2021年3月施行 改正会社法で新設された会社補償に関する規定のポイント
コーポレート・M&A2021年3月施行の改正会社法で新たに設けられた「会社補償」に関する規定とはどのようなものでしょうか。
改正会社法では、役員等が職務の執行に際して負う損害賠償責任やその防御に要する費用を会社が負担(補償)する規定が新たに設けられました(改正会社法430条の2)。これが、いわゆる「会社補償」に関する規定です。
具体的には、会社が役員等との間で締結する補償契約について、①補償契約の内容を決定する手続に関する規律、②補償契約に基づき補償することができない費用等に関する規律、③補償を受けた役員等に対する金銭の返還請求に関する規律、④補償契約に基づく補償をした取締役等による取締役会への報告義務に関する規律、⑤補償契約についての利益相反取引規制の適用除外に関する規律を定めています。
解説
目次
※凡例
- 改正会社法:会社法の一部を改正する法律(令和元年12月11日法律第70号)に基づく改正後の会社法
- 旧会社法:会社法の一部を改正する法律(令和元年12月11日法律第70号)に基づく改正前の会社法
- 改正会社法施行規則:会社法施行規則等の一部を改正する省令(令和2年11月27日法務省令第52号)に基づく改正後の会社法施行規則
会社補償とは
改正会社法では、新たに会社補償に関する規定が設けられました(改正会社法430条の2)。「会社補償」とは、役員等(取締役、会計参与、監査役、執行役または会計監査人)が職務の執行に際して負う損害賠償責任やその防御に要する費用を会社が負担(補償)する制度です。
旧会社法下においても、旧会社法330条・民法650条に基づき、会社から役員等に対して一定の補償を行い得るとの解釈があり 1、実務上補償が行われる例もありました。しかし、旧会社法上、会社補償に関する明文規定はなく、補償の範囲や必要な手続についての解釈も確立されていませんでした。
そこで、改正会社法においては、会社が役員等との間で締結する補償契約について、補償契約の内容を決定する手続や補償契約に基づき補償する費用等に関する規定を設けました。
補償契約とは
「補償契約」とは、会社が役員等に対して以下の「費用等」(費用または損失)の全部または一部を補償することを約する契約をいいます(改正会社法430条の2第1項)。
- 役員等がその職務の執行に関し、法令の規定に違反したことが疑われ、または責任の追及に係る請求を受けたことに対処するために支出する費用(防御費用)
- 役員等がその職務の執行に関し、第三者に生じた損害の賠償責任を負う場合における損失(賠償金、和解金)
なお、補償の対象が「費用等の全部又は一部」とされていることから明らかなとおり、補償契約において補償の範囲を改正会社法の定めよりも限定することは可能です。
補償契約の締結段階および補償の実行段階の手続に関する規律
補償契約の内容の決定
補償契約を締結する場合、役員等と会社の利益相反が生じるおそれがあります。そのため、改正会社法においては、利益相反取引の承認の場合(会社法356条1項等)と同様、補償契約の内容の決定には、株主総会(取締役会設置会社の場合は取締役会)の決議を要することとされています(改正会社法430条の2第1項)。
この点、補償契約の相手方である取締役は、補償契約の内容の決定については、特別利害関係取締役(会社法369条2項)に該当し、取締役会の議決に加わることはできないと解されます。
なお、上記の補償契約の内容の決定に関する決議に加えて、さらに利益相反取引規制として株主総会(取締役会設置会社の場合は取締役会)の承認等の手続規制を適用する必要性は乏しいといえます。そのため、改正会社法においては、会社と取締役または執行役との間の補償契約については、利益相反取引規制(会社法356条1項等)を適用しないこととし(改正会社法430条の2第6項)、また、民法108条の規定は、株主総会(取締役会設置会社の場合は取締役会)の決議によってその内容が定められた補償契約の締結については適用しないこととしています(改正会社法430条の2第7項)。
補償実行時の取締役会への報告
改正会社法においては、利益相反取引に関する規律(会社法365条2項)を参考に、取締役会設置会社においては、補償契約に基づく補償をした取締役および補償を受けた取締役は、遅滞なく、当該補償についての重要な事実を取締役会に報告しなければならないとし(改正会社法430条の2第4項)、この規定は執行役についても準用されています(改正会社法430条の2第5項)。
補償契約の内容に関する規律
補償対象となる費用等
補償契約に基づく補償の対象となる「費用等」は、前記2のとおり、①防御費用と②賠償金、和解金の2つです。
役員等が納付しなければならない罰金や課徴金は、補償の対象とされていません。
ただし、補償契約に基づく「費用等」の補償を無制限に認めると、役員等の職務執行の適正性が損なわれるおそれがあります。そのため、改正会社法においては、後記4−2、4−3のとおり、補償することができない費用等を定めています。
防御費用の補償の範囲
防御費用のうち通常要する費用の額を超える部分については、補償することができません(改正会社法430条の2第2項1号)。
また、防御費用については、後記4−3の賠償金や和解金とは異なり、役員等がその職務を行うにつき悪意または重過失があったときでも補償することができますが、役員等が不当な目的で職務を執行していたような悪質な場合にも会社の費用で防御費用が賄われるとすると、当該役員等の職務執行の適正性が損なわれるおそれがあります。そのため、改正会社法においては、役員等が自己もしくは第三者の不正な利益を図り、または会社に損害を加える目的(いわゆる「図利加害目的」)で職務を執行したことを会社が事後的に知った場合は、会社は、当該役員等に対し、補償した金額に相当する金銭の返還を請求することができるとしています(改正会社法430条の2第3項)。
第三者に生じた損害の賠償責任を負う場合の損失の補償の範囲
