ベトナムで労働者と使用者間の紛争が生じた場合に利用すべき労働問題解決制度

国際取引・海外進出
盛 一也弁護士 明倫国際法律事務所

 ベトナムで労働者と使用者の間で紛争が生じた場合には、どのような手続を利用することができるのでしょうか。

 労働者と使用者間の紛争は、自社内の紛争解決制度や行政・司法制度を用いて最終的に解決することができます。それぞれの方法のメリット・デメリットを理解したうえで、それらの方法を用いることが重要となります。

解説

目次

  1. はじめに
  2. 行政による紛争解決手法 - 労働不服申立制度
  3. 司法による紛争解決手法 - 労働紛争制度
    1. 概要
    2. 個人労働紛争
    3. 集団労働紛争
    4. ストライキ等について
    5. 労働調停・労働仲裁手続について
  4. ベトナムにおける制度利用の状況

はじめに

 労働者と使用者の間で紛争が生じた場合、法律に定められている労働紛争の解決制度を利用する前に、自社内の紛争解決制度を利用することが一般的です。しかし、社内の紛争解決制度は、就業規則などの社内規則によって定める必要があるため、会社によって存在しない場合もあります。したがって、社内の紛争解決制度は必ず利用できるものではなく、その場合は法定の紛争解決手法を利用する必要が出てきます。

 ベトナムにおいて労働者・使用者間の労働紛争を解決するための制度は、労働法および政令145/2020/NĐ-CP号や政令24/2018/NĐ-CP号をはじめとする法規範文書に定められています。
 法律等により利用できる労働紛争解決の方法には、「労働不服申立制度」と「労働紛争制度」があります。概要として、労働不服申立制度は行政機関を利用するものであり、労働紛争制度は司法機関である裁判所等を利用するものになります。紛争の最終的な解決は裁判所による判断が必要ですが、使用者側の違反が明らかである場合には、簡易的に行政による労働不服申立制度を用いることが、一般的です。

行政による紛争解決手法 - 労働不服申立制度

 労働不服申立制度とは、雇用者の決定や行為が労働法に違反し、労働者の正当な権利と利益を侵害していると認められる合理的な理由あるときに、被雇用者、研修者、または被試用者(試用期間中の労働者)が法令で指定された手順に従って、労働に関する申立を解決する権限を有する者に対して当該決定・行為の審査を求める制度であり、2度の機会がある手続をいいます(政令24/2018/NĐ-CP号3条1項)。

 不服申立解決権限を有する機関は、使用者がその会社の本拠を置くところの行政機関である労働傷病兵社会省の労働監査(Thanh tra lao động)(政令24/2018/NĐ-CP号15条)になります。手続としては、被雇用者等は労働監査への不服申立を行う前に、雇用者に不服を申し立てなければなりません。その際に労使で合意できたとしても、その合意に不服があれば労働監査に申し立てて争うことが可能です。

 1回目の労働不服を申し立てる際に、労働者は、使用者の違反行為・決定を申立書に明記し、必要な書類・証拠を添付し、労働監査に対して提出する必要があります。使用者は、解決期間内に申立書に書かれた内容を確認し、必要に応じて労働者との対話を行います。ただし、対話の開催は強制ではありません。この対話で解決しない場合には2回目の労働不服申立の手続に移行することになります。

 2回目の労働不服申立については、1回目の不服申立による解決と異なり、労働監査は使用者・労働者の対話を行うことが必須とされます(政令24/2018/NĐ-CP号30条)。この手続は、訴訟に比べて簡易迅速に利用できるものです。しかし、申立人(労働者側)は、労働監査による不服申立の解決結果に不満がある場合には、民事訴訟手続により、さらに裁判所に対してその判断を争うことが可能であり、労働不服申立では終局的な解決ができません。

司法による紛争解決手法 - 労働紛争制度

概要

 労働紛争は、労使関係の成立・実施または終了の過程において各当事者間に発生する権利・義務および利益に関する紛争や、労働者代表組織同士の間の紛争、労使関係と直接の関係から発生する紛争をいいます(労働法179条1項)。すなわち、労使間紛争であっても、労使関係の成立・実施または終了の過程と関連しないものは含まれません。
 たとえば、使用者と労働者の間に労務と関係しない不法行為や、使用者と労働者に結ばれた労務と関係がない売買契約に関する紛争等については労働紛争にあたらず、労働法に基づく紛争解決制度を利用できません。なお、このような紛争は民法の規定に基づき解決されます。

