下請法で禁止されている「買いたたき」とは
競争法・独占禁止法 更新当社は小売業を営んでおり、複数の下請事業者にPB商品の製造をしてもらい、そのPB商品を下請事業者から購入して消費者に販売しています。PB商品の売れ行きが悪いことから値下げ販売を考えており、その中で当社の粗利を確保するため、下請事業者に一律20%の値下げをお願いしようと考えています。
既発注分については減額せず、新たに発注する分についてのみ値下げをお願いすることにすれば、下請代金の減額にはならないので、下請法上問題はないといえるでしょうか。
発注に際して下請代金の額を決定する際に、発注した内容と同種または類似の給付の内容に対して通常支払われる対価に比べて著しく低い額を不当に定めると、「買いたたき」として下請法4条1項5号に違反することになります。貴社が、PB商品の売れ行きが悪いことから値下げ販売を行い、その中で自社の利益を確保するためという理由で、下請事業者と十分協議することなく、一方的に従前の単価を一律20%引き下げることは、下請法に違反するおそれが高いといえます。
最近は、政府方針の下、価格転嫁を推し進める上で買いたたき規制が活用されています。各事業者は、規制の本質、今後の方向性等も見据えながら、どう対応するかにつき慎重な検討が求められます。
解説
目次
「買いたたき」とは何か
買いたたきとは、下請事業者の給付の内容と同種または類似の内容の給付に対し通常支払われる対価に比し著しく低い下請代金の額を不当に定めることをいい(下請法4条1項5号)、親事業者が下請事業者と下請代金の額を決定する際に買いたたきを行うと下請法違反となります。
ここにいう「通常支払われる対価」とは、当該給付と同種または類似の給付について当該下請事業者の属する地域において一般に支払われる対価をいいます(下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準〔平成15年12月11日公正取引委員会事務総長通達第18号。以下「下請法運用基準」といいます。〕第4の5(1))。これは、いわゆる市場価格のことですが、これを把握することは困難な場合が少なくありません。その場合、当該給付が従前の給付と同種または類似のものである場合には、従前の給付に係る単価で計算された対価が通常の対価として扱われます。
買いたたきと「下請代金の減額」との関係
買いたたきは、親事業者が下請事業者に発注する時点で生じるものであり、発注前の対価決定段階における行為を問題とするものです。それに対し、下請代金の減額(下請法4条1項3号)は、いったん決定された下請代金の額を事後的に減じるものであり、対価決定後の行為を問題とするものです。
関連する勧告事例として、ホーチキメンテナンスセンター事件(公正取引委員会勧告平成19年12月6日)があります。これは、下請代金の額から一定率分を差し引くことにより、下請代金の減額を行っていた事業者が、この下請代金の減額を取りやめることとした上、一方的に、一定率分を控除した金額をそのまま下請代金と定めていた事案につき、下請代金の減額に該当するとともに買いたたきに該当するとされ、勧告がなされたものです。
買いたたきに該当するか否かの判断方法
買いたたきに該当するか否かは、次のような事情等を勘案して総合的に判断されます(下請法運用基準第4の5(1))。
- 対価の決定方法(下請代金の額の決定に当たり下請事業者と十分な協議が行われたかどうか等)
- 対価の決定内容(差別的であるかどうか等)
- 通常の対価と当該給付に支払われる対価との乖離状況
- 当該給付に必要な原材料等の価格動向
上記の考慮要素は、対価の水準に関わる要素(2から4)と対価決定のプロセスに関わる要素(1)に分類することができます。「著しく低い下請代金の額を不当に定める」に当たるか否かは、基本的には、このように対価の水準と対価決定のプロセスの両面を踏まえ、判断されます。
既存の継続的な取引がある場合、対価の水準については従前の同種の給付に係る対価が通常の対価として扱われ、数量や仕様の変更、原材料価格の変動などの変動要因を踏まえ、十分な協議を経て新たな給付に係る対価が決定されたか否かが問題とされます。そのため、前提条件の変更もないのに、親事業者の都合により、十分な協議をせずに一方的に単価を引き下げることは買いたたきに該当するおそれの高い行為であるといえます。設問のケースは、まさにこのケースに当たります。
買いたたきの具体例
買いたたきに該当すると認定されるケースとしては、従前の単価が不相当となった場合や前提条件の異なる単価で発注した場合が少なくありません。以下のような場合については、単価の引上げがあってしかるべきであると考えられますので、買いたたきに該当するおそれの高い行為であるといえます。
- 大量に発注することを前提にした単価による少量の発注
- 給付の内容やコストの増加がある場合の単価の据え置き
他方で、以下のような行為は合理的であり、このような場合には買いたたきに該当しないと考えられます。
- 原材料価格が下落したり、工程の見直しを行ったりして、コストが下がったような場合に、下請事業者と十分に協議を行った上で、コスト減少分を反映させて従来の単価を引き下げる
買いたたき規制に関する最新動向
公正取引委員会は令和3年以降、「中小事業者等取引公正化推進アクションプラン」を毎年策定し、独占禁止法・下請法違反行為に対して厳正に対処していく方針を示しています 1。
下請法運用基準の改定
政府は、中小企業等が賃上げの原資を確保できるよう、労務費、原材料費、エネルギーコストの上昇分を適切に転嫁できる環境を整備すべく、令和3年12月27日、「パートナーシップによる価値創造のための転嫁円滑化施策パッケージ」(内閣官房・消費者庁・厚生労働省・経済産業省・国土交通省・公正取引委員会)を取りまとめました。公正取引委員会は、この一環として、令和4年1月26日、下請法運用基準を改定し 2、買いたたきに該当するおそれのある行為として、以下の行為を追加しました。
