ベトナムにおける債権回収と債権管理のポイント

国際取引・海外進出
原 智輝 弁護士 明倫国際法律事務所

 ベトナムビジネスにおける債権回収や債権管理において注意すべき点としてはどのようなものがあるでしょうか。

 債権回収においては回収コストを低減させる措置を取引時点で講じておく必要があります。債権管理においては、不履行が生じないよう取引を工夫したり、不払い時に何らかの措置を講じる準備をしておくことが重要です。

解説

目次

  1. はじめに
  2. 債権回収における注意点
    1. 時効
    2. 紛争解決条項
  3. 債権管理における注意点
    1. 支払サイトの管理
    2. 担保措置
    3. デフォルト発生時の初動対応

はじめに

 Covid-19の影響もあり、渡航制限や経済的打撃など様々な要因により、債権回収や債権管理リスクを改めて考え直している企業が増えてきています。売掛金が膨らんでしまい、いざ債権回収に臨もうとしても思わぬ理由により債権回収を断念するケースも少なくありません。本記事では、ベトナムビジネスにおける債権回収について気を付けるべき特に重要な注意点と、注意点から逆算した債権管理のポイントについて解説します。

債権回収における注意点

時効

 第一に注意したいのは時効についてです。日本の消滅時効と異なり、ベトナムでは提訴期間に対する時効が規定されており、同期間の経過(時効の完成)をもって、相手方(債務者)に対する債権回収を目的とした提訴権を失ってしまいます。それだけでなく、商事係争における提訴時効は一部例外を除き、商法(No.36/2005/QH11)319条により2年と短期時効が設定されており、紛争状況が長期化すればするほど、この提訴時効によって、最終的な提訴手段を失うリスクが生じます。

 また時効期間に併せて確認したいのは、時効の更新事由ですが、提訴時効においては、民法(No.91/2015/QH13)157条により、債務者の全部または一部義務の自認または履行、その他和解が成立することが規定されています。そのため、時効の更新を求める場合、債務者に対して請求書/警告書を送り続けたりする例や、話し合いはするものの、その内容が債務の自認や一部履行に結び付かないような例においては、特にこの提訴時効の更新を意識する必要があります。

 このようなことから、債権成立からしばらく経ってしまっており、時効の更新を必要とする場合は、いたずらに請求を繰り返すのではなく、一部弁済を促したり、和解合意を行うことによる、残債務の確認や弁済方法の再確認が必要となります

紛争解決条項

 第二に注意したいのは訴訟手続利用時の負担です。いわゆるコスト倒れによる泣き寝入りをせざるを得ないパターンが少なからず見受けられるからです。特に数十万から百万円台前半の債権が回収できていない場合に顕著です。

 コストの部分に注目すると、まずは契約書上の紛争解決条項を確認する必要があります。紛争解決条項中に記載されるのは、大きく裁判所か仲裁機関による紛争解決になりますが、裁判所である場合は各種資料がベトナム語となり、また仲裁機関である場合は仲裁言語を確認する必要があります。そしてベトナム語、仲裁言語のいずれの場合であっても、契約書や紛争解決機関に提出する予定の資料言語と比較する必要があります。たとえば、契約書は日本語と英語で作成されているものの、紛争解決機関がベトナムの地方裁判所である場合、契約書をはじめとする各種資料をベトナム語に翻訳し、証拠化手続を経なければ、そもそもベトナム裁判所に証拠を提出することができません。翻訳対象資料が膨大である場合は、提訴に加えて翻訳費用が必要となってしまいますので、いわゆるコスト倒れを起こすリスクが高くなってしまいます。

 また、紛争解決条項において、日本の地方裁判所を指定している契約書を見かけることがあります。しかし、本稿の執筆時点において日本の裁判所による判決をベトナムで執行することはできず、このような場合はそもそも債権回収手続自体が取れない(とっても何のメリットもない)という事態に陥ってしまいます。

債権管理における注意点

支払サイトの管理

 債権管理においてまずもって重要なことは可能な限り債権のサイト(支払期日)を自社に有利に設定することです。取引の形態や状況に応じて難しい場面も多いと思われますが、交渉のリソースを割くべきポイントの1つになります。貿易の場面であれば支払確認後に商品を引渡すなど、代金の確保を自社の義務履行に先立たせる必要があります。

 また業務委託に類する契約において、日本では代金の支払いを区切る例が多いとは言えませんが、ベトナムでは受託時において業務委託料の20~50%の支払を受け、完了時に残額を支払うということもよくある条件ですので、様々工夫を凝らして少しでも支払サイトを短く設定したり、代金を先履行(先払い)にする条項を置くことで債権管理の負担を軽減することができます。

担保措置

 債権回収/管理において相手方企業/個人の責任財産は重要なファクターとなります。特にベトナムは経済発展が著しいとは言え、企業や個人が多額の責任財産を擁しているわけではありません。そのため、ベトナムにおける担保制度を活用して十分な責任財産を優先的に確保していく必要があるのです。たとえば売買型の取引の場合、担保制度においてよく用いられるのは所有権留保になります。

 なお、譲渡担保制度はベトナムにはありません。日本法における譲渡担保は抵当権が不動産に用いられ、動産抵当権制度がなかったことから生まれた背景があることに対し、ベトナムでは抵当権が不動産に限らず動産にも用いることができる前提で制度設計されているためです。

 所有権留保を行う場合の注意点は、代金不払いが生じた場合に売買目的物等を速やかに回収できる体制が整っているかどうか、回収した目的物等を第三者に転売することが可能であるかどうかが重要になってきます。これらが困難である売買取引の場合(たとえば、貿易取引における売主かつベトナムに現地法人等を持たない場合)には、代金の先履行を求める方法を検討せざるを得ません。

 その他、保証契約が用いられることがありますが、ベトナムにおける人的担保は企業や個人の責任財産がそもそも日本と比べあまり期待できない点に常に注意しておく必要があります。なお、ベトナムでは日本のような根保証等に関する規制が置かれていないため、保証契約の内容については比較的柔軟に設定することが可能です。

デフォルト発生時の初動対応

 最後に債権管理において、相手方が1度目の不履行に陥った場合の初動について述べます。ベトナムでは上記のような裁判事情に加え、訴訟制度の運用面にまだまだ不透明な部分が残っています。そのため、提訴を前提とした支払督促を行った場合でも即座にこれに応じる債務者は決して多くはなく、むしろ公安などの他の機関からの圧力の方が効果的ともいわれているほどです。その結果、単純に不払いに対して重ねての催告や警告を行うだけではなかなか回収まで至ることは少ないように思われます。

 1度目の不払いが生じた際には、なんらかの防衛措置を講じる必要があります。典型的な方法は契約の解除と取引の打ち切りです。各社様々な取引事情があるとは思われますが、債権回収時点において回収が厳しくなる典型例として、1度目の不払い時に相手方企業/個人の「少し待ってほしい」「来月にまとめて払う」といった言葉から特段対策を講じず、回収すべき債権が膨らんでいくケースが散見されるため、損害を最小限に食い止めるという意味でも、不履行にはすぐに何らかの対応を講じるべきであり、取引先に応じた対応策を取引段階で検討しておく必要があるように思われます。

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