タイ法では電子署名は有効か?タイで電子契約を行う際に注意するべきポイントは?

国際取引・海外進出
細川 怜嗣弁護士 森・濱田松本法律事務所 シンガポールオフィス パヌパン・ウドムスワンナクン 森・濱田松本法律事務所 バンコクオフィス

 新型コロナウイルスの影響は少しずつ減っていますが、タイへの出張を頻繁に行うことはまだ難しい状態です。そこで、タイの取引相手との契約について、いわゆる電子署名・電子契約での締結を検討しています。

 また、タイの子会社の取締役会も日本とタイのリモートで行い、議事録への署名も電磁的な方法でできれば便利だと思っています。

 このような場合にタイ法上留意すべき点は何があるのでしょうか。そもそもタイ法上、そのような署名は契約締結や文書の法的効力として問題はないのでしょうか。

 タイにおいても、電子署名が有効であることは法令上明記されています。ただし、実際に電子署名を活用するにあたっては、一定の類型の文書には用いることができない点、将来的に紛争になった場合の立証責任等の観点から、慎重に方式を選択していく必要があります。

解説

目次

  1. タイ法における電子署名の位置付け
  2. 注意点 1 電子署名が使用できない文書がある
  3. 注意点 2  社印の押印が必要な場合がある
  4. 注意点 3 電子署名の有効性を証明する責任を負う可能性がある(特に将来的な紛争時)
  5. 注意点 4  電子署名者に課されている義務等
  6. おわりに

タイ法における電子署名の位置付け

 タイ法上、電子署名の有効性は Electronic Transactions Act, B.E. 2544(2001)(以下「タイ電子取引法」)により認められています。「電子署名」の定義は広く、たとえば、手書き署名をスキャンしたPDFの写しやタッチスクリーン、スタイラス(いわゆるタッチペン)を用いて作成された署名、および電子契約サービスのアプリケーションを通して作成された署名が電子署名として認められます。

 ただし、以下で紹介する点に注意する必要があります。

注意点 1 電子署名が使用できない文書がある

 電子署名は、取引契約書や従業員との雇用契約書といった各種契約書、取締役会議事録・株主総会議事録等の会社書類(各会議体の参加名簿や議事録への議長の署名)、請求書やレター等のタイの会社の実務において発行する署名を必要とする文書において、幅広く使用可能です。

 ただし、一定の類型の書類については電子署名が使用できない場合があり、留意が必要です。

 たとえば、タイ法上、家族および相続事項に関する文書については、電子署名の使用は法令上明示的に禁止されています。

 また、法律上明示的に禁止されているわけではないものの、実務上、政府機関に登録・提出する必要がある書類についても、電子署名の使用ができません。たとえば、土地局に登録する必要がある不動産賃貸借契約書や土地の売買契約は、現在の実務では、電子署名の文書による登録を土地局が受け付けていません。

 政府機関によっては、自らのシステム上の電子署名しか受け付けない場合もあります。たとえば、タイ商務省(Ministry of Commerce)は一定の書類について電子書類を受け付けていますが、商務省独自のシステム(DBD e-Registration)上の電子署名しか対応できないこととなっており、事実上は活用される場面はまだ限られています。

電子署名が使用可能な
文書類型
取引先との間の取引契約書
従業員との間の雇用契約書
取締役会議事録・株主総会議事録(各会議体の参加名簿や議事録への議長の署名)
請求書、会社として発行するレター
電子署名が使用できない
文書類型
家族および相続事項に関する文書(例:遺言書)
政府機関に登録・提出する書類の一部(土地局に登録する不動産賃貸借契約書、土地売買契約書)

注意点 2  社印の押印が必要な場合がある

 タイの会社においては、タイの会社を法的に拘束する正式な署名として、代表権のある署名権限取締役(Authorized Director)の署名に加えて、社印(Company Seal)の押印まで必要としていることが多くあります(社印の押印が必要かは、会社の登録情報として商務省に登録されます)。

 この点、社印についても電子的な方法での押印も可能であり、タイ電子取引法も電子社印の有効性を認めていますので、電子社印の押印は可能となります。ただ、一般的によく用いられているソフトウェアでは電子社印までは対応されていないこともあるため、会社の署名方法として社印の押印まで必要としている場合には、電子署名とは別に電子社印を捺印することも必要となる点に注意が必要です。

