東証に上場申請した場合の審査基準は? 形式要件と実質審査基準を解説
ベンチャー当社は、株式会社東京証券取引所(以下「東証」といいます)への新規株式上場(IPO)を検討しています。東証の上場審査は誰がどのような観点から行うのでしょうか。
東証に上場申請をすると日本取引所自主規制法人(以下「自主規制法人」といいます)の上場審査を受けることになります。自主規制法人は、東証から自主規制業務の一つとして上場審査業務を受託し、上場申請会社に対する審査を行っています。自主規制法人が行う上場審査は、新規に上場を希望する企業や金融商品の上場適格性について、上場審査基準に基づいて審査するものです。上場審査基準としては、投資者保護の観点から、上場会社として備えておくべき定量的基準である「形式要件」、および定性的基準である「実質審査基準」が定められており、有価証券上場規程等において公表されています。実質審査基準は上場審査の中心となるものです。
解説
上場審査とは
上場審査の目的
上場とは、発行体が発行する有価証券等が金融商品取引所において不特定多数の投資者によって売買されるようになることをいいます(「新規株式上場(IPO)の意義、効果、各市場の特徴」参照)。市場において投資者が安心して取引することを可能とするため、上場株式には、当該株式の価格が適切に常時表示されること(価格表示)、および当該株式が常時売買可能であること(流動性確保)が求められることになります。
これらの上場株式に求められることが満たされているかを確認するために、東証では、基準を設けて上場審査を行っており、それぞれの市場における形式要件および実質審査基準を、東証が定める有価証券上場規程(以下「上場規程」といいます)において規定しています。実質審査基準については、その必要な事項が「上場審査等に関するガイドライン」で詳しく定められています。
- プライム市場:上場規程211条
- スタンダード市場:上場規程205条
- グロース市場:上場規程217条
- プライム市場:上場規程213条、上場審査等に関するガイドラインⅢ
- スタンダード市場:上場規程207条、上場審査等に関するガイドラインⅡ
- グロース市場:上場規程219条、上場審査等に関するガイドラインⅣ
誰が上場審査を行うのか
上場審査を行うのは、日本取引所自主規制法人です。
株式会社日本取引所グループ(以下「日本取引所グループ」といいます)では、その傘下に、金融商品取引所の市場運営会社である東証および株式会社大阪取引所と、自主規制業務を行う日本取引所自主規制法人を設ける組織体制をとっています。これは、金融商品取引所の自主規制業務を両取引所とは別の法人格を有する自主規制法人が遂行することで、自主規制機能の独立性を強化するとともに、持株会社を活用することで市場運営会社と自主規制法人の適切な連携による自主規制機能の実効性確保を図ることを目的とするものです。
自主規制法人の独立性を担保するための枠組みとしては、自主規制法人の業務遂行における最上位の意思決定機関である理事会は過半が外部理事により構成され、意思決定においても独立したガバナンス体制が機能する仕組みが採用されていることなどが挙げられます。東証と自主規制法人は連携して常に必要な情報を共有しますが、自主規制法人の業務遂行は、自主規制法人が独立して中立的な審査を行い、その審査結果に基づき、東証が承認または処分その他の措置等を行うこととされています。
実務においても市場運営会社である東証と自主規制法人の機能分担が図られており、東証は、自主規制法人に委託した業務を除く金融商品市場の開設に係る業務全般を行い、上場制度、開示制度の企画立案に加え、上場会社との窓口として各種の相談対応・助言、変更上場等の上場有価証券に関する諸手続等を行っています。
一方、自主規制法人は、東証から委託された自主規制業務を実施しています。上場規程において、東証が上場審査をはじめとする自主規制業務を自主規制法人に対して委託する旨の規定が置かれています(上場規程3条)。
自主規制業務は、金融商品取引法(以下「金商法」といいます)および「金融商品取引所等に関する内閣府令」に基づき定義されており、上場規程において具体的な取扱いが定められています 1。とりわけ新規上場に関しては、上場規程第2編第2章の規定に基づく「新規上場」、上場規程第2編第3章の規定に基づく「新株券等の上場及び市場区分の変更」に各規程が置かれています。
自主規制業務の内容・機能
