未消化の年次有給休暇を買い取ることはできるのか
人事労務当社では来年から従業員の年休の取得日数について社内目標値を掲げることを予定しています。もっとも、多忙な部署に所属する従業員は今後もなかなか年休消化が難しい状況にあります。こうした従業員を念頭に置いて、当社では、一定の日数について年休の買取りの実施を併せて検討していますが、こうした年休の買取りの実施をすることに法律上の問題は無いのでしょうか。
年休制度は、「休暇を与えなければならない」制度ですから、法定付与日数の年休を買い上げ、または、年休を買い上げることを予約することは労働基準法に違反し許されません。もっとも、年休権が時効や退職といった理由で消滅する場合に、年休の残日数に応じて事後的に金銭の給付をすることは、許される場合があると解されています。
解説
年休(年次有給休暇)とは
年休権は、労働者が労働から解放されて心身の疲労を回復させ、労働力の維持培養を図ることを目的として労働基準法上認められている権利です。この年休権は、①労働者が6か月間継続勤務し、②全労働日の8割以上出勤することによって、法律上当然に発生するものとされています(労働基準法39条)。
参照:「年次有給休暇に関する基本的な留意点」
年休の消化状況について
厚生労働省公表の「平成28年就労条件総合調査の概況」によると、平成27年の1年間に企業が付与した年次有給休暇日数(繰越日数を除く)は、労働者1人あたりの平均は18.1日であり、そのうち労働者による取得日数の平均は8.8日となっています。
また、同じく厚生労働省公表の「平成28年版過労死等防止対策白書」でも引用される独立行政法人労働政策研究・研修機構「年次有給休暇の取得に関する調査」(平成23年)によれば、いわゆる正社員の約16%が年次有給休暇を1日も取得してない状況にあることがわかります。
こうした年休消化の現状をふまえ、最近では労働基準法改正による年休の強制付与制度導入の動きもあります。制度見直しが進む中で着目される年休制度について、ここでは年休未消化の場合の処理についてご説明します。
参照:「改正労働基準法で新たに義務化が見込まれる有給休暇の強制取得とは」
未消化年休の帰趨
年休の繰り越し
当該年度に消化されなかった年休の帰趨について、労働基準法には明確な規定がありませんが、年休権も労働基準法115条の規定の適用により、2年間で消滅するものとされていますから、原則として翌年度に限り繰り越されるものとされています(昭和22年12月15日基発501号、東京地裁平成9年12月1日判決・労判729号26頁)。
したがって、就業規則において、年休権を翌年度に繰り越さない旨が規定されている場合であっても、年休権が繰り越されずに消滅するということはありません(昭和23年5月5日基発686号)。
年休権行使の順序
年休権の繰越しが認められるとすると、前年度に未消化年休があった場合、労働者は前年度の年休権と当該年度の年休権の双方の権利を有することになりますので、いずれの年休権から行使されることになるのかが、上記の2年間の時効との関係で重要な問題になります。この点については、別途労働者との間に合意があるような場合でない限り、前年度から繰り越された分から年休権が行使されていくと推定されることになります(菅野和夫「労働法(第11版補正版)」弘文堂(2017))。
従業員が退職した場合
もっとも、こうした年休権も労働者の労働契約関係が存続していることを前提として認められている権利です。したがって、労働者が未消化の年休権を行使する前に退職したような場合には、退職の効力が発生するまでの間に行使しない限り未消化の年休権は当然に消滅するものと解されています(神戸地裁昭和29年3月19日判決・労民5巻6号782頁)。
年休の買上げ
年休買上げの可否
年次有給休暇の買上げの予約をして労働基準法所定の年休の日数を減らし、または請求された日数を与えないことは許されないとされています(昭和30年11月30日基収4718号)。裁判例上も、未消化の年休権の全部または一部の放棄を定める契約は、労働基準法39条に違反し許されないとされており(大阪高裁昭和58年8月31日判決・労判417号35頁)、年休の放棄について使用者が対価を支払う、年休の買上げは認められないこととなっています。
労働から解放し心身の疲労を回復させるという年休制度の趣旨を達成するために、あくまで、使用者は、労働者に対し現実に休暇を与えなければならないこととされているわけです。
なお、会社によっては、労働基準法が定める年休の法定付与日数に上乗せして年休を付与している場合があります。このように、法律で定められた日数を超えて年休が与えられている場合には、その日数分の年休を使用者が買い上げることは労働基準法違反とはならないものとされています(昭和23年3月31日基発513号、昭和23年10月15日基収3650号)。
使用者の買上げ義務
これに対し、未消化分の年休権が時効や退職といった理由で消滅する場合に残日数に応じて調整的に金銭の給付をすることは、事前の年休権の買上げとは異なり、許される場合があります(厚生労働書労働基準局編「労働法コンメンタール③ 平成22年版 労働基準法 上巻」(2011年))。
もっとも、使用者に未消化分年休を買い上げる一般的な義務があるわけではありません。就業規則に規定がある場合や労使慣行として確立しているような場合でない限り、未消化分の年休権があっても、労働者から使用者に対する年休権の買上げ請求は認められないことになります(大阪地裁平成14年5月17日判決・労判828号14頁)。
まとめ
以上、未消化年休の処理についてご説明しました。上述のように、時効や退職で年休権が消滅する場合に事後的に金銭を給付することは許される場合もありますが、労働者の年休権の行使を抑制させる側面がある点は懸念されるところです。労働基準法改正の動向も見据え、労働者にとって年休を取得しやすい環境を整えることが今後より一層必要となるものと思われます。

弁護士法人中央総合法律事務所