トランスジェンダー従業員のトイレ使用をめぐる会社の配慮義務

人事労務
山本 大輔弁護士 弁護士法人大江橋法律事務所

 当社ではDEI(Diversity, Equity, Inclusion)を重視した経営に取り組んでいます。その一環として、今後トランスジェンダーの従業員が要望すれば、自認する性別のトイレの使用が可能となるようにしたいと考えています。そのような体制とするにあたってどのような配慮が必要でしょうか。

 トランスジェンダー従業員の要望と他の従業員の意見を十分確認した上で、職場環境や安全管理の観点に配慮して、会社にとっての最適解を探っていく必要があります。

 本人の要望を確認する際には、その要望が真摯なものであるか否かという点がポイントとなります。また、他の従業員の意見を確認する際には、会社がトランスジェンダー従業員の真摯な要望を確認したことや、その要望に対する会社の姿勢について伝えた上で、反対する従業員がいれば適切に対応しなくてはなりません。
 会社や従業員の事情はさまざまであるため、一律の解決策があるわけではありません。その中で会社は従業員の意向を十分に確認し、職場環境を整備する必要があります。

解説

目次

  1. トランスジェンダーとは
  2. トランスジェンダーをめぐる最近の裁判例
    1. 経産省トランスジェンダー事件最高裁判決
    2. 2023年10月25日最高裁大法廷決定
  3. 会社に求められる対応
    1. 本人の要望の確認
    2. 説明会等による他の従業員の意向確認
    3. 他の従業員から反対があった場合の対応

トランスジェンダーとは

 トランスジェンダーとは、LGBTQ+のTにあたり、生物学的な性別と性自認が一致していない人のことをいいます。似た言葉として、性同一性障害という用語がありますが、これは、トランスジェンダーのうち、自身の生物学的な性別およびその特徴に対する強い違和感が一定期間以上継続する人で、医学的な治療が必要とされる人への診断名です。

 したがって、トランスジェンダーであるからといって性同一性障害の診断を受けているとは限らず、実際にトランスジェンダーの中にも性同一性障害の診断を受けていない人は多く存在します。

トランスジェンダーをめぐる最近の裁判例

経産省トランスジェンダー事件最高裁判決

 2023年7月11日に、LGBTQ+の職場環境に関する初めての最高裁判決である、いわゆる経産省トランスジェンダー事件の最高裁判決(以下「本件最高裁判決」といいます)が出ました 1

 この事案では、トランスジェンダー女性(生物学的性別が男性で、性自認が女性)の職員が経産省に男性として入省し、しばらくしてから、経産省の上司に対して、当該職員が勤務する建物の女性トイレを自由に使用すること等を要求しました。しかし、経産省・人事院は当該要求を認めないという判定をして、当該職員の執務フロアから2階以上離れた女性トイレの使用のみを認めましたが、本件最高裁判決はこの経産省・人事院の判定を違法としました。

 違法とされた理由を端的にまとめると以下の2点です。

  1. トランスジェンダー職員が、自認する性別のトイレ使用等を真摯に求めていたのに、執務フロアから2階以上離れた女性トイレしか使用できないという不利益が長期間課されたことと比較して、
  2. 当該職員が執務する部署の職員への説明会を開催したところ、当該職員の女性トイレ使用に明示的に反対する職員がおらず、当該説明会以降に当該職員の女性トイレ使用により他の職員と間にトラブルが生じたことはなかったことから、他の職員に不利益がないのに、当該職員だけ不利益を課されたことはアンバランス

 なお、本件最高裁判決には補足意見があり、以下のように述べられています。

  • 取扱いを一律に決定することは困難であり、個々の事例に応じて判断していくことが必要になることは間違いない
  • 職場の組織、規模、施設の構造その他職場を取りまく環境、職種、関係する職員の人数や人間関係、当該トランスジェンダーの職場での執務状況など事情は様々であり、一律の解決策になじむものではない

2023年10月25日最高裁大法廷決定

 戸籍上の性別を変更するためには、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律の以下5つの要件を満たす必要がありますが、近年これらの合憲性が争われています。

  1. 18歳以上
  2. 現在未婚
  3. 現在未成年の子の不存在
  4. 生殖腺の機能の永続的な欠如
  5. 戸籍上の性別と異なる性器に近似する外観

 2023年10月25日には、戸籍上の性別を変更するにあたって、いわゆる性別適合手術を受けなければならない等とする上記④、⑤の要件が違憲であると争われた申立てにおいて、最高裁大法廷決定(以下「本件最高裁大法廷決定」といいます)が出ました 2

 本件最高裁大法廷決定では、戸籍上の性別を性自認に従った性別に変更するために必要な上記の5つの要件のうち、生殖腺の機能の永続的な欠如という④要件が憲法13条に反して違憲であり、性別を変更するために④要件を満たす必要はないと判断しました。

 本件最高裁大法廷決定は、戸籍上の性別と異なる性器に近似する外観という⑤要件について判断せず、高等裁判所で⑤要件が違憲であるかどうか審理しなおすことを求めました。ただ、本件最高裁大法廷決定の3つの反対意見で3人の最高裁裁判官が、性別変更にこの⑤要件を求めることは違憲である、と述べているため、性別を変更するために⑤要件を満たす必要がない、と今後の最高裁が判断する可能性は高いと思われます。

会社に求められる対応

 会社は従業員に対して、従業員が安全を確保しつつ労働できるよう配慮する義務や、職場環境を整備・配慮する義務を負います(労働契約法3条4項、5条)。さらに、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて、職場における従業員の安全と健康を確保するようにしなければなりません(労働安全衛生法3条1項)。

