退任取締役が競業行為をした場合にどう対応するか

コーポレート・M&A

 当社の取締役だった者が退任後、当社と同種の事業を始め、当社の顧客名簿を利用して営業活動をしています。どのような対応が可能でしょうか。

 退任取締役ということなので、原則として、会社法上の競業避止義務(会社法356条1項1号)は負いません。 そこで、会社は、各取締役との間で、契約や誓約書に定めることにより、退任後の競業を禁止するのが一般的です。この合意・誓約書は、基本的には有効ですが、あまりに広範に競業を禁止するものだと無効とされる可能性があるので、合意する内容には注意が必要です。
 この合意や誓約書がある場合には、それに基づき、営業行為の差止めや損害賠償を請求できます。
 また、顧客名簿が不正競争防止法上の「営業秘密」に該当する場合には、合意や誓約書の差入れがなかったとしても、差止めや損害賠償を求めることができます。

解説

目次

  1. 取締役の競業避止義務
    1. 競業避止義務とは何か?
    2. 競業避止義務の主体
  2. 競業禁止の合意
  3. 不正競争防止法に基づく差止め・損害賠償の請求
    1. 不正競争防止法の概要(差止請求・損害賠償請求)
    2. 「営業秘密」とは何か?
  4. まとめ

目次

  1. 取締役の競業避止義務
    1. 競業避止義務とは何か?
    2. 競業避止義務の主体
  2. 競業禁止の合意
  3. 不正競争防止法に基づく差止め・損害賠償の請求
    1. 不正競争防止法の概要(差止請求・損害賠償請求)
    2. 「営業秘密」とは何か?
  4. まとめ

取締役の競業避止義務

競業避止義務とは何か?

 取締役は、「自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき」には、取締役会非設置会社においては株主総会、取締役会設置会社においては取締役会の承認を受けなければなりません(会社法356条1項2号、365条1項)。これを一般に「競業避止義務」と呼びます。

 「株式会社の事業の部類に属する取引」とは、会社が実際に行っている取引と目的物(商品・役務の種類)および市場(地域・流通段階等)が競合する取引をいいます1

 そのため、定款に規定されている事業であっても、実際に行われていない事業を行うことは、競業避止義務に違反するものではありません。

 現時点では市場が競合していないものの、会社が進出を具体的に計画している地域は、会社と同じ市場になると考えられています(東京地裁昭和56年3月26日判決)。

 「取引」の意義について、例えばある物品の製造・販売を目的とする会社であれば、その原材料を購入する取引も競業となり得ます(最高裁昭和24年6月4日判決)。

競業避止義務の主体

 在任中の「取締役」が競業避止義務を負うのであって、退任した取締役は、この義務を負いません

 もっとも、取締役が退任後に同種事業を行うことを予定して、その在任中に準備を行った場合には、善管注意義務(会社法330条・民法644条)・忠実義務(会社法355条)に違反したと判断されることがあります。

 例えば、在任中に、会社従業員を退任後の自己の事業に参加するよう誘う行為(引き抜き行為)は、取締役の忠実義務違反になり得ます(東京高裁平成元年10月26日判決、前橋地裁平成7年3月14日判決、東京地裁平成11年2月22日判決、千葉地裁松戸支部平成20年7月16日決定2など)。

競業禁止の合意

 上記のとおり、取締役の退任後の競業は原則として自由ですが、会社としては、自由に同種事業を展開されると、会社のノウハウや顧客などを奪われかねず、会社存続の危機に瀕することにもなり得ます。

 そこで、会社は、退任取締役との間で秘密保持や競業禁止を定めた契約を締結する、あるいは、退任取締役から誓約書を差し入れてもらうことがあります。

 この契約・誓約書は原則として有効ですが、 以下の諸要素を考慮し、それが合理性を欠き、職業選択の自由(憲法22条1項)を不当に侵害するものであると判断される場合には、公序良俗(民法90条)に反し、無効になる と考えられています(東京地裁平成16年9月22日決定参照)。

  1. 会社の正当な利益の保護を目的とすること
  2. 取締役の退任前の社内での地位
  3. 競業が禁止される業務、期間、地域の範囲
  4. 会社による代償措置の有無等

 なお、経済産業省が、平成28年2月、「秘密情報の保護ハンドブック ~企業価値向上に向けて~」と題する資料の参考資料として、「競業避止義務契約の有効性について」を公表しています 。これは、直接的には、労働者(従業員)に対するものですが、取締役などの役員についても参考になるでしょう。

不正競争防止法に基づく差止め・損害賠償の請求

不正競争防止法の概要(差止請求・損害賠償請求)

 「営業秘密を保有する事業者(以下「保有者」という)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、またはその保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為」は、 「不正競争」に該当します(不正競争防止法2条1項7号)。

 この「不正競争」により営業上の利益を侵害され、または侵害されるおそれがある場合には、被侵害者は、侵害者に対し、その侵害の停止または予防を請求できます(不正競争防止法3条1項)。

「営業秘密」とは何か?

