性同一性障害の社員から、自認する性別に基づく名前を使用したいと申し出を受けた場合の方針
人事労務ある女性社員から、「自分は性同一性障害であり、今後は、下の名前については現在の女性名ではなく男性的な名で生活していきたい。会社内で自分を取り扱う際も、その男性的な名に変更してもらいたい」との申出を受けました。家庭裁判所から名の変更に関する許可を得ていないとのことですので、裁判所で正式に認められたら会社でも対応するという方針で問題ないでしょうか。
自認する性別と一致した男性的な名で呼ばれ、認識されるという利益は、その社員の人格権の一内容を構成するものとして保護されるべきものです。裁判所による許可の有無にかかわらず、その社員の申出を認めることが妥当であると考えます。
解説
姓・名の変更手続
家庭裁判所において姓の変更が認められるためには「やむを得ない事由」が、名の変更が認められるためには「正当な事由」が必要とされています(戸籍法107条1項、107条の2、家事事件手続法別表第1の122項)。
性同一性障害の場合、自認する性別と一致する名に変更をしなければ社会生活において支障をきたすといえれば、「正当な事由」の存在が認められ、名の変更について家庭裁判所の許可が出るものと考えられます。
自認する性別と一致する名を使用する利益
設例の場合、申出を行った社員は、家庭裁判所による名の変更許可を経ていないということですが、最高裁は、「氏名は、…人が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であって、人格権の一内容を構成するものというべき」としています(最高裁昭和63年2月16日判決・民集42巻2号27頁)。
性同一性障害を抱える社員にとって、自認する性別と一致しない名で自分を呼ばれたり識別されたりすることは、大きな苦痛や違和感を伴うものです。かかる苦痛や違和感を取り除き、自分らしく生きるために、自認する性別と一致した名で呼ばれ、識別されたいと望むことは、当然といえます。
そうであれば、自認する性別と一致する名を職場で使用し、その名で自己を識別されるという利益は、人格権の一内容を構成し、高い要保護性を有するものと考えられます。そして、このことは、戸籍上の名の変更手続を経ているか否かとは無関係です。
会社の配慮義務
会社は、社員に対して、職場環境配慮義務(社員にとって働きやすい職場環境を保つよう配慮すべき義務。労働契約法3条4項、民法1条2項)を負っています。そうであれば、職場における名の取り扱いという場面においても、そのような義務を果たすべく、対応する必要があります。
自認する性別と一致する名を使用する利益は、上述のとおり人格権の一内容を構成すると考えられる一方で、職場において婚姻前の姓を通称使用することが広く認められるようになってきていることからすれば、職場において戸籍上の名と異なる名の使用を認めることにより会社側に大きな負担が生じるということもありません。
以上からすれば、会社としては、その職場環境配慮義務を果たすべく、自認する性別と一致する名を職場において使用することを認めることが妥当であると考えます。これに対して、「戸籍上の名の変更手続が完了するまでは職場においても戸籍上の名前を使用せよ」と社員に命じるようなことは、会社の職場環境配慮義務違反として損害賠償責任(民法415条、709条)を発生させる場合もありうると思われます。

- 参考文献
- ケーススタディ 職場のLGBT 場面で学ぶ正しい理解と適切な対応
- 編集代表:寺原 真希子、編著:弁護士法人東京表参道法律事務所
- 定価:3,240円(税込み)
- 出版社:株式会社ぎょうせい
- 発売年月:2018年11月

弁護士法人東京表参道法律事務所