 トランスジェンダー従業員が性自認に従ったトイレ使用を要望してきた際には、会社は、本人と他の従業員双方に対して、この職場環境配慮義務を遵守したといえるような対応が求められます。上記の2023年7月最高裁判決は国家公務員の事案ですが、この判決のポイントを押さえることで、会社として職場環境配慮義務を遵守したといいやすく、会社の労務上のリスクを下げることになります。

本人の要望の確認

 まず会社は、トランスジェンダー従業員が、自認する性別のトイレ使用等を「真摯に」要望しているかどうかを確認する必要があります。

 本件最高裁判決は、トランスジェンダー職員が性同一性障害(性別違和)の診断やホルモン治療等を受けていたことにより、トランスジェンダー職員の要望が真摯であると確認しました。ただし、トランスジェンダー従業員の要望が真摯であることを会社が確認できる他の事情があるならば、性同一性障害(性別違和)の診断は必須ではありません。また、ホルモン治療を行うことで体調不良になる人もいるという事情も考慮する必要があります。

 なお、本件最高裁判決が出た2023年7月11日以前と現在で決定的に異なることは、上記のとおり2023年10月25日に、戸籍上の性別を性自認に従った性別に変更するにあたって、生殖腺の機能を永続的に欠如させるための手術は必要ない、と本件最高裁大法廷決定が判断したことです。上記2−2のとおり、本件最高裁大法廷決定は性別適合手術のうち④要件のみを違憲としましたが、今後、性別を変更するためには⑤要件の手術も必要ないと最高裁が判断する可能性が高いです。

 したがって、会社がトランスジェンダー従業員の要望が真摯であるかどうかを判断するにあたって、トランスジェンダー従業員が性別適合手術を受けているかどうかは基本的には問題にならないものと思われます。

説明会等による他の従業員の意向確認

 他方で、他の従業員の意向をどう確認すればよいでしょうか。
 たとえば、これまで異性として接してきた同僚が、ある日から説明なしに急に自分と同性としてトイレを使用することになったらどのように感じるかと想像してみると、何らかの説明があったほうが安心につながると感じる方が多いのではないでしょうか。

 他の従業員に説明をする場合は、トランスジェンダー従業員の承諾を得た上で説明会を開くなどして、その従業員が使用したいトイレを普段から使用している他の従業員を中心に説明し、理解を求めるべきです。

 本件最高裁判決の補足意見では、「同じトイレを使用する他の職員への説明(情報提供)やその理解(納得)」を会社が得るために行動することが求められているため、利害関係者である従業員、つまりトランスジェンダー従業員が使用したいトイレを普段から使用している他の従業員の意見のみを確認することでもよいものと思われます。

 職場における理解という意味では、本件最高裁判決の事案でも行われたように、トランスジェンダー従業員が勤務するフロアの従業員に対して情報提供をすることがよい場合もあると思われますが、その場合でも、あくまで当該トランスジェンダー従業員の承諾を得た上で情報提供を行うべきです。

 情報提供のための説明会では、会社がトランスジェンダー従業員の真摯な要望を確認したことや、その要望に対する会社の姿勢について、他の従業員に伝えることになります。

 それでは、トランスジェンダー従業員が、説明会を開催することを承諾しない場合にはどうすればいいでしょうか。この場合は、無理に説明会を開催することはアウティングとなり会社が訴えられるリスクがあるため、避けるべきです。ただし、いくら会社としてトランスジェンダー従業員の要望を認めてあげたいとしても、本件最高裁判決補足意見が指摘するように、他の従業員への説明(情報提供)やその理解(納得)がないままにその要望を受け入れるというコンセンサスがある職場ばかりではありません。そのため、会社としては、他の従業員への説明なしにトランスジェンダー従業員のトイレ使用の要望を受け入れることは、他の従業員に対する会社の職場環境配慮義務の遵守の観点からも、現状は難しいことが多いと思われます。

 本件最高裁判決では関係する職員・従業員に対する説明会が開催されましたが、他の従業員へ説明(情報提供)を行い、理解(納得)を得る上では、説明会だけが唯一の手段ではなく、トランスジェンダー従業員の承諾を得た上でアンケートや個別ヒアリングを実施する方法も考えられます。

他の従業員から反対があった場合の対応

 他の従業員から理解が得られれば何の問題もありませんが、もし明確な反対があった場合にはどうすればいいでしょうか。まず確認すべきは、反対する理由です。周りの従業員に聞かれたくないセンシティブな理由である可能性もあるため、会社は個別に反対の理由を尋ねるべきです。

 会社が合理的な説明を尽くしてもその反対が変わらない場合にはどうすればいいでしょうか。

 仮に反対理由がトランスジェンダーへの偏見やヘイトを根拠とするものであって、そういったことを許さないという会社の方針があるのであれば、その方針に従って反対する従業員に働きかけることも考えられます。ただし、反対理由が時代に沿わない・会社の方針に沿わないとしても、勇気をもって反対の声を挙げた従業員の意見によく耳を傾けることは、会社にとっての真のDiversity & Inclusionの実現になりますし、反対従業員との間の労務上のリスクを上げないという意味でも重要です。

 また、合理的な理由による反対である場合には、反対する従業員が使用していないトイレをトランスジェンダー従業員に使用してもらう等の暫定的な措置をとって、定期的に見直したりすることが考えられます。もし暫定的措置の期間に、トイレ使用において他の従業員との間にトラブルが生じた際には、会社は、何が起こったかを双方から聴取した上で対応する必要があります。

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