米国の職場いじめ(モラルハラスメント)に対する懲罰的賠償

人事労務
小笠原 耕司弁護士 小笠原六川国際総合法律事務所

 アメリカ企業Y1社に勤めるXは別れた恋人Aが上司となり、Aに人種差別発言に始まる中傷等、様々ないやがらせを受けるようになりました。XがこれらのセクハラをY1社に申告すると、AはXに対し、Y2等他の従業員に依頼し冤罪のセクハラ事件を仕組み、また勤務について最低評価をつけ、最終的には退職を強要するなどの報復手段に出ました。このようなY1社およびY2の行為によるXの受けた慰謝料は、アメリカではいくらと算定されるのでしょう。

 アメリカでは、日本とは異なり、懲罰的賠償といって、加害者に対する制裁的な意味で、損害の塡補額をはるかに上回る賠償額を認めることがあります。日本ではこのような制度は認められていないため、日本における判決に比べ、巨額の損害賠償が認められることもあります。

解説

目次

  1. 問題の背景事情
  2. 関連判例
  3. 論点解説

問題の背景事情

 アメリカでは、パワハラという概念はありません。代わりに同僚や部下によるいじめも含めた職場での不適当な取扱いを「Workplace Bullying」と総称しています。この区分の違いについて、日本では、アメリカに比べて職場での上下関係が伝統的に厳しいため、職場でのハラスメントというと、上司の部下に対して行う行為が一般的であるからではないかと考えられます。

 しかし、Workplace Bullyingも当然、日本でパワハラに該当する行為を含むものです。そこで日本においてもパワハラといえるケースについて、アメリカではそのような賠償額が認められるのでしょうか。

関連判例

判例
MICHAEL MERCIECA v. TRACEY RUMMEL AND MICROSOFT CORPORATION

[認容額]
未払賃金として62万3,065ドル、これに対する判決前利息として7万7,840ドル、本件一連のハラスメントについての対策の懈怠及び退職強要に対する懲罰的賠償及び慰謝料として30万ドル、訴訟費用として96万1,881ドル、弁護士費用等について4万3,252ドル

[事案の概要]
Xはマイクロソフト社(Y1社)に勤務する日系アメリカ人であり、また以前はAと恋愛関係にあった。しかし、AがXと別れてXの上司となってからは、AはXに対し、性別、年齢に基づく誹謗中傷や、Xが不法移民なのではないか等と人種に基づく侮蔑的な質問を行うようになった。また、Aは、人種差別的発言も行った。さらに、Y1社のマネージャーも、東日本大震災の際に、Xの日系のバックグラウンドを認識した上で、「日本人に同情しない。私だったら、彼らをバスの下に沈め、もう一回津波を起こしてやる」等と差別的発言を行った。
これに対し、Xは、一連のハラスメントをY1社の人事部に申告したところ、Y1社人事部は事態の調査に乗り出したものの、事態の把握に年月を要した。この間に、Y1社のマネジメント経営陣は、Xの告発に対する報復的措置として、女性従業員Y2に対するセクハラ事件の冤罪を仕組み、勤務について最低評価を与え続ける等、Xに敵対的な環境を作出し、ついにはXを退職にまで追いやった。

[裁判所の判断]
陪審員は、Xによるハラスメントの告発に対する報復措置として敵対的環境が作出され又退職強要がなされたことを認めた。

[事案の結果]
陪審員は懲罰的賠償として999万9,999ドルが相当であると認めたが、テキサス州の上限により、懲罰的賠償との合計額として慰謝料と合わせて30万ドルの賠償額を容認した。

論点解説

(1)懲罰的賠償制度について

 アメリカにおいては、不法行為請求に対して、懲罰的賠償というものが認められます。懲罰的賠償というのはその名のとおり、加害者に対し懲罰的に課される賠償であって、損害の填補額をはるかに上回る賠償額を認めることで、加害者に対し、不法行為の抑止的効果を有します。この懲罰的賠償は、裁判官または陪審員の裁量によって決定されるものであって、額が巨大となることも往々にしてあることから、加害行為の非難性が強く、損害に対する填補としての賠償を認めるのみでは、その抑止効果が十分でないとされるべき場合にのみ認められます。

 しかし、懲罰的賠償の問題点は、その額が裁判官または陪審員の裁量によって決定されるため、当事者にとっては賠償額の予測が困難な点です。この点を問題視して、懲罰的賠償の場合の賠償額につき、上限を設ける州も増えています。アメリカでは懲罰的賠償に備えた保険も存在し、このような懲罰的賠償に対する上限を設ける制度は、保険会社によるロビー活動の結果であるという州も多くあります。

 またアメリカ最高裁も、懲罰的賠償が損害額の10倍を超えることはできないという上限を設けています。

 日本においては、この懲罰的賠償の制度はありません。また、懲罰的賠償を認めたアメリカの判決を日本の裁判所が執行できるかという問題についても、最高裁は懲罰的賠償の考え方は日本の公序に反するとして否定しました。

(2)本件事案について

 本件は、上司から部下という点にとどまらず、女性から男性に対する権力的地位を利用した加害行為が問題となり、加えて人種に基づく差別的発言も行われたという、パワハラに限定されない事案でした。さらに、被害者が会社に対しこのようなハラスメントを申告したにもかかわらず、会社はこれに対する対策を怠ったばかりか、経営陣が、被害者に対して報復的措置をとり、退職にまで追いやったという点で、加害者側である会社の行為は非常に違法性が高いものでした。このような違法性の高さをとらえ、陪審員は当初1,000万ドル近い高額な懲罰的賠償を認めたものと考えられます。

 海外に支社を出す日本の従業員も、アメリカでのパワハラ行為によって、このような高額な懲罰的賠償の支払責任を問われる可能性もありえます。ニュージャージー州などでは、懲罰期賠償は35万ドルまたは損害額の3倍まで認められ、またカリフォルニア州やテキサス州等適用法規または事件によって、上限を認める州もありますが、このような上限は違憲であるとして、懲罰的賠償額を無制限に認める州も存在するので、賠償額が巨額に膨れ上がることもありえます。また、このような判決は日本では執行力を有するものではないものの、アメリカでは当然執行力を有するため、日本の会社であってもアメリカにある会社財産に対し強制執行されると考えられますので、十分注意が必要です。

 ちなみに、日本では訴額に応じて、印紙代等の訴訟費用が決定されますので、訴額が巨大な訴訟というのは滅多に提起されませんが、アメリカでは、訴訟費用は訴額に関係なく一定とされているので、訴額が巨大な訴訟が提起されることも珍しくはありません。

ワンポイントアドバイス
 この事案は、従来想定されていた男性の上司から女性の部下へのハラスメントでなく、女性の上司が男性の部下に対して行ったものという点で、現代的であると同時に、女性の社会進出が進んでいるアメリカ社会に象徴的なものでした。日本社会においても、女性の社会進出は、いまだアメリカに後れをとっているとはいえ、確実に進んでおり、本件事案のようなケースが社会的に表面化することが今後予想されます。パワハラは男性から女性に対するものであるという従来の固定観念は持たないことが重要です。

※本記事は、小笠原六川国際総合法律事務所・著「第3版 判例から読み解く 職場のハラスメント実務対応Q&A」(清文社、2020年)の内容を転載したものです。

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