タイのスタートアップ企業への出資・買収におけるスキームの設計と法務デューディリジェンスの留意点

国際取引・海外進出
細川 怜嗣弁護士 森・濱田松本法律事務所 シンガポールオフィス パヌパン・ウドムスワンナクン 森・濱田松本法律事務所 バンコクオフィス

 タイのスタートアップへの出資や買収を検討していますが、スキームの検討や法務デューディリジェンスの際に留意すべきポイントを教えてください。

 スキームの検討にあたって、まずは対象スタートアップ企業の事業が、外資規制の適用対象となる事業であるかを検討する必要があります。外資規制の適用対象となる事業を営んでいる場合、外国人事業許可等を取得しない限り、外国人が保有できる株式の割合に制限がかかり、株式の半数以上を保有したりすることができません。
 また、タイのスタートアップ企業の法務デューディリジェンスの際によく発見する典型的なポイントとしては、株式関係書類の不備、許認可の不備、雇用契約の不備、 知的財産権の所有権の帰属および 創業者からの個人ローン等が挙げられ、これらのポイントに注視しつつ調査するべきものとなります。

解説

目次

  1. 急成長を遂げるタイのスタートアップ市場
  2. スキームの設計の留意点:外資規制
  3. 法務デューディリジェンスの際によく発見する5つの問題点
    1. 問題点 1 株式関係書類の不備
    2. 問題点 2 許認可の不備
    3. 問題点 3 雇用契約書の不備
    4. 問題点 4 知的財産権の所有権の帰属
    5. 問題点 5 創業者からの個人ローン

急成長を遂げるタイのスタートアップ市場

 TECHSAUCEによれば、タイのスタートアップを対象とする出資・買収案件について、2012年では4件、投資金額の合計も約260万ドルに過ぎなかったところ、2021年には58件まで増え、投資金額の合計は約3億2000万ドルまで増えています 1。急激な成長を遂げている市場の1つといえます。

 特にFlash Express(運送業)やBitkub(暗号資産交換所)といったユニコーン級のスタートアップもタイから誕生しており、タイのスタートアップ業界への期待も高まってきています。

スキームの設計の留意点:外資規制

 出資および買収スキームを検討するにあたって、まず検討すべき事項としては外国人事業法における外資規制があげられます。

 外国人事業法上、タイにおいて、「外国人」が一定の規制業種を行うには、原則として外国人事業許可等が必要とされており、この「外国人」の定義には、資本を構成する株式の50%以上を外国の会社が保有しているタイ法人も含まれます。規制対象となる事業は、外国人事業法の別表1~3のリストに掲げられた事業となります。

別表 対象事業の概要
別表1の事業 外国人が営むことができない事業が9業種あげられています。特に土地売買が含まれている点に注意を要します。
別表2の事業 国家の安全、伝統芸術の保護育成および天然資源・環境の保護のために、外国人が原則として営むことができない事業が13業種あげられています。

特に国内輸送(国内陸上・海上・航空運輸および国内航空事業)が含まれている点に注意を要します。
別表3の事業 タイの国内産業の競争力が不十分であるために、外国人が原則として営むことができない事業が21業種挙げられています。

サービス業を中心にさまざまな業種が挙げられており、特に注意すべき点は、21項に「その他サービス業」というキャッチオール規定が設けられている点です。一般的にSoftware-as-a-serviceやアプリケーションの提供は「その他サービス業」に該当すると思われます。

別表3の事業については、外国人事業委員会(Foreign Business Committee)の承認に基づく商務省事業開発局長(Director-General, Department of the Business Development)の外国人事業許可を受けた場合には、例外的に「外国人」でも営むことができます。

 外資規制の対応策としては、外国人事業許可の取得の他に、Board of Investment(BOI)投資奨励を取得したうえで外国人事業証書を取得するという手段もあります。BOIはタイの投資奨励機関であり、投資奨励法に基づき、国内外の企業に恩典を与えることにより投資奨励を行っています。

 一定の事業が対象となりますが、基本的に要件を充足すれば外国人事業法の外資規制の適用除外の恩典等が認められます。特にこの恩典を受けられる事業の一つとして「ソフトウェア開発、デジタルサービス用プラットフォーム又はデジタルコンテンツ事業」というカテゴリー(類型5.10)があり、スタートアップ企業に活用される余地が大きいと思われます。

 以上はいわば外資規制に対する正攻法の対応となります。

 他方で、特に外国人事業許可・BOI投資奨励のいずれも取得が困難であることが見込まれる場合に、前記のような外資規制の適用を回避すべく、そもそも「外国人」に該当しない形にするために株主構成を工夫するといった複数のストラクチャ上の工夫が試みられています。

 ストラクチャを検討するにあたっては、支配権確保、経済的持分や外資規制の潜脱とみなされるリスク等を総合的に判断したうえで設計する必要があり、事案に応じて法律専門家等と相談しながら設計していくべきものとなります。

法務デューディリジェンスの際によく発見する5つの問題点

 タイの企業への出資や買収を検討するにあたっては、各種デューディリジェンスを実施し投資対象先の問題点の有無等を事前に確認するステップを踏むのが一般的ですが、特にスタートアップ企業への投資においては、トラックレコードが無いことや法的な整備がしきれていないことも多いです。その中でも特に発見されることが多い問題点について、以下で触れます。

