令和元年改正会社法におけるD&O保険(会社役員賠償責任保険)の締結の手続と開示の方法
コーポレート・M&A改正会社法により、D&O保険(会社役員賠償責任保険)に関する規定が新しく設けられたと聞きました。具体的にはどのような改正が行われたのでしょうか。
D&O保険の締結について、旧会社法では必要な手続について明確な規定はありませんでしたが、改正会社法では、D&O保険の締結に要する手続と開示に関する規定が新設されました。
改正会社法では、D&O保険の内容の決定には取締役会(取締役会非設置会社では株主総会)の決議が必要となるとともに、公開会社ではD&O保険に関する一定の事項を事業報告の内容に含めること等が必要となります。
解説
目次
※凡例
- 改正会社法:会社法の一部を改正する法律(令和元年12月11日法律第70号)に基づく改正後の会社法
- 旧会社法:会社法の一部を改正する法律(令和元年12月11日法律第70号)に基づく改正前の会社法
- 改正会社法施行規則:会社法施行規則等の一部を改正する省令(令和2年11月27日法務省令第52号)に基づく改正後の会社法施行規則
D&O保険とは
D&O保険(会社役員賠償責任保険)とは、役員の業務遂行に関して損害賠償請求を受けたことによる損害について、保険金が支払われる損害保険です。役員が過度にリスクを恐れることにより経営が萎縮することを防ぎ、また適切なリスク軽減により優秀な人材の確保に資するという意義が認められ、特に上場会社を中心に実務上も広く普及しています。
改正の背景
D&O保険には前記の意義が認められる一方で、その内容によっては役員等の職務の適正性が損なわれるおそれがあります。また、D&O保険に限らず、株式会社が取締役または執行役を被保険者とする保険契約を締結する場合、会社法356条1項3号の利益相反取引(間接取引)に該当し得ることが指摘されていました。しかし、旧会社法の規定上は、D&O保険を含め、株式会社がこのような保険契約の締結にあたり、どのような手続をとる必要があるかは必ずしも明確ではありませんでした。
そこで、改正会社法では、株式会社がこれらの保険契約を締結するための手続等を明確に定め、また開示に関する規定を設けるなど、新たな規定が整備されることとなりました。
D&O保険の内容の決定に関する手続
対象となる保険
改正会社法430条の3第1項では、次の保険契約を「役員等賠償責任保険契約」と定義しています。
役員等賠償責任保険契約に該当するものは、株式会社が保険契約者となるD&O保険が念頭に置かれています。
法務省令では、PL保険、企業総合賠償責任保険、使用者賠償責任保険など(改正会社法施行規則115条の2第1号)や、役員等の自動車損害賠償責任保険、海外旅行保険など(同条2号)を想定した除外類型が定められています。これらについては、D&O保険とは性質の異なるものであり、利益相反性が低いと考えられることなどから、改正会社法430条の3第1項に基づく取締役会等の決議は不要とされています。
なお、上記の「役員等」とは、取締役、会計参与、監査役、執行役または会計監査人をいい、いわゆる執行役員は含まれません(会社法423条1項)。
必要な手続
株式会社が、役員等賠償責任保険契約の内容の決定をするには、取締役会(取締役会非設置会社では株主総会)の決議を得る必要があります(改正会社法430条の3第1項)。契約が同内容で更新される場合にも、更新前の内容のままで良いかという判断はなされることから、更新に際しては同項に基づく取締役会等の決議を得ておく必要があると考えられます。
従来、いわゆる株主代表訴訟担保特約部分の保険料について、役員等が実質的に負担する場合がありましたが、改正会社法では保険料の負担者による区別は設けられていません。したがって、役員等が実質的に保険料を負担する場合にも、取締役会等の決議が必要です。
また、親会社の締結するD&O保険の被保険者に、親会社の役員等に加えて子会社の役員等を含めて保険契約が締結される場合があります。この場合、子会社はD&O保険の契約者とならない以上、同項の規定に基づき子会社において取締役会等の決議を得ることは不要であり、親会社において取締役会等の決議を得れば足ります。
利益相反取引に関する規定の適用除外
役員等賠償責任保険契約であって、取締役または執行役を被保険者とするものの締結については、利益相反取引規制は適用されません(改正会社法430条の3第2項)。前記3-2のとおり利益相反取引に準ずる規律が新たに設けられ、重ねて利益相反取引規制を適用する必要性は低いことが理由と考えられます。
加えて、前記3-1で、法務省令により役員等賠償責任保険契約から除外された契約類型(PL保険や役員等の自動車損害賠償責任保険など)についても、取締役または執行役を被保険者とするものの締結は、利益相反取引規制が適用されないこととされました。
なお、これらにより利益相反取引規制に関する規定を適用除外とすると、民法108条の適用除外を定めた会社法356条2項の規定も合わせて適用されないこととなり、これらの保険契約の締結が民法108条の規定により無権代理行為となるおそれが生じ得ます。そこで、改正会社法430条の3第3項では、これらの保険契約の締結について、民法108条の規定が適用されないことを改めて定めています。
税務上の取扱い
会社がD&O保険の株主代表訴訟敗訴時担保部分の保険料を負担する場合の税務上の取扱いについて、本稿では詳細には立ち入りませんが、経済産業省より令和2年9月30日付で「令和元年改正会社法施行後における会社役員賠償責任保険の保険料の税務上の取扱いについて」と題する資料が公表され、「会社が、改正会社法の規定に基づき、当該保険料を負担した場合には、当該負担は会社法上適法な負担と考えられることから、役員個人に対する経済的利益の供与はなく、役員個人に対する給与課税を行う必要はない。」とされていますので、あわせてご参照ください。
D&O保険に関する開示
公開会社の事業報告における開示
公開会社は、役員等賠償責任保険契約に関する事項を事業報告の内容に含めることが必要となります(改正会社法施行規則119条2号の2、121条の2)。具体的な開示事項は以下のとおりです。
- 役員等賠償責任保険契約の被保険者の範囲
被保険者の範囲を特定することができれば、被保険者の氏名まで記載することは要しないと考えられます。 - 役員等賠償責任保険契約の内容の概要
具体的には、次の事項が含まれます。
(a)役員等による保険料の実質的な負担割合
(b)塡補の対象とされる保険事故の概要
(c)役員等賠償責任保険契約によって役員等の職務執行の適正性が損なわれないようにするための措置を講じている場合にはその内容
他方で、保険金額、保険料、支払われた保険給付の金額などは、必ずしも開示すべき事項とはされていません。
上記(a)から(c)は例示であり、開示内容は個別の契約内容等に応じて検討が必要です。
なお、親会社の締結するD&O保険の被保険者に、親会社の役員等に加えて子会社の役員等を含めて保険契約が締結される場合、子会社自身が開示を行うことは不要であり、親会社において開示をすれば足ります。ただし、親会社の開示事項である被保険者の範囲(①)については、子会社の役員等も含まれることを前提に記載する必要があります。
株主総会参考書類における開示
以下に該当する場合には、取締役、会計参与、監査役、会計監査人の選任に関する議案を株主総会に提出する際の株主総会参考書類に、その役員等賠償責任保険契約の内容の概要を記載することが必要となります(改正会社法施行規則74条1項6号など)。
- 候補者を被保険者とする役員等賠償責任保険契約を締結している場合
- 候補者を被保険者とする役員等賠償責任保険契約を締結する予定がある場合

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