社内文書の証拠提出

訴訟・争訟

 当社はシステム開発会社です。
 当社は、ある顧客から経理システムの開発を依頼され、1年ほどの期間をかけてこれを完成させました。ところが、その顧客から、完成したシステムが指示したとおりの仕様・性能に仕上がっていないとして、損害賠償請求訴訟を提起されてしまいました。
 当社は、開発期間中、顧客との間で定期的に進捗会議を開いており、そこで受けた指示の内容は、議事録に記載してあります。この議事録は、あくまで当社の社内記録として保存していたものであり、その内容を顧客に逐一確認してもらっていたわけではありませんが、これを訴訟の証拠として提出することは、当社にとって有効な手立てとなりますでしょうか。

 自社の人間のみが関与して作成した社内文書については、証拠価値という点では自ずと限界はあります。しかしながら、少なくとも作成当時の自社の認識を証明するものとしての価値は認められると思われますし、これを超えて、客観的な事実の証明に資することもあり得ますので、証拠提出する意義は一定程度認められるものと考えられます。
 ただし、社内文書には、不正確・不適切な記載や社内機密等についての記載が含まれていることがあり、また、ある社内文書を証拠提出したことが契機となって他の社内文書も証拠提出せざるを得なくなるという事態も生じ得るため、証拠提出に際しては慎重な検討が必要となります。

解説

目次

  1. 社内文書の証拠価値
  2. 実務上の留意点
    1. 不正確・不適切な記載がないか
    2. 社内機密等についての記載がないか
    3. 他の社内文書の証拠提出の契機とならないか

社内文書の証拠価値

 民事訴訟において証拠として利用される文書の中には、契約書のように複数の者が作成に関与するものもありますが、その文書を証拠提出しようとする訴訟の一方当事者のみが関与して作成されるものもあります。たとえば、個人の場合は、日記やスケジュール帳などがこれに当たるでしょう。
 企業の場合であれば、社内で用いられている規程類や稟議書・報告書といった文書は、(人数でいえば複数人が作成に関与するとしても、それは自社の人間に限られることから、訴訟当事者としての企業単位でみれば)一方当事者のみが関与して作成されるものであるといえます。
 設例のような会議の議事録なども、参加者全員が記載内容を確認して署名捺印したとか、せめて自社で作成したものを相手方企業に参考送付した(そして、その記載内容について相手方企業から特段の異議が出されなかった)ということであれば話は別ですが、純粋な社内記録用に作成しただけということであれば、一方当事者のみが関与して作成したものにすぎません。このような文書は、極論をいえば、紛争が発生してから事後的に虚偽の内容で作成することも可能です。さすがにそこまでの疑いをかけられることは少ないとしても、一方当事者のみが関与して作成した文書にはその当事者の認識が記載されているにすぎず、その認識自体が誤っている(自らに都合のよいように解釈している)可能性が否定できません
 したがって、その文書の記載内容をもって証明したい事実があるとしても、その事実を裁判所が認定するうえでその文書が役に立つ程度(証拠価値)には、自ずと限界があるといわざるを得ません
 もっとも、裏を返せば、上記のような会議の議事録は、少なくとも作成当時に作成者がどのような認識をしていたかを示すものであると評価される可能性は高いですし、他の証拠と照らし合わせるなどすれば、作成者の認識にとどまらず、その議事録に記載された事実(会議でどのような話し合いがなされたか等)自体の証明に資することもあり得ますので、訴訟の事案次第では、これを証拠提出することにも一定の意義があるといえます

実務上の留意点

 社内文書の証拠提出については、上記のとおり一定程度の意義が認められることがある反面、以下に述べるような点に実務上留意する必要があります。

不正確・不適切な記載がないか

 純粋な社内記録用に作成された社内文書は、社外の人間の目に触れることが想定されていないため、慎重な検討を経ずに作成され、あるいは、非常に簡略な記載がなされることがままあります。
 そのため、たとえば一部に事実とは異なる不正確な内容が記載されていたりすることもありますが、そのような社内文書を安易に証拠提出すると、記載内容の全体の正確性に疑問を持たれるおそれがあります。また、自社の人間には意味が通じても、社外の人間には意味が通じにくい表現が使われている場合、事実の証明に役立たないどころか、まったく別の意味に捉えられて、かえって自社に不利な事実認定がなされてしまうこともないではありません。
 これらのことを踏まえ、社内文書を証拠提出するに際しては、事実に反する不正確な記載や、誤解を招くような不適切な記載が含まれていないかを、第三者的な目線で十分に吟味する必要があります

社内機密等についての記載がないか

 社内文書には、社内機密・非公開事実が記載されていることもあります。そのような社内文書を証拠提出すれば、その記載内容が裁判官および相手方当事者の目に触れるのはもちろんのこと、訴訟記録は原則として公開されるため、誰でも閲覧しようと思えば閲覧することができる状態に置かれてしまいます(民事訴訟法91条1項)。なお、裁判所は、当事者の申立てにより、訴訟記録の閲覧等を秘密保護のために制限することができますが(民事訴訟法92条)、この申立てが認められるためには、不正競争防止法2条6項に定める「営業秘密」が記載されている等の必要があり、要件が容易に充足されるものでは必ずしもありません。
 したがって、社内文書を証拠提出するに際しては、社内機密等についての記載が含まれていないかも確認する必要があります

他の社内文書の証拠提出の契機とならないか

 ある社内文書を証拠提出すること自体に特段の問題がないとしても、そのことが契機となり、他の社内文書の証拠提出を余儀なくされる可能性があることも認識しておかなければなりません
 すなわち、社内文書は、当然のことですが、そのような表題・内容の文書が作成されていることが社外の人間には知られていません。ここで、ある社内文書を証拠提出した場合、裁判官や相手方当事者は、その文書と同種の社内文書の存在を認識し、あるいは推認し得ることとなります。
 たとえば設例のような会議の議事録であれば、定期的に開催された会議のすべてにつき、議事録が作成されているのではないかと考えるのは自然です。そして、相手方当事者が、すべての会議の議事録を証拠提出するよう求めてきた場合に、証拠提出したものとは別の日の会議の議事録には自社に不利な記載が含まれていたときなどは、対応に窮することになりかねません。
 任意の証拠提出を拒絶する場合も、裁判官に不信感を与えるおそれがありますし、相手方当事者から文書提出命令の申立て(ある文書を提出するようその所持者に対して求める命令の発出を裁判所に求める申立て。民事訴訟法221条)がなされ、証拠提出を余儀なくされる可能性もあります(なお、文書提出命令の申立てにあたっては、「文書の表示」(標題等の文書の特定情報)を明らかにする必要がありますが(民事訴訟法221条1項1号)、上記のとおり、先行する社内文書の証拠提出が、他の社内文書も含めてその標題等を相手方当事者に知らせる結果となることもあります)。
 したがって、社内文書を証拠提出するに際しては、提出しようとする文書そのものを確認するだけでなく、他にどのような文書が社内で作成・保管されているのかについてまで目を配らなければならない場合があり、この点に留意する必要があります

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