家族を介護中の従業員に転勤を命じてもよいか
人事労務家族を介護中の従業員を転勤させてもよいでしょうか。
具体的事情を確認のうえ、人選や配転先について検討すべきです。その転勤によって従業員の家族介護に大きな悪影響が生ずる場合、転勤命令が無効とされる可能性があります。
解説
配転命令は広く認められてきた
配転命令権
就業規則においては、「会社は、従業員に対し、業務上の都合により、出張、配置転換、転勤を命ずることができる」などといった定めが置かれることが多いと思います。このような規定は一般的に有効と考えられています。このような定めを根拠として、使用者は従業員に対して配転命令を発する権利(配転命令権)を有しているということになります。なお、「転勤」は、配転のうち勤務場所の変更を伴うものであり、配転の一種と考えられています。
配転命令権の行使が無効となり得る場合
最高裁判所は、東亜ペイント事件(最高裁昭和61年7月14日判決・集民148号281頁)において、配転命令権の行使が無効となり得る場合について以下のとおり判断しました(上記のような形で配転命令権は発生していることを前提として)。
- 配転命令は原則として有効である。
- ただし、以下のような特別な事情がある場合は無効である。
(1)配転命令に業務上の必要性がない場合
(2)配転命令が不当な動機・目的をもってなされた場合
(3)労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである場合
また、②(1)に関して、業務上の必要性は、配転先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定されず、企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは業務上の必要性ありと言ってよいものとされました。
なお、東亜ペイント事件では、神戸営業所から名古屋営業所への配転が命じられたところ、命令を受けた労働者の家族状況は、母親(71歳-健康上の問題なし)、妻(28歳-保母)および長女(2歳)と共に堺市内の母親名義の家屋に居住し、母親を扶養していた、というものでした。最高裁判所は、「家族状況に照らすと、名古屋営業所への転勤が被上告人〔注:労働者〕に与える家庭生活上の不利益は、転勤に伴い通常甘受すべき程度のものというべきである」と判断しています。
育児・介護休業法による配慮義務の定め
上記のとおり、配転命令は原則として有効ですが、「労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである場合」には、無効とされます。労働者の家族介護に関する事情は、この点の判断に影響を及ぼすといえます。
関連して、育児・介護休業法26条は、「事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない」と定めています。この規定は、育児・介護休業法の平成13年施行の改正で定められました。
厚生労働省による育児・介護休業法の施行通達によりますと、育児・介護休業法26条の「配慮」とは、「労働者について子の養育又は家族の介護を行うことが困難とならないよう意を用いることをいい、配置の変更をしないといった配置そのものについての結果や労働者の育児や介護の負担を軽減するための積極的な措置を講ずることを事業主に求めるものではない」とされています(平成28年8月2日付け職発0802第1号・雇児発0802第3号(最終改正平成29年6月30日付け雇児発0630第1号)「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律の施行について」第9 12)。
また、厚生労働省による育児・介護休業法の指針では、「配慮することの内容としては、例えば、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況を把握すること、労働者本人の意向をしんしゃくすること、配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをした場合の子の養育又は家族の介護の代替手段の有無の確認を行うこと等がある」とされています(平成21年厚生労働省告示第509号「子の養育又は家族介護を行い、又は行うこととなる労働者の職業生活と家庭生活との両立が図られるようにするために事業主が講ずべき措置に関する指針」第2 15)。
このように、厚生労働省の通達や指針は、家族介護の事情をかかえた労働者の転勤について、使用者にあまり踏み込んだ対応を求めていないように読めます。
配転命令が無効となった裁判例
ネスレ日本事件
しかしながら、裁判所は、姫路工場(兵庫)から霞ヶ浦工場(茨城)への配転命令の有効性が問題となったネスレ日本(配転本訴)事件(大阪高裁平成18年4月14日判決・労判915号60頁)において、「少なくとも改正育児・介護休業法26条の配慮の関係では、本件配転命令による被控訴人〔注:労働者〕らの不利益を軽減するために採り得る代替策の検討として、工場内配転の可能性を探るのは当然のことである」として、労働者の家族介護の事情に照らし、配転の内容についての代替策の検討を求めています。
この事件では、労働者2名が配転命令の有効性を争って提訴しましたが、1名についてはその妻が非定型精神病に罹患しておりその治療や生活のために肉体的精神的な援助が必要であったことなどから、もう1名については夜間に母の見守りや介助および何かあった場合の援助等をしていたことなどから、結論として、配転命令は労働者らに通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるもので、無効と判断しました。
NTT東日本事件
また、裁判所は、北海道から東京への配転命令の適法性が問題となったNTT東日本(北海道・配転)事件(札幌地裁平成18年9月29日判決・判タ1222号106頁)において、配転命令を受けた労働者の父が身体障害者等級1級、要介護3の身体障害をもっており、母も足の障害を持っているため父を肉体的に支えることは困難であったことなどから、その介護の必要性は大きいとし、結論として、配転命令は労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるもので、違法と判断しました。同事件において裁判所は、「被告〔注:使用者〕としては原告〔注:労働者〕を、両親の介護をしやすい苫小牧へ配転させること等を配慮すべきであった(育児・介護休業法26条参照)」とも言っています。
このように、裁判例においては、配転命令の有効性(労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものか)の判断に当たり、労働者の家族介護に関する事情を重視する傾向にあるものと言えます。
おわりに
上記のとおり、家族介護に関する事情が配転命令の有効性に与える影響は大きくなっているといえます。家族介護に関する事情がある労働者には一切配転命令を出せないというわけではありませんが、実務においては、家族介護に関する事情を抱えた労働者に対する配転命令の発出前において、人選や配転先について、上記の裁判例を踏まえた慎重な検討が求められます。
また、法的な拘束力があるものではありませんが、厚生労働省が、平成29年3月30日付で、「転勤に関する雇用管理のヒントと手法」を公表していますので、具体的な方策についてご参考にされるとよいかもしれません。

EY弁護士法人
- 人事労務