 労働紛争の解決に関しては、個人労働紛争と集団労働紛争を次のように区別しています。

個人労働紛争

 個人労働紛争とは、労働者・使用者間や、契約により労働者を外国に送り出した企業・組織間、派遣労働者と派遣労働者の使用者との間の労働争議をいいます。よくある個人労働紛争は、解雇や労働契約の一方的な終了に関する紛争です。

 個人労働紛争解決の管轄は、省級人民委員会長によって任命される労働調停人(労働傷病兵社会省のホームページに名簿掲載があります 1)、省級人民委員会長によって任命される労働仲裁評議会(任命決定公開があります 2)、および人民裁判所です(労働法187条)。原則として、労働仲裁や裁判所に持ち出す前に、労働調停人による解決を経なければなりませんが、次の紛争は、直接的に労働仲裁または裁判所に訴えることが可能です(労働法188条1項)。

a) 解雇の形式に従った労働規律処分、または一方的労働契約の終了の場合に関する紛争

b) 労働契約が終了した際の損害、手当の賠償に関する紛争

c) 家事手伝人と使用者(家主)との間の紛争

d) 社会保険に関わる法令の規定に従った社会保険に関する紛争、医療保険に関わる法令の規定に従った医療保険に関する紛争、雇用保険に関わる法令の規定に従った失業保険に関する紛争、労働安全衛生に関する法令の規定に従った労働災害、職業病の保険に関する紛争

e) 労働者と、契約に従って労働者を外国で働くように送り出した企業、組織の間の損害賠償に関する紛争

f ) 派遣労働者と労働派遣受入先使用者との間の紛争

集団労働紛争

 集団労働紛争とは、1つもしくは複数の労働者代表組織と、使用者または1つもしくは複数の使用者組織との間の権利や利益に関する労働争議をいいます。よくある集団労働紛争は、使用者による社会保険の納付(不納や納付遅滞等)に関する紛争や、給与・賞与の支払い(未払いや遅滞等)に関する紛争、集団交渉において発生する紛争です。個人労働紛争と集団労働紛争では、解決管轄や手続が異なるため、注意する必要があります。集団労働紛争は、以下の2種類に分けられています。

  • 権利に関する集団労働紛争
    使用者による社会保険の納付(不納や納付遅滞等)に関する紛争や、給与・賞与の支払い(未払いや遅滞等)に関する紛争はこのタイプに属します。

  • 利益に関する集団紛争
    集団交渉において発生する紛争はこのタイプに属します。

 権利に関する団体労働紛争は、1つもしくは複数の労働者代表組織と、使用者または1つもしくは複数の使用者組織との間で、以下の場合に発生するものです(労働法179条2項)。

a) 集団労働協約・就業規則・規則の規定およびその他の合法的合意の理解、ならびにその実施に関する相互の違いに関する紛争

b) 労働に関する法令の規定の理解および実施に関する相互の違いに関する紛争

c) 使用者が労働者・労働者代表組織の指導委員会の構成員に対して、労働者代表組織の設立・加入・活動を理由とした取扱の差別をすることや、労働者代表組織への干渉・操縦をすることについての紛争および善意の交渉に関わる義務への違反に関する紛争

 一方、利益に関する団体労働争議は以下の2つの種類からなります(労働法179条3項)。

a) 団体交渉の過程において発生する労働紛争

b) 一方の当事者が交渉を拒否するまたは法令の規定する期限内に交渉を実施しないことに関する紛争

 大まかに言うと、特定の明文規定(法令もしくは社内規則)に関するものかどうかによって集団労働紛争を分類することになります。後者の、利益に関する集団労働紛争は、特定の規範に関するものではないため、裁判所での解決は得策ではなく、当事者の話し合いのみによって解決することができると考えられています。このため、利益に関する集団労働紛争の解決管轄は、労働調停人および労働仲裁評議会だけに与えられています(労働法195条1項)。他方で、権利に関する集団労働紛争は裁判所でも解決され得るものです(労働法191条1項)。
 ただし、権利に関する労働紛争も利益に関する集団労働紛争も例外なく仲裁や裁判所に持ち出す前に労働調停を行わなければなりません(労働法191条2項、195条2項)。これは、個人労働紛争と異なる点です。

ストライキ等について

 利益に関する集団労働紛争を解決する際に、労働者(集団)は以下の場合において、労働法に定められる手続に従い、ストライキを行うことができます。

  • 調停不成立、あるいは調停期間が満了したとしても調停人が調停を実施しない場合
  • 労働仲裁廷が設立されない、もしくは設立されたが争議解決決定を出さない、あるいは使用者である紛争当事者が労働仲裁廷の争議解決決定を実施しない場合

