パワハラを起こした企業が負う責任とコンプライアンスリスク - パワハラ防止法の概要

危機管理・内部統制
長瀨 佑志弁護士 弁護士法人長瀬総合法律事務所

 当社では、ミスをした部下や後輩に厳しい叱責を行ったり、業務とは関係のない命令などを行ったりする従業員がいます。最近、パワハラ防止法が成立したと聞きました。この機会に、まずは管理職にパワハラ防止法の概要を理解してもらい、部下に対する接し方を改めてもらいたいと考えています。パワハラ防止法のポイントを教えてください。

 パワハラ防止法は2019年5月に成立し、大企業では2020年6月1日から施行されており、中小企業では2022年4月1日から施行されます。
 パワハラ防止法は、法律上の「パワーハラスメント」について規定するとともに、パワーハラスメントを防止するための措置を講じる義務を事業主に課したことに特徴があります。

 パワハラ防止法の主なポイントは、次の5点です。

  1. 事業主の義務の明確化
  2. 行政処分の対象となること
  3. 紛争解決方法の制定
  4. パワーハラスメントの定義付け
  5. 事業主に対する雇用管理上の措置の具体的内容の設定

解説

目次

  1. パワーハラスメントのコンプライアンスリスク
    1. 不法行為責任
    2. 債務不履行責任
    3. 行政責任
    4. 信用リスク
  2. パワハラ防止法の成立
  3. パワハラ防止法のポイント
  4. パワーハラスメント防止法の概要
    1. 事業主の義務の明確化
    2. 行政処分の対象
    3. 紛争解決方法の制定
    4. 職場のパワーハラスメントの定義
    5. 事業主が講ずべき措置の具体的内容
  5. まとめ

パワーハラスメントのコンプライアンスリスク

 パワーハラスメント(以下「パワハラ」といいます)を行った加害者は、被害者に対して責任を負います。さらに、使用者である事業主も以下のような責任やリスクを負う場合があります。

 深刻なパワハラ事案が発生した場合、被害者に多大な精神的・肉体的苦痛が及ぶだけでなく、加害者には事業主からの懲戒処分のほか、刑事処分を受けるケースもあります。さらに、事業主の信用リスク等にも発展する可能性があります。

 そのため、事業主はパワハラを未然に防ぐとともに、パワハラ事案が発生した場合には、適切に対処したうえで、解決しなければなりません。

 パワハラの発生によって事業主が負う責任やリスクには、主に次の4つがあげられます。

パワハラ事案の発生により事業主が負う責任やリスク

  1. 不法行為責任
  2. 債務不履行責任
  3. 行政責任
  4. 信用リスク

不法行為責任

 会社は、使用する労働者が職務遂行中に第三者に損害を与えた場合、使用者責任として損害賠償責任を負います(民法715条)。

債務不履行責任

 使用者である事業主は、労働者の安全に配慮する義務を負っている(労働契約法5条)ため、パワハラが生じた場合、職場環境整備義務および職場環境調整義務に違反したものとして、債務不履行責任(民法415条)を問われる場合があり得ます。

行政責任

 パワハラ防止法の成立に伴い、今後は事業所内でパワハラが生じた場合、事業主が行政処分の対象となる可能性があります。

信用リスク

 その他、事業所内でパワハラが生じ、訴訟などに発展した場合には、取引先などから「コンプライアンス体制が整備されていない未熟な会社」と評価され、最悪の場合には取引が打ち切られる可能性があります。また、「職場環境が劣悪だ」といった評判が立ち、採用活動などに悪影響を及ぼすリスクも生じ得ます。

パワハラ防止法の成立

 このように、パワハラのコンプライアンスリスクを踏まえ、2019年5月29日、職場におけるパワハラ防止措置を企業に義務付ける「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律」が成立しました。同法は、大企業で2020年6月1日からから施行されており、中小企業では2022年4月1日から施行されます。

 上記法律の成立に伴って改正された「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(略称「労働施策総合推進法」)において、パワハラが法規制の対象となることが明確化されました。なお、「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律」が成立した際、「パワハラ防止法」、「ハラスメント規制法」などと呼称されることもありましたが、これらはいずれも正式名称ではないことに留意してください(本稿では、便宜上、「パワハラ防止法」という名称を使用します)。

パワハラ防止法のポイント

 今回成立したパワハラ防止法の大きなポイントは、「パワハラ」を法律で規定するとともに、その防止のための措置を講じる義務を事業主に課したことにあります。

 パワハラ防止法によって、これまでは法律上明確に規定されていなかった「パワハラ」の定義が法律に明記されたことにより、「どこまでが許される注意・指導か」「どこからが違法なパワハラか」を判断・検討するためので、一定の目安が生まれました

