ベトナムにおける労働契約・就業規則・集団的労働協約の使い分けと記載すべき事項

国際取引・海外進出
盛 一也弁護士 明倫国際法律事務所

 ベトナムで労働者を雇用する際に必要となる労働契約、就業規則および集団労働協約の使い分けを教えてください。

 日本と同様に、ベトナム法においても個別的な労使関係については労働契約で定める傾向にあり、一般的な労使関係については就業規則・集団労働協約にて定める傾向にあります。なお、就業規則は、使用者が一方的に定めることが特徴であり、集団労働協約は労使の合意により成立するものです。

解説

目次

  1. はじめに
  2. 労働契約、就業規則および集団労働協約の概要と定める事項
  3. 労働契約、就業規則および集団労働協約に記載すべき具体的な内容
  4. 規定されることが多いその他の事項

はじめに

 ベトナムで事業を展開している外国企業にとって労使間での労働契約の締結が重要なことは言うまでもありません。

 ベトナム法上の労働契約の方式、内容などに関する日本語の論文や記事はある程度見受けられます。そこで、本稿は、前記のような事項ではなく、労働契約の締結上の悩みの1つとしてあげられる、集団労働協約や就業規則と労働契約の内容の使い分けや効力に焦点を当てて、注意点等を解説します。

 なお、ベトナム法における労働契約・就業規則・集団的労働協約の概要については次のとおりです。
 労働契約とは、労使間における労働条件や報酬の支払い等について定める契約であり、労使の合意により成立する点が特徴です。就業規則とは、労働者への周知等の手続が必要となるものの、使用者が一方的に多数の労働者にかかる労働条件や職場規律を定める規則であり、使用者が一方的に定めることができるのが特徴です。集団的労働協約とは、労働者が組織する労働組合と使用者の間で締結される労働条件等に関する合意であり、合意で成立するものの労働契約とは異なり個別の労働者との同意が不要な点が特徴となります。労働契約と集団労働協約が抵触する場合には集団労働協約が優先する(2019年労働法15条2項)とされていますが、就業規則との優先関係については明記されておらず、解釈に委ねられます。

労働契約、就業規則および集団労働協約の概要と定める事項

 まず、労働契約および就業規則の両方とも、法律に従って定めなければならない事項に留意する必要があります。

 2019年労働法21条、および労働傷病兵社会省通達10/2020/TT-BLĐTBXH号3条によれば、労働契約は以下の内容を含まなければならないとされています

  1. 会社名・住所
  2. 労働者氏名・生年月日・性別・身分証番号
  3. 職務内容・勤務地
  4. 労働契約の期間
  5. 賃金レート・支払時期・支払方法・手当その他
  6. 昇給および昇進制度
  7. 勤務時間および休日
  8. 労働者の労働保護器具(業務による)
  9. 社会保険および健康保険
  10. 訓練および研修

 次に、2019年労働法118条および政令145/2020/NĐ-CP号69条によれば、使用者は就業規則を発行しなければならず、10人以上の労働者を使用する場合は、就業規則は書面でなければならないとされています。就業規則の内容は、労働に関する法令および関連を有する法令の規定に反してはならず、次の主要な事項からなります。

  1. 労働時間・休憩時間
  2. 職場の秩序
  3. 労働安全衛生
  4. 職場のセクシャルハラスメントの予防・防止・職場のセクシャルハラスメント行為の処分の手順・手続
  5. 使用者の財産・営業機密・技術機密・知的所有権の保護
  6. 労働契約と異なる業務に一時的に労働者を異動させる場合
  7. 労働者の労働規律違反行為および労働規律処分の形式
  8. 物的責任
  9. 労働規律処分権限を有する者

 続いて、2019年労働法75条以下によれば、集団労働協約は、必要的記載事項が法定されていませんが、当該企業・産業分野に特化する労働法上の労働関係を規律するもののため、基本的に(項目としては)労働契約における条項(職務内容、労働時間・休憩時間、賃金、労働安全保障、保険、研修など)を定めることができるものと考えられています。

 以上のように、集団労働協約・就業規則・労働契約は、その順番どおりに包括的なものから具体的なものを内容として規定するものと大まかに考えることができます。ただし、集団労働協約は、1つの会社にのみ適用され、適用範囲の面で就業規則と同様の適用範囲となる場合があります。この場合にも、集団労働協約は、労働者団体と合意したうえで定められたものであるため、労働者の権利という積極的な面を中心的な内容とするのに対して、就業規則は、労働者団体の意見を参考することがあるものの、使用者の権限で定められるものであり、労働者に対する規律処分という消極的な面を中心的な内容とすると考えられています。

 労働契約は、積極的な面も消極的な面もありますが、特定の労働者に特化したものであり、当該労働者の労働条件に応じて集団労働協約および就業規則の内容を具体化するものといえます。

労働契約、就業規則および集団労働協約に記載すべき具体的な内容

 次に労働契約のそれぞれの必要的記載事項を見ると、上記の①会社名・住所、②労働者氏名・生年月日・性別・身分証番号を除いて、いずれも集団労働協約や就業規則に含め得るものです。そのため、ここではそれぞれの条項の内容を比較します。

