日本企業とベトナム企業との間の契約における紛争解決手段の選択

国際取引・海外進出
長岡 隼平弁護士 西村あさひ法律事務所

 ベトナム企業との契約における紛争解決条項について、日本の裁判所とすることは可能でしょうか。また、仲裁の場合、ベトナム仲裁を紛争解決手段とすることに問題はないでしょうか。

 日本の裁判所での判決はベトナムでは強制執行ができないため、避けるべきと考えます。また、ベトナムでの仲裁は、以前は実務上の問題が指摘されることもありましたが、近時は改善が見られるため、選択肢の1つとなり得ると考えられます。

解説

目次

  1. ベトナム国内での執行
  2. 公正な判断の期待
  3. 訴訟/仲裁費用

 日本企業とベトナム企業との間の契約交渉では、紛争解決手段の選択について双方の主張が対立することが珍しくなく、争点となることが多いです。

 日本企業とベトナム企業との間の契約における紛争解決手段としては、理論上は、①ベトナムの裁判、②ベトナムの仲裁、③日本の裁判、④日本の仲裁、⑤シンガポール等の第三国の仲裁、の5つ選択肢があります。これらを表形式で比較したものが下表です。

紛争解決手段の比較

① ベトナムの裁判 ② ベトナムの仲裁 ③ 日本の裁判
(例:東京地裁)
④ 日本/⑤シンガポールの仲裁
(1)ベトナム国内での執行 ×
(ただし裁判所の承認必要)
(2)公正な判断の期待 × △~◯
(3)訴訟/仲裁費用 ◯(低額) △(中間) ×
(高額になりやすい)

ベトナム国内での執行

 まず、③の日本の裁判所ですが、「日本企業側が日本国内や別の国で使っている契約ひな形に従って契約書を作成する場合、ひな形において紛争解決は東京地方裁判所と記載されている」「ベトナムでの裁判・仲裁の経験がないので、より身近な日本の裁判所で解決したい」といったニーズから、日本企業側から提案されることがあります。

 しかし、注意すべきは、東京地方裁判所を紛争解決手段として合意し、たとえ日本の裁判所で勝訴判決を得たとしても、その判決を相手方が任意に履行しないときに、相手方のベトナム国内の財産に強制執行することが制度上できず、判決が絵に描いた餅になってしまうという点です。これは、日本の裁判所の判決のベトナムにおける執行については、相互主義の原則との関係上、日本とベトナムの間において相互の保証が確立されていないためです。

 すなわち、たとえば日本企業がベトナム企業に製品を販売するという契約において、ベトナム企業側が販売代金を不当に支払わないために日本企業側が代金支払請求の訴えを東京地裁に提起し、無事勝訴したとしても、ベトナムのローカル企業である相手方の財産(銀行口座預金など)はベトナム国内に所在することが通常であるため、上記の理由からそのような財産について強制執行をかけることができず、結局、代金を取り返すことができません。そのため、設例「ベトナム企業との契約における紛争解決条項について、日本の裁判所とすることは可能でしょうか」の問いに対する回答としては、日本の裁判所(選択肢③)は避けるべきと考えられます

 そこで、実務上は仲裁を紛争解決手段とすることが多いです。仲裁とは、中立的な第三者である仲裁人の判断により紛争を解決する仕組みであり、本件のような国際的な紛争の解決を行うための仲裁機関が各国に設立されています。

 たとえば、④日本には一般社団法人日本商事仲裁協会という仲裁機関が存在し、②ベトナムにはベトナム国際仲裁センター(VIAC)という仲裁機関が存在します。ほかに、⑤日本企業とベトナム企業との間の契約では、シンガポール等の第三国の仲裁機関が紛争解決手段として合意される場合があります。

 日本の裁判所の判決の場合に問題になった、ベトナム国内での執行の問題については、条約および国内法により、ベトナムの仲裁も外国の仲裁も、いずれも仲裁判断(裁判における判決に相当するもの)をベトナム国内で強制執行することが可能です。もっとも、外国仲裁で得られた仲裁判断については、ベトナム国内で執行する前に、ベトナムの裁判所で外国仲裁判断の承認の決定を得る必要があります。

 過去には、外国当事者に有利な内容の外国仲裁判断をベトナムで執行するために、ベトナムの裁判所にその承認の請求をしたところ、仲裁の合意に手続違反があった、あるいは仲裁判断がベトナム法の基本原則に違反するといった理由から、不承認とされた例があり、外国仲裁の仲裁判断がベトナム国内で承認されず、執行できないという懸念があります。

 なお、VIACの資料によれば、2015年までの時点の統計では、過去裁判所に承認請求が行われた外国仲裁の仲裁判断のうち、46.2%が承認されなかったとされていました。しかし、近年この問題は改善傾向にあり、現行民事訴訟法が施行された2016年7月~2019年9月の期間についての統計(概算)では当該不承認の割合は21.7%に減少しています。

公正な判断の期待

 ①ベトナムの裁判を紛争解決手段とすることについては、( i )ベトナムでは司法権の独立がなく判決が政治的な影響を受け得ること、( ii )裁判官に対する汚職の問題や裁判官の能力の問題から、公正な判決が一般に期待しにくいことから、一般的には避けるべきと考えられます。

 一方で、⑤たとえばシンガポールの仲裁機関であるシンガポール国際仲裁センター(SIAC)は、取扱件数も多く、各国の仲裁機関を調査したランキングでも世界第3位に選ばれるなど1、その中立性および透明性について高く評価されています。

 そのため、②と④/⑤の比較の観点では、相対的にみて、ベトナム仲裁よりも日本やシンガポールの仲裁機関の方が公正な判断が期待できると言われることが多く、実際に日本やシンガポールの仲裁機関が選択されるケースでは多くの(主に日本側の)当事者が公正性を選択の理由としています。

 しかし、実際の仲裁判断は、仲裁人により構成される仲裁廷が判断するものでありますので、その公平性も個別の仲裁人によるところが大きいと言えます。典型的には3人の仲裁人により仲裁廷が構成されますが、ベトナム仲裁の場合であっても、各契約当事者が1名ずつ仲裁人を選び、3人目の仲裁人は公平な国籍(日本でもベトナムでもない第三国)の人物から選ばれなければならないと契約で合意しておくことで、ことさらに日本企業側に不利な判断が下される可能性を低減させることができると考えられます。

訴訟/仲裁費用

 また、ベトナム仲裁センターと比較した場合、シンガポール国際仲裁センターは仲裁費用が相対的に高額となるため、契約の金額的な規模次第では、シンガポール仲裁では費用倒れになってしまう、または、費用倒れが予想されるために仲裁を申し立てることができず泣き寝入りになるという可能性もありますので、一概にどんな契約でもシンガポール仲裁が優れているとまでは言えないと思われます。

 以上(1)~(3)を踏まえ、設例の問い「ベトナム仲裁を紛争解決手段とすることに問題はないでしょうか」に対する回答としては、ベトナム仲裁であっても、仲裁人の構成等の仲裁条項を工夫することにより、案件規模によっては採り得る選択肢になると言えると考えられます。


  1. Paul Friedland,"2018 International Arbitration Survey: The Evolution of International Arbitration"(2018年5月8日、2021年1月5日最終閲覧) ↩︎

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