 ただし以下のストライキは合法的なものと認められません(労働法204条)。

(1)上記に列挙した場合に該当しないストライキ

(2)ストライキを組織・指導する権利を有する労働者代表組織によらないストライキ

(3)労働法の規定に従った実施手順・手続の各規定に違反するストライキ

(4)権限を有する機関・組織・個人が、労働法の規定に従って団体労働争議の解決実施を継続中である場合のストライキ

(5)ストライキができない場合に行われるストライキ

(6)権限を有する機関が延期または停止決定を出した場合に行われたストライキ

 (5)のストライキができない場合とは、ストライキが国防・公共の安寧・秩序・人の健康に脅威を与える職場に対して行われるストライキをいいます(労働法209条)。
 なお、労働傷病兵社会省の2019年9月12日付報告書によれば、1995年から2018年にかけて毎年約250件のストライキが行われていますが、そのほとんどは合法的ではないとされています(たとえば、労働組合に指導されていないこと、法定手順に従っていないことなどが原因です)。

労働調停・労働仲裁手続について

 裁判手続は民事訴訟法に定められていますが、労働調停および労働仲裁手続は労働法に定められています。労働調停および労働仲裁には、一般的な調停や仲裁手続と異なるところがありますが、調停や仲裁の基本原則(たとえば、当事者の意志・合意を重視する原則や非公開原則など)を堅持しています。
 調停人は、あくまで解決案を提案し、当事者(使用者と労働者)を納得させ、当事者の合意を得たうえで調停決定を出すに過ぎません。一方、仲裁人は、当事者が同意しなくても仲裁判断を下すことができる点が異なります。

 このように、労働調停と労働仲裁手続との間には大きな違いがありますが、調停決定や仲裁決定には強制執行力がなく、終局的な解決を期待できないという特徴は共通しています。労働法188条7項、189条5項、193条6項によれば、調停決定や仲裁決定が下されたとしても、当事者の一方が履行しない場合、他方の当事者は、裁判所に紛争を持ち出すことができると規定されています。換言すると、調停決定や仲裁決定が下された後、当事者の一方がそれを履行しなくても、強制執行の余地がないということです。

 このような特徴から、調停や仲裁による解決の仕組みは、実際にはあまり利用されていません。労働傷病兵社会省の2017年労使関係報告書によれば、調査された18区・県では、個人労働紛争の調停は、毎年3から4件しかありません。またその中で、不成立となった調停は4割ほどあるとされています。加えて、集団労働紛争の仲裁は、労働法が定められて以来、1件もありません 3。この制度の導入はILO(国際労働機関)の勧告を受けて定められたものに過ぎないと考えられています。

 このように、労働調停や労働仲裁手続が活用されない原因は複数ありますが、たとえば、前記の行政による紛争解決手法を用いたり、法律に定められる調停や仲裁とは別に解決の仕組みがあることが、その理由の1つにあげられます。また集団労働紛争が発生する場合、労働者が集団的に欠勤する傾向があるため、行政機関である人民委員会などは、労使関係の悪化(およびそれに伴い当該地方の経済・社会安全に影響を及ぼすこと)を防ぐために、問題のある会社に(関係する分野の公務員・職員からなる)作業組を派遣し、和解へ導くことが多いようです。加えて、労働調停や労働仲裁手続は、決定・判断の執行の実現性について、強制執行の余地がないことからも疑問が残るため、利用されていないとされています。このように、労働調停・労働仲裁手続を行うことの効率が高くないため、労働調停を強制的に利用しなければならない場合に該当しないのであれば、直接的に裁判所で訴えた方が早いと考えられます。

ベトナムにおける制度利用の状況

 裁判所に提起された労働事件では、労使関係の終了(解雇処分や労働契約の一方的終了)に関するものが最も多いです(毎年、約4分の1を占めています)。たとえば、2018年に受理された3665件の事件のうち、労使関係の終了に関するものは26%を占めています 4。また、2019年に受理された2395件の事件においては、労使関係の終了に関するものは28.6%を占めています。そして、2020年に受理された4067件の事件においては、労使関係の終了に関する事件は23.2%を占めています 5。こうした状況は、労使関係の終了に関する紛争において必ずしも労働調停手続を経る必要がないため、相手による任意的な執行の可能性が明らかでない場合、すぐに裁判所に訴えられることが影響していると考えられます。

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