「自主規制業務」の内容は、調査、審査、処分の決定だけでなく不正の未然防止など多岐にわたり、その対象も上場会社、上場を希望する会社、証券会社や投資者の取引など広範に及んでいます。自主規制業務は、株式取引をはじめとした金融商品取引の市場運営を行っている取引所が本来的に備えている不可欠な機能であり、金商法84条2項および金融商品取引所等に関する内閣府令7条各号においても自主規制業務の内容が明文化されています。
自主規制業務は、投資者からの金融商品市場に対する信頼確保を目的とし、有価証券の価格発見機能および公正・健全な資金調達の場の提供等、その役割を果たすための取引所機能の根幹であり、市場の規律を保つための「品質管理」の機能を有するものと考えることができます 2。とりわけ、上場審査は申請会社の上場適格性を判断し、市場に適格性を有さない者が入ってこないようにするゲートキーパー的な役割があるといえるでしょう。
上場審査基準
形式要件
(1)概要
「形式要件」とは、主に申請会社の定量的な側面を形式的に確認する基準であり、株主数および流通株式など主に株式の流動性確保のための基準や企業の規模に関する基準のほか、時価総額・純資産額・利益の額等の企業規模に関する基準によって構成され、各市場のコンセプトが反映されています(下表参照)。
形式要件の概要
形式要件(項目) | プライム | スタンダード | グロース | |
---|---|---|---|---|
流動性 | 株主数 | 800人以上 | 400人以上 | 150人以上 |
流通株式数 | 20,000単位以上 | 2,000単位以上 | 1,000単位以上 | |
流通株式時価総額 | 100億円以上 | 10億円以上 | 5億円以上 | |
時価総額 | 250億円以上 | − | − | |
ガバナンス | 流通株式比率 | 35%以上 | 25%以上 | 25%以上 |
経営成績 財政状態 |
利益の額 または売上高 |
最近2年間の経常利益の総額25億円以上 または 最近1年間の売上高 100億円以上かつ、時価総額1,000億円以上 |
最近1年間の 経常利益 1億円以上 |
− |
純資産の額 | 50億円以上 | 正 | − | |
その他 | 事業継続年数 (取締役会設置) |
3年以上 | 3年以上 | 1年以上 |
公募の実施 | − | − | 500単位以上 |
(2)上場規程上の位置付け
申請会社が自主規制法人による上場審査を受けるにあたっては、当該形式要件を充足していることが前提となっており、形式要件とはいわば上場申請のための足切り基準ともいえるものです。スタンダード市場への新規上場における形式要件は、上場規程205条において規定されています 3。
(3)主な特徴
スタンダード市場の形式要件は、当該市場の「公開された市場における投資対象として一定の時価総額及び流動性を持つ」というコンセプトから、上場会社としての基本的な水準が設定されています。スタンダード市場の形式要件は、「多くの機関投資家の投資対象になりうる規模の時価総額及び流動性を持つ」とされるプライム市場の形式要件よりも緩やかに設定されており、「高い成長可能性」を前提に企業規模および株式の流動性は相対的に低いことが許容されているグロース市場の形式要件より高く設定されています。
特に、市場間で明確に異なる点としては、利益の額の基準の有無です。上場を目指す会社にとっては、当該基準がどの市場を目指すのかを決める分水嶺になっています。プライム市場およびスタンダード市場においては、一定の利益が出ていることが要件となっているのに対し、グロース市場においては利益の額の基準は設定されておらず、いわゆる赤字上場も許容されている基準となっている点が大きな特徴といえるでしょう。
実質審査基準
(1)概要
実質審査基準とは、形式要件に適合する申請会社を対象として、定性的な側面を確認する基準であり、自主規制法人の上場審査の中心となるものです。
実質審査基準に列挙されている各基準は、公益または投資者保護上の観点から必要となる審査項目の例示列挙であり、基準外でも、一般株主目線で考えた場合に問題となる事象は、自主規制法人の上場審査の対象となり、上場審査の観点から否定的な判断につながることもあり得るとされています。
実質審査基準は、上場会社として必要とされる5つの適格要件で構成されており、各適格要件に適合するか否かを判断する観点が「上場審査等に関するガイドライン」において規定されています。実際の上場審査では、申請会社が東証に提出する「新規上場申請のための有価証券報告書」(「Ⅰの部」および「Ⅱの部」)に記載された内容および申請会社に対するヒアリング等を通じて、実質審査基準の適合状況が判断されることとなります。