パワーハラスメント防止法の概要

 パワハラ防止法の概要は以下のとおりです。

  1. 事業主の義務の明確化
    職場におけるパワーハラスメント防止のために、雇用管理上必要な措置を講じることが事業主の義務

  2. 行政処分の対象
    適切な措置を講じていない場合に是正指導の対象

  3. 紛争解決方法の制定
    パワーハラスメントに関する紛争が生じた場合、調停など個別紛争解決援助の申出を行えるようになる

  4. 職場のパワーハラスメントの定義や事業主が講ずべき措置の具体的内容等について
    厚生労働省「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(パワハラ指針)によって明確化

  5. 雇用管理上の措置の具体的内容
    ( i )事業主によるパワハラ防止の社内方針の明確化と周知・啓発
    ( ii )苦情などに対する相談体制の整備
    ( iii )被害を受けた労働者へのケアや再発防止

事業主の義務の明確化

 職場におけるパワハラ防止のために、雇用管理上必要な措置を講じることが事業主の義務であることが明確に規定されました。

行政処分の対象

 適切な措置を講じていない場合には是正指導等、行政処分の対象となることが規定されました。

 これまでは、パワハラに対しては、民事責任や刑事責任が問われたものの、行政責任まで問われることはありませんでした。今回のパワハラ防止法の成立によって、今後、事業主は行政責任の対応についても検討する必要があります。つまり、事業主にとっては、適切なパワハラ防止措置を講じることができない場合、加害者・被害者という当事者限りの問題にはとどまらないことになります。

紛争解決方法の制定

 パワハラに関する紛争が生じた場合、事業主は調停など個別紛争解決援助の申し出を行えるようになります。

職場のパワーハラスメントの定義

 令和2年1月15日、「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)」(以下「パワハラ指針」といいます)が公表されました。

 パワーハラスメントの定義と具体例は、パワハラ指針をご参照ください(詳細については「パワーハラスメントの6類型と判断基準 - パワハラ指針のポイント」をご参照ください)。

事業主が講ずべき措置の具体的内容

 パワハラ指針では、パワハラ防止のために事業主が講ずべき措置の具体的内容を提示しています。事業主としてパワハラ対策に取り組む際には、パワハラ指針で示された措置の内容を確認しておきましょう。

 以下では、パワハラ指針に示されている事業主が講ずべき措置の一部を紹介します。

( 1 )事業主の方針等の明確化およびその周知・啓発

事業主は、職場におけるパワーハラスメントに関する方針の明確化、労働者に対するその方針の周知・啓発として、次の措置を講じなければなりません。

( i )職場におけるパワハラの内容および職場におけるパワハラを行ってはならない旨の方針を明確化し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること。

( ii )職場におけるパワハラに係る言動を行った者については、厳正に対処する旨の方針および対処の内容を就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書に規定し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること。


( 2 )相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備

( i )相談への対応のための窓口をあらかじめ定め、労働者に周知すること。

( ii )相談窓口の担当者が、相談に対し、その内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること。
また、相談窓口においては、被害を受けた労働者が萎縮するなどして相談を躊躇する例もあること等も踏まえ、相談者の心身の状況や当該言動が行われた際の受け止めなどその認識にも配慮しながら、職場におけるパワハラが現実に生じている場合だけでなく、その発生のおそれがある場合や、職場におけるパワハラに該当するか否か微妙な場合であっても、広く相談に対応し、適切な対応を行うようにすること。


( 3 )職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応

( i )事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認すること。

( ii )職場におけるパワハラが生じた事実が確認できた場合においては、速やかに被害を受けた被害者に対する配慮のための措置を適正に行うこと。

( iii )職場におけるパワハラが生じた事実が確認できた場合においては、行為者に対する措置を適正に行うこと。

( iv )改めて職場におけるパワハラに関する方針を周知・啓発する等の再発防止に向けた措置を講ずること。なお、職場におけるパワハラが生じた事実が確認できなかった場合においても、同様の措置を講ずること。


( 4 )(1)ないし(3)までの措置と併せて講ずべき措置

( i )相談への対応または当該パワハラに係る事後の対応に当たっては、相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講ずるとともに、その旨を労働者に対して周知すること。

( ii )パワハラの相談等を理由として、解雇その他不利益な取扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発すること。

まとめ

 パワハラのコンプライアンスリスクが高まる現在、事業主がパワハラ防止法の概要を押さえておくことは必須といえます。パワハラ防止法の概要は、パワハラ指針に紹介されているため、まずはパワハラ指針の内容を十分に確認し、事業主として着手できるところから順次対策を講じていきましょう。

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