M&A契約の表明保証違反の裁判例で、損害はどのように認定されているか

コーポレート・M&A

 M&A契約の表明保証違反が問題となった裁判例において、損害額はどのように認定されていますか。

 対象会社の純資産額を基準に株式譲渡の譲渡価格が算定されているケースにおいて、純資産額の減少が損害として認められたものがあります。一方で、DCF法による評価額をベースに譲渡価格が設定されている場合、算定結果の変更が論理必然的に株式譲渡価格に影響を与える関係とする旨を合意していなければ、買主によるDCF法による評価減については請求できないとされた事例がある点には留意が必要です。

 また、対象会社による出費を要した場合、存在するとされた対象会社の債権が実在しなかった場合、簿外債務が存在した場合などを買主の損害と認定した事例や、譲渡価格が売主による賠償義務の上限とはならないと判断した事例などもあります。

解説

目次

  1. 買主に生じた株式の評価減に関する裁判例
    1. 簿価純資産の減少による株式価値の評価減を損害と認定した事例
    2. DCF法による株式価値の評価減を損害と認定しなかった事例
  2. 対象会社による出費、対象会社の債権の不存在・簿外債務の存在等を買主の損害と認定した事例
  3. 譲渡価格が売主による賠償義務の上限とはならないと判断した事例

買主に生じた株式の評価減に関する裁判例

簿価純資産の減少による株式価値の評価減を損害と認定した事例

 「M&A契約の表明保証において、買主の主観的事情はどのように影響するか」で解説した東京地裁平成18年1月17日判決の事例において、裁判所は、Yらによる表明保証違反を認めたうえで、株式の譲渡価格がAの簿価純資産額を基準としたものであるとし、簿価純資産額の減少分を損害として認定しました。

 このように純資産額を基準に譲渡価格が算定されているケースであれば、純資産額の減少が損害として認められる可能性が高いといえます。

DCF法による株式価値の評価減を損害と認定しなかった事例

 東京地裁平成23年4月15日判決は、対象会社が第三者に対して負担していた債務が売主から買主に開示されなかったことや、売主が開示した対象会社の第三者に対する売掛金債権が実在しないものであったことが、売主の表明保証条項に違反するとされた事例です。
 この事例では、株式譲渡の譲渡価格がDCF法(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法)による株価算定結果を参考として、売主と買主間の交渉等を踏まえて合意に至ったことを認定しつつも、「原被告が、DCF法による算定を所与の前提とし、DCF法による算定結果の差異が論理必然的に株式譲渡価格に影響を与える関係とする旨を合意したとの事実を証すべき証拠はない」などとして、DCF法を適用したあるべき株式譲渡価格との差額について損害とは認められないとしました。

 実務上、DCF法では、算定の根拠となる数値の捉え方によって評価結果が相当程度変動し得るという事情もあり、買主によるDCF法に基づく評価額が直ちに譲渡価格として合意されるケースは必ずしも多くないと思われます。よって、このように「DCF法による算定結果の差異が論理必然的に株式譲渡価格に影響を与える関係とする旨」まで合意されるケースは比較的珍しいといえます。上記裁判例の考え方のもとでは、買主によるDCF法による評価減については請求が難しいと考えられる点には留意が必要です。

対象会社による出費、対象会社の債権の不存在・簿外債務の存在等を買主の損害と認定した事例

 東京地裁平成24年1月27日判決は、対象会社所有の工場に消防法違反等があったとして売主の表明保証違反が認められた事案です。裁判所は、対象会社がこれを是正するために要した工事費用を損害として認定しました。
 その他、「M&A契約における表明保証条項の意義と裁判例における文言解釈」2−3(1)で解説した東京地裁平成25年11月19日判決の事例等、表明保証違反事実により対象会社が費用を支出した場合や、存在するとされた対象会社の債権が実在しなかった場合、簿外債務が存在した場合で、これらが表明保証違反にあたるときは、かかる出費額、実在しなかった債権額あるいは簿外債務の金額が損害として認定される傾向にあるといえます。

 もっとも、表明保証違反の状態を是正するために要した対象会社の費用がすべて買主の損害と認められるとは限りません。

 東京高裁平成27年12月2日判決およびその原審である東京地裁平成27年6月22日判決は、対象会社の半導体製造工場のクリーンルームに、消防法等に違反する数量の危険物等が貯蔵され、行政当局の許可を受けていなかったことが表明保証違反にあたるとして、買主が、当該表明保証違反の状態を解消するために買主自身が支出した費用等を売主に請求した事案です。

 この事例において、裁判所は、「本件表明保証条項は、本件不動産の一部である館山工場について、営業の継続に重大な影響を及ぼす欠陥、瑕疵その他の不具合がないことを、館山工場で契約当時行っていた事業を行うために必要な行政当局の許認可等を適法に取得していることを保証するものであるから、被告(※筆者注:売主)の補償もその保証内容の実現に必要な限度にとどまると解すべきである」とし、買主の請求をすべては認めずに、表明保証内容の実現に必要かつ合理的と認められる工事内容を詳細に認定したうえで、それを損害と認定しました。

 このように、表明保証違反となる事実により対象会社が出費を要し、あるいは債権の不存在や簿外債務の存在が判明した場合には、これらの金額が損害として認められる傾向にあります。
 もっとも、対象会社が要した出費については、合理的な範囲のものに限定される可能性がある点、留意が必要です。買主にとっては、対象会社をして表明保証違反事実を是正させる場合、売主が補償義務を負う損害の範囲も慎重に検討したうえでの対応が必要になるといえるでしょう。

譲渡価格が売主による賠償義務の上限とはならないと判断した事例

 株主有限責任のもとでは、買主はM&A契約において支払った対価以上の損害は被らないともいえ(単に取得した株式が無価値になる以上の損害を被らないともいえるため)、裁判においても、買主は譲渡代金以上の損害を主張できるのか問題になることがあります。
 「M&A契約における表明保証条項の意義と裁判例における文言解釈」2−2で解説した東京地裁平成19年7月26日判決の事例においては、別途売主の説明義務違反が認められ、買主の損害額が問題となりました。
 対象会社が多額の繰越損失を抱え、継続的な赤字で経営不振に陥っていたという事例であり、株式譲渡代金は500万円に過ぎませんでした。売主は、当該譲渡代金額が補償義務の限度であると主張したものの、裁判所は「そのような限定をすべき根拠はなく、失当である」とこれを退け、対象会社に生じた費用等の合計額(1945万5000円)を損害として認めました。

 これは説明義務違反を原因とするものですが、裁判所は、表明保証違反の場合でも、譲渡価格を上限とすることなく買主の損害を認める可能性があるといえます。売主においては、自らが負担し得る賠償責任額について一定の範囲に限定したいと考える場合、賠償上限額について明確に定めを設けるべきと考えます。

 なお、買主においても、個別のケース次第では裁判所が上記裁判例と異なる判断をする可能性も否定できないため、(対象会社が赤字状態であるなどを理由に)譲渡価格が低廉な金額に留まる場合には、「買主が請求可能な損害賠償金額は、譲渡価格に限定されない」旨の定めを設けるのが無難であると考えます。

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