- 労務費、原材料価格、エネルギーコスト等のコストの上昇分の取引価格への反映の必要性について、価格の交渉の場において明示的に協議することなく、従来どおりに取引価格を据え置くこと。
- 労務費、原材料価格、エネルギーコスト等のコストが上昇したため、下請事業者が取引価格の引上げを求めたにもかかわらず、価格転嫁をしない理由を書面、電子メール等で下請事業者に回答することなく、従来どおりに取引価格を据え置くこと。
①の行為類型は、それ以前の買いたたき規制の実務から見ると、かなり踏み込んだ解釈です。これまでは、「原材料価格や労務費等のコストが大幅に上昇したため、下請事業者が単価引上げを求めた」が、これを拒否して一方的に取引価格を据え置くことが、買いたたきに該当するおそれのある行為とされました。ところが、コスト上昇の幅を問わず、また、下請事業者からの単価引上げの申し出がなくても、親事業者は、コスト上昇分の取引価格への反映の必要性について協議の機会を持つことが求められ、当該協議なくして取引価格を据え置くことが、買いたたきに該当するおそれがある行為とされたのです。
下請中小企業振興法3条1項に基づき定められた振興基準(親事業者・下請事業者間の一般的な取引基準を定めるもの)においては、それ以前から、少なくとも年1回の価格交渉が求められていましたが、下請法でも、同内容の価格交渉が求められてきたといえます。
②については、従前の実務を明確化し、「価格転嫁をしない理由を書面、電子メール等で下請事業者に回答することなく」取引価格を据え置くことは、買いたたきに該当するおそれがある行為であることが運用基準において明文化されました。親事業者は、価格転嫁を全部または一部を認めない場合、その理由を書面等の形式で下請事業者に回答することが求められます。
重点立入業種への立入調査実施
下請法の買いたたき規制の執行との関係では、令和4年は、道路貨物運送業、金属製品製造業、生産用機械器具製造業および輸送用機械器具製造業の4業種が「重点立入業種」とされ、174件の重点的な立入調査が実施されました 3。令和5年は、情報サービス業、道路貨物運送業、金属製品製造業、生産用機械器具製造業および輸送用機械器具製造業の5業種が重点立入業種とされ、立入調査が行われています 4。
事業者名の公表
また、公正取引委員会は、令和5年11月8日、「相当数の取引先について協議を経ない取引価格の据置き等が確認された場合」は、独占禁止法43条の規定に基づき、その事業者名を公表する方針を示しました 5。独占禁止法に違反することまたはそのおそれが認定されていないにもかかわらず、事業者名を公表することには批判も多いところです(なお、令和5年緊急調査 6 においては、新たに個別の事業者名が公表されることはありませんでした。)。
「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」の公表
さらに、令和5年11月29日、政府は、「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」を公表し、買いたたき規制との関係で労務費の転嫁に関する考え方を示しました。これは、原材料価格やエネルギーコストと比べて価格転嫁が進まない労務費に関し、発注者および受注者それぞれがとるべき行動、求められる行動を12の行動指針として取りまとめたものです。
発注者の立場からしますと、同指針のうち、発注者として「留意すべき点」とされた以下6つの事項が重要です。
発注者として留意すべき点 | 指針 |
---|---|
① 労務費のコスト上昇分の価格転嫁につき、受注者からの要請の有無にかかわらず、明示的に協議することなく取引価格を長年据え置くこと |
6頁 |
② 実質的にはスポット取引とはいえない取引であるにもかかわらずスポット取引であることを理由に労務費の転嫁について明示的に協議することなく取引価格を据え置くこと |
6頁 |
③ 価格交渉を行うための条件として、労務費上昇の理由の説明や根拠資料につき、公表資料に基づくものが提出されているにもかかわらず、これに加えて詳細なものや受注者のコスト構造に関わる内部情報まで求めることは、そのような情報を用意することが困難な受注者や取引先に開示したくないと考えている受注者に対しては、実質的に受注者からの価格転嫁に係る協議の要請を拒んでいるものと評価され得るところ、これらが示されないことにより明示的に協議することなく取引価格を据え置くこと |
9頁 |
④ 受注者が直接の取引先から労務費の転嫁を求められ、当該取引先との取引価格を引き上げるために発注者に対して協議を求めたにもかかわらず、明示的に協議することなく取引価格を据え置くこと |
10頁 |
⑤ 受注者から協議の要請を受けた際に、労務費の上昇分の価格転嫁に関するものであるという理由で協議のテーブルにつかないことにより、明示的に協議することなく取引価格を据え置くこと |
12頁 |
⑥ 発注者が特定の算定式やフォーマットを示し、それ以外の算定式やフォーマットに基づく労務費の転嫁を受け入れないことにより、明示的に協議することなく一方的に通常の価格より著しく低い単価を定めること |
13頁 |
特に、③が新たなポイントです。これは、下請事業者に対し詳細な内部資料を求めることが親事業者による事実上の協議拒否の手段とならないよう、労務費上昇の根拠資料を公表資料に限ったものです。もっとも、公表資料以外の資料を求めることが常に協議拒否との評価になるかについては、疑問が残ります。資料要求の必要性と相当性のバランスから、公表資料以外の資料を依頼することが正当化される場合もあり得るように思われます。

弁護士法人大江橋法律事務所