同性パートナーは死亡退職金の受取人か?規定に応じた判断ポイント

人事労務
山本 大輔弁護士 弁護士法人大江橋法律事務所

 当社では死亡退職金の制度を設けています。先日在職中に死亡した従業員は、戸籍上は独身ですが、同性パートナーと暮らしていたようです。その同性パートナーから、死亡退職金の受取りについて問い合わせがあったのですが、どのように対応すればいいのでしょうか。

 死亡退職金に関する就業規則等の規定内容によっては、令和6年の最高裁判決を踏まえて、死亡した従業員の同性パートナーが死亡退職金を受け取るべきであると判断される可能性もあります。死亡退職金は高額になることがあり、受取人を間違えると企業にとって大きな損失につながるため、自社の制度を把握し、受取人を正確に判断することが重要です。

解説

目次

  1. 死亡退職金とは
  2. 死亡退職金規定における受取人の定め方
    1. 労働基準法施行規則の遺族補償に関する規定による
    2. 民法の法定相続人とする
    3. 「労働基準法施行規則42条ないし45条の規定による」と「民法の法定相続人とする」規定の違い
  3. 死亡退職金の受取人について迷いやすいケース
    1. 死亡した従業員と疎遠な配偶者がいる場合
    2. 配偶者と事実婚パートナーが両方いる場合
    3. 同性パートナーがいる場合
  4. 死亡退職金の受取人を誤るリスクを軽減するための方法
    1. 調停や訴訟の活用
    2. 保険の活用

死亡退職金とは

 死亡退職金とは、従業員が死亡した場合に支払われる退職金のことです。退職金の制度がある企業が、従業員が死亡した場合の退職金の受取人について特にルールを定めている場合、死亡退職金の規定がある、といわれます。

 死亡退職金の規定は、就業規則や退職金規程、弔慰金規程等に記載されていることが多いです。そもそも退職金の制度がない企業では、死亡退職金もありません。退職金の制度はあるけれども、従業員が死亡した場合の受取人について特にルールを定めていない、つまり死亡退職金の規定がないという企業もあります。

 企業は、死亡退職金の受取人を自由に定めることができますが、規定内容によっては、メリット・デメリットがあります。そのため、死亡退職金の規定を設けるのであれば、それらのメリット・デメリットを理解した上で制度設計をする必要がありますし、死亡退職金の受取人をどのように判断するかという運用について理解しておく必要があります。規定に従って正しい受取人に死亡退職金を支払わないと、企業は改めて正しい受取人に死亡退職金を支払わなければならなくなります

 なお、従業員に退職金を支払うという規定を設けているけれども、従業員が死亡したときに誰が受け取るかということを規定していない場合、つまり死亡退職金の制度がない場合には、退職金を受け取るはずだった従業員の相続人が、民法の規定に従って退職金を受け取ります

死亡退職金規定における受取人の定め方

労働基準法施行規則の遺族補償に関する規定による

 多くの企業の死亡退職金規定においては、受取人について、「労働基準法施行規則42条ないし45条の規定による」というように簡単に定められています。

 労働基準法施行規則42条から45条は、業務等が原因で亡くなった従業員の遺族に対して支給される「遺族補償」を誰がどの順番で受け取るかについて定めた規定です。死亡退職金規定が「労働基準法施行規則42条ないし45条の規定による」と定められている場合には、死亡退職金を誰がどの順番で受け取るかを労働基準法施行規則42条ないし45条の規定と同様に判断することになります。

 労働基準法施行規則42条から45条では、遺族補償の受取人の順位が以下のとおり定められています。

第1順位 配偶者か事実婚パートナー
第2順位 死亡した従業員と生計を共にしていた※子
第3順位 死亡した従業員と生計を共にしていた父母(養父母→実父母の順)
第4順位 死亡した従業員と生計を共にしていた孫
第5順位 死亡した従業員と生計を共にしていた祖父母
第6順位 死亡した従業員と生計を共にしていない子
第7順位 死亡した従業員と生計を共にしていない父母
第8順位 死亡した従業員と生計を共にしていない孫
第9順位 死亡した従業員と生計を共にしていない祖父母
第10順位 死亡した従業員と生計を共にしていた兄弟姉妹
第11順位 死亡した従業員と生計を共にしていない兄弟姉妹

※労働基準法施行規則42条2項では、「労働者の死亡当時その収入によって生計を維持していた者又は労働者の死亡当時これと生計を一にしていた者」と規定されていますが、上記の表ではこれを「生計を共にしていた」と簡易的に表現しています。



 死亡退職金を支払う遺族の範囲・順位を検討するにあたっては、まず、第1順位に該当する者がいるかどうかを確認することが重要です。第1順位の受取人は、死亡した従業員の配偶者か事実上婚姻関係と同様の関係にあった者(いわゆる事実婚パートナー)です。

