民事訴訟における証拠の利用とその種類

訴訟・争訟

 当社工場で使用しているA社製の機械が、ある日突然、異常な音を立てて機能を停止してしまいました。当社担当者が慌ててA社に電話をかけ、状況を説明したところ、A社担当者は、「一部部品に不具合があった可能性がある」と述べました。当社担当者が、「製造ラインがストップしてしまい、損害が発生している。補償についてどう考えるのか」と尋ねたところ、A社担当者は、「保険に入っており、保険金1000万円の範囲であれば何とかなると思うが…」と答えたため、当社担当者は、手元の手帳のその日のページに、手書きで「保険 1000」とメモしました。
 ところが、数日後、当社とA社とで打合せをしたところ、A社側は、自社の責任を一切認めないどころか、担当者間の電話で上記のやり取りがあった事実自体も否定しました。A社側の態度が頑なであるため、当社はA社に対して損害賠償請求訴訟を提起したのですが、この訴訟で、上記のやり取りがあった事実を証明するために、当社担当者の手帳を証拠として提出することはできるでしょうか。私物の手帳に殴り書きがされているものにすぎないのですが、このようなものを裁判という公式の手続に出してよいのか、不安に思っています。

 民事訴訟における証拠調べの一種として、文書の証拠を取り調べる書証という手続があるところ、その対象となる文書につき、証拠となる資格(証拠能力)は基本的に制限されてはいないため、設例における手帳も、当然に証拠として提出することが可能です。
 ただし、設例において、手帳を証拠として提出したからといって、それによって担当者間のやり取りの内容を証明できるとは限りません。証拠は、その内容により、証明したい事実の認定にどの程度役立つかという効果(証拠価値)が異なることに注意が必要です。

解説

目次

  1. 民事訴訟における証拠の利用
    1. 証拠とは
    2. 証拠能力、証拠価値等
    3. 証明責任
  2. 証拠の種類と各証拠の取調べ
    1. 「モノ」の証拠調べ
    2. 「ヒト」の証拠調べ

民事訴訟における証拠の利用

証拠とは

 民事訴訟は、当事者間の紛争につき、裁判所が、事実を認定し、それに法律を適用して、結論を導き出す手続です。ここで、事実の認定に関しては、ある事実が存在することについて当事者間に争いがなければ、裁判所はそれをそのまま、判決の前提となる認定事実とすればよいのですが、当事者間で事実の存否に争いがある場合は、いずれの当事者の主張が正しいのかを裁判所が判断しなくてはなりません。そして、これは当てずっぽうで決めるというわけには当然いかず、当事者が訴訟に提出した資料に基づけばある事実の存否について十分な確信を得られるという場合に初めて、裁判所はその事実が存在すると認定することができます。
 上記の、ある事実の存否について裁判所が十分な確信を得られた状態、あるいは、裁判所にそのような確信を得させるために当事者が訴訟に資料を提出する行為のことを証明(立証)といい、証明に用いられる資料のことを証拠(証拠方法)といいます
 証拠には、大別すれば、物(モノ)の証拠と人(ヒト)の証拠とがあります。裁判所が事実認定のために証拠を取り調べる(証拠調べ)にあたり、物(モノ)の証拠を取り調べる手続としては書証および検証があり、人(ヒト)の証拠を取り調べる手続としては証人尋問当事者尋問および鑑定があります

証拠調べの方法 概要
物(モノ)の証拠 書証
  • 文書を対象とする証拠調べ
  • 写真、録音テープ、ビデオテープ等の準文書も、書証に準じる方法で証拠調べがなされる
検証
  • 裁判官が五感の作用によって直接事物の性状等を感得する証拠調べ
人(ヒト)の証拠 証人尋問
  • 証人の証言を対象とする証拠調べ
  • 証人は、尋問を申し出た当事者が法廷に連れてくる場合と、裁判所が呼び出す場合とがある
当事者尋問
  • 訴訟の当事者(原告または被告)である個人、または法人の代表者の供述を対象とする証拠調べ
鑑定
  • 専門家の学識経験に基づく専門知識・意見を対象とする証拠調べ

証拠能力、証拠価値等

 訴訟に提出されたある資料を事実認定のために利用し得るという適格(いわば証拠となる資格)のことを証拠能力といいます民事訴訟においては、証拠能力はきわめて広範に認められ、著しく反社会的な手段を用いて収集された資料などの例外を除いては、基本的に証拠能力は制限されません。したがって、たとえば文書の証拠であれば、作成者が誰であろうと、どのような紙にどのような方法(印字か手書きか)で記載されていようと、原本であろうと写しであろうと、証拠として利用できないということは基本的にないといえます。
 もっとも、証拠利用可能かということと、その証拠によって証明したい事実を狙いどおりに証明できるかということとは、別の話です。ある証拠がそれによって証明したい事実の認定にどの程度役立つかという効果のことを証拠価値といいますが、証拠の内容によってその証拠価値は様々であり、証拠価値をどうみるかについては、裁判官の自由な判断に委ねられています(自由心証主義。民事訴訟法247条)。設例の手帳でいえば、訴訟の一方当事者側の人間が他方当事者の関与なく作成したものにすぎないうえ、その記載内容も「保険 1000」のみときわめて簡略なものであるため、これを証拠として提出したからといって、「A社担当者が保険金1000万円の範囲での補償の可能性に言及した」事実を証明するのに十分かといえば、疑問が残るところです。すなわち、かかる手帳は、証拠価値が低いということになります。
 なお、裁判所は、当事者が提出しようとした証拠であっても、証拠価値が低いなど「必要でないと認めるものは、取り調べることを要しない」とされており(民事訴訟法181条1項)、証拠の採否も、裁判所の自由な判断に委ねられています。実務上は、文書については証拠として採用されないことはまずないといえますが、証人尋問の申出などは、必要性なしとして裁判所が採用しないこともままあります

