海外子会社で不祥事が発生した場合の初動調査の留意点

危機管理・内部統制
大澤 貴史弁護士 牛島総合法律事務所 Gregory Kinaga 牛島総合法律事務所

 海外子会社で不正行為・不祥事が発生した場合、どのように調査を実施すればよいでしょうか。海外子会社であることで、特に留意すべきことはありますか。

 子会社や現地の弁護士と連携して、すみやかに調査チームを編成し、事実関係を確認するとともに、関連資料の保全等に着手する必要があります。
 特に、現地法令に精通した弁護士等の専門家の助言を得て、社内資料等が秘匿特権の保護対象となるかどうかや、関連資料の保全手順などについて確認したうえで、すみやかかつ慎重に対応することが重要です。

解説

目次

  1. 海外子会社における不祥事の動向・リスクシナリオ
  2. 海外子会社で不祥事が発生した場合の調査
    1. 初動対応
    2. 事実関係調査の実施
    3. 海外の子会社における不正調査の留意点
  3. 海外法律事務所との連携

海外子会社における不祥事の動向・リスクシナリオ

 近時、新型コロナウィルス感染症の拡大により海外駐在・出張が減少し、海外子会社のガバナンスの緩みが不正リスクを高めている懸念があると指摘されています 1
 海外子会社における不正事案としては、たとえば、調達担当者等の横領・キックバック(物品の水増し購入と中古業者への転売等)や、贈収賄、カルテルへの参加などが典型です 2
 海外子会社における不祥事の動向・リスクシナリオについては、「海外子会社での不正発見のためのグローバル内部通報の制度設計」も参照してください。

海外子会社で不祥事が発生した場合の調査

初動対応

(1)発覚の端緒

 海外子会社の不祥事発覚の端緒は国内事例と概ね同様であり、内部通報や内部監査、報道機関からの問い合わせ、当局調査等により発覚する例が多く見られます。
 海外子会社に対して海外当局の立入検査が実施される状況となった場合には、親会社の担当者としても、(日本国内の弁護士を介して)現地の弁護士とすみやかに連携して、海外当局による事情聴取に応じるべきか否か、提出資料の範囲等について検討しなければなりません。
 海外当局からの情報提供要請の例としては、米国の連邦大陪審が発出するサピーナ(subpoena)があります。サピーナは証人の証言その他の証拠の提出を命令する文書で、これに従わなかった場合には罰則が科されます。
 サピーナにより提出が義務づけられる資料範囲の限定や、提出期限(資料が準備でき次第、順次提出する方法(rolling production)を含む)については、司法省(Department of Justice:DOJ)と交渉することが可能ですので、海外子会社のサピーナ受領を認識した親会社担当者においては、現地弁護士と連携してDOJ等への接触を検討する必要があります

 海外子会社の不祥事が内部告発で発覚した場合には、内部告発者の保護も重要です。海外子会社が所在する現地法令のもと、内部告発・通報をした従業員に報復的な措置をとった場合には、当該企業に関係法令に基づく制裁が科せられる可能性もあります。

 なお、贈賄行為については、税務当局による税務調査で発覚するケースもあります(OECD(Organisation for Economic Co-operation and Development)の「税務調査官のためのOECD贈賄認識ハンドブック」参考仮訳9頁等参照)。

 海外子会社で不祥事が発生した場合の海外当局・訴訟対応については、「海外子会社で不祥事が発生した場合の海外当局・訴訟対応」も参照してください。

(1)関連資料の保全

 初動対応においては、関連資料を保全することが極めて重要です。不正行為等が存在する可能性を認識した時点で、すみやかに現地弁護士と相談のうえ、従業員等による証拠隠滅を防止するための措置をただちにとる必要があります
 たとえば米国のDOJは、司法妨害罪の防止・責任追及に厳格な姿勢を示しており、当局からの調査や報道等により不祥事の可能性を認識して慌てて資料を廃棄したりすれば、役職員の刑事責任が追及される可能性があります。
 具体的な対応策としては、役職員に対し、保全すべき文書・資料の種類や対象期間を特定したうえで、かかる文書・資料を保全するよう指示する通知(Litigation Hold Notice)を発出します。対象文書については、後に海外当局による確認等が想定されるため、現地弁護士の事前確認が重要となります。
 企業内部の電子データの保全も必要なため、IT担当者も通知先に含めることになります。

事実関係調査の実施

(1)管轄当局・適用法令等の確認

 不祥事発覚後は、親会社においても、事実関係の調査を実施したり、海外子会社による調査を支援することが必要となります。まず調査に先立ち、(国内の弁護士を介して)現地弁護士に、関連する社内規則、適用法令・ガイドライン、行政・裁判手続、あり得る制裁内容および一般的な対応実務等の概要を確認することが必要となります。