労働基準法施行規則42条1項
 遺族補償を受けるべき者は、労働者の配偶者(婚姻の届出をしなくとも事実上婚姻と同様の関係にある者を含む。以下同じ。)とする。

 第1順位に該当する者がいない場合、死亡した従業員と生計を共にしていた子が第2順位になり、死亡退職金を受け取ることができます。第2順位に該当する者がいない場合には、死亡した従業員と生計を共にしていた父母が第3順位、第3順位に該当する者がいない場合には、死亡した従業員と生計を共にしていた孫が第4順位、第4順位に該当する者がいない場合には、死亡した従業員と生計を共にしていた祖父母が第5順位、第5順位に該当する者がいない場合には、死亡した従業員と生計を共にしていない子が第6順位…、というように続いていきます。

民法の法定相続人とする

 また、民法の法定相続人が死亡退職金を受け取るという死亡退職金の規定を定めている企業もあります。この場合は、死亡した従業員の法定相続人に対して支払うことになります。リスクがあるとすると、法定相続人同士で相続争いとなったときに、死亡退職金を支払う立場として法定相続人と関与しなければならない可能性があります。

 なお、ほかの規定の仕方として、「従業員が死亡退職金の受取人として指定し、企業に伝えた者」が受け取るとする場合もあり、この場合には、受取人として企業に伝えられていた者に対して支払うことになります。リスクがあるとすると、従業員が企業に伝えた受取人と、遺言で記載した受取人が異なっている場合や、従業員が企業に伝えた受取人が昔は従業員と懇意であったが従業員が死亡した時点では疎遠になっている場合などに、複数の受取人候補による死亡退職金をめぐる争いに企業が巻き込まれる可能性があります。

「労働基準法施行規則42条ないし45条の規定による」と「民法の法定相続人とする」規定の違い

 「労働基準法施行規則42条ないし45条」が規定している、死亡退職金を誰がどの順番で受け取るかの規定と、民法の法定相続人が死亡退職金を受け取る場合の規定は異なります。たとえば死亡した従業員に配偶者と子がいる場合、民法の法定相続人が死亡退職金を受け取る場合には、配偶者が50%、子が50%の死亡退職金を受け取ることになりますが、「労働基準法施行規則42条ないし45条の規定による」場合、死亡した従業員にとって一番上の順位に該当する配偶者が死亡退職金を全額受け取り、子は一銭も受け取らないことになります。

 つまり、第1順位に該当する者がいる場合には、第1順位に該当する者が死亡退職金全額を受け取り、第2順位以降に該当する者は死亡退職金を受け取ることはできません。

死亡退職金の受取人について迷いやすいケース

 以下では、死亡退職金について、「労働基準法施行規則42条ないし45条の規定による」場合に、判断に迷いやすいケースの考え方を説明します。

死亡した従業員と疎遠な配偶者がいる場合

 死亡した従業員に配偶者がいて、同居している場合には、当該従業員が死亡して間もなく、配偶者から企業に連絡がくることが多く、当該配偶者に対して死亡退職金を支払うことが一般的であると思われます。この場合には、死亡した従業員の戸籍謄本等で、死亡した従業員と当該配偶者が婚姻関係にあるかどうかをまず確認すべきです。

 ただし、死亡した従業員が配偶者と「事実上の離婚状態」にあるときには、配偶者は死亡退職金の受取人になれないと考えられています 1
 事実上の離婚状態に該当するかどうかは裁判所によって総合的に判断されるため予測が困難ですが、一般論として、長期間別居していて、離婚届を出していないだけで当事者同士は離婚に合意しており、別居後には一切連絡を取っておらず、互いに経済的に独立しているなどの事情がある場合には、事実上の離婚状態に該当すると判断される可能性が高いです。

 配偶者が死亡した従業員と疎遠であるような事情が少しでも見受けられる場合には、事実上の離婚状態にないことを確認するために、死亡したときに実際に配偶者と同居していたかどうかを訪問などの手段で確認することが安全です。事実上の離婚状態に該当するかどうかは裁判所の判断によるため、リスクが高いと考えられる場合には、訴訟や調停を提起して裁判所に誰が死亡退職金の受取人であるかを決めてもらうことも検討すべきです。

配偶者と事実婚パートナーが両方いる場合

 死亡した従業員に配偶者も事実婚パートナーも両方いる場合に、どちらが優先して企業の死亡退職金を受け取ることができるかについて、直接回答した判例・裁判例はありません。