証明責任

 訴訟の両当事者が提出したすべての証拠をもってしても、裁判所において、ある事実が存在するのかしないのかを判断できないことはあり得ますが、その場合でも、裁判所は判決を出さないというわけにはいきません。ある事実の存否が不明な場合に、そのことにより、判決でいずれかの当事者は不利益を被ることになりますが、この不利益の分配のルールのことを証明責任(立証責任)といいます
 たとえば、貸金の返還を求める訴訟では、原告が「被告にお金を貸した」という事実についての証明責任を負い、その事実があると裁判所に確信を得させること(証明)に成功しなければ、原告は敗訴することになります。そこで、原告は、金銭消費貸借契約書や被告の預金口座に相当額の振込をしたことが読み取れる資料(預金通帳等)を証拠として提出することになるでしょう。これに対し、被告が、「借りたお金はすでに原告に返した」と主張して原告の請求を争う場合には、その返済の事実について被告が証明責任を負い、領収書や原告の預金口座に相当額の振込をしたことが読み取れる資料を証拠として提出することになります。

証拠の種類と各証拠の取調べ

「モノ」の証拠調べ

(1)書証

 文書を対象とし、そこに記載されている意味内容を吟味する証拠調べのことを書証といいますが、実務上は、証拠調べの対象となる文書そのもののことも書証と呼びます。書証の申出に際し、当事者は、対象となる文書の写しを裁判所および相手方に提出するとともに、文書の原本を自ら保持しているときは、期日に原本を持参して裁判所および相手方にこれを提示します。また、文書の標目、作成者および立証趣旨を記載した証拠説明書も、併せて提出する必要があります(民事訴訟法219条、民事訴訟規則137条)。
 なお、写真、録音テープ、ビデオテープその他画像・音声・映像が記録された媒体は、文書にはあたりませんが、準文書と呼ばれ、書証に準じる方法で証拠調べがなされます(民事訴訟法231条)。

(2)検証

 検証とは、裁判官がその五感の作用によって直接に事物の性状、現象等を感得し、得られた認識を判断の材料とする証拠調べです。
 検証の対象は、(文書のように)法廷に持ち込める物である場合もありますが、特定の場所や建物等である場合もあります。後者の例としては、交通事故の現場における見通しの状況や信号機等の位置関係、土地の境界付近の境界標等の状況、建物の朽廃状況等が挙げられます。

「ヒト」の証拠調べ

(1)証人尋問

 証人尋問とは、法廷で証人に対して口頭で質問し、その経験した事実について記憶する内容を回答させ、その結果である証言を判断の材料とする証拠調べです。
 証人については、その尋問を申し出た当事者が法廷に連れてくる場合(同行証人)と、裁判所が期日への呼出状(民事訴訟法94条1項、民事訴訟規則108条)を送達して呼び出す場合(呼出証人)とがありますが、実務上は、前者の同行証人のケースが圧倒的に多いものと思われます。証人尋問の申出に際しては、申出書とともに、予定している質問の内容を記載した尋問事項書を提出する必要がありますが(民事訴訟規則107条)、同行証人の場合は、その尋問申出を行った当事者において、証人が尋問で述べる予定の内容を記載した書面(陳述書)もあらかじめ証拠として提出し、尋問の時間短縮・効率化を図るのが実務上一般的です。

(2)当事者尋問

 訴訟の当事者(原告または被告)が個人である場合、その当事者本人に対する尋問を実施することも実務上多くあり、これを当事者尋問といいます。当事者が法人である場合のその代表者も、当事者尋問の対象となります。
 証人尋問と当事者尋問とでは、虚偽の供述が行われた場合の制裁の内容が異なる(前者は刑法169条の偽証罪による3ヶ月以上10年以下の懲役刑、後者は民事訴訟法209条1項に基づく10万円以下の過料)等、若干の差異はありますが、基本的には、当事者尋問は証人尋問に準じた方法で行われます。

(3)鑑定

 鑑定とは、特別の学識経験を有する第三者専門家に、その学識経験に基づく専門知識や意見を報告させ、裁判所の知識を補充させる証拠調べです。
 不動産の適正価額や相当賃料額を不動産鑑定士に算定させるとか、非上場株式の適正価額を公認会計士に算定させるといったことが、鑑定の代表例として挙げられます。

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