような除外事由の該当性をどうやって立証するかが重要な課題となります。とりわけ、刊行物その他の社外から入手可能な資料によって立証可能な「公知性」もさることながら、「もともと知っていた情報」の立証資料や「独自に開発した技術情報であること」の立証資料が重要です。
その関係では、技術上の情報に関しては、研究開発関連での客観性のある作業日誌や作業記録を関係部門においてマメに作成し保存しておくことが大切になりますし、営業上の情報としての「顧客リスト」や「供給元企業リスト」に関しては、自分方において顧客や供給元企業をどのような経路で獲得したかについての記録を保持しておくというような、記録の保持・管理という社内体制の確立がカギを握るということになります。
退職者との間での秘密保持契約と競業避止契約
「事業活動上の有用性」という概念の重要性
最近の裁判例の特筆すべき傾向として、<開示側当事者が秘密情報として指定しているからには何でもかんでも秘密情報として保護の対象としよう>というよりは、<企業にとって競争上の優位性をもたらす、正当で事業活動上の有用性のある情報に守秘義務対象情報を合理的に限定しよう>という傾向があります(たとえば、大阪地判平成24年12月6日・裁判所ホームページ〔31頁から32頁〕)。
そうした傾向は、企業間の取引における守秘義務の範囲についての合理的な限定においてもさることながら、退職していく社員に対して課せられる守秘義務の範囲の限定について顕著であるように思われます(たとえば、東京地判平成20年11月26日・判時2040号126頁〔134頁〕)。
その背景事情として考えられるのは、以下のような事情です。
(b) 通信技術情報のように、技術的情報の陳腐化の度合い、すなわち事業活動上の有用性(競争上の優位性)の喪失・希薄化の度合いが速い業種も少なからず存在すること
退職者との関係での「営業秘密」の保護
就業規則における秘密保持義務が社員の退職後についてまでその社員を当然に拘束できるわけではないし、少なくとも「営業秘密」以外の秘密情報についてはそうとは言えないだろうという懸念から、退職して去って行く社員について「秘密保持」の覚書や念書を徴求する企業は少なくないと思われます。
けれども、「在職中に知り得た技術情報」全般についての広範な守秘義務を課するかのような内容の秘密保持覚書は、上述した背景事情から効力に疑問があります。ですから、それは、守秘義務の対象としての秘密情報の範囲を広範に定義しておきさえすればいいだろうというような単純な問題ではありません。
退職者との関係での競業避止特約
退職者との関係では、秘密保持覚書とは別に、競業避止(non-competition)の特約・覚書が締結されることもあります。そして、それにはそれなりの理由があります。
それは、転職先の企業において元の勤務先の企業の「営業秘密」が盗用され流用されているかどうかは、製品の製造方法に関する技術のように、その技術情報が製造販売される製品に具現化されているものかどうかによって、その盗用の事実の発覚・露呈が困難であることも多いからです。
そうした場合における競業避止特約は、営業秘密の守秘義務の遵守を担保する機能を期待されている特約ということになります。
もっとも、競業避止特約において言及される「競業」(competitive business)の範囲は、実際上、「営業秘密」という狭い意味での技術情報を盗用されかねない業種・職種に限られているとばかりは言えないでしょうから、なおさらのこと、制約される「競業」従事については合理的な制限が要求されることになります。
狭い先端分野の技術者としては、他業種ではツブシが効かないという転職上の制約を抱えていますから、従事を制限されてもやむを得ないような「競業」については、(a)対象情報の性質および禁止される業種・職種の相互関係、(b)期間的および地理的な禁止の範囲、並びに(c)従業員が得る代償の有無・程度という要素に留意したうえで、著しく不合理で公序良俗違反の競業禁止と裁判所に評価されないように、競業避止義務の内容を必要最小限度の範囲に設計する必要があるということになります。
おわりに
秘密保持契約や秘密保持条項については、<それを受領する側にとって秘密性が保持されるべき情報の特定という点において遺漏のない文言になっているか>という観点から条項案を設計し審査するという内容の解説書や参考文献にはこと欠かないと言ってもいいくらいでしょう。
けれども、網羅的で遺漏のなさそうに見える守秘義務の内容や文言については、<保護に値すべき正当な秘密情報についての守秘義務になっているか>(たとえば、独占禁止法に違反しかねないような不合理な競争制約的な合意内容になっていないか)、また、<その義務違反に対する制裁が法的な保護に値すべき情報について情報保有者が被る損害から救済する内容になっているか>(たとえば、事業活動に有用とは言えないような情報についての無断開示に対する損害賠償額の予定を要求したりしていないか)という課題があります。
そういう観点、とりわけ、狭い意味での「事業活動に有用」な情報という概念には必ずしも包含されないと思われるようでありながら合意によって第三者に「開示されては不都合」とされる秘密情報がどこまで保護に値する秘密情報と判断されるかという観点からは、まだまだ裁判事例の蓄積をまつべき面も多いと思われますし、むしろ、契約条項の設計や手当にも増して、秘密情報のしかるべき社内的な管理のしかたという面からの法務的な検討が大切であろうと思われます。

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