米国におけるガイドライン等の例
  • 合衆国量刑委員会の「連邦量刑ガイドライン」
    (「United States Sentencing Commission Guideline Manual」)

    ※ 法的拘束力はありませんが、刑事事件の量刑判断の実務において重視されています。


  • DOJ:「企業コンプライアンス・プログラムの評価」
    (「Evaluation of Corporate Compliance Programs」)

    ※ 連邦検察官が企業犯罪の起訴・不起訴等を判断するにあたり、当該企業のコンプライアンス・プログラムをどのように評価するかを示したものです。


  • DOJおよびSEC(Securities and Exchange Commission):「FCPAリソースガイド」(「A Resource Guide to the U.S. Foreign Corrupt Practices Act, Second Edition」)

    ※ FCPA(The Foreign Corrupt Practices Act:連邦海外腐敗行為防止法)の解釈およびその執行実務に関連する情報を集約し、FCPA遵守のための留意点やFCPAに違反した場合に求められる対応などを示したものです。

 また、刑事手続を執行する捜査当局、各種規制を所管する行政当局、民間企業・個人による民事訴訟等を通じて、様々な主体からの責任追及が想定されます。サピーナへの対応など、迅速な対応が求められる場合もあります。そのため、これらに対する対応方針もすみやかに検討しておかなければなりません。

米国における関係機関の例
  • 連邦の刑事手続執行機関:
    ・連邦地方検察庁(US Attorney’s Office)を傘下とするDOJ

  • 各州の刑事手続執行機関
    ・各州にも独自の刑事手続執行機関として州・地区検事(例:district attorneys、county/city prosecutors
     およびstate attorneys general)が存在

  • 各種連邦規制を管轄する行政当局:
    ・SEC、商品先物取引委員会(Commodity Futures Trading Commission(CFTC))、連邦取引委員会(Federal Trade Commission(FTC))、連邦準備銀行(Federal Reserve Banks(FRB))等
    ・これらの機関は、所管法令の施行のため訴訟提起が可能
    ・各州独自の規制当局も存在
    (例:ニューヨーク州金融サービス局(New York State Department of Financial Services(NYDFS))

 海外子会社で不祥事が発生した場合の海外当局・訴訟対応については、「海外子会社で不祥事が発生した場合の海外当局・訴訟対応」も参照してください。

(2)調査チームの編成

 調査チームの編成も、海外当局が処分方針等を検討する際の考慮要素となり得ますので、編成にあたっては現地弁護士との緊密な連携が必要です。
 日本の親会社としては、チーム編成にあたり、海外子会社に現地出向・駐在している役職員に協力を依頼し、現地弁護士と連携して対応するよう指示することが考えられます。また、法務機能がない、あるいは管理者の数が少ないなど海外子会社・支店の体制が脆弱な場合には、日本の親会社が調査メンバーを派遣することもあり得ます。
 チーム編成後に着手する調査の手順・内容等については、現地弁護士に確認することも重要です。たとえば、社内調査が弁護士資格のない従業員によって実施された場合や法的助言を得る目的で実施されたものでない場合(通常の業務過程で実施される調査等)には、その結果を内容とする調査報告書は弁護士依頼者間の秘匿特権(attorney-client privilege)の保護を受けられない可能性があります。

(3)関連資料の収集・レビュー

 膨大な文書等のレビューが必要となるケースでは、外部の専門業者から提供されているドキュメントレビューサービスやフォレンジックサービスその他の不正調査支援サービスを利用することが多く見られます(たとえば、Epiq社 3、FRONTEO社 4、AOSデータ社 5、リーガレックス社 6、EY新日本有限責任監査法人 7 その他複数の専門業者がサービスを展開しています)。
 対象となる文書を限定するためにキーワード検索やプレディクティブ・コーディング(人工知能の技術を用い、膨大な文書を分別する方法 8)を用いたり、外部業者にレビューを委託したりすることによる効率的な調査の実施を検討することになります。
 疑われる不正の内容に応じてレビュー対象も検討する必要があり、たとえば贈賄行為が疑われる場合には財務記録や銀行の入出金履歴等の調査がより重要となります。

(4)関係者のヒアリング

 たとえば米国においては、関係者に対するヒアリングの実施前に、以下の点を弁護士から対象者へ告知(Up-John Warning)するのが一般的な実務であり、留意が必要です。