 ③職務内容・勤務地については、複数の職務内容および複数の勤務地がある場合に、具体的な労働者につき、どこの勤務地でどの職務内容を働かせるかは個別の労働契約で定めなければならないと考えられます。実際に、職務内容と勤務地は、集団労働協約と就業規則というよりも、労働契約に定めるのが一般的だと考えられていますが、集団労働協約や就業規則に定められることもあり得ます。この場合、集団労働協約や就業規則に定められた内容と完全に重なるのであれば、労働契約で集団労働協約や就業規則における当該条項を引用すれば良いですが、そうでなければ、労働契約で詳細な職務内容と勤務地を定める必要があります

 ④労働契約の期間は、労働契約の絶対的必要事項です。それぞれの労働者に個別に適用される内容であるため、集団労働協約や就業規則に定めるのは通常とはいえません。ただし、集団労働協約や就業規則が労働契約期間の種類が定められることがあり得るものです。

 ⑤賃金レート・支払時期・支払方法・手当その他、⑥昇給および昇進制度は、集団労働協約や就業規則の他に、賃金テーブルにも定められるものです。しかし、集団労働協約や就業規則や賃金テーブルに定められるのは、全体の賃金レート、原則的な支払い時期、一般的な手当、昇給の要件のみにとどまります。具体的な労働関係において、当該労働者の給与額がいくらか、どの手当を受けられるかは、労働契約で定めるものと考えられています。
 他方で、支払い時期や昇給条件・時期について、集団労働協約や就業規則と別途に規定する必要がなければ、集団労働協約や就業規則の規定を参照すれば良いといえます。

 ⑦勤務時間および休日は、上記⑤⑥と同様に、集団労働協約や就業規則に定めたものと異なる場合に、労働契約で詳細に定める必要があります。集団労働協約や就業規則に定めたものと変わらない場合は、労働契約で集団労働協約や就業規則における当該条項を引用すれば良いといえます。
 なお、労働契約で労働時間の上限(法律が定める範囲内で)を明記することが多いとされています。他方で、休暇時間は、勤務中の休憩、週休、有給休暇など様々な種類があるため、集団労働協約や就業規則で定め、それを労働契約に引用するのが一般的です。

 ⑧労働者の労働保護器具は、集団労働協約・就業規則にある労働安全衛生と関係するものもあります。特別な労働器具を要したり、会社が賃貸する特定の器具がある場合、労働契約に明確に記載する必要があります。労働安全衛生と関係なく、特別な労働器具を要さない職務内容の場合、この条文は、労働契約で簡単に記載すれば良いと考えられています。たとえば、「労働者は、会社の共同施設、設備を使用することができる」という文言があれば、法律の要求に合致することとなります。

 ⑨社会保険および健康保険に関する条項は、特別な保険への加入がなければ、「社会保険法の規定に従って社会保険・健康保険に加入する」という簡単な旨だけを労働契約に記載するべきものと考えられています。集団労働協約と就業規則も同様です。むしろ、就業規則の場合、その必要記載事項ではないため、記載されないのが一般的です。

 ⑩訓練および研修についても、労働契約では詳しくは定められないのが一般的です。「法律および当社の規定に従い行われる」という旨を大まかに記載すれば十分です。「当社の規定」というものには集団労働協約や就業規則を含むので、集団労働協約や就業規則にそのような条項があれば(必要的記載事項ではないため、存在しない場合もあります)、当該条項が労働契約の内容に組み込まれます。

規定されることが多いその他の事項

 労働契約の必要的記載条項ではありませんが、規定されることが多い条項として、以下などがあります。

  • 守秘義務条項
  • 競業避止条項
  • 規律処分条項
  • 紛争解決条項
  • 契約更新・終了条項

 守秘義務条項、競業避止条項、規律処分条項、紛争解決条項は、就業規則と密接に関わるため、就業規則の内容を引用することが多いです。守秘義務を負う期間・競業避止義務を負う期間について、それぞれの労働者で個別的に異なるものを定める必要がある場合、それを労働契約に明記すれば良いとされています。契約の更新・終了は、特段の合意がなければ、「法律に従って行われる」という旨を記載すれば良いと考えられています。他方、集団労働協約や就業規則は契約の更新・終了条項を設けないものが多くみられます。
 要するに、労働契約は、労働条件に関する使用者と労働者の間の合意であるため、この合意の内容によって、労働契約に具体的に定める規定が異なることになります。単純労働者の場合、個別に合意される内容がそれほど多くないので、集団労働協約や就業規則の内容を引用するのが一般的です。

 ベトナム労働法は、就業規則を作成する際に、社内の他の規則を引用することを禁止したり、制限するものではありません。そのため、就業規則の変更に伴う再登録を避けるため、実質的な規定を、就業規則本文ではなく、会社の他の規則に置くことが可能です。その結果として、理論上は、使用者が会社規則を勝手に変更して、労働者の権利を減少させても、就業規則を再登録(ベトナムでは、就業規則を当局に登録する必要があり(2019年労働法119条)、登録のために当局から法令違反が疑われる内容の修正等を事実上命じられることがあります)する必要がなく、また、労働契約における労働条件が変わったとしても、問題にはなりません。しかし、そのような規定を持つ就業規則が登録され得るかどうかは、実務上明らかではありません。実際に、流用されている就業規則の様式と違って、極めて大まかな就業規則を登記すると、登録当局(労働傷病兵社会局)が受付けないことがあり得ます。

 最後に、労働契約、就業規則、集団労働協約を結び、制定し、その後の変更を行ううえでは、各自が矛盾しないように労使の調和を図る内容を定めることに留意すべきといえます。

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