ベトナム国営企業の民営化および投資に関する法規制の動向と留意点

国際取引・海外進出

 ベトナムの国営企業へ出資する際の留意点を教えてください。

 公開入札の有無や株式譲渡価格の規制など、ベトナム国営企業への出資は民間企業への投資と異なる法規制も多く、日本企業が実際に投資を行うにあたっては、様々な留意点が存在します。また、国営企業への投資の文脈で用いられる用語には独特のものも多く、その正確な意味を理解しておく必要があります。

解説

目次

  1. 民営化が進むベトナムの国営企業
  2. 「国営企業」という用語の概念整理と「株式化」手続の概要
  3. 「戦略的投資家」の意義
  4. 近時の重要法令改正、政府決定
  5. 国営企業および元国営企業への投資に関する法制面での留意点
    1. 公開入札の適用の要否
    2. 株式売却価格規制
  6. 契約上確保すべき権利について
  7. おわりに

民営化が進むベトナムの国営企業

 ベトナムでは、依然として国営企業が経済に占める割合は大きく、国営企業の非効率な経営が更なる経済成長の障害となっているとの指摘が近時多くなされています。

 そこで、ベトナム政府は、国営企業の株式を外国の投資家に売却する(いわゆる民営化)ことによって外国投資を呼び込み、その技術や経営に関するノウハウを取り込んで国営企業の経営効率を高めようとしています。そのような背景から、技術力・経営力のある日本企業に対しては、ベトナム政府からの国営企業への投資家の候補として期待されている状況にあります。

 国営企業の民営化の動きを加速するため、ベトナムでは、近時、重要な法令改正や政府決定が相次いでいますが、民間企業への投資とは異なる法規制も多く、日本企業が実際に投資を行うにあたっては、様々な留意点が存在します。

「国営企業」という用語の概念整理と「株式化」手続の概要

 ベトナム国営企業への投資における文脈での一般論として、「国営企業」という単語は、次の①②のいずれの意味においても用いられますが、本稿では、次のとおり用語を使い分けることにします。①と②とでは、投資の際の法規制において異なる点が多いためです(ベトナム企業法4条8項においては、①の類型のみが「国営企業」と定義されていますが、実際のところ、日本を含む諸外国の投資家は、②の類型の企業への投資を検討するケースが圧倒的に多いと思われます)。

  1. 「株式化」手続の完了前、政府出資比率が100%の企業=「国営企業」
  2. 「株式化」手続の完了後、政府出資比率が過半以上を占める企業=「元国営企業」

 上記の①と②の分類の基準となる「株式化」手続は、ベトナム国営企業に特有の用語です。概要、「政府100%出資の株式会社とは異なる会社形態から、企業価値算定などを経て、外部の投資家への株式売却、株式会社への組織変更が行われる一連の手続」を意味しています。

 株式化の手続の大まかな流れは以下のとおりであり、開始から完了までには時間を要し、年単位であることも多くあります。

株式化の手続の概要

  1. 株式化および株式処分を承認する旨の首相決定
  2. 所管官庁による「株式化委員会(Steering Committee)」の設置
  3. 企業価値算定機関による価値評価
  4. 首相または所管官庁の代表等による株式化計画の内容決定
  5. 戦略的投資家の募集および決定
  6. 一般投資家向けの公開入札(「IPO」と呼称される)、戦略的投資家への株式売却(戦略的投資家が選定された場合)
  7. 第一回株主総会開催(定款の承認)、株式会社としての事業登録、資産の引き渡し(⑦をもって「株式化」が完了したとされる)
  8. VSD(ベトナム証券保管振替)への登録完了、UPCoM市場への登録申請
  9. ハノイ・ホーチミン証券取引所への上場

