パキスタンにおける汚職・贈賄の現状と法規制
国際取引・海外進出私は海外子会社のコンプライアンス・リスク管理を担当しています。当社子会社があるパキスタンにおける汚職・贈賄の現状と法規制を教えてください。
パキスタンは、特に政府機関や下級裁判所において汚職・贈賄が蔓延しているといわれており、コンプライアンス・リスクが高い国といえます。
パキスタンの贈賄規制は多層構造になっており、National Accountability Bureau Ordinance 1999(以下「1999年国家説明責任令」といいます)、Pakistan Penal Code 1960(以下「1960年刑法」といいます)およびその特別法であるPrevention of Corruption Act 1947(以下「1947年汚職防止法」といいます)が存在します。
解説
パキスタンにおける汚職・贈賄の現状
Transparency Internationalが2020年に行った調査によれば、調査対象となった世界180カ国中、パキスタンの腐敗指数は124位とされており 1、近隣諸国であるインド(86位)やスリランカ(94位)などと比較し、汚職は深刻であるとされています。
汚職は政府上層部にも蔓延していると考えられ、たとえば、2017年には、当時首相であったナワーズ・シャリーフ氏が、汚職を理由に、連邦捜査局および軍による合同捜査を受ける等を経たうえで辞任に追いやられ、2018年には懲役7年の有罪判決を受けています。また、司法機関においても汚職は深刻な問題と考えられており、たとえば、アメリカ国務省が公表した2020年度国別人権報告書によれば、特に下級裁判所について、富裕層、政治家、宗教家等の影響を受けやすい状況にあると指摘されています 2。パキスタンに進出した外国企業においても、例えば、裁判所、警察、税関、国税を含む様々な国家機関から、一定の便宜を対価に不適切な金銭の授与を求められる事例が確認されております。また、断食明け大祭(Eid-ul-Fitr)などの儀式や宗教祭日に伴う贈答などとの関係で問題となる事例も少なくありません。
パキスタンでビジネスを展開する日系企業にとっては、このような高いコンプライアンス・リスクをいかに回避するかが大きな課題となります。
パキスタンにおける汚職・贈賄規制
根拠法令等
パキスタンには、主に、以下の3つの贈賄規制があります。
- 1999年国家説明責任令
- 1960年刑法
- 1947年汚職防止法
パキスタンでは、一定の刑事犯罪については、刑事手続の迅速化および集中的な犯罪抑止等を目的として、刑法や刑事訴訟法による通常の刑事手続とは異なる特別の刑事手続が1999年国家説明責任令により定められています。同令に基づき設置された国家説明責任局(National Accountability Bureau)が同令違反行為を捜査し、また、同令に基づき通常の裁判所とは別に設置され、専属管轄を有する説明責任法廷(Accountability Court)が、同令違反行為の審理を行います。
構成要件等
(1)1999年国家説明責任令
1999年国家説明責任令では、たとえば、以下の行為が禁止されています。
(a)① 公務を行うまたは行わないこと、② 職務に関連して何人かに対して好意的な態度を示しまたは冷遇すること、または③ 何人かに対して尽力しもしくは害を与えることまたはそれを試みることを目的としまたはその見返りとして、直接または間接に、合法な報酬とは別に何らかの便益(gratification)を、何人かから受領しまたは何人かに対して申し出ること
(b)対価なくまたは対価として不十分であることを認識しながら、自身が担当するまたは担当する予定の手続または取引に関与しまたは関与することが見込まれる者から、有価物を受領しまたは申し出ること
(c)自己が管理する財産を、不正にもしくは詐欺的に横領し、自己または第三者の使用のために転用し、または意図的に第三者に使用させること
(d)汚職、不正または不法な手段により、自己、配偶者、扶養家族その他のいかなる者のために有価物または金銭上の利益を取得しまたは取得しようとすること
なお、法令上、行政サービスによる手続の円滑化等を目的とした少額の支払い、いわゆるファシリテーションペイメントは除外されていませんので、たとえば、通関手続を迅速に進めてもらうために担当官に少額の金員を渡すという行為も、処罰の対象となり得ます。
(2)1960年刑法および1947年汚職防止法
1960年刑法および1947年汚職防止法では、公務員 3 による収賄が犯罪行為とされています(1960年刑法161条および165条、1947年汚職防止法5条)。ただし、これらの罪については幇助犯の成立により、賄賂を提供した側も処罰される可能性があります。
執行手続および制裁
(1)1999年国家説明責任令
1999年国家説明責任令に違反したことが疑われる場合には、国家説明責任局が逮捕権限を含む捜査権限を有します。同局が、捜査の結果国家説明責任令に違反する事実があると判断する場合には、説明責任法廷に事件を起訴し、同法廷で審理がなされます。
裁判の結果有罪とされた場合には、14年以下の懲役および/ または罰金が科されます。罰金は、被告人または親族もしくは関係者が受領した利益を下回らない金額とされています。
(2)1960年刑法および1947年汚職防止法
1960年刑法161条ないし165条で定める贈収賄行為は、1898年刑事訴訟法(Code of Criminal Procedure 1898)上のCognizable Offence(警察官が令状なく被疑者を逮捕することが可能な犯罪類型)に該当します 4。裁判の結果有罪とされた場合には、7年以下の懲役および/ または罰金が科されます。
その他留意点等
パキスタンにおける主要な贈賄規制は以上のとおりですが、日系企業においては、域外適用のある各国の外国公務員に対する贈賄規制にも留意が必要です。代表的には、日本の不正競争防止法における外国公務員等贈賄罪、アメリカのThe Foreign Corrupt Practices Act of 1977(FCPA)、イギリスのBribery Act, 2010などであり、パキスタンの公務員等に対して贈賄を行った場合には、パキスタン以外の当局からも訴追を受けるリスクがあります。
パキスタンにおけるコンプライアンス・リスクを最小限に留めるためには、以上のような法規制を正確に把握したうえで、個々のビジネスのリスク大小に照らして適切なコンプライアンス・プログラムを策定し、また、有事の際には、速やかに現地法務およびコンプライアンス対応に長けた専門家の協力を仰ぐことが肝要です。

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