 類似事案に対する判例等 2 を総合して考えると、死亡した従業員に配偶者がいる場合には、死亡した従業員と事実上の離婚状態にない場合に限り、配偶者が死亡退職金を全額受け取ることができます。他方で、死亡した従業員に配偶者がいない、または配偶者がいるけれども事実上の離婚状態にある場合には、事実婚パートナーが死亡退職金を全額受け取ることができると考えられます。

同性パートナーがいる場合

 死亡した従業員に同性パートナーがいて、企業に死亡退職金の支払いを求めてきた場合には、異性の事実婚パートナーと同様、慎重に検討しなければなりません。

 同性パートナーに対する死亡退職金の支払いについて判断した裁判例はありませんが、最高裁令和6年3月26日判決は、犯罪行為によって死亡した者の「配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含む。)」(犯罪被害者等給付金の支給等による犯罪被害者等の支援に関する法律(犯給法)5条1項1号)に対して国から支給される遺族給付金について、「事実上婚姻関係と同様の事情にあった者」の中に、犯罪行為によって死亡した者と事実上婚姻関係と同様の事情にあった同性の者、すなわち同性パートナーが含まれると判断しました。

犯罪被害者等給付金の支給等による犯罪被害者等の支援に関する法律5条1項1号
 遺族給付金の支給を受けることができる遺族は、犯罪被害者の死亡の時において、次の各号のいずれかに該当する者とする。
1 犯罪被害者の配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者を含む。)
 (略)

 同判決は労働基準法施行規則42条から45条の規定について判断を示したものではありませんが、特に労働基準法施行規則42条1項の文言が犯給法5条1項1号の文言と類似していることなどから、労働基準法施行規則42条1項の「婚姻の届出をしなくとも事実上婚姻と同様の関係にある者」に、死亡した従業員の同性パートナーも含まれる可能性があります

 他方で、民法の法定相続人が死亡退職金を受け取るという規定の場合には、日本では同性婚が認められていないため、死亡した従業員の同性パートナーは受取人から除外されます。「労働基準法施行規則42条ないし45条の規定による」に準じる規定を定めている企業が、この最高裁判決を受けて、民法の法定相続人を受取人とする規定に変更することも考えられますが、就業規則の不利益変更(労働契約法10条等)に該当して、変更が無効になる可能性があります。就業規則の不利益変更に該当しないとしても、企業が従業員の同性パートナーに対して厳しい姿勢をとっていることを社会に向けて明示することにもなり、レピュテーションリスクがありうるため、慎重な検討が必要です。

死亡退職金の受取人を誤るリスクを軽減するための方法

調停や訴訟の活用

 配偶者と事実上の離婚状態にあることが疑われる場合や、死亡退職金受取人候補が複数いて、それぞれが自分こそが死亡退職金の受取人であると主張しており、企業としても確実にこの人が死亡退職金の受取人であると判断しきれない場合には、調停や訴訟で裁判所に受取人を判断してもらうことが安全です。これによって、死亡退職金を1回だけ正しい受取人に支払えばよい、という状態を作り出すことができます。

 なお、弁済供託という方法も考えられますが(民法494条)、受領拒否、受領不能、債権者不確知という3つの要件のいずれかに該当する必要があります。ただし、以下の理由から、弁済供託が利用できるかは慎重な検討が必要です。

 受領拒否と受領不能は、債権者自体は明らかであるけれども、弁済を受け取らないとか、受け取れないという場合のため、死亡退職金の受取人が死亡退職金を受け取ると言っている場合には使えません。債権者不確知の典型例は、債権が成立していて特定の者に帰属していたものの、その者が債権成立後に死亡して相続が発生して、相続人が誰か債務者が知りえないような場合です。
 死亡退職金が問題になるのは在職中に従業員が死亡する場合ですが、死亡退職金の受取人について、「労働基準法施行規則42条ないし45条の規定による」と定めている場合には、受取人に死亡退職金債権が帰属するため、債権者不確知の典型例とはいえません。死亡退職金の受取人は民法の法定相続人である、という規定をしていたとしても、退職金債権が死亡した従業員に帰属した後に相続が発生した、として債権者不確知の典型例に該当するかどうかは明らかではありません。

保険の活用

 企業が「総合福祉団体定期保険」に加入していて、死亡した従業員の遺族に対して保険会社から死亡退職金を支払うという方法を選択している場合には、死亡退職金の受取人が誰かを判断するのが保険会社であるため、受取人を誤って再度支払うリスクを負うのは保険会社になり、企業はそのリスクを回避できる可能性があります。自社の加入している保険の正確な契約内容を、保険会社に事前に確認しておくことをお薦めします。


  1. 最高裁令和3年3月25日判決(民集75巻3号913頁)参照。 ↩︎

  2. 最高裁昭和58年4月14日判決(民集37巻3号270頁)、最高裁令和3年3月25日判決(民集75巻3号913頁)等参照。 ↩︎

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