「戦略的投資家」の意義

 国営企業への投資、元国営企業への投資のいずれにおいても、「戦略的投資家(Strategic Investor)」という単語がよく使われます。

 法的には、「戦略的投資家」とは、国営企業への投資の場面においてのみ用いられ、元国営企業への投資の場面では用いられません。「戦略的投資家」に該当する場合、株式化対象企業が事業登録を終えてから少なくとも3年間は株式を譲渡しないこと(=3年間のロックアップ期間)、新技術や人材育成、財政・ガバナンス支援、資材調達、市場開拓に関する支援計画を提出、といった義務が課されます(政令126号)。

 なお、同政令により、「戦略的投資家」は、「政府による株式の過半保有が認められた業種」にのみ存在する旨が定められています。

近時の重要法令改正、政府決定

 近時の国営企業および元国営企業に関連する重要な政令、通達、首相決定のうち、主要なものは次のとおりです。

<近時の重要法令改正/政府決定>

①首相決定58号
(2016年12月28日公布)
国営企業の株式売却に関する計画を定めており、240社の国営企業がリストアップされ、それぞれにつき、2020年までに政府の出資比率を何%まで引き下げるのか、具体的に示しています。すなわち、103社については引き続き100%を保有する計画である一方、4社は65%以上100%未満、27社は50%以上65%未満、106社は50%未満に引き下げる計画であるとされています。
②首相決定1232号
(2017年8月17日公布)
元国営企業の政府保有株式処分の具体的な計画(添付されているリストには、合計406社それぞれの最低株式売却割合や売却完了時期などが記載)、およびその実行促進を目的とした進捗管理(各所管官庁による四半期ごとの報告等)等について定めています。
③政令126号
(2017年11月16日公布)
国営企業の株式化に関して、株式化の具体的手続、株式化を行うことができる国営企業の要件、戦略的投資家の要件や選定手続、企業価値評価の手法などについて、新しいルールを定めるものです。
④政令32号
(2018年3月8日公布)
元国営企業のベトナム政府保有株式の売却に関して、公開入札の要否や最低譲渡価格などについての新しいルールを定めるものです。
⑤通達83号
(2018年8月30日公布)
主要な国営企業および元国営企業の代表権限を、所管官庁から国家投資公社(SCIC)に移管することを定めており、下記の⑥政令131号の施行と合わせ、主要な国営企業および元国営企業のコントロールが「国家資本の管理に関する委員会」に移管されることになります。
⑥政令131号
(2018年9月29日公布)
首相が選任する委員長のもと「国家資本の管理に関する委員会」を設立されることおよび、国家投資公社(SCIC)をはじめとする19の主要な国営企業および元国営企業の代表権限が同委員会に移管されることを定めています。

 以上の各政令、通達、首相決定は、概要、以下のとおり理解されるものと思われます。

①、②:政府が個社名をあげて、政府保有株式の売却計画(ロードマップ)を具体的に定めるもの。
③、④:政府が保有株式を売却する際の手続やルールを定めるもの(詳細は5にて後述)。
⑤、⑥:主要な国営企業および元国営企業のコントロールを、(国家投資公社(SCIC)経由で)「国家資本の管理に関する委員会」に移管することで国営企業の民営化を加速させることを目的としているもの。

国営企業および元国営企業への投資に関する法制面での留意点

 国営企業や元国営企業への株式投資を検討するうえで留意すべき規制は数多くありますが、その代表的なものが、売却方法についての規制(公開入札手続の適用の有無)、および最低譲渡価格規制です。

公開入札の適用の要否

国営企業の株式取得 元国営企業の株式取得
【一般原則】
  • 公開入札(ベトナムでは「IPO」と呼称される)、引受、相対取引、ブックビルディングの4種類が規定。

※実例としては、公開入札で行われているもの[FUK1] がほとんど。

【戦略投資家向けの売却】
  • 公開入札の後、戦略的投資家に限定した入札(不成立の場合は相対交渉)が実施される。
【上場株式、UPCoM市場登録株式】
  • 市場内での売却または市場外での売却。