  • ヒアリングを実施する弁護士の立場:ヒアリングは(対象者ではなく)企業が弁護士から法的助言を受けるために実施することを対象者が理解しておく必要がある。そのため、ヒアリングを実施する弁護士は企業の代理人であり、ヒアリング対象者を代理するものではない旨を告知する。

  • 秘匿特権の帰属:ヒアリング内容に適用される弁護士依頼者間秘匿特権(attorney-client privilege)は、ヒアリング対象者ではなくヒアリングを実施する企業に帰属するため、ヒアリング内容を当局等の第三者に提供するかどうかについては、対象者の同意がなくとも企業が判断する旨を対象者に告知する。

 ヒアリング終了後にはメモを作成して内容を記録します。ヒアリングメモは弁護士が作成したうえで、秘匿特権(attorney-client privilegeやattorney work product privilege)の対象であることの明記も必要となります。また、弁護士の判断・心証を含まない資料(単なる議事録等)は秘匿特権により保護されない可能性があるため、逐語的なメモの作成は避け、弁護士のコメントを記載する等の工夫も重要となることが指摘されています。秘匿特権の適用の有無、範囲、および放棄については、州ごとあるいは州法と連邦法のいずれが適用されるかによっても異なります。

(5)調査結果を踏まえた対応方針の検討

 事実調査により不正行為が判明した場合には、ただちに是正措置を講ずるための方針を検討することになります。 当局への情報提供や不正行為の自主的報告に際しての留意点については、「海外子会社で不祥事が発生した場合の海外当局・訴訟対応」も参照してください。

海外の子会社における不正調査の留意点

 海外子会社における不正調査の留意点については、「海外子会社で発生した不祥事事案における不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント」も参照してください。

 海外の子会社における不正調査については、以下のような留意点があげられます。

(1)インタビュー・ヒアリングの困難さ

  • インタビュー対象者の使用言語が異なることにより、正確な事実関係を聴取し把握するために、表現の細かな違いまで理解できる通訳が必要となる。
  • インタビュー対象者が海外にいることにより、時差や費用等の理由により何度もインタビューできるとは限らない。
  • 一般的に、海外子会社の従業員は親会社に非協力的なことが多いと言われている。

(2)海外の規制法への留意

  • 海外子会社の従業員が日本の窓口に通報する場合、通報者と被通報者(不正行為者)の個人情報(過去の懲戒履歴など)が海外の現地国から日本に移転することになるため、個人情報の第三者開示(国外移転・第三者提供)にあたる場合があるとされている。
  • その他、各国の内部通報規制、労働関連法等に違反しないように配慮が必要になる。

海外法律事務所との連携

 上記のとおり、海外で不祥事が発生した場合においては、海外の法律事務所その他のグローバルなネットワーク(たとえば、筆者らが所属しているMultilawEmployment Law Alliance(ELA)Lawyers Associated Worldwide(LAW)等)との連携が非常に重要となります 9
 詳細は、「海外子会社での不正発見のためのグローバル内部通報の制度設計」で説明するとおりです。

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詳しくはこちら

  1. デロイトトーマツ ニュースリリース「『企業の不正リスク調査白書 Japan Fraud Survey 2020-2022』を発表」(2020年12月3日) ↩︎

  2. 林稔(KPMG FAS)ほか「今後起こり得る5つの不正リスクシナリオ」旬刊経理情報1590号13頁以下(2020年10月)も参照 ↩︎

  3. ドキュメントレビューサービス
    フォレンジックサービス ↩︎

  4. ドキュメントレビューサービス
    フォレンジックサービス ↩︎

  5. ドキュメントレビューサービス
    フォレンジックサービス ↩︎

  6. ドキュメントレビューサービス・フォレンジックサービス ↩︎

  7. 不正調査サービス
    ディスカバリーデータサービス ↩︎

  8. デジタル・フォレンジック研究会ウェブサイト(第565号コラム:野﨑周作「フォレンジック調査における人工知能活用事例」)も参照 ↩︎

  9. たとえば筆者らが所属している牛島総合法律事務所は、以下の3つの国際的な法律事務所ネットワークにおいて日本を代表する法律事務所(representative firm)であり、各国の法律事務所と連携してグローバルな不祥事対応や内部通報制度の設計・運用に関するアドバイス等を提供可能な体制となっています(各ネットワークの詳細については、こちらのウェブサイトをご参照ください)。
    Multilaw:約100か国における約90の法律事務所が所属するネットワーク
    Employment Law Alliance(ELA):100か国以上における3,000人以上の弁護士が所属する人事・労働案件を得意とする法律事務所の世界的なネットワーク
    Lawyers Associated Worldwide(LAW):約50か国における約100の法律事務所が所属するネットワーク ↩︎

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