 タイの取引先が電子署名を使う場合にも、手書き署名の場合と同様に、取引先の署名権限を確認したうえで、社印の押印が必要な場合には取引先が社印の押印までされたかをチェックする必要があります。

注意点 3 電子署名の有効性を証明する責任を負う可能性がある(特に将来的な紛争時)

 上記の通り、電子署名の種類は多岐にわたり得ます。将来、仮にその電子署名の有効性が争われた場合には、本来的にはその署名が有効であると主張する当事者が電子署名の有効性を立証する必要が生じるのが原則ですが、例外として、一部電子署名の種類によっては、かかる電子署名の有効性の立証責任が変わってくる可能性があります。

 すなわち、タイ電子取引開発庁(Electronic Transactions Development Agency: ETDA)が公布した「電子署名ガイドラインに関する電子取引のICT規格に関するETDA勧告」によれば、電子署名の方法が「信頼できる電子署名」に該当する場合、当該署名は有効であると法的に推定されるとされています。

 そのため、問題となっている文書への署名が「信頼できる電子署名」に該当すれば、当該署名の有効性を主張する当事者においてその署名が有効であることを立証する責任(立証責任)を負うのではなく、当該電子署名が無効であると主張する契約の相手方等において、電子署名が無効であるという証拠等を用いて「有効でないこと」を立証する必要がある(反証責任を負う)ということになります。

 他方で、「信頼できる電子署名」に該当しない署名については、そのような法的推定が働かないため、その有効性が問題となった場合には、原則通り、当該署名の有効性を主張する当事者が当該署名が「有効であること」を立証する責任を負うことになります。

 上記のタイ電子取引開発庁の勧告では、「信頼できる電子署名」の定義が規定されており、一定レベル以上の身元保証と認証者保証があること、という条件が課されています。具体的には、「信頼できる電子署名」の要件は以下のように定められています。

  1. 署名作成データが、それらが使用される文脈において、署名者にリンクされており、他者にはリンクされていないこと。
  2. 署名作成データが、署名時に、署名者の管理下にあり、他者の管理下に無いこと。
  3. 署名時以降に行われた電子署名の変更が検出可能であること。
  4. その情報の完全性を保証する署名が法令で要求されている場合、署名時以降に当該情報について行われた変更が検出可能であること。

 現時点では、世界的に見て比較的普及している電子署名のアプリケーションであっても「信頼できる電子署名」に該当することを正式に確認した公的な見解や判例は出ていません。しかし、上記の要件を勘案すると、こういったアプリを介して署名者の身元について確認手続を経たものが、ここでいう「信頼できる電子署名」に該当する可能性が相当高いと考えられます。

 他方で、たとえば単純に手書き署名の文書をスキャンしたPDFの写し等はこれには該当しないということになると思われます。

 以上を踏まえると、電子署名は様々な形態があり、タイ法上も幅広く認められているものの、取引先との間等で電子署名により契約を締結する場合には、念のため信頼性やセキュリティ性の高い電子署名のやり方を求めていくことが重要になってくると考えます。また、万が一将来的にその有効性が争われることに備えて、状況証拠を確保しておくことも重要です。たとえば、契約書のPDFのみを保存するのではなく、かかる契約書のPDFが添付されたメール自体も保存するといった対応をした方が無難と考えます。

注意点 4  電子署名者に課されている義務等

 タイ電子取引法上、電子署名の署名者には、一定の義務が課されています。たとえば、署名者には、電子署名作成に使用したデータが不正に使用されないように合理的な注意を払うことや、当該データが漏えいした場合に当該電子署名に依拠したと思われる者に対し通知する義務等が課されています。また、Certificate付の信頼のできる電子署名の場合、Certificateを発行する署名検証者にも電子署名の信頼性を検証するために合理的な手段をとる義務が課されています。

おわりに

 タイ電子取引法自体は施行から20年近く経っており、電子署名の利用を広く認める法令となっていますが、実際に電子署名の必要性や活用の範囲が注目されたのはコロナにおける移動制限等による実務上の必要性から、最近になって注目度が高まったものであり、まだこの分野に関するタイの判例や実務の蓄積は乏しい状況です。

 そのため、特に重要な取引を行うに際して電子署名を利用する場合には、普及しているアプリケーションを用いる、またバックアップとしての記録や関連するやりとりを保存する等、慎重に対応することが得策ではあるように思われます。

この実務Q&Aを見ている人はこちらも見ています

無料会員登録で
リサーチ業務を効率化

1分で登録完了

無料で会員登録する