 「営業秘密」とは、以下の3つの要件を満たした情報をいいます(不正競争防止法2条6項)。

  1. 秘密として管理されていること(秘密管理性
  2. 生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上または営業上の情報であること(有用性
  3. 公然と知られていないこと(非公知性

 この点、特に秘密管理性については問題となることが多く、経済産業省が「営業秘密管理指針」を公表していますので、そちらもご参照ください。

(1)  秘密管理性

ア 秘密管理要件の趣旨

 会社にとって有益な情報が当然に「営業秘密」として不正競争防止法の保護を受けるわけではありません。「秘密として管理されている」ことが必要です。

 そもそも情報はそれ自体形があるものではなく、その保有・管理形態も様々であること、また、特許権などのように公示を前提とできないことから、営業秘密である情報の取得、使用または開示を行おうとする従業員や取引相手先などにとって、その情報が法律に保護される営業秘密であることを容易には知ることができない状況も想定されるところです。

 そのため、営業秘密に接した者が事後的に不測の嫌疑を受けることを防止し、従業員らの予見可能性、ひいては経済活動の安定性を確保するために、秘密管理性が要求されています。

イ 秘密管理要件の具体的内容

 この要件を満たすためには、営業秘密を持つ会社の意思を、秘密管理措置を取ることで従業員らに明確に示し、それが営業秘密であることを従業員らが認識できる状態にあることが必要となります。

 具体的に必要な秘密管理措置の内容・程度は、企業の規模、業態、従業員の職務、情報の性質その他の事情の如何によって異なります。
 詳細については、経済産業省の「営業秘密管理指針」5頁以下を参照していただきたいですが、以下のように考えられています。

  1. 紙媒体の管理方法
    • ファイルの利用等により一般情報からの合理的な区分を行ったうえで、基本的には、当該文書に「マル秘」など秘密であることを表示する
    • 個別の文書やファイルに秘密表示をする代わりに、施錠可能なキャビネットや金庫等に保管する
  2. 電子媒体の管理方法
    • 記録媒体へのマル秘表示の貼付
    • 電子ファイル名・フォルダ名へのマル秘の付記
    • 営業秘密たる電子ファイルを開いた場合に端末画面上にマル秘である旨が表示されるように、当該電子ファイルの電子データ上にマル秘を付記(ドキュメントファイルのヘッダーにマル秘を付記等)
    • 営業秘密たる電子ファイルそのもの、または当該電子ファイルを含むフォルダの閲覧に要するパスワードの設定
    • 記録媒体そのものに表示を付すことができない場合には、記録媒体を保管するケース(CDケース等)や箱(部品等の収納ダンボール箱)に、マル秘表示の貼付

(2)  有用性

 その情報が客観的にみて、事業活動にとって有用であれば、この要件は認められます。

 企業の反社会的な行為などの公序良俗に反する内容の情報を除き、ほとんどの情報がこの要件を満たすと考えられます。

(3)  非公知性

 「公然と知られていない」とは、一般的には知られておらず、または容易に知ることができない状態をいいます。

 具体的には、その情報が合理的な努力の範囲内で入手可能な刊行物に記載されていないなど、会社の管理下以外では一般的に入手できない状態にあるのであれば、この非公知性の要件を満たすことになります。

まとめ

 会社としては、①退任する取締役らとの間で、合理的な範囲で秘密保持・競業禁止を定めた合意をし、あるいは、退任取締役らに誓約書を差し入れてもらうこと、②重要な情報については「営業秘密」として取り扱うよう、日常業務から気をつけることが重要だと思います。

 退任取締役らが会社との合意や誓約書に違反し、あるいは、「営業秘密」を不正に使用した場合には、その差止めや損害賠償を求めることが可能となります。


  1. 江頭憲治郎『株式会社法〔第6版〕』434頁(有斐閣、平成27年) ↩︎

  2. この決定では、「取締役の具体的行為が、善管注意義務及び忠実義務に違反しているか否かは、従業員の引抜きや競業取引による取引先奪取等の取締役の行為に至るまでの会社内部の事情、当該取締役と従業員の人的な関係、当該取締役の行為による会社の業務に与える影響の度合い等を総合して、不当な態様か否かにより判断するのが相当である」、「取締役が退任した後は、上記各義務は消滅し、会社との競業については、職業選択の自由の保障により原則として自由にできることになるものと解されるが、取締役の行為の時期や態様に照らして、信義則上、上記各義務を負うことがあるものと解される」と判示されました。 ↩︎

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