問題点 1 株式関係書類の不備

 スタートアップ企業に必ずしも限った話ではありませんが、株式関係書類の不備が発覚するケースが多いです。特に、タイの民商法典上、タイの非公開会社には株主名簿を作成し、保管する義務があるものの、会社において適切な株主名簿を作成していないケースが非常に多いというのが実情です。

 また、タイの民商法典上、タイの非公開会社は株主に対し株券を交付する必要があります。日本と異なり、タイ法上、株券に有価証券性はなく、株主・株式数等を証明する一種の証拠証券(権利自体が証券と一体となっているものではなく、あくまでも証券は一定の事実を証明する書類にすぎない)とされており、株券が発行されていたとしても、その株式譲渡は株券の引渡しや裏書によって有効となるものではありません。

 また、タイ法上、株式の譲渡が有効に成立するためには、譲渡当事者間で株式譲渡証書(Share Transfer Instrument)を締結する必要がありますが、スタートアップ企業の過去の株式譲渡については、この株式譲渡証書を作成しないで譲渡を済ませたこととしているケースがまま見受けられ、法的に評価すると現株主の株式の所有権に疑義があるようなケースも散見されます。対応方法はケースバイケースとなるものの、新たな投資家としては、まずは株式関係書類の不備の是正を取引実行の前提条件として求めることが考えられます。

問題点 2 許認可の不備

 タイのスタートアップが必要な許認可を取得していないという問題も、法務デュー・ディリジェンスにおいて発見されることがあります。

 特に電子商取引関連の許認可や(FinTechの会社の場合)タイ中央銀行関係の許認可を取得していないような場合、罰金だけでなく取締役への禁固刑等もあり、買収者や出資者が取締役を派遣する前にこれらの許認可の不備を是正してもらうことが安全です。

 特にスタートアップ企業においては、当該許認可を適切に保有しており当該許認可の必要な事業を行えることがすなわち企業価値そのものである場合も多く、そのような事業の根幹をなすような重要な許認可については、その取得完了を取引実行の前提条件とするべきケースが多いです。

問題点 3 雇用契約書の不備

 タイのスタートアップ企業は従業員との間に書面での雇用契約を締結していないことが多くあります。書面による雇用契約の締結は法令上必須とはなっていないため、雇用契約書の不存在自体には問題はありませんが、書面の雇用契約書がない場合、新たな投資家としては現従業員との間の就労条件や取り決めを正確に確認することが困難となります。

 また、創業者や役員と対象会社との間の雇用契約も締結していないことが多くあります。上記と同様に、雇用契約書の不存在自体には問題がないものの、創業者や役員の雇用条件の確認が困難となり、高額な報酬の約束等が無いかといった点での確認が難しいケースがあるので注意が必要です。

 雇用契約が締結されていない場合、出資および買収を機に、現状および今後の雇用条件を明確する目的で新たな雇用契約を交渉・締結することを取引成立の前提条件とすることもあり得ます。

問題点 4 知的財産権の所有権の帰属

 日本の場合、プログラムの著作物を除き、雇用主である法人の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物で、その法人等が自己の著作の名義の下に公表するものの著作者は、その作成時における契約、就業規則その他に別段の定めがない限り、雇用主となるとされています。

 また、雇用主の発意に基づき従業員が職務上作成するプログラムの著作物の著作者も、その作成時における契約、就業規則その他に別段の定めがない限り、その雇用主のものとされています。このように、職務著作権を雇用主に帰属させることは世界的に見ても多数派と思われます。

 他方で、タイの場合はその逆となっています。すなわち、タイでは、雇用の過程において従業員により創作された著作物の著作権は、文書による別段の合意がない限り、著作者自身に帰属することとなっており、雇用者は、雇用の目的に従い、その著作物を公衆に伝達する権利のみをもちます。

 つまり、タイの場合、別段の合意がない限り、従業員が創作した著作権は従業員に帰属することとなります。上記の雇用契約書の不備の現状を踏まえると、従業員が創作した著作権が対象会社に帰属しておらず、従業員に帰属しているといった事態が生じている可能性がありますので注意が必要です。

 そのような場合、対策の一例として、たとえば就業規則を変えてこの点を明確にすることが考えられます。タイ法においても従業員に不利益な就業規則の変更は従業員の同意が必要なため、出資に当たり対象会社の就業規則・内規を刷新する一環として、従業員の同意をとりつつ、知財の会社帰属について就業規則で明確化する変更を加えるといった対応が考えられます。

問題点 5 創業者からの個人ローン

 タイのスタートアップ企業の多くは、初期段階において、創業者からローンを引いて事業を回している企業が多くあります。新たな投資家としてタイのスタートアップ企業に出資した場合、投資資金が当該創業者への返済などに回されないよう、事業拡大の目的で用いるといった資金使途・用途を限定・拘束する必要があります。また、対象会社の運用資金の出所を確認し、その返済のタイミングや返済スケジュールや順位等も予め合意しておくことが望ましいです。

 このように、タイのスタートアップ企業への出資を検討する際に、タイの外資規制について特に留意する必要があるとともに、法務デュー・ディリジェンスの際には、少なくとも上記で紹介したポイントについて特に留意する必要があります。

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