役員等がその職務の執行に関し、第三者に生じた損害の賠償責任を負う場合における損失のうち、以下については補償することができません。
- 会社が第三者に対して損害を賠償した場合において、役員等に対して求償することができる部分(改正会社法430条の2第2項2号)
- 役員等がその職務を行うにつき悪意または重過失があったことにより第三者に対して損害の賠償責任を負う場合における賠償金および和解金(同項3号)
開示
補償契約は、役員等の職務執行の適正性に影響を与えるおそれがあり、また、利益相反性が類型的に高いものもありますので、その内容は株主にとって重要な情報です。そのため、改正会社法施行規則においては、事業年度末日時点で公開会社である株式会社について、以下の事項を事業報告の内容に含めなければならないとしています(改正会社法施行規則119条2号)。
- 補償契約の相手方である会社役員(取締役、監査役または執行役に限る)の氏名(改正会社法施行規則121条3号の2イ)
- 補償契約の内容の概要(当該補償契約によって当該会社役員の職務執行の適正性が損なわれないようにするための措置を講じている場合には、その内容を含む)(改正会社法施行規則121条3号の2ロ)
- 会社役員(取締役、監査役または執行役に限り、前事業年度末日までに退任した者を含む)に対して補償契約に基づき防御費用を補償した会社が、当該事業年度において、当該会社役員が職務の執行に関し法令の規定に違反したことまたは責任を負うことを知ったときは、その旨(改正会社法施行規則121条3号の3)
- 会社役員が第三者に生じた損害の賠償責任を負う場合の損失を、会社が補償契約に基づき当該会社役員に対して補償したときは、その旨および補償した金額(改正会社法施行規則121条3号の4)
なお、会社法改正に係る審議において検討されていた、補償を受けた役員等の氏名や防御費用についての補償額の開示は見送られました。
経過措置
改正会社法の施行前に締結された補償契約については、改正会社法430条の2の規定は適用しないこととされました(改正会社法附則6条)。
したがって、改正会社法の施行前に締結された補償契約については、旧会社法および民法の解釈に委ねられます。
罰則
補償契約に基づく補償をした取締役(執行役を含む)および補償を受けた取締役(執行役を含む)が、当該補償についての重要な事実を遅滞なく取締役会に報告せず、または虚偽の報告をした場合には、100万円以下の過料に処せられます (改正会社法976条23号)。
実務対応
会社補償に関する規定の新設を踏まえた会社における実務対応の主なポイントとしては、次のような事項が考えられます。
そもそも補償契約を導入するか
補償契約を導入していない会社については、そもそも補償契約を導入するのかを検討する必要があります。D&O保険によりカバーされる費用等の範囲・金額なども勘案して、補償契約の導入の有無を検討することになると思われます。
参照: 令和元年改正会社法におけるD&O保険(会社役員賠償責任保険)の締結の手続きと開示の方法
補償の対象とする「費用等」の範囲
補償契約において補償の対象とする「費用等」の範囲は、改正会社法の定めよりも限定することが可能です。そのため、会社が役員等との間で個別の補償契約を締結するに際しては、たとえば、①補償の限度額を設けるか、②補償対象とする防御費用について、役員等に悪意または重過失がある場合をそもそも補償の対象とするか、③補償対象とする賠償金、和解金について、裁判等の公的な紛争解決手続により認められた損害賠償金や和解金に限定するかなどが検討事項となります。
会社が役員等に補償した防御費用の返還を請求することができる事由
補償契約においては、会社が役員等に補償した防御費用の返還を請求することができる事由を改正会社法430条の2第3項の定めよりも拡張することができます。そのため、会社が役員等との間で個別の補償契約を締結するに際しては、防御費用の返還を請求することができる事由として、役員等に図利加害目的があったことを事後的に知った場合だけでなく、たとえば、役員等に職務執行について悪意または重過失があったことを事後的に知った場合を含めるか、役員等が会社の調査に対して虚偽申告をするなどの悪質な行為を行った場合を含めるかなどが検討事項となります。
補償の実行段階での取締役会の承認の要否
補償契約に基づき実際に補償を行う段階では、改正会社法上は取締役会の承認は求められていません。しかし、補償の実行段階にならないと補償金額が判明しないことに鑑み、個別の補償契約において、たとえば、一定の金額以上の補償を行うには取締役会の承認を必要とすることなどを定めることも考えられます。
事業報告における開示事項とされていることも意識する
以上の点を検討するにあたっては、補償契約によって会社役員の職務執行の適正性が損なわれないようにするための措置を講じている場合にはその措置の内容が事業報告における開示事項とされていることも意識して、会社にとって適切な補償契約の内容を検討する必要があります。
改正会社法の施行前に締結された補償契約の見直し
改正会社法の施行前に締結された補償契約については、改正会社法430条の2の規定は適用されませんが、現行の補償契約において同条に定める費用以外のものが補償対象とされている場合には、現行の補償契約の見直しを検討することが考えられます。
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経済産業省コーポレート・ガバナンス・システムの在り方に関する研究会報告書「コーポレート・ガバナンスの実践~企業価値向上に向けたインセンティブと改革~」の別紙3「法的論点に関する解釈指針」(2015年7月24日公表、2016年3月18日差替え)8頁においても、「会社補償は、一定の範囲で一定の要件を満たせば(中略)、現行法のもとでも認められる。」とされています。 ↩︎

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