実質審査基準の概要
プライム | スタンダード | グロース |
---|---|---|
企業の継続性および収益性 | 事業計画の合理性 | |
継続的に事業を営み、かつ、 安定的かつ優れた収益基盤を 有していること |
継続的に事業を営み、かつ、 安定的な収益基盤を有していること |
事業計画を遂行するために必要な 事業基盤を整備していること、 または整備する合理的な見込み のあること |
企業経営の健全性 | ||
事業を公正かつ忠実に遂行していること | ||
企業のコーポレート・ガバナンスおよび内部管理体制の有効性 | ||
コーポレート・ガバナンスおよび内部管理体制が 適切に整備され、機能していること |
コーポレート・ガバナンスおよび 内部管理体制が、企業の規模や成熟度等に 応じて整備され、適切に機能していること |
|
企業内容等の開示の適正性 | 企業内容、リスク情報等の開示の適切性 | |
企業内容等の開示を 適正に行うことができる状況にあること |
企業内容、リスク情報等の開示を 適切に行うことができる状況にあること |
|
その他公益または投資者保護の観点から東証が必要と認める事項 |
(2)上場規程上の位置付け
スタンダード市場への新規上場における実質審査基準は、上場規程207条および上場審査等に関するガイドラインのⅡにおいて規定されています。
(3)主な特徴
実質審査基準は、上場会社として必要とされる5つの適格要件で構成されており、市場の特色に合わせて基準が異なっています。
たとえば、プライム市場およびスタンダード市場では、企業の継続性に加えて収益性、つまり将来にわたって利益を計上し続ける見込みがあることを実質的に求めている一方、グロース市場では、赤字であっても成長可能性があれば上場できるため、収益性は要件とされておらず、将来の事業計画に合理的な見込みがあることを求めています。
また、グロース市場は他市場に比較して相対的に投資のリスクが高い市場であることから、上場会社による企業内容、リスク情報等の適切な開示がよりいっそう重要と考えられ、当該基準が実質審査基準の冒頭に掲げられていることからも、自主規制法人の上場審査において重視されていると考えられます。
上場審査基準への不適合があった場合の対応
今回は自主規制法人の上場審査について、その位置付けと上場審査基準について確認いたしました。上場を目指すにあたっては、各市場のコンセプトと自社の足下の状況を念頭に置いて、上場時までに形式要件を充足できる見込みがあるかを踏まえて目指す市場を決定する必要があります。
また、実質審査基準への不適合が認められる場合には、その改善には一定の期間が必要となることがあります。改善のために要する期間は不適合の内容によって変わりますが、数か月の期間で足りる場合もあれば、申請期を後倒しすることを余儀なくされることによって1年以上期間を要する場合もあります。このため上場を目指す会社としては、可能な限り事前に、主幹事証券会社や上場支援の専門家とともに実質審査基準の適合状況を確認し、問題が発見された場合には抜本的な解決を図っておく必要があります。
申請会社の上場申請後、審査上の問題が発見された場合、申請会社が上場申請を辞退する実務になっていますが、裁判所の判決のように対外的に結果と理由が示されるわけではないため、上場審査上の問題解決には一定の知見と経験が必要となります。上場を目指す会社においては、主幹事証券会社、監査法人、弁護士やコンサルタント等の上場支援の専門家を上手く活用し、上場審査上の問題を上場申請前に解決しておくことが望ましいでしょう。
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厳密には、金商法117条1項4号において、「有価証券の売買に係る有価証券の上場及び上場廃止の基準及び方法」を金融商品取引所の業務規程において定めることが求められています。これを受けて東京証券取引所業務規程1条の3第4項において、「有価証券の上場、上場管理、上場廃止その他上場有価証券に関する事項は、有価証券上場規程をもって定める」と定められています。 ↩︎
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東京証券取引所「自主規制業務のあり方に関する特別委員会報告書」(2005)参照。 ↩︎
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有価証券上場規程施行規則212条では各形式要件の取扱いが規定されています。 ↩︎

鳥飼総合法律事務所