※市場内での売却の場合、いわゆる”put-through
method”を利用することにより実質的な相対売買は可能。

  • 市場外での売却の場合には、①公開入札、②Competitive Bid、③相対取引、の3種類が定められており、①→②→③の順に、それぞれの方法が不成立の場合に実施。

【未上場株式】
上記の市場外売却の方法による。

株式売却価格規制

国営企業の株式取得 元国営企業の株式取得
【一般原則】
  • 株式価値評価機関が選任され、(一般投資家向けに行われる)公開入札の開始価格が決定。

【戦略的投資家向けの売却】
  • 戦略的投資家向けのオークションの入札開始価格は公開入札の平均落札価格を下回ってはならず、相対取引で株式を取得する場合も同価格を下回ってはならない。
【上場株式、UPCoM市場登録株式】
「株式評価機関の株式評価額」と「売却公表日の直近30日の平均株価」の高い方を、「最低価格」とし、

  • 市場売却の場合、当日の証券取引所の取引可能価格帯の範囲内かつ、「最低価格」以上で行われる必要あり。
    具体的には、下記のとおり証券市場ごとに前日の終値に対する割合が定められている。

ホーチミン証券取引所:±7%
ハノイ証券取引所:±10%
UPCoM:±15%

  • 市場外売却の場合、「最低価格」以上で行われる必要あり。

【未上場株式】
  • 評価機関の株価評価額に基づき、入札開始価格が決定される。

 上記のルールのもと、①「元国営企業の株式」、②「上場株式、UPCoM市場登録株式の市場内売却」、③「『最低価格』が当日の証券取引所の取引可能価格帯の範囲内に収まっている場合」の3つすべての条件を充足する場合を除いて、公開入札が行われることになります。

 実際のところは、現行の法令下における評価方法はベトナム政府側に極めて有利なものになっていること、評価機関はベトナム政府によって選任されることもあり、ベトナム政府に有利な評価結果が出やすいことなどから、上記の「最低価格」が市場取引価格帯の範囲内に収まることは少なく、現行法下では、実際のところは、多くのケースで公開入札が行われることになると思われます。

 公開入札が行われる場合の具体的な手続は、ケースバイケースであるものの、投資家がデュー・デリジェンスを十分に行うための時間や情報開示がなされないことや、株式譲渡契約書や株主間契約書等の条件交渉が十分にできないことが懸念されています。

 公開入札が行われるとしても、実際には、水面下で、相対で交渉を進め、ある程度の情報開示や契約書の条件交渉を行うことができる可能性はありますが、これらの点は、ベトナムの国営企業投資を目指す日本の投資家にとっては大きな障壁になることが想定されるので、立法または運用による事態の改善が望まれるところです。

契約上確保すべき権利について

 株式の売主であるベトナム政府との間で、株式譲渡契約書や株主間契約書の交渉を行う場合に契約上確保すべきと考えられる権利としては、次のような内容があげられます。

<投資家としての権利確保に関する条項>
  • 出資比率の維持(希釈化防止条項)
  • 競業他社等への株式発行や株式譲渡にかかる制限(他の戦略的投資家参入の排除)
  • 役員指名権
  • 一定の重要事項への拒否権
  • 経営上重要な会議体(実質審議がなされている会議体)への参加権

<投資後の事業の協業に関する条項>
  • 一定の協業事業にかかる取り決め(協業事業実施時の独占的・優先交渉権等の確保)
  • 人材やノウハウ等の提供の外延(範囲)と対価(有償・無償の区別)
  • 政府株主=監督官庁からの特別な許認可などの確保

おわりに

 ベトナム政府が掲げる国営企業改革の一環として、国営企業や元国営企業の政府保有株式が売り出されるケースは、今後もますます増加すると見込まれています。投資を実行するにあたっては、固有の法規制の理解のもと、政治的背景などの情報報収集に万全を尽くしつつ、粘り強く関連当事者と交渉を重ねることが、投資を成功させる秘訣と思われます。

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